閑話 師匠と弟子
とある夜。
ガルドの住まうレナード家別邸に来訪者があった。
「や、師匠。お久しぶりです」
「夜分遅くに申し訳ありません」
ヒュンスター侯マリア。
その夫、キラース。
普通であれば前触れの一つも寄越すものであるが、共に激戦を駆け抜けた仲間なのだからガルドもうるさいことを言うつもりはない。
ただ、一つくらい文句を言わなければならないが。
「ふん、師匠より先に死ぬようなバカ弟子を持った覚えはないぞ?」
昔なじみの仲間の前なのでガルドの口調も冒険者時代に戻ってしまう。
そんな懐かしい口ぶりを聞いてマリアは嬉しそうに頬を緩めた。
「まぁまぁ、生き返ったんだからいいじゃないですか。『結果おーらい』というヤツですよ」
「結果……おーらい……?」
「なんでも異世界の言葉で、『いつまでも終わったことを引きずっているんじゃねぇよオッサン』という意味があるのだとか」
「…………」
もちろん異世界の言葉にそんな意味はないのだが、残念ながらこの場にツッコミをできる人間はいない。
「ま~何だかんだで無事に復活できましたし、リリアも私たちの義娘になりそうなので改めて挨拶をと思いまして。これからは家族としてお付き合いをいただければと」
「……まさか本気とはなぁ。我が孫娘ながら、何と手の早く多いことか……」
「師匠のお孫さんですからね。仕方ないでしょう。むしろ大人しい方なのでは?」
「…………」
失言しまくる嫁をフォローするようにキラースが困ったような声を上げた。
「マリーが『竜人』であることは広く知られてしまいましたからね。今後は竜人の力や血を求める貴族たちからのお見合いが数多く寄せられることでしょう。それならばいっそのこと殿下の婚約者に据えてしまった方がいいと考えまして」
いくら侯爵家とはいえ、推薦しただけで娘を王太子の婚約者に据えることなどできない。四大公爵家のうち二家に王太子と同い年の令嬢がいる現状ならば尚更に。せめて公爵家の動向が定まるまでは“待機”させられるはずだ。
それが通ってしまったのは王家としても『竜人の血』を放置できないから。できうることならリュースとの間に子供を作って欲しいし、それができなくとも他の貴族家に竜人の血が渡ることは避けたいのだ。
……本来ならマリーが女侯爵としてヒュンスター家の血を繋いでいけばいいだけなのであるが、本人がリリアの嫁になることを望んでいるのだから仕方がない。
キラースとしても、一度はリリアにマリーのことを頼んだ身。今さらマリーの決断に反対するつもりはない。
「付け加えるなら、王家に対する『人質』ですね。今回はバカ息子がやらかしてくれましたから。ヒュンスター家の忠誠を示すためにも、本来ならば次期当主となるマリーを王家に差し出さなければならないのですよ」
それは貴族としてのキラースの本心だった。
「……あと、今までマリーには迷惑を掛けてしまいましたからね。せめて好きな人と幸せになって欲しいのですよ」
それは父親としてのキラースの本心だった。
どちらの言葉も本心だし、まったく異なる考えが同居していることに疑問も抱かないのだろう。
やはり貴族として生まれ貴族として生きてきた人間と平民出身の自分とは根本が違うのだなとガルドは今さらながら(リージェンスにそそのかされて)公爵になどならなくてよかったとあのときの自分を褒め称えたのだった。
夫がドン引きされていることに気づいたのかどうかは分からないが。マリアはにこやかな顔で話題を転換してきた。
「そういえば、義娘が呆れていましたよ。私の抱きつき方と師匠の抱きつき方がそっくりだって。勇者パーティはもっと伝授する技を選べって」
「伝授したわけじゃないんだがな。リリアが可愛いのだから抱きついてしまうのはしょうがないだろう?」
「えぇ、しょうがないですね! 『母親』として、母の愛を知らずに育ったあの子を抱きしめずにはいられないのですから!」
「愛を知らずにって……」
リリアが耳にしたら「さすがにそこまでじゃないよ!? どうしてこうなった!?」と嘆きそうな口ぶりだった。
