06.剣舞の如く
「――この、おバカ!」
がっつーんと。私に勝負を挑んできた『剣劇少女』ラミィ様が後頭部を叩かれた。うん、後頭部を。手甲(鋼鉄製)をしたままの拳で。普通の人は下手したら死ぬのでは?
しかし防御力が高いのかラミィ様に大したダメージはなさそうであり。殴られた後頭部をさすりながら平気な顔で振り返った。
「……姉上。何をするのですか?」
ラミィ様が抗議の目を向けたのは十代後半から二十代前半くらいの女性。近衛騎士団の制服と燃えるような赤い髪が印象的な美しい人だ。
凜とした、というのは彼女のためにある言葉だろう。
――ケリィ・リーンハルト騎士爵。
あるいは、リーンハルト公爵家令嬢。
彼女とはそれなりの面識がある。私はこれでも一応王太子殿下の婚約者だから、王宮に来た際はケリィ様のような近衛の女性騎士が護衛に付くことが多かったのだ。いや私に護衛なんていらないけど、こういうの体裁が大切なのだ体裁が。
まぁそれも『聖女』に選ばれてしまってからは聖騎士がしゃしゃり出て――ごほん、護衛を申し出ることが多くなったし、職分が丸かぶりになる近衛騎士とは『どっちが護衛に相応しいか』という争いになることが多くなって……結局。私の護衛はナユハ騎士爵さまが専属でやるということになったのだ。
うん、ケリィ様。お久しぶりですけど手甲で人を殴る癖は直した方がいいと思います。いや『妹』が殴られても平気な顔をしているから感覚が狂ってしまう気持ちは分からないでもないですが。普通の人間にはそこまでの防御力はないんですよ?
と、ケリィ様が親しげに手を振ってきた。……ナユハに向けて。
あれ、もしかして知り合い? ナユハとケリィ様って面識あったっけ? ナユハは王宮についてくるのを遠慮していたからてっきり会ったことはないものとばかり。
しっかしまぁ。
ナユハも意外と人たらしだよね。いつの間にかとんでもない人や神と交流を持っているし。
「……リリアにだけは言われたくないかな?」
呆れの目を向けられてしまった。どうしてこうなった?
私が首をかしげていると、復活したらしいド阿呆 (ギルス)が私とラミィ様の間に立った。歯をキラーンと光らせながら。
「ふっ、お嬢さん。リリア嬢に喧嘩を売るなら、まずは俺を倒してからにしてもらおうか!」
いやなんで?
私との手合わせはいつから許可制になったのだ? ……いや王太子の婚約者で聖女なのだから色々なところからの許可が必要だろうけど、少なくともド阿呆からの許可はいらないはずだ。
というか、ラミィ様を『お嬢さん』扱いって。歴とした公爵令嬢ですよ? 王太子の (元)側近候補なのに公爵令嬢であるラミィ様を知らないんですか?
私の絶対零度の視線に気づくことなくド阿呆がニヒルに笑う。
「なぜなら! リリア嬢と手合わせの約束をしたのは俺の方が早かったのだから!」
いやいつしたよ? そんな約束した覚えは――
あ、いや。なんか謝罪にもなっていない謝罪をされたときに『では! しばしの別れだリリア嬢! いつかキミに勝てるほど強くなって戻ってくるから、首を長くして待っていてくれ!』と一方的に宣言されたような? 爽やかな笑顔(歯キラーン付き)を浮かべながら。
なに? ド阿呆の中ではアレが約束になるの?
私が愕然としながらハーレム(?)を見やると、サリアちゃんは凄い勢いで頭を下げてきて、サムライ系少女は痛そうに頭を抱え、黒髪魔法少女は麻痺魔法の詠唱を始めた。うん、さっさと大人しくさせてください。
と、私が黒髪美少女の麻痺魔法を待っていると、
「ふっ! 名前は知らないが勝負を挑まれたなら受けないとね!」
なんかやる気満々なラミィ様だった。なるほど脳筋系美少女だな?
「……リリアと同類かぁ」
ボソッとつぶやくのは止めてくれませんナユハ様? さすがの私でも泣きますよ?
