10.リーンハルト公爵家へ
あのあと。
十度にわたる手合わせの結果、『ラミィ』と呼び捨てにすることになった私である。どうしてこうなった?
「天然ボケだからじゃないかな?」
最近ナユハさん辛辣じゃありません? 将来尻に敷かれそう……。未来視するまでもなさそう……。
というか私は呼び捨てなのに、ラミィは変わらず『リリア嬢』呼びなのは納得いかないような、いくような。いやだって宝塚っぽいラミィが女性を『~嬢』と呼ぶのはよく似合っているし。ボーイッシュ・ボクっ子とか萌えるよね。
まぁ、そんなこんなでラミィは私の護衛となり。そのうち(形だけでも)教会に入り、即日で聖騎士に任命されるらしい。権力者たちが権力を振るうと話がポンポンと進む。リリア覚えた。
いや、一応任命されるにあたって腕試しがあるらしいけど、大丈夫でしょう。だってラミィはメッチャ強いし。魔法無しとはいえ、私といい勝負ができる人間なんてお爺さまや(たぶん)騎士団長くらいだし。ラミィなら普通に魔法をぶった切りそうだし。
初代勇者? アレはもう『人』という区分じゃないと思うのですよ私は。普通の人間は初代魔王と七日七夜も戦えません。
そうしてラミィはごく自然に王都のレナード邸で寝起きするようになり。よく考えたら侯爵令嬢マリーも寝泊まりしてるよなぁ高位貴族令嬢率が高すぎだなぁと考えていると――高位貴族令嬢、ラミィの姉、近衛騎士のケリィ様が尋ねてきた。
「聖女様。ご尊顔を拝し奉る機会に恵まれ恐悦至極で御座います」
片膝を突きながら、なんだか武士っぽい挨拶をされてしまった。いや(近衛騎士とはいえ)公爵令嬢に片膝を突かせるって何やねん。どんなご尊顔やねん。私の顔はどんだけ神聖やねん。
「……リリアは自覚がなさ過ぎると思うな私」
応接中なので護衛騎士として私の後ろに控えたナユハに呆れられてしまった。どうしてこうなった?
「聖女様、実は、ラミィを護衛として派遣するにあたりまして、我が父が聖女様にお目通り願いたいと」
いやあなたの父親って公爵ですよね? リーンハルト公ですよね? なんですか『お目通り願いたい』って。私そんな偉い人間じゃないですよ?
「自覚以下略」
略されてしまった。もうちょっとツッコミ頑張ってくださいナユハ様。
「実を言いますと、我が父は脳みそが筋肉でできているといいますか、猪突猛進といいますか、かなりのアホでして。聖女様に、確実に、絶対に、無礼な発言をすると思うのですよ無自覚に。無意味に。無駄に元気いっぱいに。ですから今から謝罪しておきます。真に申し訳ございませんでした!」
いや早いわ。娘によるフライング謝罪とか斬新すぎるわ。どうしてこうなった?
というか会うこと自体は決定事項として話が進んでいるんですね? どうしてこうなった?
そして(あの)ケリィ様に『脳筋』扱いされるとか、本当に脳みそが脂質やタンパク質ではなく、筋肉でできているのでは? リリアちゃんは訝しんだ。
まぁ、でも、公爵閣下から会いたいと願われて断れるはずもないので。双方都合のいい日に面会することで話はまとまった。
◇
最初は公爵がレナード邸を訪れることになっていたらしい。
いやいや、親戚でもなく、友人ですらない公爵が子爵家を訪れるって何やねん。ということで私が公爵家を尋ねることになった。
……それに、ラミィ様のことでちょっと気になったことがあったしね。
というわけで馬車で公爵邸へ。同行するのはラミィとケリィ様、そしてナユハだ。さすがにレナード側が一人もメイドや従者を連れて行かないのはマズいらしい。
ナユハは私の専属メイドとして公表されているし、他のメイドさんは私の暴走を止められない。止められる愛理は幽霊だから公式な場に連れて行くのはちょっと……。あとはときどきマリーがメイドプレイをしているけれど……うん、侯爵令嬢をメイドとして連れて行くのは無理無理。というわけで自然とナユハに決まったというか、ナユハしかいなかった。
王都のリーンハルト邸は……当然ながらデカかった。当然ながらうちより大きい。
ただまぁ、細かい装飾品や調度品のお値段はうちの圧勝であった。うちが大商会ってのもあるのだろうけど……それにしたって華やかさがない。
質実剛健。とでも言えばいいのかな?
「――よくぞお越しくださいました、聖女様」
ぴしっと背筋を伸ばして挨拶してくれたのは……何というか……筋肉の塊だった。
私も一応は王太子殿下の婚約者だし、聖女という地位にある。最近は高位貴族とも挨拶する機会も多いので、リーンハルト公にもお会いしたことがある。
いやしかし、何度見ても筋肉。何度見てもマッスルなお人だった。リーンハルト家は代々剣士としての修行を積むそうだけど、拳だけでも魔獣を倒せそう。
髪色は燃えるような赤。『王国の剣にして盾』であるリーンハルト公爵家の証である、建国戦争で敵の返り血が染みこんだと伝わる赤髪だ。
う~む、やはり似てない。顔からはケリィ様とラミィの遺伝子をまるで感じられない。まぁ剣術の才能が遺伝したとかその辺なんでしょうきっと。“左目”で視てみるとちゃんと親子だし。
リーンハルト公と定型文な挨拶を交わすと、続いて紹介されたのは奥様――公爵夫人だった。つまりはケリィ様とラミィのお母様。
ラミィやケリィ様に似ている顔つきは、もはや遺伝子の奇跡を称えるしかない。
そして。
髪色は、高位貴族に多い金髪。
そう。
ラミィの茶色の髪は、父親にも、母親にも似ていない。
それは――
…………。
…………………。
…………………………。
……まぁ、うちの母よりはマシかな?