たしかに母親はリリアを愛しているとは言えない状態だったが、ガルドはもちろん、リースやアーテル、ダクスといった家族やシャーリー、キナたちはリリアに愛情を持って接していたのだ。母はともかく、愛されることは知っていた……と、信じたい。
「ところで師匠。最近では義娘に抱きつくことも少なくなったとかで?」
「……あ~、そういえば、そうだなぁ」
今気づいたとばかりに視線を逸らすガルドだった。そんな師匠の反応を見てマリアはにやにやと頬を緩める。
「あれですか? 義娘が強くなりすぎて『可愛がるべき孫娘』から『いつか自分を越えるかもしれない強敵』になりましたか? 一方的に可愛がれなくなりましたか? ほんとにもうどうしようもない槍バカですよね師匠って~」
「…………」
肯定も否定もしないガルド。だが、苦虫を噛みつぶしたような顔が本心を語っていた。
「はいはい、マリア。時間も遅いし、今日のところはこれでお暇させていただくとしよう?」
再会したてで毒舌を吐きまくる嫁を憂慮したのかキラースが仲介に入った。
「え~これからお酒を飲んで再会を喜び合おうと思っていたのに~。でもあなたが言うならしょうがないわね! 今日は大人しく帰るとしましょうか!」
元気よく踵を返すマリア。そんな彼女を見てガルドはつい苦笑してしまう。8年経っても、生き返っても、根っこの部分の『夫バカ』は治らないらしい。
辞去の一礼をして、扉を開けて。廊下へと姿を消す直前にマリアはふと振り返った。
「妃陛下も、私もいます。あとは神官の子と、メイドの子もいるらしいですね。実の母親にはまだ期待できなさそうですが、充分でしょう」
「? 何の話だ?」
「……義娘には『母親代わり』がたくさんいますから。もう、無理して母親代わりをする必要はないと思いますよ?」
「…………」
「というからしくないですよねーあの『鬼畜ガルド』が母親代わりとか。あなた教官時代に何人の学生の心と骨を折ったと――」
「――では師匠。正式な挨拶はまた後日。その際はゆっくり杯を交わさせてください」
嫁の口をふさぎながらキラースは深々とお辞儀をして部屋を出た。
扉の閉まる乾いた音をどこか遠くで聞きながら。ガルドは深い深いため息をついた。
相変わらず、知ったような口をきく。
間違っていないのが厄介だ。
確かに。
リリアは惜しみない愛情を注がれてきた。家族のなかでリリアを愛していない者はいない。あの母親ですら、妄執に囚われてさえいなければリリアを可愛がっているのだ。
しかし。
祖母であるリースはただでさえ不器用な上、リリアを王妃にする使命感から分かり易い愛情を見せることはなく。
同じく祖母であるアーテルは、愛情こそあるものの血のつながりがないことがわずかな遠慮を生み。
父であるダクスは未だ愛する妻の死から立ち直れないまま。息子であるアルフレッドの引きこもりもあり、リリアを溺愛するだけの心の余裕もなく。
――母親のように。
惜しみのない愛情を。
遠慮のない愛情を。
リリアに示すために。分かってもらうために。
とにかくガルドは抱きしめるしかなかったのだ。抱きしめることこそが最高にして分かり易い愛情表現だと信じるしかなかったのだ。
自分らしくないと思っていた。
リリアからも呆れられていると分かっていた。
それでもガルドは抱きしめ続けた。抱きつき、抱きしめて。母親がいなくても大丈夫だとリリアに伝えようとした。キミは愛されているのだと実感してほしかった。この世界にいてもいいのだと安心してほしかった。
その役目も、もはや必要ないのだろう。
リリアはリリア自身の『人徳』によって母親代わりを増やしてみせた。
(となれば、これからは祖父と孫らしく過ごさねばならないか……。はてさて、『普通の』祖父と孫はどういう風に過ごしているのやら……)
悩むガルドは気づかない。
自分の口元がわずかに緩んでいることに。
ちなみに側妃の件はマリーに相談せずマリアとキラースで決めました。貴族としては普通ですね。
次回、6月23日更新予定です。




