第3話 シナリオライター
どうしてこうなった?
うん、だいたいマリーのせいだね。
もの凄い勢いで決定したミリス様とのお茶会(という名の町歩き研究会)に想いを馳せて頭を抱える私だった。おのれマリー……可愛いから許す。
いやミリス様は美少女だし? 将来的に美女になるのは決まっているし? そんなミリス様と仲良くできるのは望外の喜びなんですよ? ……どっちかが悪役令嬢になって破滅するかもしれない未来を無視すればね!
私はもちろん破滅なんてしたくないし、ミリス様みたいな美少女が不幸になる場面なんて見たくないんだよ!
いやもう原作ゲームの設定なんて虹の彼方に吹っ飛んじゃったし、あのリュースがそう簡単に追放だの処刑だのをしないとは信じているけどさ。それはそれとして不安になってしまうんですよ小心者としては!
「小心者……? いえ、たしかにドラゴンに比べれば小さな心臓ですわよね」
ナチュラルにドラゴンと比べるのは止めてくれませんかマリーさん?
ちなみに今私は王都のガングード邸に向かう馬車に揺られている。高位貴族(ミリス様)とのお茶会であり、仲人(?)ということもあり同行しているのは侯爵令嬢のマリーちゃんだ。
ナユハ(ツッコミ)がいないのでこれからの悲劇がありありと見えてしまう。気がする。
「危険な場所での歩き方をお姉様に教わろうとは……ミリス様も見る目がありますわよね!」
いやどこが? 私ってアレだよ? 絡まれたら返り討ちにすればいいじゃん的な思考の持ち主だよ? ミリス様って明らかに鍛えてないし、対人戦闘経験が王国トップクラスな私とか無礼者は容赦なく踏みつぶそうとするマリーの話なんて微塵も参考にならないと思うよ?
「しかもミリス様は王妃候補の一人! 『らいばる』というやつですわね! ここは一発ガツンとやっておきませんと!」
「いやガツンとって何?」
「無論わたくしも応援いたしますわ影ながら!」
「私が矢面に立つんか~い」
思わずベタなツッコミをしてしまう私であった。
「あのねマリー。公爵令嬢に無礼を働くと子爵家令嬢なんて冗談じゃなく『消される』よ? 侯爵令嬢で親同士が戦友なマリーはともかく」
「ふふ、お姉様も冗談がお好きですわね。お姉様を消せる存在がどこにいるというのですか?」
マリーは私を何だと思っているのかな? 私を消せる(倒せる)人間も結構いると思うよ? 私が知ってるだけでも師匠とか、お爺さまとか……。あかん意外といなかった。だって魔法で勝てなかったら槍を使えばいいし、槍で勝てないなら魔法を使えばいいんだもの。
そう考えれば私は魔法剣士ならぬ魔法槍使いなのか。ふふふ、語呂が悪いね。
「そもそもお姉様は宮廷伯なのですから、公爵家の人間とはいえ個人で爵位を持っているわけではないミリス様よりは『上』ですわよ?」
公爵家令嬢(爵位なし)と宮廷伯 (現役貴族)なら宮廷伯の方が偉い。理屈はそうなんだけどさぁ。ミリス様と喧嘩になったら親(ガングード公)が出てくるからなぁ。
好き好んで公爵令嬢に無礼は働きたくないよねぇと考えているうつにガングード邸に到着した。
◇
「ほ、ほほ本日は! おおおおお日柄もよく!」
ガングード邸到着後。さっそく始まったお茶会で。ミリス様はどもりまくっていた。漫画だったらきっと目がぐるぐるしているだろうね。
ミリス様付きの執事にそれとなく促されて丸テーブルに着く。私の正面にミリス様が座り、私とミリス様の間にマリーがいる形。
マリーは私とミリス様を繋げた仲立人みたいな感じなので間に座るのは自然な形だ。
まぁ、すぐに椅子を引きずって私の隣にまで移動してきちゃったんだけどね。しかも腕に抱きつくおまけ付き。普通の貴族令嬢じゃありえない行動に執事さんやメイドさんも目を丸くしている。うちのマリーがすみません。
引きつった笑みを浮かべながら執事さんたちが一礼し、部屋の隅へと移動する。視界には収まらないけれど会話は聞こえる、そんな距離感だ。
さてこれからミリス様と親交を深めたり町歩きの基本を教えたりしなきゃいけないのだけど……。
「…………」
「…………」
「…………………」
「…………………」
か、会話がない。
