第9章 プロローグ
私は、ただ――
竜殺し。
ドラゴンスレイヤー。
人知を越えた偉業を成し遂げた者は、現在ではヴィートリアン王国に集中していた。
邪神殺しの勇者、ガルド。
白銀の魔王、リース。
真なる英雄、ガイサン。
撲殺聖女リリア。
そして、新たなる龍殺し――ナユハ。
さらにはフィー・デファリン魔導師団長やキナ・リュンランド大神官も将来的に竜殺しへと至るであろうと目されているが……彼ら彼女らは『特別』だ。竜殺しなど、特別な『血』を受け継いだ者にのみ許された物語でしかない。
普通の人間に、ドラゴンを殺せるはずがない。
たとえそれが2,000年続く名家の人間だとしても同じこと。建国神話に語られる英傑とはいえ、しょせんは対人戦争における活躍だ。その『血』を引いている貴族程度が人知の埒外にあるドラゴンを倒せるはずがない。
そう、ありえないのだ。
ドラゴンとは人間を遙かに超える魔術巧者。そのブレスは城壁すら溶かし、その鱗はあらゆる武器の攻撃を防ぐ。人の魔法が届かぬ空をゆき、大地に降り立つだけで軍勢を半壊させてしまう。
そう、ありない。
ありえない、はずなのに。
「――見切った」
その“少女”は小さく、されどもハッキリと宣言した。眼前に迫るは城壁すら溶かす
竜の息吹。直撃せずとも余波だけで人間など死に至ってしまう。
しかし少女の表情に恐れはなく。少女の瞳は、確かに竜の息吹を見切っていた。
少女の武器は二振りの剣。日本刀のような外見をした刀身に、西洋風の鍔や柄を備えた独特の剣だ。
二刀流などよほどの怪力でなければ扱いきれないし、実戦であればなおのこと。ただの『あこがれ』で二刀流を志す者がいようとも、現実を知れば両手剣か片手剣と盾という戦闘スタイルに至るだろう。
しかし少女は憧れた。
憧れを胸に抱いたまま、才能を努力で上積みさせ、結果としてなんとかしてしまった。
身体強化の魔法も知らないまま。
片手で剣を振るために。片手で相手を斬り裂くために。
少女はとうとう『その技』を習得してしまった。
少女が右手に握った剣を振る。軽く、遅い。演舞のような一振り。だというのに竜の息吹はかき消えた。
ドラゴンの目が驚愕で見開かれる。ブレスであれば人間の身体はもちろん剣すらも溶けてなくなってしまうはずだ。だというのに少女にケガ一つなく。刀身の輝きに曇りなく。ただ、ただ、ブレスだけが消えてしまった。
斬られたのだ、と。遅まきながらにドラゴンは理解する。竜の息吹を、目の前の少女は、あんな小さな剣で斬って捨てたのだと。
一歩。少女が踏み出した。
一歩。ドラゴンが後ずさる。
人間相手に。十歳程度の少女相手に。幻想種たるドラゴンが一歩下がったのだ。
そんな現実は認められない。
そんな事実は否定しなければならない。
雄々しい雄叫びを上げながらドラゴンは少女に向けて突進した。ブレスがダメならば己が牙で少女を噛み砕くために。
山のような大きさをしたドラゴンの突撃。
けれど少女に恐れはなく。その瞳は、じっとドラゴンの姿を見つめていた。
「――師よ、我が工夫を見よ」
少女が剣を振りかぶる。この戦いを終わらせるために。新たなる伝説を作るために。
そして――
「我流、――ミキリ」
この日。
十歳の少女が。
たった一人で。
竜殺しを、成し遂げた。
次回、10月18日更新予定です。




