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幼女ヒロインは女の子を攻略しました ……どうしてこうなった?  作者: 九條葉月
第二章 幼なじみのメイド編

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14.再会 SIDE:ナユハ

この物語はハッピーエンドです。


 14.再会 SIDE:ナユハ





 朝。

 鉱山労働者の朝は早く、必然的に朝食を作る料理人はもっと早く起きなければならない。


 私は罪滅ぼしの一環として朝食準備の手伝いを行っており、その日もいつものように食堂での一仕事を終えて宿舎へと戻ってきた。この後は皆を起こして再び食堂に向かわなければ。


 そんな中、目の前に転移の魔方陣が展開され……このような私を友と呼んでくださったリリア・レナード様と――、長い、黒髪の女性が姿を現した。


 二人は背中を向けているので顔は分からない。

 しかし私がリリア様を見間違えるはずもなし。……いや、そもそも腰まである長い銀髪の少女なんてこの国にはリリア様しかいないのだが。


 リリア様とほぼ同時に現れた黒髪の女性は空中に浮かんでいて、足の膝から下がうっすらと透けている。幽霊だろうか? 朝焼けという時間に幽霊は少し似合わない気がするけれど。


 とにかく、数日ぶりの再会だ。私が不思議と浮かれる心を抑えながらリリア様に声をかけようとすると、お二人は、ずいぶんと息の合ったご様子で手を打ち合わせていた。

 会話の内容はよく分からなかったけれど、親しさだけは伝わってくる。


「…………」


 なぜか心臓が重く感じた。

 なぜか息苦しさを感じた。


 だからだろうか。ちょっとばかり不機嫌な声で『朝っぱらからうるさいですよ』などという失礼な物言いをしてしまったのは。


 続けて口をついて出た毒舌には自分でも呆れてしまう。リリア様が褒めてくださったのに、何と可愛げのないことか。

 けれど、毒を吐いてスッキリとした自分も確かに存在していた。


 原因は分かっている。

 黒い髪と黒い瞳……。私と同じ色彩を持つ少女がリリア様の側にいて、リリア様と親しげに会話をしていたから。


 偏見を持たないリリア様にとっては黒髪も、黒目も、特別なものではない。生まれ持ったものに同情はしないが、かといって重視するようなものでもない。

 きっと私という存在でさえも……。



 ――友達。



 私にとって過分であるはずのその言葉を口にしたのはリリア様との繋がりを確かなものにしたかったせいか。


 大丈夫。

 私などが友人であるなど烏滸(おこ)がましいけれど、それでもリリア様は友達だと言ってくだされた。こんな私を抱きしめてくださった。


 もう大丈夫。

 だからこそ。

 私はリリア様に寄り添う少女に目を向けた。


「リリア様、そちらの方は?」


 発言とほぼ同時、幽霊は私とリリア様を引きはがした。……瞬時に理解する。彼女は強敵(・・)に違いないと。


『はじめまして。リリアちゃんの前世からの親友(・・・・・・・)、笹倉愛理です』


 微笑みは宣戦布告だろうか。

 私とて負けるわけにはいかない。

 親の罪。自分の罪。それらは決して消えることはないけれど、ここでの謙遜は、私を友と認めてくださったリリア様を侮辱することに繋がるのだから。


「……そうですか。お初にお目にかかります愛理様。前世など関係なく(・・・・・・・・)リリア様に友達として認めていただいたナユハでございます。以後、お見知りおきのほどを」


 このとき火花を散らした女性が後に“親友”と呼べる存在になるのだから人生とは面白いと思う。





「――どうしてこうなった!?」


 リリア様が口癖(?)を叫ぶと同時。怪獣(?)大戦争はゴーレムの勝利で幕を閉じた。


 ストーンドラゴンの遺体を巡ってリリア様と妖精様との間でちょっとした争いがあったことは特記すべきだろうか。結果としてはリリア様が異空間(アイテムボツクス)へとストーンドラゴンの死体を収納することになった。


