閑話 捨て犬?(ミリス視点)
とうとうウィリスを尾行する日がやって来ました。
ウィリスが転移魔法でウィルクード邸へ移動したのを見届けたあと、私たちはリリア様の転移魔法でガングード領の自宅(本邸)まで移動、その後は馬車でウィルクード領へ向かうことになりました。
ちなみに転移魔法は一度行った場所か目視できる場所しか移動できないはずなのですが、リリア様に手を握られた状態でガングード本邸を思い浮かべたらできちゃいました。転移が。
複数人を一気に転移させるのだけでも凄いのに、他人が思い浮かべた場所に移動できるって……今さらですがチートヒロインって凄すぎません?
『忠告。チートが凄いのではなくてアンスールが凄いのだと訂正するべき。神々からチートをもらった促成人間でもここまでの者はいない』
と、一緒に移動したリリア様のメイドさんが独特の口調で訂正(?)してきました。
そう、メイドさん。
主神スクナ様と同じ金髪金目ですけどメイドさん。スクナ様と同じく背中から純白の羽根が生えていますけどメイドさん。メイドさんって何でしたっけ?
どっからどう見ても物語の挿絵や教会の彫刻にある主神スクナ様と同じ姿をしているのですけれど、どうにも別人(別神?)らしいです。
名前はウィルド様。
ウィリスと名前が似てますねーあははははーと現実逃避する私でした。
いや逃げ切れませんでした。スクナ様じゃないにせよ神話に出てくる神様をメイドにするとかどういうことですかリリア様? チート系転生者でももっと手加減すると思いますよリリア様?
『残念。アンスールが手加減できていればここまで『しっちゃかめっちゃか』にはなっていない』
口ぶりこそ辛辣でしたがウィルド様はどこか嬉しそうに背中の羽を羽ばたかせていました。
そのお姿がなんだかとても可愛らしかったのでついついツッコミを忘れてしまいましたけど……ウィルド様、私の心読みました?
『否定。心など読んでいない』
「いや読んでるじゃないですか!? ビックリするほどほど以心伝心じゃないですか!?」
思わず大声で突っ込んでしまう私でした。神様(?)相手に。くっ、前世で愛理さんに鍛えられたツッコミスキルがこんなところで……。
◇
本来はリリア様とウィルド様の他に、ガングード家からセバスさんとメイドさん(兼護衛)が同行する予定でした。
しかしメイドさんはウィルド様のお姿を目にして気絶してしまったので急遽欠席。セバスさんも精神に大ショックを受けたようなのでお休みして欲しかったのですが……青白い顔をしながらもついてきてしまいました。
セバスさんはそろそろ休暇という概念を覚えるべきだと思います。
ちょっとしたトラブルはありましたがガングード本邸から馬車でウィルクード領へ。
さらに教会のある街を目指したのですが……ガングード家の馬車は目立ちすぎるので街の入り口の駐車場で降り、徒歩で町中を進みます。私、リリア様、ウィルド様。そしてセバスさんが少し後ろに続きます。
ちなみにリリア様の銀髪も目立つので茶髪のカツラを装着してもらっています。リリア様はショートカットなので長髪のカツラを使うと簡単に隠せました。
う~ん、長髪のリリア様も素敵ですね。ちょっとドキドキしてきま――
――いやいやなんでドキドキしているんですか私? 同性ですよ? 悪役令嬢とヒロインですよ? いえファンディスクには『リリア×ミリス』の百合ルートもありましたけど!
自分の心から目を背けるように街の風景へと視線を移します。
「……わぁ!」
人。人。人。ときどき獣人。
人口密度こそ王都やガングード領ほどではありませんでしたけど、獣人はほとんど見かけないのでとても新鮮でした。言いにくいですが田舎の方が獣人は多いのです。
私が子供のように目を輝かせていると(なぜか後ろからウィルド様に抱きしめられている)リリア様が手を叩きました。
「あ、そうだ。元々町歩きの基本を教えるって話でしたよね」
「あ、そういえばそうでしたよね」
最初の大義名分をすっかり忘れていた私とリリア様でした。
「まぁ、私が教えられることと言ったら『怪しいヤツはぶっ飛ばせ!』くらいしかないんですけどね」
「あなたヒロインですよね!?」
「だって町中で声を掛けてくる連中なんて八割くらい誘拐犯か変質者ですし」
「人生ハードモードすぎませんか!?」
「まぁ貴族令嬢が街遊びなんてするなって話ですよね」
「まごう事なき正論ですね!」
いやおかしい。なんでお淑やかさを求められる公爵令嬢が全力のツッコミをしているのでしょうか? くっ、それもこれもすべてリリア様が悪いんです……(現実逃避)
『――――』
ん?