そう、何を隠そう、私とお母様はまだ和解できていないのだ。いや私はもう『一言『ごめんね』と謝ってくれればいいや』くらいまで妥協に妥協を重ねているのだけどね? お母様は相変わらず私を前にするとプルプルと震えてしまうのだ。どうしてこうなった?
ちなみにお母様の心境としては、『自分が冷遇していた娘が王太子妃になって、しかも聖女になったのだから、まともに会話できるわけないじゃん』らしい。ナユハによると。
さて、どうしたものかなぁと悩んでいると、リーンハルト公が少し申し訳なさそうな声で質問してきた。
「うちの娘を聖女様の護衛にしていただけるそうで。もちろんこちらとしては二つ返事で了承したのですが……本当によろしいのでしょうか?」
「と、言いますと?」
「ラミィは、赤髪ではありませんが……」
「…………」
初代リーンハルトは建国神スクナ様の側にあり、建国戦争において獅子奮迅の活躍をして。敵の返り血が自らの髪に染みこんでしまったのだという。
それ以来、リーンハルト家の当主は例外なく赤い髪をしているし、それこそがリーンハルト家の誇りだというのも理解できる。
「…………」
ラミィは赤髪じゃない。
だからこそ、才能がない。
そう父親に思われているラミィは、困ったように笑っている。
笑っているけれど、悲しんでいるのがよく分かった。
いくら出会ってからの期間が短いとはいえ。あれだけの回数手合わせをしてきたのだ。ラミィの表情変化や、考えていることなど何となく分かるようになる。
恋愛関係になるかどうかはともかくとして。ラミィは、もう、私の友達だと思う。
友達がこんなにも悲しそうな顔をしているのなら。こんなにも悲しそうな顔をさせた人間がいるのなら。文句の一つも言ってやらないとね。それがたとえラミィの父親で、公爵相手であろうとね。
「王国の剣にして盾。リーンハルト家の赤い髪は有名ですものね。閣下のお気持ちもよく分かりますわ」
「いやぁ、聖女様にお褒めいただけるなど……」
謙遜なんだか照れているのだかいまいちわからない公爵に構わず、私は言いたいことを言い続ける。
「しかし、一体いつから『赤い色の髪が、剣の才能の証』になったのでしょうね?」
「……はぃ?」
「おそらくは『銀髪の人間は大魔術師になれる』という話からだんだんそういう感じになっていったのでしょうけど……。それは銀髪の人間が魔力総量に優れているから成り立つ図式であり、リーンハルト家の赤髪とは何の関係もないと思いますよ?」
「い、いえ、しかしですね……」
「そもそもの問題として。敵の血が髪に染みこむわけないですし。それが遺伝するわけないですよね」
「…………」
リーンハルト家の歴史をバカにされたと思ったのだろう。公爵が怒気を孕んだ目で私を睨め付ける。
しかし私は気づかないふりをしてトドメを刺した。
「もしかしたら、初代リーンハルト公も元々赤髪だったのではありませんか? なんでしたら『本人』と知り合いであるスクナ様か、初代勇者様に尋ねてみましょうか? きっと快く教えてくださいますよ?」
建国神と、初代勇者に直接尋ねる。
普通ならありえないけれど、私は普通じゃない『聖女』であり、神に最も愛された(とされる)女。たぶん公爵クラスなら『リリアは初代勇者の弟子』という話も知っているはず。
つまり、これ以上下手を打つと、リーンハルト家の歴史を否定されてしまうかもしれない。
赤髪信仰に縛られた頭でもその程度は理解できたのか。リーンハルト公は怒っているような困っているような、そんな器用な顔をしていた。
「ま、それはあとで頼んでみることにしまして」
私はにっこりと笑いながらラミィの後ろに移動し、彼女の両肩を掴んだ。ガッシリと。
そのままラミィの背中を押すようにリーンハルト公の前まで移動する。
「茶髪には才能がない。剣の極みに至れない。まだそんな愚考を続けたいというのなら、ぜひ、ラミィ様と手合わせしてみてください。そうすれば、すべて解決しますから」
赤髪であるリーンハルト公を、茶髪であるラミィが倒す。もしもそんな事態になったのなら、赤髪が才能の証であるとは口が裂けても言えなくなる。なぜなら『リーンハルト公は才能の上にあぐらを掻き、よりにもよって『凡人』である自分の娘に負けた』となってしまうから。
そして。ここまでバカにされた以上、ラミィとの勝負を避けることもできやしない。
「――いいでしょう。赤髪の誇り、聖女様にお見せいたしましょう」
リーンハルト公が野獣のように目をぎらつかせ――
「……どうしてこうなったのかな?」
完全に巻き込まれたラミィが戸惑いの声を上げた。
「リリアの『嫁』になるなら、まぁ、慣れた方がよろしいかと」
しれっと助言するナユハ様であった。
『いつもは公爵とかの貴族階級にビビってるくせに~』
『こういうときは容赦ないんだよねぇ~』
『そういうとこだぞ~』
『そんなだから次々嫁が増えるんだぞ~』
次回、4月10日更新予定です




