閑話 破滅フラグ?(ミリス視点)
リリア様たちとの衝撃的なお茶会から数日後。
自室で会社関連の書類仕事をしているとセバスさんが入ってきました。
「お嬢様。少々よろしいでしょうか」
「はい、何でしょう?」
「……ウィリス様が怪しい動きをしているとの報告が」
「ウィリスが?」
義理の弟であるウィリスとは順調に仲良くなることができ、最近では『ウィリス』、『姉さん』と呼び合うようになれました。
貴族なので前世の姉弟みたいに容赦のないやり取りこそしていませんが、それでも確固とした家族の絆は築けてきていると思います。
ウィリス様は『悪役令嬢』である私を断罪するかもしれない人ですし、彼の実父(ウィルクード伯)は野心溢れる方ですので、ウィリス様に妙な動きがあったら報告して欲しいとはお願いしていましたが……。色々と衝撃的なことが重なりすぎてすっかり忘れていました。主にリリア様のせいで。そしてマリー様のせいで。
「怪しい動きとは?」
「はい。月に一度はウィルクード伯爵領に戻り、教会を訪問しているとのこと」
「……う~ん」
貴族の義務の一つは慈善事業ですし、教会や併設された孤児院を支援するのは必須とすら言えます。ウィリス様が元々暮らしていたウィルクード領の、前々から支援していた教会に行くのはさほど不思議なことではありません。
そう、さほど。
次期公爵候補となり勉強することが増えたウィリス様には時間の余裕がありませんし、わざわざウィルクード領の教会に、月に一度の頻度で通うというのは不自然と言えば不自然でしょう。
養子入りを言い訳にして慈善事業の頻度を減らしても文句は出ませんし、どうしてもやりたいのなら近くの教会でやればいいだけのことですから。
ただ、寄付が少ないであろう地元の教会を優先したい気持ちも分かります。それに今まで付き合いのあった孤児たちの動向も気になるでしょうから、怪しいと決めてかかるのも違うと思います。
不自然なような、そうじゃないような。
そんな微妙な心境であることを察したのかセバスさんが説明を付け足しました。
「場所が場所ですので……。古い教会には避難用の地下室や、地下通路があることが普通ですし、ウィリス様が教会を利用して何者かと接触している可能性はあります」
え? そういうものなんですか?
前世日本人としてはあまり馴染みのない話ですが、地下室や地下通路があるならばウィルクード家の人間と秘密裏に接触することも可能ですか。教会の人間も支援者であるウィリス様やウィルクード家のためなら口を閉ざすでしょうし。
……ん? 何か引っかかるような。
ウィリス様。教会。子供時代……。
「――あぁっ!」
思わず立ち上がった私をセバスさんが訝しげな目で見てきます。
しかし恥ずかしがっている場合ではありません。下手をすれば『ボク☆オト』のフラグ回収で身の破滅一直線なのですから。
「……ウィリス様が次に教会を訪れるのはいつですか?」
「は? はい。おそらくは二週間後くらいかと」
「そうですか。分かりました」
「……もしや、ウィルクード領に向かわれるおつもりですか?」
「気になることがあります。この目で確かめなければなりません」
「しかし、ガングード領ならとにかく、ウィルクード領は……」
「危険なことはしません。護衛の方も付けていただいて結構です。だから、行かせてください」
「…………。……私も同行します。それが絶対条件です」
まっすぐな目で見つめるとセバスさんは折れてくださいました。最近気づいたことですがセバスさんは私に弱いのです。下から見上げると撃破率100%(?)ですから。
『……ミリスがスレてしまったー』
『悲しいことだよー』
『この悪役令嬢ー』
『男を手玉にとるとはとんだ悪女だねー』
失礼すぎる物言いの妖精様でした。くっ、リリア様であれば雷を落とせるのに……。
…………。
…………………。
(……そうだ。リリア様に相談してみましょう)
今までは原作ゲームのことを誰にも打ち明けられなかったはずなのに。今の私はごく自然にそう考えることができました。
自分一人で悩まずに。相談したいと思える誰かがいる。
これはきっと幸せなことなのでしょう。
……妖精様へのツッコミで思いついちゃったのが少しアレですけれど。
◇
数日後。
私はリリア様とお茶会をすることになりました。なぜかセバスさんはいい顔をしませんでしたけど、そこはさすがセバスさん。そつなくお茶会の準備を終えてくださいました。
で。
やって来ました。
リリア様と――愛理さんが。
リリア様が防音の結界を展開するのを確認してから愛理様はピースサインを作り、自らの右目に当てました。
『呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん! みんなの美少女作家☆愛理ちゃんですよ!』
愛理さんでした。
間違いなく愛理さんでした。
なんで幽霊になってまでメイド服着ているんですかあなた?