現実逃避をしていると何かの鳴き声が聞こえたような気がしました。犬のような、そうじゃないような不思議な声……。
城壁に囲まれた町中とはいえそれなりに動物はいます。荷物を引く馬や、野良犬、野良猫、そして小鳥まで。
しかし、直感でしかないのですが、そのどれとも違っているような……?
「…………」
何かに導かれるように私は人一人通るのがやっとの脇道に入りました。
「お、お嬢様!?」
セバスさんが慌てて引き留めようとしますが構わず進みます。
「……ねぇ、ウィルド。アレってもしかして……」
『首肯。アンスールが『しっちゃかめっちゃか』にしすぎた弊害だと思われる』
「なんで私のせいになるのかな? 初めて来た町なんだけど? どうしてこうなった?」
リリア様とウィルド様の声を背中に受けながら脇道の突き当たりに到着しました。
木片やゴミ屑が散乱する掃きだめの中。よく見ると石製の祠みたいなものが放置されています。
そして。
祠の前に一匹の白い子犬が倒れていました。
四肢を力なく投げ出し、舌をしまうこともなく。呼吸は弱々しいうえに瞼は今にも閉じられようとしています。
明らかに瀕死の子犬を前にして、私は思わず駆け寄ってしまいました。
「大丈夫ですか!?」
声を掛けても意味なんて無いのに。治療のための知識ないから助けることもできないのに。それでも私は子犬の前で膝を突き、手を伸ばしました。
まだ温かい。
まだ生きています。
それでも、もうすぐこの命が消えてしまうことは簡単に察せられてしまって……。
『…………』
子犬の瞳が私の姿を捕らえた、気がしました。
でもその目はすぐに伏せられてしまって。
まるで諦めたかのように。
生きることを諦めたかのように。
何とかしたい。
そんな力も無いのに。
死んでほしくない。
無責任にもほどがある。
目の前の命を失いたくない。
見えないところで失われる命から目を逸らしているくせに。
自分勝手で利己的で、偽善でしかないですけれど。
それでも、私は、この子に生きていて欲しかったのです。
「ミリス様。危ないですよ」
リリア様が心配そうに声を掛けて下さいました。いくら死にかけとはいえ噛まれる危険性はありますし、狂犬病になるかもしれませんからね。リリア様の心配も最もです。
「そういうことじゃないんですけど……あ~でも上手く説明できる自信がないし……」
頭を掻いたリリア様は膝を突き、私と視線の高さを合わせてくださいました。
「……ミリス様。その子を助けたいですか?」
「はい。助けたいです」
「もしかしたら正体は子犬じゃなくて魔物かもしれないですけど。それでも、助けたいですか?」
「…………」
魔物。
その可能性もゼロではないでしょう。魔物の生態はよく分かっていませんから子供の時は子犬と見分けがつかないということがあっても不思議ではありません。
そして。
わざわざリリア様が警告してくださるのですから、きっとそうなのでしょう。
私は改めて子犬にしか見えない“もの”を見下ろします。
弱々しい呼吸。
ぴくりとも動かない足。
一瞬だけ私とリリア様を見上げ、すぐに諦めたように瞳を閉じてしまいます。
「…………」
細かい理屈なんて分かりません。
危険なこともあるかもしれません。
可愛い見た目に騙されているだけかもしれません。
でも、今ここで見捨てたら、私はきっと一生後悔します。
「――助けたいです」
私の答えを聞いてリリア様は深く深くため息をつきました。
「……底なしの善人」
『同意。アンスールの好みのど真ん中。なるほどこれならまた嫁が増えてもしょうがないと観念する。さすがは呼吸するだけで嫁を増やせる女たらしである』
「……私ってウィルドの口を縫い付けても許されると思うんだけど、どう思う?」
『ドン引き。特殊なプレイはもうちょっと段階を踏んで欲しいと懇願する。せめてアンスールが成人するまで待つべき』
「……どうしてそうなった?」
リリア様は嘆くように空を見上げたのでした。
ウィルド
『新鮮。茶髪のアンスールもこれはこれでいいものだと判断する』
マリー
「茶髪のお姉様も素敵ですし、髪の長いお姉様も素敵ですわ!」
ナユハ
「…………」(←自分のせいで髪を切らせてしまったのでちょっと罪悪感)
ちなみに読心設定としては、
ウィルド他、いわゆる神様たち → 読める。
リリア → 左目使うと読める。眼帯していても好意を持っているか悪意を持っているかくらいは分かる。(現時点)
リリアの嫁 → 心は読めないが、リリアの考えていそうなことは分かる。
次回、8月24日更新予定です。




