閑話 天の花嫁(ミリス視点)
「名前を付けましょうか」
つつつ、と近づいてきたリリア様がそんな提案をしました。
この子犬の名前を。という意味なのは分かるのですが……、あの、背後でエスカレートしている妖精様と小鳥(燃えてますけど)の戦いは無視していいんですか?
なんだか妖精様は合体&巨大化して、小鳥も炎を纏いながらクジャクくらいの大きさになりましたけど?
「いいんです、いつものことなんですから」
いつもあんな怪獣大戦争(?)みたいなことが起こっているんですか? そのうち滅びませんかこの大陸?
しかし無力な私が何かできるはずもなく。リリア様も介入しないのですからきっと大丈夫なのでしょうきっと。
現実(とは信じがたい怪獣大戦争)から目を逸らし、子犬を受け取ります。
ふ~む。
名前ですか。
ここは元日本人らしく『シロ』とでも……。
『…………』
な、なんだか凄い目で見つめられてしまいました。子犬から。苦虫を百匹噛み砕いた系の目で。
お気に召さないようなので再考します。ふ~む。ふ~む。ふ~む……。
きゅぴーんと来ました。もはやこれ以外に考えられないレベルのきゅぴーん具合です。
「――ハティ。ハティでどうですか?」
完璧です。
なぜだか知らないですけど完璧なネーミングだと確信できました。子犬改めハティも尻尾を振って喜んでいますし。
ただ、リリア様とウィルド様はというと、
「うわぁ。『真名』を『名付け』ちゃったよ。知識無しの天然で」
『驚愕。フェンリルなどの有名どころならとにかく、『ハティ』という名を一発で思いつく確率などゼロに近いというのに。さすがアンスールと対を成す者である』
ドン引きされているのは気のせいですか?
『提案。こうなってはミリスにも『権限者』としての知識を与えておくべきだと考える』
「え? あー、うん。知らないよりはいいんじゃないかな?」
いやちょっと待ってくださいウィルド様とリリア様。意味は分かりませんがいかにも重要そうな単語が飛び出ませんでしたか? さらっと重大な決定が成されてませんか? そんな気軽な感じで決めないでもらえませんか?
ど、どうしてこうなったのでしょう?
◇
リリア様とウィルド様の言動に振り回されたらいけません。
悟りを開いた私は当初の目的を達成することにしました。つまりは私の弟・ウィリスの恋人候補偵察――じゃなかった、My破滅フラグ回避です。
教会の場所を知っているセバスさんの先導で街を歩きます。私はもちろん子犬ことハティを抱きしめたまま。回復したばかりとはいえ衰弱していたのですからね。いきなり歩かせるのは可哀想でしょう。
「そうだ。ミリス様」
こちらに背中を向けているセバスさんに聞こえないよう小さな声でリリア様が話しかけてきました。
「その子はもう大丈夫だと思いますけど、万が一のことがありますからね。これを受け取ってください」
そう言ってリリア様が取り出したのは、ルビーのような赤い宝石が埋め込まれた金細工の指輪でした。
私は仕事で宝飾品を作るから分かります。この埋め込まれている宝石のようなもの、ルビーによく似ていますが宝石じゃありません。
リリア様のご実家の領地は魔石が産出しますから魔石でしょうか?
抱いていたハティが空気を読んで肩によじ登ったので空いた手で受け取ります。
まず宝石っぽいものに目を奪われますが、指輪本体の装飾も丁寧に作り込まれた逸品です。うちの店で出すとしたら貴族でも上位の方しか手が出せない値段設定にするでしょう。
「あの、リリア様? こちらは?」
「ドラゴンの魔石に私が結界やら毒検知やら奥の手やらを埋め込んだ魔導具です。最新版なのでたぶんドラゴン・ブレスも防げますよ?」
……ドラゴンの魔石?
それ、高価どころか『お金を積んでも買えない』類いのものじゃありませんでしたか?
結界? 毒検知? そんな機能がこの小さな指輪に埋め込まれていると?
さらに奥の手(?)があるうえに、ドラゴンブレスを耐えられる(たぶん)って……。ちょっとすみません。ツッコミが追いつきません。愛理さん相手に鍛えられていたと思ったのですが、リリア様は愛理様を超えるボケ――ごほん。凄さを有しているようですね。
…………。
それでも。一つだけ指摘しなきゃいけないのですが。
これ、指輪ですよね?
いいんですか?
この世界でも結婚指輪という風習は広まっていますし、この国だとかなり親しい間柄――それこそ結婚を意識した相手でもなければ指輪を贈ることなんてないのですが……。
いやリリア様のことだから無自覚でやっている可能性は大なんですけど。問題は、私の心臓が異常なほど早鐘を打っていることです。チョロすぎませんか私?
『もらっちゃえよー。既成事実ゲットだぜー』
と、私の頭の中で悪魔が囁きました。
外見はまんま妖精様でしたけれど。
『いや、ここは遠慮して慎み深い女アピールだよー』
と、頭の中の天使様が抗議しました。
やはり外見は妖精様でしたけど。
どっちにしろ妖精様(?)に振り回されるんですね私……。
「いえ、でも、リリア様……」
私の態度から遠慮の感情を読み取ったのかリリア様がひらひらと手を振ります。
「あ~、価値についてはお気になさらず。元々他のお嫁さん用に作っていたものだったので」
……うん?
「作ったあとで気づいたんですけど、もう渡したリュースはともかくナユハは“右腕”自体が代わりになりますし、マリーは強いしウィルドも強いしミヤ様も強いし……愛理も幽霊なうえに私と契約してますから大抵のことは平気なんですもん。正直作った意味がなかったと言いますか、有効活用先が見つかって良かったと言いますか……」
「…………」
へー?
ほー?
ふーん?
そんなにいっぱい指輪を渡す相手がいるんですねー。私は余り物なんですねー。素敵ー。愛の多い方ですわー。
もういっそのこと左手薬指につけてやりましょうか? そうすればちょっとくらい慌てるでしょう。意識もするでしょう。……なぁんて、なにやら胸の奥からドロドロしたものが湧き出てきてしまう私でした。
いえやりませんけどね? 数回会っただけの人から渡された指輪in薬指とかありえないですから。私にだってそれくらいの常識はあります。リリア様に意趣返しするにはそれくらいやらなきゃ無理だろうなーと思っただけで。
そう。思っただけなのですが。
『――バゥ(まどろっこしいなコイツら)』
一鳴きしたハティが指輪を口で咥え、器用に私の指に嵌めてしまいました。当然のごとく左手薬指に。
心臓が口から飛び出るかと思いましたが慌てる必要はありません。だって嵌めただけですし。外せばいいだけですし。子供の指は細いのですからそんな『指輪が抜けなくてどうしよう!?』なぁんていう一昔前のテンプレはありえない――
――あっれー? 外れないぞー?
これはあれですか? 私の本心が外すのを拒否している的な? 心の奥底に眠っている個人的無意識が云々かんぬん? ユング先生とかフロイト先生に診てもらわないとダメなヤツですか?
「……左手薬指だなんて、意外と積極的ですね?」
ぽっと頬を赤らめるリリア様でした。ぼ、ボケなのか天然なのか分かりにくい! どうしてこうなりました!?
リリアからの 好感度が 上昇した!
リリアさんとしては『真名ではない別の名前を付けて縛れば弱体化してそんなに危険な存在じゃなくなるかな?』と考えての名付け提案でしたが、ミリスさんはきゅぴーんとやってしまいました。
次回、9月6日更新予定です。




