閑話 会議
「――国のため。そして民のため。自由な発言を許す。忌憚のない意見を述べてくれ」
ヴィートリアン王国の国王・リージェンスの玉音により会議は始まった。
議場に集まったのは要職に就く貴族たち。ほとんどが上位貴族であるが、優秀な中位貴族も含まれている。
今回の進行役を任された貴族が恭しく一礼し、形式張った挨拶をしてから議題に入った。
「王宮の中庭に出現した『ダンジョン』についてですが……まずは、魔導師団長殿からの説明をお聞きください」
段取り通りに魔導師団長のフィーが立ち上がり、今回のダンジョンに対する調査結果を解説し始めた。
「ダンジョンに関してですが、作成者はあの黒いドラゴンであり、復活のための魔力を貯めようとしてダンジョンを作ったものと推測されます」
そのドラゴンは『聖女』リリア・レナードによって魔石を貫かれ完全消滅。死骸はごく一部しか発見されなかったが、ドロップ品の指輪とリリア・レナードの証言により確実と判断された。
「喫緊の問題としましては、中庭のダンジョンがまだ生きているということです」
フィーの言葉に議場がざわめいた。が、フィーにしてみれば当然の話だ。
これまでの歴史でダンジョンを破壊した例はない――というか、壊そうとした者がいないと言った方が正確か。しばらく放置すれば(素材を収集できる)魔物やドロップ品が復活するのだから、そもそも破壊する意味がないのだ。どういうわけか魔物が復活せず、冒険者も訪れなくなり、忘れ去られたダンジョンはあるものの。
誰も壊そうとしてこなかったからこそ、誰も壊し方を知らないし、文献にも残っていない。そもそもリリアの攻撃魔法を受けても壊れなかったのだから、この国に壊せる人間などいないだろう。
だからこそ、一度発生してしまった以上、王宮はダンジョンと付き合っていかなければならない。ダンジョンが枯れて魔物が発生しなくなるまで……。
定期的に発生する魔物の討伐と、『王宮にダンジョンがある』という悪評。それらを忌み嫌うならば王宮の場所を移すことも考えなければならないが……。
フィーの説明が終わり、まずは国王リージェンスが深いため息をついた。
「……皆の者。どう思う?」
許しがあるとはいえ、国王の前で『忌憚のない意見』を述べるのはやはり気後れするものだ。
誰もが自然に押し黙った中、そんな空気を打ち破ったのはお調子者枠の中堅貴族であった。
「王宮にダンジョンですか……神聖ゲルハルト帝国はうるさそうですなぁ」
彼の発言を起点として活発な議論が始まった。
「ですが、逆に言えばそれだけでしょう」
「キーリッシュ王国も、王都にダンジョンがあると聞きますしな」
「さすがに王城の直下にダンジョンがあるのは前代未聞でしょうがな」
「魔物が自然発生――いえ、自然と言っていいものか迷いますが、発生するのですから陛下の安全を考えますと……」
「城には近衛騎士団や近衛魔導師団が詰めているのですから、下手な場所よりは安全なのでは?」
「訓練にもなって丁度いいでしょう」
「王太子殿下と『聖女様』がご成婚されれば、聖女様による守りも期待できますしな」
「それに、王城を移すにしても、場所をどう準備するかが……」
「王都にはもう空き地はありませんし、立ち退きなどさせては民に悪感情を抱かれましょう。ただでさえ王城の崩壊で民に不安を覚えさせているのですから……」
「王都の外に移動するとなれば、また新しく都を作らなければなりませんし。城壁も作り直しとなればどれだけ時間がかかるものやら」
「それに、ダンジョンを恐れて王城を移したとなれば、それこそ諸外国の笑いものとなりましょう」
「移築費用も捻出できませんからな……。いや、宮殿は建て直さなければならないのですから、大して変わりませんか……?」
「いやいや、それがそうとも言えないようでしてな」
「ほぅ? と言いますと?」
「なんでも『聖女様』が獲得した指輪を使えば、城でも宮殿でも自由に作れるらしいのです。ダンジョンの付属品として城や防御施設が作れるのだとか」
「興味深いですなぁ。――恐れながら、陛下。魔導師団長の意見を聞きたいのですが?」
「うむ、許可しよう」
リージェンスの許しを受けて魔導師団長・フィーが再び椅子から立ち上がった。
「まずは『聖女様』が確保してくださった魔導具ですが、名称は迷宮王の指輪。ダンジョンを作成することができる神代魔導具であると鑑定されました」
正式な場なのでフィーも『リリアちゃん』ではなく『聖女様』と呼ぶ。
フィーの発言に議場はざわめきに包まれた。ダンジョンを作れるだけで驚きなのに、王国でも5つしかない神代魔導具など……。
さらに言えば。
神に最も愛された聖女が、神代の魔導具を獲得したというのが暗示的であり、利用しやすい。
聖女であり、王太子の婚約者であるリリア・レナードが神代の魔導具で王宮を再建する。民からは称えられ、貴族は王家に対する畏敬の念を抱き、諸外国――特に神聖ゲルハルト帝国に対するアピールとなるだろう。『本物の聖女はこちらにいるぞ』と……。
「聖女様によりますと、D.P.(ダンジョンポイント)というものを消費して城を再建することが可能なようでして。このD.P.とは冒険者らを『吸収』することでも獲得できますが、人間がダンジョンの中で生活するだけでも獲得できるようですね」
「吸収とは穏やかではありませんな……。陛下に万が一のことがあれば……」
「いえ、吸収できるのは死体となった者だけですので、問題はないかと」
「ダンジョンの中で生活するだけで、その、D.P.? が獲得できるというのは?」
「人間は呼吸することによって空気中の魔素を取り込み、体内で魔力を生成することができます。体内で消費しきれない魔力は外へと排出されますが、その魔力を吸収するようですね」
「魔力を吸われすぎて倒れるなどの危険は……」
「要検討ではありますが、すでに王宮の地下にダンジョンが発生している現時点でもそのような症例はないので、心配はないかと」
「う~む……」
「タダ同然で王宮を再建できるのは魅力的ですが……」
「もう少し安全性について保証が欲しいところですな」
「それに、少々『聖女様』に頼りすぎのような気も」
その貴族の発言は、仕事を押しつけ過ぎているリリアへの配慮か。あるいは、リリア――ひいてはレナード家の影響力拡大を忌避してのものか。
どちらかは分からないし、貴族の中にはどちらの意見もあるだろう。
今日の会議では結論は出ないだろうと判断したリージェンスは進行役の貴族に視線を向けた。
「で、では、この件に関しては要検討といたしまして。続いては『竜殺し』のラミィ・リーンハルト公爵令嬢を『聖女様』の護衛騎士に推挙してはどうかと――」
国の方針を決める、国王が出席する重要な会議。
そんな会議において最近は毎回のように『リリア・レナード』の名前が挙がるようになっていた。
当の本人が聞いたら、きっと『どうしてこうなった……』と嘆くことだろう。
次回、3月20日更新予定です