私とミリス様ってほとんど初対面だし、共通の話題になりそうな前世の記憶も執事さんやメイドさんに聞かれちゃう現状では話すわけにもいかないし……。『なんだか知りませんが困っているお姉様も素敵ですわ!』と目を輝かせているマリーは役に立ちそうもないし……。
「……あ、あの!」
重苦しい空気を打ち壊すようにミリス様が声を上げた。
「ご、ご趣味は!?」
いやお見合いじゃないんだから。
と、苦笑してツッコミを入れられるのは私に前世の記憶があるから。お見合いのテンプレ的な質問だという知識があるから。
これが貴族令嬢的な常識で考えると、かなり無礼な質問となる。
基本、貴族令嬢に自由なんてない。一部の例外を除けば親や世間から許してもらえる趣味なんて読書か刺繍だけ。破天荒なマリーだって表向きは読書が趣味ということになっているし、平然と槍を振るっちゃう私がおかしいだけだ。
読書とは知識に対する興味の証明であり、将来的には夫の仕事をサポートできるというアピールでもある。
刺繍とは忍耐力と集中力の証明であり、刺繍したハンカチなどは孤児院に寄付され、販売され、運営費の一部となるので社会保障と高貴なる者の義務を理解しているアピールとなる。
読書か刺繍以外の趣味を持っているなんて奇異の目で見られてしまうし、それが実用的=お金を稼げるものなら『あら、○○家はご令嬢を働かせなければならないほど困窮していますのね』と見なされてしまうのだ。
だからこそ、貴族令嬢の趣味は読書と刺繍。普通は読書と刺繍をするものであり、それは相手もわかっているから改めて質問することもない。
ゆえにこそ、わざわざ『ご趣味は?』なぁんて問われると裏を読んでしまうのが貴族という人種であるわけだ。
ちなみにミリス様の質問に貴族的なフィルターをかけると、
『あなたが普通の貴族然とした趣味を持っているはずがありませんわよね?』
という皮肉になり、さらにフィルターを強化すると、
『祖父が平民だったあなたが読書や刺繍などという高貴な趣味を持っているはずがありませんものね。いったいどんな下賎なことをしてますの?』
と煽りまくっている。ようにとられても仕方がないのだ。
貴族って怖いね。
貴族って面倒くさいね。
……そして。
そんな純粋培養な貴族教育を受けてきた少女が私のすぐ隣にいるわけで。
「…………」
笑顔。
めっさ笑顔だった。
目は上弦を描いているし口角は上がっている。だというのに今のマリーからはものすっごい威圧が発せられていた。
とうとうマリー様も威圧を獲得しましたかーアハハハハ……。元々笑顔って威嚇の一種でありストーンスネークさんも問答無用で襲いかかってくるレベルの敵対行為だものね……。
しかも私の腕への抱き付きがだんだん強くなってきた気が――痛い痛いですマリー様! 怒ってるのは分かったけど腕の力弱めて!?
「あわ、あわわわわ……!?」
マリーの笑顔で自分の失言に気づいたのかミリス様があわあわしていた。前世今世含めて『あわわ』とか口にした人をはじめて見たよ……。
もしかして、ミリス様って面白い子?
ミリス様のあわあわっぷりにマリーも毒気が抜かれたようだ。
「なるほど、これが愛理様の言っていた『おもしれー女』ですのね」
マリーさんは思ったことを口走っちゃう癖を直しましょうねー?
そしてマリーの発言にミリス様がぴくりと反応した。おもしれー女……じゃなくて、その前の『愛理様』に反応したように見えたのは気のせいかな?
ま、いいや。
なんだかもう話が進まなそうだったので私は指をパチンと鳴らした。
私とマリー、ミリス様を包み込むように結界が展開される。
突如として展開された結界にミリス様付きの執事さんやメイドさんが慌てふためくけれど、ただの防音結界なので安心して欲しい。とりあえず一番偉そうな老齢の執事さんに手を振りながら通信魔法でその旨を伝えておく。
さて。
「これからの会話は他の人に聞かれることはありませんのでご安心を。うだうだやってもしょうがないので率直に尋ねますけど……ミリス様って前世の記憶がありますよね?」
ミリス様の面白い一面を見たせいかすんなりと聞くことができた私だった。
「ふぇ!? あ、え~っと……」
チラチラとマリー様を横目で見るミリス様。
なるほど。
リリアわかっちゃった。
マリーから『前世とか口走っちゃう痛い子』扱いされるのが怖いんだね?