 その後は順調に発掘が終わり、王都に豪邸が数件買えそうなくらいの金貨が掘り出された。いや歴史的な価値を加味すれば城一つ買えるかも。

 金貨の価値はレナード商会の娘であるリリア様の方が正確に読み取ったようだ。


「私のポケットには大きすぎるぜ……。たしか埋蔵金の取り分は発見者と土地所有者が半分ずつ……いやそれは前世の話か。う~ん、お爺さまに報告と相談をしなきゃいけないから、今日のところは一旦帰ろうかな」


 そう言ってリリア様は発掘した金貨に薄く土を盛った。

 一応目くらましのつもりらしいけれど、これくらいではすぐに見つかってしまうのではないかと不安になる。リリア様はこういうところが少し雑というか適当というかだらしないというか……。

 いえ、また岩を乗せると掘り返すとき大変なのは理解しますが。


 もう少し気合いを入れて隠した方が、と進言するべきかどうか迷っているうちにリリア様は宿舎に向けて歩き出してしまった。

 ここで転移魔法(テレポート)すればいいと思うのだけど、私を宿舎まで送ってくださるらしい。『ナユハみたいな美少女を一人で歩かせるわけにはいかないよ、悪い男に襲われちゃうかもしれないし』と。


 正直、戸惑ってしまう。

 私が美少女であるかどうかは個々人の趣味もあると思うのであえて言及はしないが、このような黒髪黒目の私を襲う物好きはいないだろう。事実、今までの人生において(特に庶民となって貴族令嬢としての護衛が付かなくなってからも)そのような危険に遭遇したことは無い。


 いや黒髪黒目という理由で敵意を向けられたり足早に逃げられたことはあるが、それらは『襲われる』とはまた違うだろう。


 でも心配してもらえるのは嬉しくて。しかし私のような罪人にそんな資格は無いはずで……。リリア様といると、自分という存在を勘違いしてしまいそうになる。私も、年頃の普通の女の子ではないのか? と。


 そんなはずはないのに。

 私は誰よりも罪深いのに。


 自嘲しているとリリア様が立ち止まった。いつの間にか宿舎前に到着していたらしい。


 リリア様が振り向く。

 腰まで伸びた銀髪が揺れる。

 宝石のように美しい灼眼が私の姿を捕らえた。


 我が国随一の魔力保持量。

 王国一の商会、レナードの愛娘。

 そして、いずれは“神槍”を継ぐであろう者。


 そんな肩書きだけで他者を気後れさせる彼女はしかし、年相応の可愛らしい笑顔を私に向けてくださった。


「じゃあ、ナユハ。また遊びに来るから、くれぐれも無茶をしちゃダメだよ?」


『ナユハさんとは今度じっくりお話しする必要があると思うので、よろしくね? 特にリリアちゃんのことに関して』


 リリア様と愛理様はそんな挨拶をしてから王都へと転移した。

 無詠唱での長距離転移。それがどれだけ非常識なことであるか……きっとリリア様はご理解されていないのだろう。身近な比較対象が『当代一の魔女』と称えられたリース様(祖母)であることも一因か。


「…………」


 お二方の善意に答えるならすぐに宿舎の自室へと戻るべきだ。

 しかし私はどうにも気になってしまった。城一つ買えるほどの金貨。それを、土を被せたくらいで放置できるほど私は剛胆な性格をしていなかったのだ。


 きっとこのままでは寝床に入った後も不安になって眠れない。それどころか様子を見に行かなければ気が済まないだろう。


 なら、夜中に行くよりはまだ日が出ているうちに。私の稟質魔法(リタツト)を使えば簡単に掘り返せない程度の岩を積めるはず。

 そうと決めた私は踵を返して金貨のある場所へと戻ることにした。

 さほど時間をかけることなく目的の場へ到着する。


「……え?」


 金貨を残した発掘穴。

 深さ10メートルはありそうなその穴の中に3人の男性がいて、リリア様が被せた土を掘り起こしていた。


 財宝発掘が他の人間にバレてしまったのは……そう不思議なことではないのかもしれない。たしかにこの区域は廃棄され人が近づかない場所だが、ストーンドラゴンとゴーレムの戦いの際に発生した音は鉱山まで届いただろうから。この連中が様子見に駆けつけて発掘作業を見ていた可能性は十分にある。


 他の作業員が駆けつけなかった理由は採掘坑内で作業をしていて音が聞こえなかったか、あるいは発破魔法の音と勘違いしたか……。まぁとにかく、今するべきは原因究明ではなく盗掘犯の確保だろう。


