05.剣劇少女
見事なまでのジャンピング土下座を決めたアホの子。
対するナユハは遠い目をしている。
まぁ、そりゃそうだ。
魔導師団員がひしめく中庭で、騎士団長の息子(つまりは侯爵令息)がジャンピング土下座を決めたのだから。その注目度は推して知るべし。
うん、やはりアホの子だね。自己満足な謝罪でナユハを困らせてどうするというのか。まったく、私のナユハに迷惑を掛けるとは、これはもう腹を切って詫びるべきなのでは?
「……その場合、まず真っ先にリリアが切腹しなければならないのでは?」
どういうことかなミリス?
そのままの意味ですよ、とミリス。キミって案外神経図太いよねー。
あはは。
うふふ。
私とミリスが微笑みながら見つめ合っていると、土下座するアホの子に駆け寄る影があった。
「ギルス! 他人に迷惑を掛けちゃダメってあれだけ言っているでしょう!」
かなり強い口調を使ったのは、金髪の美少女。見覚えがある。メッチャある。
アホの子と共にリュースの側近候補として育てられていた、なかなかの聖魔法を持っている子。たしか名前はサリアちゃん。修行の旅に出たアホの子について行ってしまった女の子だ。王太子の側近という未来を捨ててまで。
あのときのサリアちゃんはいかにも気弱な様子で、アホの子に振り回されていた印象を受けたのだけど……今の彼女は、何というか、強かった。アホの子に気後れすることなく注意している。
あなたキャラ変わりすぎじゃありません?
いや、たしかアホの子は冒険者になったと聞いたことがあるし、サリアちゃんも一緒に冒険者をやっていたはず。生きるか死ぬかの日々が精神を図太くしちゃったとか?
……あー、でも、アホの子について行くのは家族から猛反対されたはずだし、それを押し切っての行動なのだから元々芯が強い子なのかな?
私が奇妙な納得をしていると、アホの子にさらに二人の女の子が駆け寄ってきた。たぶん一緒に冒険するパーティーメンバーだろう。
うわぁ、全員女の子だ。全員美少女だ。おそらくは前衛職のサムライ系茶髪少女と、後衛職であろう魔法使いの黒髪少女。
そしてアホの子が前衛の槍使いで、サリアちゃんは回復系。一応のバランスは取れているのか。盾役が欲しいところだけどね。
しっかしリアルハーレムを作るとは何とけしからん野郎だ。リア充爆発しろ。やはり愛する人は一人であるべきだと思うのですよ私は。ミリスはそこのところどう思う?
「…………………………」
あの、ミリス? 何か言いたげな顔をしつつ『コイツに何言っても無駄だろうなぁ』的なため息をつくのは止めてもらえませんか? どうしてこうなった?
ミリスからの圧力に私が負けかけていると、アホの子ハーレム(?)のサムライ系茶髪少女がナユハに頭を下げる。土下座するアホの子の頭をさらに地面に押しつけながら。
「ナユハ様、でしたよね? うちのアホが失礼をば」
次いで、
「この考え無しにはよ~く言い聞かせておきますので、どうかご勘弁願えませんか?」
黒髪の魔法使いも深々と頭を下げた。
そう、黒髪。
ナユハを『黒髪』という理由で危険視したアホの子が、黒い髪の美少女と共にいる。何とも奇妙であり、同時に、納得できる光景だった。
きっと黒髪の人間と共に冒険をしたことで、自分の黒髪差別が間違っていたと気がついたのだろうね。
うんうん、人間とは成長する生き物だものね。前回の失敗を糧にして成長したように、今回の失敗を踏まえてさらなる成長を遂げてくれることでしょう。ここは未来に期待する意味も込めて『アホの子』から『ギルス様』呼びに変えてあげても――
と、私が(前世の年齢的に不自然ではない)寛大さを見せていると、
アホの子がナユハの手を取った。
土下座の姿勢から片膝立ちに移行する。
そう、まるで、プロポーズをするかのように。
「――ナユハ嬢! 俺は君の心を傷つけた! この人生を賭けて償いをさせて欲しい!」
わぁ、プロポーズだぁ。
すっごぉい。
こんな衆人環視の前でぇ。
ナユハの手を取ってぇ。
ハーレム野郎がぁ。
私のナユハに、求婚するとは。
――ぶち殺すぞド阿呆が。
おっと思わず『威圧』してしまった。ついつい。不可抗力で。てへぺろ。
そう、不可抗力不可抗力。ド阿呆は泡を吹いて気絶して周りにいたパーティメンバーは腰を抜かし、ついでとばかりに魔導師団員も大混乱に陥ったけど、わざとではないのだ。威圧に耐えられなさそうなナユハやミリスのことは器用に避けての威圧だったけど、わざとではないのだ。てへぺろ。
ちなみに威圧は一定以上のレベル差がある相手を無条件で行動不能にする技なので、大混乱に陥った魔導師団の皆さんは修行が足りないと思います。まる。
さらにちなむなら。