『と、挨拶はしてみたものの。ゴメンねミリスさま。前世の知り合いみたいだけどいまいちピンとこないんだよね~』
「いえ、違う姿に転生したのだから仕方ありません。ちなみに私の前世の名前は――」
改めて自己紹介すると愛理様は『あぁ! ミーさんか! 久しぶりですね!』と嬉しそうに両手を叩いてくれました。前世だと仕事相手で年齢も少し離れていましたけれど、それでも私は『友人』だと思っていたので一安心です。
「……ふ~ん。ほんとに愛理はシナリオライターだったんだ?」
なぜか白い目を愛理様に向けるリリア様でした。そういえば原作シナリオライターであることは秘密にされていたんでしたっけ。
『うっ、だから言ったじゃんリリアちゃん。下手に原作ゲームの話をしてリリアちゃんが『引っ張られたら』怖いからなるべく話題にしないようにしていたんだよ。つまり私は無罪! 清廉潔白です!』
「……璃々愛は『だってその方が面白そうだったから! たぶん愛理もそう!』って叫んでたけど? わざわざ夢の中に出てきてまで」
『……おのれダメ人間……久しぶりに拳でお話ししなきゃいけないみたいだね……』
前世でも話題に上がったことはありますが、話を聞く限りその『璃々愛さん』は凄い人みたいですね。色々な意味で。
『おっと璃々愛へのお説教はまた後にするとして。ミーさん。原作ゲームの破滅フラグが迫っているんですって?』
「は、はい。まだ確認はできていないので可能性というだけですけれど」
『この時点での『悪役令嬢ミリス』の破滅フラグは……母親が亡くなってしまうことか、使用人に辛く当たっていたことか、あるいは義理の弟をイジメていたことですか?』
あらためて列挙されると破滅フラグ多いですね私。
ちなみにお母様が亡くなることでお父様が悪落ちしてしまいますし、イジメていたメイドが告発することによって断罪イベントのきっかけとなってしまいます。
ただお母様は回復術士のおかげで健康そのものですし、今の私の専属はメイドさんじゃなくてセバスさんなのでこれらのフラグは折れていると思います。
だからこそ問題は最後の一つ、ウィリスであり。
「そう、ウィリスです。彼はすでにうちに引き取られて義理の弟になっているんですが……」
『イジメちゃいました?』
「イジメてません! ……たぶん。きっと。おそらくは。無自覚にやっている可能性は否定できませんが」
『昔の知り合いとしては自信満々に否定して欲しかったな~私』
「だ、だって前世に弟なんていませんでしたし! 無意識に年頃の男の子を不愉快にさせるような言動をしちゃってる可能性もあるじゃないですか!」
『相変わらず気にしぃですね~。そんなことじゃリリアちゃんのお嫁さんになれないですよ?』
「なんでリリア様の周りの女性は私を嫁にさせたがるんですか!? いえリリア様は顔はいいし性格もいいし実家もお金持ちで超超超優良物件ですけど!」
「……本人の前でそれ言います?」
リリア様のツッコミで冷静になる私でした。ヒロインを優良物件扱いって私……。
「と、とにかく! ウィリスは毎月のように教会に通っているみたいなんですよ! これって『レイナ』に会いに行っているのかもしれません!」
『……レイナって誰だっけ?』
愛理様と、リリア様が首をかしげました。
「た、ただのプレイヤーだったリリア様はともかく、なんで愛理さんが忘れているんですか!? あなたが書いたんでしょう!?」
『いや~ゴメンね、こういうこと言いたくないけどさ……メインキャラ以外をいちいち覚えているはずないじゃん!』
「真顔でなんてこと言うんですか愛理さん!?」
『ときどきメインキャラの名前も忘れちゃうよね実際!』
「シナリオライターがそれでいいんですか!?」
『だって横文字の名前とか覚えにくいし! 今さらだけど漢字を使えば良かったかな!?』
「世界観を! 大事にしてください! 嫌ですよ中世ヨーロッパ風の世界観で『佐藤公爵令息』とか『田中伯爵令嬢』とか出てくるの!」
前世での打ち合わせのように絶叫していると、なぜかリリア様が『まともなツッコミ役だ……ありがたやありがたや』と手を合わせてきました。メインヒロインに拝まれる悪役令嬢って何ですかこれ。どうしてこうなりました?