「無窮の――」


 稟質魔法(リタツト)を発動、する直前に口をふさがれた。

 他の魔術でもそうだが、言葉を発せられなければ魔法を使うことはできない。無詠唱魔法など本来は数十年修行した大魔術師が至れる境地なのだ。


「おっと、喋るなよクソガキ。死にたくなかったらな」


 不愉快な男の声。この時点でやっと背後から忍び寄ってきた男に捕まったのだと認識する。

 何とか拘束から逃れようとするが、おそらくは鉱山労働者なのだろう、鍛え上げられた肉体相手に私はろくな抵抗もできなかった。


「おいオメェら! ロープもってこい! 口枷になりそうな布もだ!」


 私を拘束した男が盗掘者共を怒鳴りつけた。慌てた様子で三人が駆け寄ってくる。


「兄貴、そんな黒髪どうするんでさぁ?」


「娼館にも売れねぇでしょう? 見られたのならしょうがねぇ……殺っちまいますか?」


「殺すのは後々面倒だ。どうせなら町まで降りて売っちまおう」


「えぇ?」


 売れるのか? と疑問を顔に出す男。金にならない女を町まで運ぶよりは近くの森で殺してしまった方が楽なのだろう。どうせ黒髪が一人殺されたところでまともな捜査もされないのだし。

 そんな反応を見て背後の男がどこか自慢げに声を上げた。


「海の向こうじゃ黒髪も需要があるらしい。こいつは顔だけなら綺麗だから高く売れる。……それに、こいつがいなくなれば財宝もこいつが盗んで逃げたと思われるだろう。しょせんこいつは罪人の娘だ」


 悔しいが、男の言葉は間違っていない。

 財宝が盗掘され、黒髪の私がいなくなれば……私が盗んだと考えるのが普通の人だ。不吉だと忌み嫌われる黒髪黒目で、しかも大罪を犯したデーリン伯爵家の娘なのだから。


(それでも、リリア様なら……)


 淡い期待に内心で首を横に振る。いくらなんでも都合がよすぎる考えだ。友達と呼んでもらえたとはいえ、お互い出会ったばかり。信じるには時間も交流も少なすぎる。しかも数十年来の親友であろうともあっさり裏切るのが貴族という人種なのだから。


(……それに、よく考えれば私にふさわしい展開だ)


 罪を犯した女が断罪され、ざまぁないなと嘲笑されながら娼館に売り飛ばされる。物語の結末にはよく存在し、そして――私のためにあるような“役目”だ。


 リリア様であれば『どうしてこうなった!?』と叫んだかもしれない。

 でも、私は現状を受け入れた。

 因果応報。

 罪人である私に文句を言う資格はないのだから。





 ロープで私を拘束した後、男三人は再び盗掘作業に戻っていった。

 私は穴の縁近くに寝転がされ、最初に私を捕まえた男が見張り役として隣に座っている。わざわざ腰に剣を佩いているのは子供一人に対して過剰な警戒心だ。


 明日は休養日だから朝早く馬車で町まで向かう。そこで人買いに売り渡す。その後は海を越えて娼館勤めだ、と。男は下卑た笑いを浮かべながら私に解説した。酒を飲み、目の前には人生を遊び尽くしてもなお余るほどの金貨。おそらくはバラ色の未来を思い浮かべて気分が高揚しているのだろう。


 この国での奴隷売買は禁止されている。だが、金になる以上消えることはないのだろう。社会の裏側についてデーリン家の娘である私にとやかく言う権利はない。


 酒を飲む男も、命令に従い金貨を回収している連中も、働かずにすむ明日に目を輝かせている。


 決して褒められた男共じゃない。

 けれど、生きることに貪欲だ。

 贖罪のために動いているだけな私に、彼らを批判する権利はあるのだろうか?


 感じたものはまぶしさか、あるいは羨望か。

 苛つきか、もしくは嫉妬か。


 口枷をされた私では彼らに声をかけることもできない。


「…………」


 もしも彼らに助言できたのなら。私はしただろうか?