ラミィ様が勝負を受けてしまったせいか黒髪魔法少女の雷撃も中断してしまった。残念無念。
まぁとにかく。
侯爵家令息と公爵家令嬢の戦いは幕を開けたのだった。
……どうしてこうなった?
◇
「――ぬぅあぁあああっ!」
なんやかんやで勝負が始まり。まず先に仕掛けたのはド阿呆だった。まぁ実況中くらいはギルス様と呼んであげましょうかね。
というわけで、ギルス様の獲物は槍。子供が持つものとは思えないほどの業物だ。ゲルリッツ侯は子供に不相応な武器を持たせるようなことはしないだろうし、たぶん冒険の結果として手に入れたものだろう。
対するラミィ様の武器は小太刀。それが二本。なんかもう歴史に残りそうな大業物というか、二本とも『竜特効』付きだ。無粋な言い方をすればドラゴンに対する攻撃力アップ&ドラゴンと対峙したときのみ使用者の各種ステータスアップ。ガイさんの持っていた剣と同じだね。
……そういえば、ガイさんの剣ってナユハがぶん投げたらしいけど、どこに行ったんだろうね? 近衛騎士団あたりが回収したのかな? ドラゴンを二回も討伐した剣とか国宝というか人類の至宝クラスだと思うのだけど。
私が疑問に思っている間にも対決は続き。ギルス様が目にもとまらぬ速さで槍の穂先を連続で突き出した。
「へぇ……」
この前ぶん殴ったときより格段に強くなってる。冒険者業という名の実戦経験は人を成長させるらしい。うんうん、やっぱり手っ取り早く強くさせたいなら実戦経験を積ませるのが一番だね。
「……やっぱり脳筋……いや戦闘狂……」
確信を抱いてうんうん頷くナユハだった。どうしてこうなった?
ちなみに荒事に慣れていないのかミリス様はこっちがハラハラするくらいハラハラと勝負を見守っていた。なんか新鮮――というか、私の嫁たちが荒事に慣れすぎなのである。特にナユハとマリー。
「なんで私……?」
どうしてそうなったと首をかしげるナユハだけど、『竜殺しの英雄』が自称荒事に慣れていないとか冗談が下手すぎである。普通の女の子はドラゴンに向けて剣をぶん投げません。
さて。ギルス様はその性格を表すように真っ直ぐな槍裁きを見せていた。同じ槍使いである私やお爺さまならフェイントを混ぜるところを、そんな卑怯な真似はできるかとばかりに全部が全部全力の一撃だ。
正直、あんなに力んでいてはすぐに体力を使い切ってしまいそうなんだけど……。あぁ、普段はサリアちゃんや黒髪魔法少女がサポートしているのかな?
ただ、今回は一対一の腕試しであるためか二人がサポートに回る様子はない。必然的にギルス様は呼吸が乱れ始め、少しずつ動きも鈍くなってきた。
対するラミィ様はというと――
――美しかった。
それ以外の表現方法が思いつかなかった。
正直言って、動きには無駄が多い。
一個一個の予備動作が大きくて、二刀流最大の強みである速さと手数の多さを生かし切れていない。
ともすれば素人のような立ち回りであるはずなのに――それでもなお、美しかった。
まるで演舞を見ているかのような。
まるで歌劇を見ているかのような。
まるで、神様に捧げる剣詩を舞っているかのような。
――あぁ、なるほど。
これはまさしく『剣劇少女』だ。
歌劇のように大げさに。
剣舞のように軽やかに。
こんなものを魅せられては、普通の『武』では満足できなくなる。効率的な動きを見てもつまらないと感じてしまう。
ひとたびラミィ様と戦えば、たとえ手合わせの最中だろうが、目と心を奪われてしまうだろう。
私と同じように目を奪われてしまったのか。ギルス様はあっさりと槍の柄を斬られて敗北したのだった。
う~ん、これはちょっと『剣劇少女』と戦うのが楽しみになってきたかも? とりあえず準備運動してーっと。
「いそいそと……。やっぱりリリアって戦闘狂だよね」
正妻様からの容赦ない評価だった。どうしてそうなった?
次回、12月30日更新予定です。




