閑話 ガングート公とセバス 他一本
短めの話二本一緒に投稿します。
夜。
久しぶりに屋敷へと帰ってきたガングード公は気だるげに肩を回した。
漆黒の行方は未だに掴めず、王宮の修復も遅々として進まず。あまりにも人手が足りなくて『黒いドラゴンの御魂封じは後回しよ! どうせ数年は復活できないのだから!』と魔導師団長が半泣きになるほど忙しいのだ。
(とりあえずリリア嬢のゴーレムでレンガを運んでもらって、リリア嬢に御魂封じもお願いして……いかんリリア嬢に頼りすぎだ。自制しなければ歯止めがかからなくなる)
リリアは持っている力からすれば信じられないほどの善人であるし、『宮廷伯として』とお願いすればよほどのことでなければ手伝ってくれるはずだ。
だが、だからといって面倒くさいことをすべて任せていい理由にはならない。できることは自分たちでやらなければ、いつかこの国は愛想を尽かされてしまうだろう。
なるべく自分たちだけで。そう思うからこその忙しさであった。
そして。
ただでさえ仕事がうまくいかないのに、ガングード公を悩ませている問題はもう一つあった。自慢の愛娘、ミリスの将来だ。
政局を考えれば『王権派』筆頭であるガングード公の娘・ミリスが三人目の妃になるのが望ましい。
そもそも、王太子殿下が『実は女性である』という事実がある以上、そこらの貴族令嬢を妃に据えることは不可能だ。下手に秘密がバレたらいらぬ混乱に繋がってしまう。
(いつ裏切るか分からぬ聖教派から妃を迎えるのは難しいし、陛下の態度からしてそろそろ聖教派を切り捨てる準備に入るおつもりだろう。となるとやはりミリスしかいないか)
ミリス本人はまだ王太子殿下が女性であるとは知らないが、事情を説明すれば理解してくれるだろう。
(問題は、殿下がリリア嬢にべた惚れであることか)
愛されることがないと分かっている相手に嫁入りさせることはガングード公としては避けたかった。たとえ公爵として間違っているとしても……。その辺は嫡男を即座に見放したゲルリッツ侯とは比べものにならないほどに甘かった。
もちろん、貴族としてはゲルリッツ侯が正しいし、人間としてはガングード公の方が正しいのだろう。
(リリア嬢と友情を築けそうなことがせめてもの救いか)
今日を含めすでに二回お茶会をしたという。
彼女であれば理不尽な嫉妬でミリスを害することもないはずだ。
と、大まじめにそんなことを考えている自分にガングード公は笑ってしまう。公爵である者がこうも他人を信頼しているとは、と。
これもリリア嬢の人徳か……。そう考えていると執事であるセバスが声を掛けてきた。
「旦那様。ご相談したいことが」
セバスの話によると、ミリスは近いうちにリリア嬢と共に町歩きをするそうだ。それは元々の予定にあったのだから問題はない。
しかし、目的地がウィリスの尾行というのは……。
「お嬢様は突然何かひらめいたように立ち上がり、その後、非常に強くウィリス様の尾行を希望されました」
「……ふむ。どう思う?」
「お嬢様が何らかの“力”を有している可能性は充分あるかと。たとえば未来予知など……」
「…………」
未来を視る。
確かにそんな力があれば今までのミリスの行動にも説明がつく。先進的すぎるドレスや宝飾品のデザイン。唐突な石鹸開発。まるで最初から発生するのが分かっているかのような世界の終わり調査……。
どれもこれもミリスが未来予知系の力も持っているならば納得できる。
……未来視の力など歴史上数人しかいない。普通ならもう少し疑うところだが、それはそれ。良くも悪くもリリア・レナードという規格外がいるからこそ『うちの娘にもそんな力があるかも』と親バカを発揮するガングード公であった。
もしもミリスに未来予知系の力があった場合。それはつまりウィリスが『何か』をしていることを意味する。
「ウィリスとエイリヒ(ウィリス父・ウィルクード伯)が秘密裏に接触している可能性があると?」
ウィリスはときどき実家のウィルクード家に帰っているが、すでにウィルクード家の使用人数人はこちらの手の内にある。
エイリヒならとにかく、ウィリスであればその可能性を考慮して屋敷以外での接触をしている――可能性はある。もしも何かを企んでいるのなら。
その可能性は当然セバスも認識している。
「確証は持てませんが。お嬢様のあの尋常ではない反応からすれば、何かがあるのは確実かと」
「むぅ」
ガングード公もウィリスの護衛を兼ねて人を付けているので、ウィリスが頻繁に教会へ通っていることも、その目的が一人の女性であろうことも知っている。
微笑ましい恋であるし、平民相手なので正妻は難しいが側室 (妾)であれば問題はない。ウィリスであればきちんと弁えているはずだし、ガングード公も温かく見守るつもりであったが……。
まさかミリスにしても『弟に恋人ができてしまう!』と未来視して慌てたわけでもあるまいし……。
…………。
いや、ミリスならあり得るか?
