閑話 恋愛フラグ(?) (ミリス視点)
リリア様とのお茶会が決定しました。
早急に接触したいと思っていたので好都合ですね。
……いや無理です。自分を誤魔化しきれません。早すぎです! 早すぎですって! まだ心の準備が何もできていないんですけど!? どうしてこうなりましたの!?
『落ち着けー』
『おちつけー』
『もちつけー』
どこからか現れた妖精様たちが私を落ち着けようとしてくださいました。餅はつきません。
『この程度で取り乱していたら持たないぞー?』
『リリアに会ったら即死するぞー?』
『リリアの嫁にはなれないぞー?』
ふしぎです。妖精様のお言葉が急に理解できなくなりました。ふしぎです。
さて、妖精様のおかげ(?)で何とか冷静さを取り戻すことができました。
そうです。叫んでいても現実は変わらないのですからこれからの対応を考えなくては。
噂や実績から判断するにリリア様は『良いヒロイン』ですから、素直に助けを求めれば協力をしていただける……とは思います。
しかし『実は私世界の終わりの発生場所を知っているので何とかしましょう』とか言っても信じてもらえないでしょうし、下手をすれば『わぁ電波系悪役令嬢だぁ』と距離をとられてしまいます。まさか妖精様から教えられたと説明するわけにも――
……ん? そういえば、リリア様は『妖精の愛し子』だったはず。ということは妖精様に頼んでことの子細を説明していただくのもありでしょうか? それが無理でも私の発言を頭から否定したりはしないはずで……。
『説明とか面倒くさいー』
『妖精さんは気軽に気安く生きていたいのさー』
『だいたい、こっちがそんなことしなくてもー』
『リリアの“左目”で視てもらえば一発じゃんー』
『ミリスの本心から今までやって来たことまでぜ~んぶお見通されさー』
お見通しではなくてお見通され、なんですか。
たしかにリリア様の“左目”が主神スクナ様と同じ金色だということは有名ですし、森羅万象を読み解くだとか人の心が読めるといった噂があることも承知しています。
今まではよくある与太話だとあまり気に留めていなかったのですが……妖精様が言うのですから真実なのでしょうか? よく考えれば原作ゲームでも心を読めたはずですし。
この世界は原作ゲームとはかなり異なっていますが、妖精様の口ぶりでは、少なくとも私の心の内を読めることは確実であるはずで……。
…………。
自分の心を読まれたいと願う人間などいないでしょう。
完璧に純粋純朴な人間などいるはずがありません。人間社会で生きてきたのなら後ろ暗いことの一つや二つはしたことがあるはずです。心を読めるということは、つまり、絶対に隠しておきたい秘密を暴露されることに他ならないはずで。
怖いです。
恐ろしいです。
嫌です。
絶対に避けたいです。
……でも。
この期に及んで何を恐れることがありましょうか?
死すら覚悟して世界の終わりの発生源を調査しようとしたこの身。今さら心を読まれることくらいで躊躇うなど許されるはずがありません。私が動かなければ多くの命が世界の終わりに飲み込まれることになるのですから。
――心を読んでいただきましょう。
震える手を必死で押さえながらそう決意した私でした。
◇
リリア様とのお茶会当日。
私は気づきました。
どうやってリリア様に心を読んでもらえばいいのでしょう?
初対面の貴族令嬢相手に『私の心を読んでください!』と願いできるはずもありません。どんな精神露出狂ですか私。どんな聖人君子でもドン引き間違いなしですよ私。
となると上手いこと説得して私の心を読んでもらえればいいのですけれど、気づいたのが当日朝というのが救いようがありません。考える時間が少なすぎます。どうして私はこうも考え無しなのでしょう?
前世からして大ハマりした同人ゲームをうちの会社でリメイクしようと決めて暴走し愛理さんに多大なご迷惑を掛けてしまいましたし……。あぁ、私ってほんとバカ……。
悩んでいるうちにリリア様が屋敷に到着されて。なぜかマリー・ヒュンスター侯爵令嬢も同行していました。
いえ、リリア様との仲立ちをしてくださったのはマリー様なのですからいても不思議じゃないのですけれど……せめて前もって教えてくれませんかマリー様。こっちにも心の準備というものがあるんですけど。
玄関でお出迎えをした私が目に収めたのは、子爵家令嬢としてはありえないほど高価なドレスを身に纏ったリリア様と……そんなリリア様のすぐ隣に立つマリー様でした。
えぇ。すぐ隣です。肩と肩が触れあいそうなほど。いくら仲が良くても貴族的にはありえないほどの距離の近さです。私とリリア様の仲立人というよりは、リリア様を守るためにここにいるかのような……。
これは下手なことは言えません。冗談じゃなく踏みつぶされそうです。なにせマリー様は竜人。戦闘能力絶無な私では抵抗すらできないでしょう。
こ、心を読んでもらうどころの話ではありません。失言一つでマリー様 (竜人)が敵に回りかねない現状、一体どうすればいいのでしょうか? もしかして嫌いですか? 神様って私のことが嫌いですか?
