閑話 回復魔法(ミリス視点)
※クロちゃん……孤児院の少女。黒髪。リリアが補助して回復魔法に目覚めた。
リリア様がぱんぱんと手を叩きました。
「まぁ、こういうときは回復魔法ですよね。細かいことは後から考えればいいんです、後から」
ケガじゃない衰弱している状態でも回復魔法って効くんですか? 人間ではない子犬(?)にも効果あるんですか? ……いえ、後から考えればいいんですね? リリア様がいる以上、細かいことは気にしちゃいけないと。ミリス覚えた。
「では、リリア様。お願いできますか?」
「いやこの流れならミリス様が治してあげた方がいいんじゃ……?」
「……私は回復魔法が使えませんので」
人任せなのは心苦しいですがお願いするしかありません。
「あれ? ミリス様って回復魔法使えるのでは?」
「……ファンディスクならそうですけど、今の私は残念ながら……」
ゲームのことを知らないセバスさんもいるので小声で答えます。
「そうなんですか? ミリス様、聖魔法の適正はあったと思うんですけど……」
この国では回復魔法のことを聖魔法と呼称するんですよね。
リリア様が眼帯を少し持ち上げて私を視ました。たぶん鑑定しているのでしょう。
この世界はゲームじゃないので『ステータスオープン!』と叫んでも自分の能力値は見れません。転生に気づいたあと叫んでみたのは墓場まで持って行く秘密です。
「……あ~そっかまだ“きっかけ”がないのかな? やっぱりこういうのはイベントが必要なんですかね?」
ファンディスクのミリス(ヒロイン)はお母様の病気がきっかけで聖魔法に目覚めますからね。つまり、他の回復術士のお力でお母様が病気を克服できた今、私が聖魔法に目覚める“きっかけ”は存在しないのです。
そのことを“左目”で視たのかリリア様は無理にイベントを進めようとはしませんでした。
「じゃあイベント無しで回復魔法を使えるようにしましょう。大丈夫、クロちゃんで経験がありますから安心してください」
いや使えるようにするって、そんな簡単なものじゃないでしょう?
というかクロちゃんって誰ですか?
疑問に答えることなくリリア様は両手で私の手をとりました。
「とりあえず私が回復魔法を使ってみるので、魔力の流れを感じ取ってください」
リリア様の言葉通り、握られた手からなにやら温かいものが流れ込んできました。今まで感じていた魔力の流れとは少し違う感覚。いつもの魔力が川の冷水だとしたら、これはまるで春の日の柔風みたい……。これが回復魔法なのでしょうか?
「流れを感じ取れましたか? では患部に手をかざして。『治してあげたい』という気持ちを手のひらに集中させてください。先ほどの魔力を再現しながら」
「…………」
白い子犬に手をかざし、先ほどリリア様から感じ取った温かい感覚を再現します。
治って欲しい。
元気になって、生きてほしい。
どうか、絶望しないでほしい。
生きたくても生きられなかった人がいて。夢を叶えてやっとこれからというときに死んでしまった人もいるんですから。生きることのできるあなたには、生きることを諦めてほしくないのです。
『…………』
体内の魔力ががくんと減りました。
それに比例するかのようにかざした両手がほのかな光を発し、子犬の表情が少しずつですが和らいでいきます。
「まさか、これは、聖魔法―っ!?」
背後からセバスさんの驚愕の声が聞こえてきます。今までの私には聖魔法の適正がなかったのですから当たり前の反応ですね。
リリア様も感嘆の声を上げました。
「手助けの必要はなさそうですね。初めての回復魔法でこれなのですから、さすがは『ヒロイン』ミリス様ですね」
私程度がヒロインだなんて何の冗談だと文句を言いたいところですが。リリア様の言うとおり初めての回復魔法だとは信じられないほどの効果があったようで、子犬は動きこそしませんでしたがその瞳には明確な生気が戻っていました。
この子を救えたのなら、ヒロインになれたかもしれなかった基本性能に感謝するべきなのでしょうね。
まぁ、今さらリリア様を押し退けてヒロインをやるなんて無理な相談ですけれど。
苦笑する私を尻目にリリアさんが子犬を持ち上げました。乱暴に首根っこを掴んで。第三者からしたら子犬を虐めているように見えてしまいますね。リリア様、ヒロインなんですからもうちょっと持ち方というものを……。
私の苦言など意に介さずリリア様が(らしくもない)冷ややかな半眼を子犬に向けています。
「分かっていると思うけど。この子は危険だと理解しながらお前を助けたんだ。もしもこの子を傷つけたら……生き長らえたことを後悔させてやる」
つめたい、つめたい。普段のリリア様からは想像すらできない冷酷な声。
リリア様?
その脅し文句はヒロインが使っちゃいけない類いのものじゃないですか? 子犬に向けちゃいけないものじゃないですか? いや私もただの子犬だと信じているわけじゃありませんけど……。
『……バゥ』
子犬が小さく鳴きました。たった一声。何らかの意味が込められると考えるのは無理な話です。
しかし、なんと言いますか……『あぁ、誓おう。我が力は彼女のために』という副音声(?)が聞こえたのは気のせいですかね?
『気のせいじゃないさー』
『ミリスは自動翻訳スキルを持っているからねー』
『リリアに『駄ヤキトリ』の声が聞こえるのだからー』
『ミリスも『コレ』の声を理解できないとねー』
妖精様が楽しそうに舞い踊ると、いつの間にかリリア様の肩に止まっていた赤羽の小鳥さんが『クケーッ!』と妖精様を威嚇していました。
あの、小鳥さんが『ぶち殺すぞ駄神が!』と口汚く罵っているのは気のせいですかね? 翻訳スキルの誤作動ですよね? あははーこんなにも可愛らしい小鳥さんがあんな汚い言葉を使うはずがありませんものねー。
『クケーッ!(いい度胸だ今日こそは焼き殺してやるわ!)』
『はーん、やってみろー』
『こっちにはリリアがついているんだぞー』
『しょせんは“運命”に負けた程度の存在がリリアに勝てるかなー?』
「いやさらっと私を巻き込まないでくれるかな!? あっつ!? 肩に乗ってるとき炎出さないでくれるかなフーちゃん!?」
笑って誤魔化そうとする私でしたが、どうにも目の前の光景からは目がそらせませんでした。
ど、どうしてこうなったのでしょう?
※クロちゃんに関しては『第24部 聖女として』を参照してください。
やだ、伏線回収に三年近くかかってる……。
次回、8月29日更新予定です。