義理とはいえ弟ができて喜び、その弟に彼女ができそうで慌てているだけでは?
もしかして大したことはないのかも。
そんな考えが鎌首をもたげたガングード公であるが、エイリヒの野心は本物であるしセバスも疑いを持っている以上調査をした方がいいのもまた事実。
「ミリスの護衛という体で何人か付けるか」
「その際はぜひ自分も同行させていただきたく」
「む? しかし……」
「休息は前日までに充分とらせていただきます。お嬢様も初めての街を歩くのですから見知った顔が近くにいた方がよいでしょうし……見極めねばなりませんから」
「…………」
その『見極める』相手とはウィリスではなく、リリアのことなのであろう。
セバスの報告に含まれた隠しきれないリリアへの不信感はガングード公も感じ取っていた。
なるほど、とガングード公は妙に納得してしまう。彼は早いうちにリリア嬢の規格外の能力を目にしてきた。だからこそリリアが多少非常識なことをしても(生)暖かい目で見ることができる。
しかし、そうでないとしたら。リリア嬢の真の力を理解していなければ、彼女はただの非常識な令嬢として映ってしまうだろう。聖女に選ばれ、王太子殿下の婚約者に選ばれて驕った令嬢として……。
もはやミリスの専属に近いセバスの誤解は早めに解いておくべきだろう。彼なら無いだろうが、万が一リリア嬢に無礼があってはガングード家が吹き飛びかねないのだ。
しかし問題は、リリア嬢の凄さを口で説明してもまったく微塵もこれっぽっちも現実味がないことか。
(……よし、ミリスに任せよう)
ミリスに事情を説明して、それとなく気を遣うようお願いしておこう。そうすればうまいこと仲介してくれることだろう。
ちなみに。
後日ガングード公からお願いされたミリスは『どうしてこうなりましたの……?』と膝を突いたという。
閑話 月を追うもの
――気がつけばそこにいた。
彼は、目的を果たしたはずだった。
生まれた意味。
刻まれた宿命。
深く考えることなく“それ”に執着し、とうとう追いつき、そして――
――世界と共に、滅びたはずであった。
息苦しい。つまりはまだ呼吸をしている。
焼かれるほどに眩しい。つまりは視力も存在している。
動けないほどの空腹。つまりは、まだ、生きている。
肉体は生命活動を欲していたが……彼にはもう、生きるつもりはなかった。
神々からは疎まれ。
親の言いなりとなって世界を壊す一助となり。
何も残せぬまま世界と共に焼き尽くされた。
生まれることを望まれず。
生きているだけで災厄となり。
生きるだけで疎まれる。
そんな『悪』として生きるくらいならば、このまま死んだ方がマシであろう。
そう決めた彼は固く決意するように瞼を閉じ――
――そうして、“彼女”に出会った。
次回、8月18日更新予定です。




