閑話 最近のガングード邸(ミリス視点)
最初ミリス視点、途中から第三者視点です。
リリア様とウィルクード伯爵寮に行ってから数日後。
セバスさんのご紹介で腕利きの護衛を雇うことができました。
レイナさんに護衛を付けることに最初ウィリスは戸惑っているようでしたけど、『将来の義妹になるかもしれない女の子は守らないと!』という私の熱い思いが通じたのか納得してくれたみたいです。
だってウィルクード伯爵領は比較的治安はいいですが王都やガングード領ほどではありませんし、レイナさんってヒロイン級の美少女ですからね。今までは教会暮らしでも大丈夫だったかもしれませんが、いつ誘拐されてもおかしくはありません。
一応雇い主という形なので護衛の方とは挨拶をしましたが……ものすごいイケメンでした。ほんともう、攻略対象じゃないのかってレベルで。歳はまだ18歳と若めですが実力は確かなようです。
少しちゃらちゃらした印象の大人のお兄さんって感じでしたから、乙女ゲームなら人気が出そうで……。
……ん? あれ?
レイナ様の近くにいる男性は、後に公爵となるだろうウィリス。そして、軽薄な印象ながらも実力は確かなお兄さん護衛。もちろん二人とも超イケメン。
な、なんだか乙女ゲームっぽくないですか? 王子様こそいませんが公爵令息のウィリスならメインヒーローでもおかしくないですし。レイナさんはヒロインでもおかしくないレベルの美少女です。
も、もしや知らぬ間に別の乙女ゲームが始まっていた――!? これからどんどんイケメンたちがレイナさんに寄ってきて――!? なんやかんやのバタフライ効果で私が破滅してしまう――!?
慌ててリリア様に連絡を取った(この前もらった指輪、通信機能もついているのです)ところ、リリア様からは、
『……いや、イケメンを見てすぐ乙女ゲームを連想するのはオタクの悪い癖かと』
「ぐはっ」
容赦ないツッコミをもらってしまいました。あのリリア様から。どうしてこうなったのでしょう?
『それに、大丈夫ですよ。ミリス様は私が守りますから』
「……くぅ!」
さらっと口説かれてしまいました。さすがリリア様、新進気鋭にして疾風怒濤の女たらしと恐れられるだけはありますね。
『……バゥ(どっちもどっちだろ)』
戦々恐々とする私の姿をハティはどこか呆れた風に見つめていました。
◇
とある日。
ガングード公とセバスはミリスの部屋の扉をそっと開け、中の様子をうかがった。
息を殺しているのはもちろんのこと、ガングード公は気配遮断の魔法を使ってまでの覗き見である。力の使いどころを間違っている――と、本来指摘するべきセバスも覗きをしているのだから救えない。
部屋の中でミリスは机に向かいながら左手薬指に嵌められた指輪に話しかけていた。
そう、左手薬指。
スクナ様より始まったとされる伝統によってそれは『婚約指輪』あるいは『結婚指輪』という意味を持つ。
「おのれ……殿下やナユハだけでは飽き足らず我が娘までも毒牙に掛けるとは……」
苦々しくつぶやくガングード公であった。普段の彼なら『聖女』あるいは『救世主』相手であろうとも殴り込みをかけてもおかしくはなかったのだが、ミリスの嵌めている指輪の魔導具としての優秀さを察して何とかこらえることができていた。
あのような小さな指輪に通信や結界、毒検知などの機能を詰め込むことなどたとえリリアであろうとも簡単にはいかないはずだ。それこそ王太子殿下に渡したものと同じかそれ以上の手間暇を掛けているはず。
殿下と同じかそれ以上。
そこまで大事にしてくれるなら是非も無し、という想いもあったのだ。
そして。
なにより。
リリアと通信しているだろうミリスの顔。
――まるで恋する乙女ではないか。
ガングード公もその濃密な人生経験のおかけで知っている。ああいう顔をしている少女に正論を口にしてもしょうがないし、意味がないし、無意味に嫌われてしまうと。
「ぬぅ……。ガングード家の後ろ盾目当ての野郎に嫁がせるくらいならまだマシか……?」
ガングード公がうぬぬと頭を悩ませていると、
「――ミリスの将来はミリスが決める。そういう話じゃなかったかしら?」
背後よりかけられた声にガングード公の心臓が飛び跳ねた。
マカミア・ガングード。
ガングード公爵夫人。
ガングード公の愛妻。