奇跡的に威圧を回避したナユハとミリス以外で行動可能だったのは三人だった。
内訳としては当然のことながら姐御。そして『お客様』を中庭まで連れてきたらしい姉弟子。
最後の一人は――茶色の髪を肩口で切りそろえた美少女だった。
年齢は私と同じくらい。
少々つり上がった目と、清浄なる紺碧の瞳。『冒険者』として外を駆け回っているのか肌は少々小麦色に焼けてる。
そして。左顎には小さいながらも目立つ傷。貴族子女としては致命的であるはずなのに、それでもなお少女の美しさを際立たせる一助となっていた。
私は“彼女”に見覚えがなかった。貴族名鑑を思い返せば外見が一致する貴族子女は見つけることができる。正真正銘の貴族。なのに、私は彼女と会ったことがなかった。
それも当然か。
噂が真実なら、“彼女”はお茶会や夜会に参加することなく剣の修行に打ち込み、10歳ながらもBランク冒険者として活躍しているのだから。
――ラミィ・リーンハルト。
四大公爵家であり『ヴィートリアン王国の剣にして盾』であるリーンハルト公爵家の次女。最近は『剣劇少女』として名が売れ始めている冒険者だ。
貴族が冒険者なんて、というのは偏見だ。貴族って生まれつき保有魔力が高い場合が多いし、栄養ある食事によって体格はいいので、家を継げない次男三男などは人生一発逆転を目指して冒険者になることも多いのだ。
いやそれにしたって公爵令嬢が冒険者とかありえねーけどね。リーンハルト家ならまぁやりかねないかな、って感じだ。
リーンハルト家とは武の家であり、『建国戦争の際に受けた返り血が髪に染みこんだ』と恐れられる赤髪がその最大の特徴なのだけど……貴族名鑑の記述通り、ラミィ様の髪は茶色だった。
この国の貴族にとって主神スクナ様と同じ金髪こそが至高の色。それに並び立つのは初代勇者と同じ銀色の髪のみ。特殊な例としてリーンハルト家だけは赤髪こそ家の誇りとしている、らしい。
庶民と同じ茶髪などは家の恥であり、黒髪など言語道断。と、いうのがこの国の価値観だ。
くっだらねー。
と、完全否定しにくいのは私が最上位クラスの銀髪をしているから。『差別はいけません!』と叫んでも『うっせぇ銀髪のくせに』と返されてしまうのだ。主に貧民街の人たちから。
うん、貧民街の人たち、色々な意味で強すぎである。
まぁそんな反応は置いておくとして。私は黒髪差別なんてするつもりはないし、当然茶髪差別もするつもりはない。むしろ茶髪っていいよねぇ髪色の派手さで素材の良さをかき消さないというか、素朴さが逆に癖になるというか……。
「……なにやら浮気の気配がします」
ジトッとした声を漏らすミリスだった。あなたそういうキャラでしたっけ?
「――ほおぅ」
と、声を上げたのは件の『剣劇少女』ラミィ様。
「威圧だけでこれだけの魔導師団員を行動不能にするとは……さすがは音に聞こえし『撲殺聖女』様だね」
いやそんな音を鳴らした覚えはありませんが? 撲殺したのは上級悪魔 (自称)だけですよ?
「十分すぎる実績ですが」
ミリスに真顔で突っ込まれてしまった。どうしてこうなった?
私が嘆いているとラミィ様が腰に差していた刀を抜いた。打刀よりも短い小太刀と呼ばれるものだ。
それが、二本。
二刀流。
小太刀二刀流! 男のロマン! ぜひとも回転して剣舞してほしい!
「あなた女でしょうが」
男のロマンに男とか女とか関係ないのです。
「……あぁなるほどただのアホですか」
ミリスに呆れの目を向けられてしまった。どうして以下略。
嘆いているとラミィ様は抜き身の切っ先を私に向けてきた。
「おっと、申し遅れたね。ボクの名前はラミィ。さらなる強さを求める者。ゆえに、ぜひキミとお手合わせしたいんだ。受けてくれるかな?」
真っ直ぐな瞳に射貫かれて、私は――トゥンクときた。
なぜなら! ボクっ娘だから!
くぅそうだよ私の周りにはボクっ娘がいなかったんだよ! 原作ゲームのリリア(わたし)がボクっ娘だからすっかり忘れてた! いいよね一人称がボクの女の子! 世界の宝だ! 胸がトゥンクトゥンクしちゃう!
「……いえ、一騎打ち願われたことはスルーでいいんですか?」
と、ミリス。なんだか最近呆れ顔ばかりされている気がする。
「リリアは色々な意味で対人経験が豊富なので。喧嘩を売られるくらいではもう取り乱さないのでは?」
と、ナユハ。一騎打ちを喧嘩扱いするのは止めてあげません?
未だに泡を吹くド阿呆と、腰が抜けた美少女たちに回復魔法を掛けてあげるサリアちゃん。魔導師団員はまだまだ混迷の中にあり、姐御と姉弟子は突如として始まったイベントを楽しむ気満々。そして私の目の前には期待に目を輝かせる美少女・ラミィ様。
う~ん、中々にカオス。どうしてこうなった?
次回、12月20日更新予定です