半ば放心状態の私。それでも公爵令嬢としての躾が役に立ったのかなんとかお茶会の会場となる部屋までお二人を招くことができました。
しかし冷静さを取り戻したとは言いがたくて。
「ほ、ほほ本日は! おおおおお日柄もよく!」
どもりました。
どもりまくりました。
第一印象最悪じゃないですか私?
いやでもヒロインと竜人を前にして冷静でいろというのが無理な話だと思うんですよ私。
そんな間にもマリー様は椅子を引きずってリリア様の隣まで移動し、あろう事かそのままリリア様の腕に抱きつきました。
え?
まさか、百合?
百合展開キタコレ?
……おっとあまりに衝撃的な光景に前世から毒電波を受信してしまいました。もうちょっと真っ当に生きるべきだったのでは前世の私?
頭を振っている間にセバスさんたちが距離をとり、壁の花となってしまいました。うぅ、やっぱり私一人でヒロインと竜人を相手にしなきゃいけないんですね……。
「…………」
「…………」
「…………………」
「…………………」
か、会話がありません。
私とリリア様は初対面も同然ですし、共通の話題になりそうな前世の記憶もマリー様がいるここでは話すわけにもいきませんし……。『お嬢様、頑張ってください』と拳を握りしめているセバスさんは少しくらい手伝ってくれてもいいんですよ?
くっ、しかし今回は私がワガママを言ってリリア様をお呼びした形。ここは何とか私から話題を振っていきませんと!
話題、話題、当たり障りのない話題……。
「……あ、あの! ご、ご趣味は!?」
って何でですか私! お見合いじゃないんですよ私! どうしてこう考え無しなんですか私!?
あまりに阿呆な質問に私が頭を抱えていると――全身に怖気が走りました。
私は戦闘訓練を積んでいるわけではありませんし、前世今世含めて武器を扱ったこともありません。殺気を感じ取るなどもってのほか、で、あるはずで。
なのに。
私は確かに殺気を感じました。リリア様――ではなく、リリア様に抱きつくマリー様から。
笑顔。
とてもいい笑顔でした。
だというのに震えが収まらないのは――殺されると本能が警告を発しているからでしょうか。
なんで?
どうして?
なにゆえに?
大混乱に陥った私はしかし、奇跡的に正解にたどり着くことができました。
貴族令嬢の趣味は読書と刺繍。これは改めて問いかけることではありません。だからこそわざわざこんな質問をしたのは『煽っている』と勘違いされても不思議じゃないわけで。
「あわ、あわわわわ……!?」
なんという大失言。何という大失敗。だからなんで私はこうも考え無しなんでしょうか!?
あぁ、お父様、お母様、ごめんなさい。世界の終わりの脅威も取り除けないまま旅立つ不孝をお許しください。
手を組んで主神スクナ様に祈りを捧げようとしていると、『愛理様』と、とても懐かしい響きが耳に飛び込んできました。
愛理さん?
首をかしげていると周囲に結界が張り巡らされた感覚がありました。訳が分かりません。ここは宰相たるガングード公の王都屋敷。王宮ほどではありませんが抗魔法の結界が張られているのです。魔法の発動はもちろんのこと結界も容易に展開できないはず。
さらに訳が分からないのが無詠唱だったことです。
あの、リリア様? あなた無詠唱で結界を張ったんですか? 抗魔法の結界をぶち抜いて? ちょっと理解が及ばないと言いますか、あなたもう原作ゲームよりチートじゃありません?
「これからの会話は他の人に聞かれることはありませんのでご安心を。うだうだやってもしょうがないので率直に尋ねますけど……ミリス様って前世の記憶がありますよね?」
「ふぇ!? あ、え~っと……」
リリア様、私の心を殺しに来てますか? 精神の安定を破壊しに来てますか? すみませんがジェットコースター話術はもう少し押さえていただけると大変ありがたいのですが。
といいますか、いくら結界でセバスさんたちに会話が聞かれる心配がないとはいえ、結界の中にはマリー様がいるんですけど? あれですか? まさかのマリー様まで前世の記憶持ちという展開ですか?
私が愕然としているうちにお二人はまるで長年連れ添った夫婦のようなやり取りを繰り広げられ……不意に、マリー様がこちらに首を向けました。
「ミリス様。わたくしに前世の記憶はありませんけれど、お姉様から『げんさく・げーむ』とやらのお話は聞かされているのでご安心ください」
「え? そ、そうなんですか?」
「はい。正直よく分からない部分もありますが、その『げんさく・げーむ』は神のような存在であり、未来に起こりうる事象を前もって教えてくださるのですわよね?」
「…………」
は、話してしまったのですかリリア様? 前世だとか、原作ゲームというにわかに信じがたいお話を?
