07.剣劇少女と、撲殺聖女
まぁ、戦闘狂という評価については今晩にでも話し合うとして。なんやかんやで私とラミィ様の手合わせは始まろうとしていた。
ちなみに私は(あまり実感がないけど)王太子の婚約者&聖女様。つまりは私がケガする可能性があるなら宮仕えの姉弟子や大聖教のお偉いさんである姐御は止めに入るべきなのだけど……姐御は『いいぞ! やれやれ!』とばかりに煽っていたし、姉弟子は何らかの研究心が刺激されたのか記録の準備をしていた。
………。
うちの王宮、変な人しかいないのだろうか?
「……まぁ、未来の王妃がリリアだし」
「配下が多少変わっていてもしょうがないですよね」
辛辣なツッコミをしてくるナユハとミリスだった。いやまだ配下じゃないし。将来的にもリュースの配下だし。変わっているのを私のせいにされても……。どうしてこうなった?
ポジティブシンキング。反対されないのだからいいということにする。
準備運動を終えて、改めて『剣劇少女』ラミィ様と対峙する。
ラミィ様の獲物は小太刀。二刀流。先ほどのアホの子との戦いで手の内は見せてもらったので真新しさはない。
対する私は槍。
普通に戦えば槍が有利だ。なにせリーチが全然違う。剣道三倍段とはちょっと違うけれど、やはり間合いが長い方が圧倒的に有利なのだ。
ただし、ラミィ様は二刀流なので、そう単純な話ではないかもしれない。左右で別々の動きができるのが二刀流の強み。右手で槍を押さえ、左手で攻撃するという方法も採れるのだから。
普通なら片手で小太刀を振り回すことなんてできないし、相手の武器を受け止めるなんてもってのほかだ。槍をしならせて叩きつければ受けきれないはず。
でもここは異世界。魔法の世界。身体強化の魔法を使えば片手で大太刀を振り回すこともできるし、先ほどまでの戦いでそれは証明されている。
まぁつまり、油断するなってことだ。
「では、よろしくお願いするよ」
準備運動は十分だろうにブンブンと小太刀を振るラミィ様だった。高位貴族とは思えない雑な挨拶だけど、夜会でもないので問題ないでしょう。
「……いやぁ、問題あると思うな私」
「自分は公爵令嬢で、相手は殿下の婚約者かつ聖女様。しかもここは王宮の中庭ですしね」
ナユハたちのツッコミは都合良く聞こえなかったことにして。私もラミィ様に(気安い)挨拶を返す。
「はい、よろしくお願いしますね」
一礼してから槍を構える。ラミィ様の構えは――、……あれ? さっきド阿呆と戦っていたときのものと違うぞ?
そりゃあ『上段』とか『八相』といった複数の構えを習得しているのは当然のことだけど、自分が得意としていて『ここ一番!』って時に使う構えというのは決まっているはずだ。
でもラミィ様はさっきと違う構えをしているわけであり……。
まさか、あのド阿呆の実力を見切って、私に手の内を見せないようにしたとか?
訝しみながら、まずはお手並み拝見と軽く連撃してみる。
目、喉、胸を突く動き。もちろんすべて全力で突いてしまうと隙も多くなるため、目と喉を狙ったものはフェイントで、そこまで深くは動かさない。
ラミィ様はフェイントにはまったく反応せず、最後の胸を狙った一撃だけは振り払ってみせた。
なんというか、『しゃらぁん』という効果音がつきそうな優雅さ。
やはり、無駄が多い。
効率の欠片もない。
なのに、なぜか美しい。
初見だったら目を奪われていたかもしれない。
ただし、私は二回目だ。放心することはないし、あのド阿呆のおかげで、これからラミィ様がどう動くかも分かっている。
槍を振り払った右腕を切り返しての、斬撃。
私がその動きに対応するために槍を動かすと――
ラミィ様が、左腕を動かした。
無理やり腰をひねっての、たいした威力もない攻撃。
しかし予想外の方向から衝撃を受けた私の槍先は、わずかに狙いがずらされてしまった。無防備に槍の柄を晒してしまう。
「くっ!?」
反射的に槍を引き、ギリギリで槍の穂先を切り落とされるのを回避する。
え、すご。
さっきと全然動きが違う。
そりゃあド阿呆とラミィ様の戦いはすぐに決着が付いたから全部見切ったとはとても言えないけれど……それでも、だいたいどんな動きをするかは“理解”したはずだ。
その“理解”から、まるで違う動作。
そもそも『武道』とはいかに身体の動作を効率化できるかを求められる『学門』だ。
人間の身体が骨と筋肉でできている以上、可動範囲が広がることはないし、何をどう動かせば最も早く、最も力を込められるかは決まっているものなのだ。
ゆえに学門。
どれだけ効率的な動きを学び、どれだけ実地で活かせるか。だからこそ(流派という名の道程は違ったとしても)最終的に至る場所は決まっている。
いかに効率的に身体を動かすかを学び、考え、試行する。それを繰り返せば最終的にはみんな同じような動きとなるし、だからこそ『次』の行動も予想しやすい。
だというのに、ラミィ様はまるで違う。
非効率的。
理屈の埒外。
まるで学習している痕跡がなく、すべて直感で判断しているかのような。
だからこそ、まるで動きが読めない
…………。
………………。
……………………。
(やっば、楽しいかもっ!)
こんな人は初めてだ。
師匠も、お爺さまも、効率を極めた人だから。こんな風に『強くないはずなのに、なぜか強い』人と戦うのは初めてなのだ。
思わず頬を緩めてしまう私と、
「……やっぱり戦闘狂……」
ボソッとつぶやくナユハだった。私はただ『神槍』に憧れているだけなのに、どうしてこうなった?
次回、1月10日更新予定です