 欲を掻いて全部回収しようとせずにさっさと逃げろと。

 金貨を少し盗んだくらいなら怒らないだろうから、カバンに詰め込めるだけ詰め込んで後は諦めろと。


 誰から逃げる?

 誰が怒る?

 そんなことは言うまでもない。

 とうの昔に帰った後だとしても。彼女(・・)には千里を無とする転移術があるのだ。



「――あぁ、よかった。ケガはないみたいだね」



 地獄の底から響いたような可憐な音色。そんな矛盾を内包した声を背後からかけてきたのは……。


「ちっ!」


 見張りをしていた男が腰の剣を抜き放った。相手の姿を確認するより前に。

 問答無用。不意打ち上等。振り向きざまの抜刀は常人では反応すらできないだろう。


 けれど、彼女(・・)は普通ではない。

 神槍と称えられるガルド様の愛弟子であり、いずれは神槍の名を継ぐとガルド様が期待を寄せる天才。

 いくら頑強な肉体を持っていようが、素人同然の剣に後れを取るはずがなし。


 そもそも。

 武の道をゆく者が何の準備もないまま敵に声をかけるなんてありえない。


「――人間無骨」


 リリア様の構えていた槍が唸り、男の右腕が飛んだ(・・・)


 鮮血が吹き出し、利き腕を切られた男の叫び声が響く中、私は身体をひねり、何とか彼女を視界に収める。


 槍の穂先とは本来『突き』に特化したもの。そんな槍で鉱山労働者の太腕を骨ごと切断した――ことは、まだいい。ガルド様の弟子であるならば納得もできる。


 しかし、リリア様のあの顔は何だろう?

 人一人の腕を切り飛ばしておきながら。あふれ出る鮮血を視界に収めておきながら。なおもリリア様の表情に一切の動きはない。同情も、動揺も、見いだすことは叶わない。


「運がいいね、あなたたち。これでナユハが傷ついていたら問答無用で殺しちゃっていたもの。……ほんと、心配した。ほんと、安心した」


 花がほころんだような笑顔はこの場で浮かべていいものではない。

 深紅の瞳がもはや人の返り血にしか見えなかった。


 これが歴戦の傭兵であれば納得もできる。しかし、彼女はたった9歳の貴族令嬢なのだ。屈強な男相手も、真っ赤な血も、怖気の走る切断面も、本来は絶対に平気であるはずがないものなのに。


 そこまで思考が走った時点で、納得した。

 思い出したのはいつかのガルド様とのやりとり。


 いわく、大陸でも唯一無二とされる銀髪と赤目の組み合わせを有するリリア様は狙われる対象であった。魔術の研究目的で。兵器として利用するため。単純な鑑賞目的で。常に誘拐犯の標的であったのだと。


 ガルド様は話されなかったが王国一の商会『レナード』の愛娘であることも一因だったのだろう。うまく身代金をせしめれば一生豪遊できるのだから。


 リリア様はいつ誘拐されてもおかしくない人間であり――、祖父であるガルド様も、祖母であるリース様も、リリア様がただ守られる存在でいることを許さなかった。


 自分の身は自分で守る。

 それが元冒険者であるガルド様とリース様の一致した見解となった。


 槍を基本とした護身術はガルド様が。

 膨大な魔力の扱い方はリース様が。


 鍛え上げた結果リリア様は自らの力で迫り来る誘拐犯を撃退し続けて……。比喩でも何でもなく、この国でも有数の対人戦闘経験(・・・・・・)を有するようになったのだと。


 リリア様の表情に男も恐怖を感じたのだろう。


「て、てめぇら! 囲んでやっちまうぞ!」


 男が指示を出すが、答える声はない。すでにリリア様の稟質魔法(リタツト)は発動し、輝く帯状の物体が他の連中を縛り上げている。


「――くそがっ!」


 男は逃げの一手を選択した。仲間を見捨てて。切り落とされた片腕も諦めて。

 その判断は正しい。リリア様は戦闘狂ではないし逃げた相手までは追わないだろうから。


 ただ最悪だったのは……。

 時間稼ぎが目的か、あるいはただの憂さ晴らしか、残った左手で私を発掘穴へ突き落としたことだ。


 ロープで縛られた今、受け身を取ることなんてできない。剥き出しの岩に頭をぶつければ間違いなく死ぬし、そうでなくても10メートルほど転がり落ちれば全身を打撲して致命傷となるだろう。


(あ、死んだ)


 不思議とゆっくり流れる時間の中、私はそんな確信を抱いてしまった。

 しかし恐怖はない。

 デーリン伯爵家に誘拐された子供の方が恐かっただろう。これから先どうなるのか。これからの人生で自分はどんな扱いを受けるのか……。それを考えれば『死んで終わる』自分の何と幸運なことか。


 死は恐くない。

 でも、リリア様の前で死ぬのは少しだけ嫌だった。


 泣いてくれるだろうか?