こういう秘密って、自分一人で抱え込むべきなのではないのですか?
「…………、……はい、そんな感じでいいと思います」
リリア様に常識は通用しない。深く心に刻み込んだ私でした。
「ミリス様は前世の記憶があると思いますが、『ボク☆オト』の記憶もあると考えていいんですよね?」
もはや原作ゲームの名前が出てきても取り乱すことはありません。リリア様は非常識。ならばこの程度で慌てふためいていてはお話になりません。
あの愛理さんが側にいるのですから、少し踏み込んだ話をしてもいいでしょう。
「はい。リリア様も、あの愛理様がお側にいるのですから当然原作ゲームについて詳しい知識があると思いますけれど――」
さっそく世界の終わりの話をしましょう。そう決意した私の目には首をかしげるリリア様の姿がハッキリと映っていて。
あれ?
何ですかその反応?
な、なんだか嫌な予感が……。
「……あの、リリア様。もしかして、ご存じないのですか?」
「へ? 何をですか?」
「愛理様のことです」
「愛理? 愛理がどうしようもない腐ったオタクだってことは知っていますけど……?」
いえ確かに愛理さんは典型的な腐女子でしたけど。学生の身でありながら『ボク☆オト』の元となる同人ゲームを一人で製作し、ダウンロード版を一万本以上売り上げた天才シナリオライター(兼イラストレーター)なんですよ?
「……リリア様。一応確認しておきたいのですが……。愛理様は、『ボク☆オト』のシナリオライターであった『ラブ☆リー』さんと同一人物であると……ご存じですよね?」
リリア様の答えは否。「どうしてこうなった?」と頭を抱えていました。
いえ、頭を抱えたいのはこちらなのですが。
私はこの世界で愛理さんの姿を王宮でしか確認していませんけれど、リリア様とはとても親しく楽しげに接していたはず。しかもリリア様は『ヒロイン』という身の上ですのに、どうして知らないんですか?
リリア様はどうしてこうなったと嘆き、マリー様は『頭を抱えるお姉様も素敵ですわ!』とよく分からない褒め言葉(?)を発し、妖精様たちはリリア様を煽るように周囲を舞い踊っていました。
あ、これ真面目な話ができる雰囲気じゃありませんね?
ま、まぁ、今日のやり取りだけでもリリア様が悪人じゃないと確信を持てましたし、真面目な話はまた次の機会でも――
『あきらめたらー』
『そこでー』
『試合終了だよー』
いつの間にやら妖精様が私の周りに集まっていました。いえ人間諦めが大切と言いますし。三十六計逃げるにしかずとも言いますし。今日のところは――
『リリアー』
『ミリスがー』
『心を読んで欲しいってー』
いや妖精様。すっ飛ばしすぎです。もうちょっと説明とか解説をしてくださいお願いします。
妖精様の言葉を聞いたリリア様は椅子を引いて私から距離をとりました。
「……精神露出狂?」
あー! ドン引かれてます! よりにもよってヒロインに! ドン引きされてます! 違うんですリリア様これには事情がありまして!
もはや取り繕っている余裕はありません。テーブルの上に身を乗り出して事情を説明した私です。あのマリー様すらドン引きしているような気がしましたが気のせいです。気のせいなんです。
「わ、わかりましたー。じゃあ“左目”使ってみますねー」
隠しきれないほど頬をひくつかせながら。とても優しい口調で両手を合わせたリリア様でした。痛い子扱いされているのは気のせいだと信じたいです。
リリア様が後頭部に手を回し、眼帯のヒモを解きました。……今さらですがなぜ前世の医療用眼帯みたいな形をしているのでしょうか? 原作ゲームだと豪奢な装飾が施された一点ものの眼帯でしたよね?
眼帯が落ち、“左目”が露わになります。
夜天の月を閉じ込めたかのような。あるいは、鋳込まれた黄金のような。
主神スクナ様と同じ、金色の瞳。
理屈なんて分かりません。
原作ゲームの設定など意味がありません。
ただ、あの瞳であるならば。
古今東西。
森羅万象。
人知を越えて。神々の視座に立って。
ありとあらゆるものを“視て”しまうでしょう。
それは当然私の心も読まれてしまうわけであり――
「――――」
リリア様が椅子から立ち上がりました。
金色の瞳を逸らすことなく私に近づいてきます。
誰も動けませんでした。
私はもちろんのこと。マリー様も。セバスさんも。メイドに扮した私の護衛も。誰一人として彼女の歩みを邪魔することはできませんでした。
声を掛けることすらできません。
歩を阻むなどもってのほか。
その御姿にこちらの呼吸すら苦しくなってきてしまい……。
目の前にいるのは、いったい“何”でしょうか?