◇
「ええっとどこまで話しましたっけ……? はい、レイナというのは教会に引き取られた孤児でして。将来はシスターになるため勉強中。年齢設定はありませんが、スチル(イラスト)からして私たちと同い年くらいのはずです」
愛理さん相手だと話が進まない気がしたのでリリア様と向かい合って説明します。
「そのレイナさんがどう破滅フラグに関わってくるんですか?」
おぉ、ボケることなく話が進みそうです。さすがです。好感度がぎゅんぎゅんあがっていきますよ。
「はい。幼い頃から慈善事業で教会を訪れていたウィリスはレイナさんの幼なじみでして。お互いに淡い恋心を抱いていたのですが……平民であり孤児であるレイナさんが義弟に近づくことをよしとしなかった『悪役令嬢ミリス』は、暗殺者を差し向けてレイナさんを殺してしまうのです」
「……えぇ? ミリス様、さすがに暗殺はどうかと……」
「やりませんよ!? ボケないでくださいよせっかく感心していたんですから!」
「あいすみません……しかし、暗殺ですか。そんな話ゲームにありましたっけ?」
「ウィリスルートの回想でちょっと出てきただけなので忘れているかもしれませんね」
「そういえば『璃々愛』はウィリスルート一回しかやってないんだっけ。しかもそのあとリュース生存ルート探しばかりやっていたから忘れていても仕方ないか」
どうやらリリア様も『前世の人格が乗っ取った系』ではなく『前世の記憶を思い出した系』であるみたいですね。
「私はレイナさんを暗殺するつもりはありませんけれど、こういうのって『原作ゲームの強制力』があるのが定番ですからね。結局私も王太子殿下の婚約者になりそうですし……」
「あ~もうほとんど決定みたいな流れみたいですね。姉御の話によると」
私の知らないところで決まっていく……。いえ貴族令嬢ですから家や国のために結婚する覚悟は決まっていますけどね。その前に破滅フラグと世界の終わりは潰しておきませんと。
「私が何もしなくても、強制力によってレイナさんが死んでしまうかもしれません。そうなるとウィリスの成長にも悪影響がありますし……。とにかく実際に確認してみて、必要なら私の侍女として雇う形で『保護』してもいいかもしれません」
「なるほど。ウィリス様にこっそりついて行って確認しようと?」
「はい。もしかしたら勘違いかもしれないですし、その教会にレイナさんがいない可能性もありますから」
なにせここはゲームの世界ではなく現実で、意志を持った人間がどこでどんな行動をするか分かりませんからね。もしかしらシスターになる夢を抱かずに別のところで働いている可能性もありますもの。
リリア様は愛理さんと目配せをして、一度深く頷きました。
「じゃあ当日は私もついて行きますね」
「……はい? い、いえ、リリア様にそこまでご迷惑をおかけするわけには……」
今日お呼びしたのだって破滅フラグの確認と相談をしたかっただけですし。
「大丈夫ですよこっちも気になりますし。ミリス様はどうにも危なっかしいですから側で護衛した方が安心できますもの」
いやまぁドラゴンを複数倒しちゃってるリリア様からしてみれば私って頼りないでしょうけど。あれ? これもう確定の流れですか? 10歳時点で悪役令嬢とヒロインが仲良く町歩きとか原作ゲームクラッシャー過ぎません? どうしてこうなりました?
『とうとうミリスもデートをする歳かー』
『子供の成長は早いねー』
『相手がリリアなのが……なんというか、ご愁傷様ー』
『ライバルは多いけど頑張れー』
『波瀾万丈な人生も約束されたけど頑張れー』
『結果的に幸せなら問題なしさー』
『妖精さんは面白おかしく鑑賞――ごほん、応援しているぞー』
妖精様が無責任に乱舞していました。本当にもうそろそろツッコミ(物理)していいですか? リリア様から本気で落雷魔法を学びましょうか……。
ミリス
(ヒロインを優良物件扱いって私……)
リリア
(顔も性格もいいって。ミリス様ってばそんな風に考えてくれていたのかぁ、照れるね!)
リリアからの 好感度が 上がった!
次回、8月12日更新予定です。