そんなマカミアはいっそ清々しいほどの笑みを顔に貼り付けたまま愛する夫の肩を掴んだ。
マカミアは特に武術を嗜んでいるわけではないし、魔術で身体能力強化をできるわけでもない。が、どうしてかガングード公はその手から逃れることができなかった。
「あなた。ミリスのことを心配するのは分かりますが……年頃の淑女の部屋を覗くとは何事ですか?」
「は、ははは、いや違うのだマカミアよこれには深いわけが――」
「なるほど、深いわけが。では、そのわけとやらを部屋でじっくり伺うことにいたしましょう」
マカミアはガングード公の襟首を掴み、そのまま自室へと引きずっていった。マカミアは特に武術を嗜んで以下略。
「…………」
引きずられていく主の姿から目を逸らすようにセバスは深く頭を下げるのだった。
◇
仲むつまじき夫婦の姿を見送った後。
セバスはガングード邸の図書室に篭もり調べ物をしていた。
図書室には門外不出の本も数多く収められているのだが、屋敷を統括する立場にあるセバスには図書の閲覧整理も許可されていた。セバスならば悪用しないだろうと信頼されているが故に。
その信頼に応えるためにもセバスは調べなければならない。
あの日。
リリア・レナードとの町歩きは衝撃の連続だった。
主神スクナ様と同じ御姿をしたウィルド様の登場。
適正のないはずだった聖魔法を使ってみせたミリス。
世界を滅ぼしかねないと断言された子犬。
いきなり燃え始めた小鳥。
どうやっても外れることのなかった左手薬指の指輪。
そして、天の花嫁。
分からないことが多すぎた。
報告だけはしたが、おそらくガングード公も大部分を理解できていないだろう。
だからこそセバスは調べなければならない。
ガングード公からは働き過ぎを案じられたが、ガングード公自身も漆黒の追跡などで多忙を極めているのだから調べている暇はない。内容が内容だけに人を使っての調査も無理。となれば事情を知るセバスが動かなければならないのだ。
(ウィルド……神話に登場する運命を司る神……)
ウィルドの存在は国家機密であったが直接『神としての姿(金瞳白羽根)』と交流をしてしまったセバスにはある程度の情報が開示されていた。空間を割って出てきたなどにわかには信じがたいが、信じるしかない。
問題は、運命の神 (ウィルド)が世界の滅びを語り、それに白い子犬 (ハティ)が深く関わっていると示唆されたこと。
ハティ。
天の花嫁。
どれだけ書籍を読み込んでも、それだけ神話を調べても該当する単語すら見つけることはできなかった。
セバスは知る由もないが、異なる世界の神話なのだからそれも当たり前だ。しかし、調べても分からないということがセバスの焦燥をかき立てる。
(ミリス様にも特殊な力か事情があると判断するべきか……であれば、急に聖魔法が使えるようになったことも何か関係している可能性も……)
聖魔法に関する書籍から、歴代のガングード家に生まれた方々の魔法属性まで。隅々にまで目を通したセバスであるがろくな情報を得ることはできなかった。
ガングード本家には今まで聖魔法の属性持ちはいなかったし、分家にも過去に三人いた程度。ガングードの歴史の長さを考えれば、そもそも聖属性の“血”がないのだろう。
そして――
「……む、」
わずかな目眩を覚えたセバスは一旦休憩することにした。
最近は体力がなくなってきたと感じる。少し激しく身体を動かしただけで息切れしてしまうし、睡眠時間を削れば翌日の仕事の質が目に見えて落ちてしまう。
(もう若くないということか。旦那様の言うようにそろそろ後継者を……。いやしかし、せめてお嬢様が結婚されるまでは頑張らなければ)
お茶でも入れるかとセバスは椅子から立ち上がり――
――立ちくらみ。
体勢を立て直そうと足を踏み込んだが身体の傾斜は止まらずに。
そのまま。
セバスは意識を手放した。
次回、9月18日更新予定です。
※リリアさんの親戚が戦国時代に転移して色々やらかす新連載始めました。
→<a href="https://ncode.syosetu.com/n4738hv/">ポンコツ魔女の戦国内政伝 ~信長の嫁、はじめました~</a>
今後、『世界観の補強には必要だけどリリアさん本編でやるような話じゃないよなぁ』という小説は『銀の一族』シリーズとして投稿していく予定です。