神の化身?
諸悪の断罪者?
冷や汗が吹き出したのは恐怖からか。あるいは、――歓喜からか。
矮小な人の身でありながら。
あの“瞳”に捕らえられた恐怖か。
あの“瞳”に映していただけた歓喜か。
地獄の底で閻魔大王に裁かれるかのような。
殉教の果てに神の姿を目にしたかのような。
怖い。嬉しい。畏怖。喜悦。畏敬。憧憬。狂信。崇拝。
様々な感情が浮かんではごちゃ混ぜになる私をリリア様は立ち上がらせて、そして――
――抱きしめて、くださいました。
強く。つよく。
絶対に離さないとばかりに。
今までの奮闘を称えるかのように。
私は、この世界にいてもよいのだと教えてくださるように。
「――頑張りましたね」
私を抱きしめたままリリア様が背中を撫でてくださいました。
「あなたの奮闘を私は知りました。賞賛します。感動しました。たとえ私が同じ境遇にあったとしても、あなたほど頑張ることはできなかったでしょう」
「…………あ、」
褒められました。
いいえ。褒められたこと自体はあります。ドレスのデザインが素晴らしいとお母様からお褒めいただきましたし、会社を設立してからはお父様に褒められる機会も増えました。
しかし、ドレスのデザインも、会社の設立も、あくまで破滅ルート回避のため。世界の終わり回避のためにやって来たことでした。
そんな前準備の段階で賞賛を受けるのは嬉しい反面、心苦しさがあったことも確かでありまして。
だから、初めてでした。
私の真の目的を知り。そのために積み重ねてきた努力を理解して。その上で褒めていただけたのは……。
あぁ、私は、誰かに褒めてもらいたかったのかもしれません。
優しく抱きしめて欲しかったのかもしれません。
そして――
「―― 一人で悩まなくていいんです」
リリア様が私の背中を優しく叩いてくださいます。
「一人で頑張って。一人で苦しんで。そんなのは辛すぎます。いくら前世の記憶があったって、あなたはまだ10歳の少女なんです。泣いてもいいし、叫んでもいい。助けを求めてもいいんです。私はぜんぶ知っているんですから」
リリア様が私を抱きしめていた腕を解き、少し距離をとりました。
わずかな寂しさを感じてしまったのはワガママでしょうか?
リリア様が私を見つめてきます。神と等しき金の瞳で。すべてを見通すであろう金色の目で。
でも。
先ほど感じた超越的な畏ろしさは感じられなくて。
今の彼女なら。
私は、甘えても許されるのでしょうか?
「リリア、様」
「はい、何でしょうか?」
「……お願いです。助けて、ください」
「えぇ。お手伝いしますよ」
リリア様は再び私を抱きしめてくださいまして。
おそらくは。
転生したと気づいて以来、はじめて。
私は、涙を零してしまいました。
◇
私の涙が止まるまでリリア様は抱擁を続けてくださいまして。恥ずかしながら泣いてしまったことはセバスさんたちにも知られることはなかった……はずです。
…………。
胸の鼓動が早いです。
今までにないほどドキドキしています。
これは、まさか――恋?
…………。
いやいやないですから。抱きしめられただけでコロッといくなんてありえないですから。いくらリリア様が前世でも並ぶ者のいないほどの美少女だとしても、私転生者。中身の年齢も合わせれば○○歳なんですから。たかだか10歳の少女に落とされるなんて――あーリリア様も転生者でしたー。外見年齢あてにならないのでしたー。じゃあ合法(?)ですねー。
収まらぬ鼓動に気づかないふりをして。改めてお茶会をはじめようと深呼吸をしていると。
なぜか、マリー様が両手を広げていました。
その目は期待に輝きながらリリア様を見つめています。
「さぁ! お姉様! 次はわたくしの番ですわよ!」
え?
あれってそういう制度(?)だったんですか?
私がツッコミをする前にリリア様はため息をついてしまわれて。
「……はいは~い。マリーは今日も可愛いねー素敵だねー」
少々棒読みながらもリリア様はマリー様を抱きしめました。マリー様の尻尾が嬉しそうにブンブン振られている幻覚が――いえ実際振っていますね。ドラゴンの尻尾を。
…………。
なるほど。
つまり。
リリア様は、求められれば誰でも抱きしめてしまうと。
私を抱きしめてくれたのは可哀想だからというわけではなく、頑張ったからだというわけでもないわけで? 私は別に特別でもなーんでもないと?
へー。
ほー。
ふーん。
リリア様って誰でも抱きしめちゃうんですねー。素敵ー。お優しい方ですわー。
「……あれおかしいな? マリーが拗ねる未来を回避したはずなのに冷や汗が止まらないぞ? どうしてこうなった?」
次回、8月1日更新予定です。