「いえ、違うと思いますわお姉様」
違うらしい。
ナチュラルに心読むの止めてくれませんかね? 私じゃあるまいし。
「読んでませんわ。ど~せろくでもないこと考えているなぁと察しただけで」
ろくでもないって。マリーは中二病扱いされて白い目を向けられたことがないからそんなことが言えるんだよ?
「お姉様。ミリス様は、無関係なわたくしがいるのに秘密の話をすることをためらっているのかと」
追加説明してからマリーがミリス様に微笑みかけた。先ほどとは違い裏表のない笑顔だ。
「ミリス様。わたくしに前世の記憶はありませんけれど、お姉様から『げんさく・げーむ』とやらのお話は聞かされているのでご安心ください」
「え? そ、そうなんですか?」
「はい。正直よく分からない部分もありますが、その『げんさく・げーむ』は神のような存在であり、未来に起こりうる事象を前もって教えてくださるのですわよね?」
私って結構失言しまくるからマリーたちにも原作ゲームのことは話しちゃったんだよね。で、マリーはそういう風に解釈してくれたと。
「…………、……はい、そんな感じでいいと思います」
なにやら色々言いたいことをグッと飲み込んだっぽいミリス様だった。まぁ正しいとは言い切れないけど間違ってはいないような感じだものね。
とりあえず納得してくれたみたいなので話を進めることにする。
「ミリス様は前世の記憶があると思いますが、『ボク☆オト』の記憶もあると考えていいんですよね?」
「はい。リリア様も、あの愛理様がお側にいるのですから当然原作ゲームについて詳しい知識があると思いますけれど――」
うん?
愛理?
なんで愛理?
そりゃあ愛理はどうしようもないオタク女子で、璃々愛と一緒に熱く『ボク☆オト』を語り合っていたみたいだけど……。
ミリス様と愛理、もしかして前世の知り合い?
二人は以前王宮で会ったことがあるはずだけど、愛理からは何も言われて……あぁ、愛理は前世と同じ姿形だけど、ミリス様は違っているだろうから愛理だけ気づいていない可能性もあるのか。
首をかしげる私を見て、ミリス様もまた首をかしげた。
「……あの、リリア様。もしかして、ご存じないのですか?」
「へ? 何をですか?」
「愛理様のことです」
「愛理? 愛理がどうしようもない腐ったオタクだってことは知っていますけど……?」
私の返答を受けてミリス様は眉間に皺を寄せた。まるで酸っぱい梅干しを食べたかのような皺の深さだ。
「あの、ミリス様?」
「……リリア様。一応確認しておきたいのですが……。愛理様は、『ボク☆オト』のシナリオライターであった『ラブ☆リー』さんと同一人物であると……ご存じですよね?」
…………。
………………。
……………………。
あぁ、なるほど。愛理だから愛☆理ってことね。リリアわかっちゃった。
いやいやなんで? 璃々愛から一言も聞いてないけど? 愛理から一言も聞いてないけど? そんな重要情報、なんで私が一切知らなかったのかな?
ど、どうしてこうなった?
分かりにくいので補足説明しますと。
愛理、同人ゲーム(リュースがすべてのルートで死ぬヤツ)を作って即売会やネットで販売。
↓
璃々愛、リュースが生存する二次創作を作り、よりにもよって愛理に読ませちゃう(当時の璃々愛は愛理が原作者だと知らなかった)
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話題になって製品版発売(いわゆる原作ゲーム。リュース生存ルート追加)
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愛理以外のシナリオライターがメインとなりファンディスクが作られる(だからリリアの性格が異なっているし扱いも悪い)
↓
評判が悪かったのでスマホ版でなかったことに
璃々愛
「つまり私は! 原作者(愛理)に自分の妄想全開な二次創作を読ませちゃったんだよ! ぐはっ!」
オーちゃん
「即死級の黒歴史を思い出して吐血しとる……」
璃々愛
「ちなみにリリアちゃんに教えなかったのはそっちの方が面白そうだったからさ! たぶん愛理もそう!」
オーちゃん
「厄介な類友だなこいつら……」
次回、7月22日更新予定です。




