07.ダンジョン攻略特典
「――10点満点!」
崩落に巻き込まれながら。クルクルと回転してぴしっとした着地を決めた私である。この世界に体操競技があれば金メダル間違いなしだね。
「さて、っと」
ツッコミしてくれる人もいないので、とりあえず周囲を見渡してみる私。太陽の光は届くのでそこまで深く落っこちたわけではなさそうだ。
岩肌が剥き出しの壁に、地面。いかにもなダンジョンだけど、装飾にこだわりがちなドラゴンのダンジョンにしてはシンプルすぎる作りだ。たぶん急いで作ったからそこまで手が回らなかったのでしょう。
『――おぉおぉ』
地獄の底から響いてくるような、怨念たっぷりな声が聞こえてくる。
声のした方に目を向けると、そこには、魔石を撃ち抜いたはずの黒いドラゴンが鎌首をもたげていた。
ドラゴン特有の『肉体を循環する膨大な魔力』が感じられないし、身体の輪郭もぼやけているので……亡霊、いや怨念ってところだろうか?
『許さん……許さんぞ……誇り高きドラゴンの血を穢すことなど……』
ずるずると身体を引きずりながら私の近づいてくるドラゴン。いや肉体のない怨念に『ずるずる』という擬音は正しいのかどうかは知らないけれども。
察するに、人間と子供を残したヒュンスター家のご先祖様 (ドラゴン)が許せないって感じだろうか? どうでもよすぎて確かめる気も起きないけれど。
そう、どうでもいい。
このドラゴンが何度も復活するほどの怒りも、激情も。私にとってはどうでもいい。
重要なのはただ一つ。
――コイツは、私のマリーを傷つけた。
重要なのはそれだけ。
その過ちは、その命で償うといい。
「貪り喰らうもの」
光り輝く帯が空中から現れ、黒いドラゴンを拘束する。特に口を重点的に。これ以上恨み言を聞くつもりはないから。
「――汝、罪あり」
無論、私は罪の有無を断ずることができるほど偉くはない。
だからこそ、こういうときは、断罪できるほど偉い存在に出張ってもらいましょう。
『――小豆研ごうか』
『――人取って喰おか』
珍しく真面目な口調で現れたのは妖精さんたち。その姿を認めた黒いドラゴンは恐怖で身を震わせる。
そう、幻想種たるドラゴンが恐れたのだ。
……と、こちらも真面目にやろうとしているのだけど、どうにも『人取って喰おか』ってフレーズが気になってしまう。人じゃなくてドラゴンじゃん、と。
『もうちょっと空気を読んであげたらどうかな』
と、ここにはいないはずのナユハ様のツッコミが聞こえてしまう私だった。四六時中ツッコミされているせいで耳が覚えて(?)しまったらしい。
そんな私の様子は気にも留めず、妖精さんたちはバリバリむしゃむしゃとドラゴンを食べ始めた。まぁ『食べる』といっても幻想種であるドラゴンは魔石を破壊した時点で肉体は消滅しているので、たぶん怨念とか魂とかそういう系のものを食べているのだと思う。
……魂とは何だろう?
肉体が死滅し、生物としての機能を失い。それでもなお『自分』を認識し、自我を保てているのだとしたら……。もしかしたら、魂とは『意識』そのものなのかもしれない。
そして。もしもそうであるならば。
今あの黒いドラゴンは、意識のあるまま意識そのものを食べられているわけであり。身動きが取れず、抵抗もできず、圧倒的な強者として君臨していたはずの『自分』が、意識の端から食われていくというのは……いったいどれだけの恐怖だろう?
……まぁ、どうでもいいか。
よく考えたらマリーの仇討ち(死んでないけど)はナユハが果たしたのだし。私としてはもう二度と復活しないよう妖精さんが食べ尽くしてくれれば、それでいい。
最近は『大物』を倒してなかったからお腹がすいていたのか、ものの数分で妖精さんは黒いドラゴンを食い尽くしてしまった。
さて魔石を壊してしまったし妖精さんが『パクパクむしゃむしゃ』してしまったのでめぼしい素材も残っていないだろうし、ここはさっさと地上に戻ってーっと――
――うん?
ふと、少し離れた地面に光るものを見つけた私である。
宝石とかにはあまり興味はないけれど、ここは(できたばかりとはいえ)ドラゴンが作ったダンジョン。レアな魔石とかあるかもしれないので近づいてみる。
……指輪?
宝石部分の模様が生きているかのように蠢いている、不思議な指輪だった。リング台はデザインが古くさいというか、前王朝で流行ったレベルの古式ゆかしいデザインをしている。
思わず手を伸ばす私だけど、触れる直前で動きを止める。危ない危ない。呪いのアイテムだったりしたら面倒くさいからね。まずはちゃんと鑑定してっと――
――迷宮王の指輪?
ほうほうなるほどこの指輪を使えば『ダンジョン』を作れるようになると。便利アイテムだね。
…………。
ダンジョン作っちゃうヒロインって何やねん。どうしてこうなった?
◇
指輪については姉弟子あたりに調べてもらうとして。とりあえず崩落した穴から地上へと戻った私である。
う~んと背伸びしてから、周囲を確認。
魔導師団の皆さんに慌てた様子はないので、私以外で崩落に巻き込まれた人はいなさそうだ。……いや私のことも心配して欲しいけどね?
う~ん? しかし、なんだか中庭がスッキリしたような? いやドラゴンの死体がなくなったからスッキリするのは当たり前なんだけど、なんだか、建物の数が少なくなっているような……?
――ガッシリと。
私の両肩が背後から何者かによって掴まれた。
振り返るまでもなく、殺気というか覇気で分かる。姐御と姉弟子だ。
姉弟子が笑う。にっこりと。
「……リリアちゃん。中庭の現状を見て、どう思う?」
「え? なんか魔導師団の人たちがボーッとしているなぁ、とか?」
「あれはボーッとしているんじゃなくて、愕然としているのよ? 他には?」
「え? なんだかスッキリしたなーって」
私の答えに姐御が鼻を鳴らす。
「そりゃあスッキリしただろうなぁ。中庭の崩落に巻き込まれて周りの建物が崩壊したんだから。で? それについてはどう思うよ?」
「…………、……どうせ再建するんだから、解体する手間が省けて良かったね?」
「はい反省なし」
「よしお説教だな」
肩を掴んだまま私を引きずっていく姐御と姉弟子であった。国の敵レベルの黒いドラゴンを討伐したのに……どうしてこうなった?
次回、2月20日更新予定です