 それとも、因果応報だと思うだろうか?


 ……前者であると、そう思ったのは自意識過剰ではないと信じたい。


 そして――


「――このバカ!」


 落下する私の真下が光り輝き、それが転移の魔方陣だと理解した瞬間に私はリリア様から抱きしめられていた。

 温かい。

 そして。


「助けるのはいいけど受け身くらいとって!? ぴぎゃあ!?」


 愛理様の悲痛な叫び声が響き渡った。

 思ったよりも弱い衝撃。

 早まる鼓動を必死に押さえる私と、私を抱くリリア様。

 私たち二人の下敷きとなり衝突の威力を和らげてくださった愛理様。


 友達と、友達の友達を下にしている現状に血の気が引いた。そうでなくとも相手は銀髪赤目でレナード商会の愛娘なのだ。


 リリア様がロープを切ってくださったので私は慌てて二人の上から降りた。


「も、申し訳ありませんリリアさ――ま?」


 私の頬を、リリア様が両手のひらで挟むように叩いた。いつかのように。叩いた、とはいっても痛くはなくかろうじて音がする程度の力だったけれども。


 柔らかな手のひらからリリア様のぬくもりが伝わってくる。

 そのままリリア様は私の頬から手を離すことなく、じぃっと、私の目を見つめてきた。


「ナユハ。どうして逃げなかったの? どうして稟質魔法(リタツト)を使わなかったの?」


「それは、その、魔法を発動する前に口をふさがれまして……」


 嘘は言っていない。

 なのに、だんだんと声が小さくなってしまったのはなぜだろうか?


 リリア様が私から視線を外して下を向いた。だから表情は読めなかったけれど、その声は震えている。


「妖精さんから頼まれた。ナユハを助けてあげてって。自分たちでは人間の生き死にに干渉できないからと」


 それは巷間言い伝えられるもの。妖精様は人間の生死に関わることはないけれど、唯一許されるのが罪人への天罰であると。


「逆に言えば、妖精さんが来たからにはそれだけ命の危険があったということ。ほんとうに、無事でよかったよ……。………でも、私は言ったよね? 無茶はしないでねって」


 前半は泣きそうな声で。後半は怒りを抑えきれない声色で。


 ぶちりと。何かが切れた音がする。

 リリア様の眼帯を止めていた紐が切れたのだ、そう認識するのと同時にリリア様が顔を上げた。落ちゆく眼帯を気にとめることなく。


 眼帯を外したリリア様は初めて見る。

 普段隠されている左目は、まるで、満月のような金色の輝きを放っていた。


 建国神話における主神スクナ様と同じ色。

 すべてを見通し、未来すらも読み解いたと伝わる金の眼。


 神話に語られる伝説の瞳が私を捕らえた。その美しさに息を飲み、その恐ろしさに息が止まる。


 嘘はつけない。

 すべて見透かされる。


 私はなぜか確信すら抱いてリリア様の瞳を見つめ返した。見つめ返すことしかできなかった。


「ナユハの稟質魔法(リタツト)は祖霊の集合体。たとえ呪文が途切れようとも、ナユハが真に望めば助けてくれる。逆に言えば、ナユハが望まなければ助けることはできない。だって、しょせんは死人でしかないのだから。ナユハの力のおこぼれでこの世に止まっているだけなのだから」


 すべてを見抜いたかのようにリリア様が断言する。


「……ねぇ、ナユハ? あなたは諦めたのでしょう? 自分の人生を、贖罪のために使い潰そうとしたのでしょう?」


「…………」


 否定はできない。

 すべて見抜かれるだろうし、何より嘘をつきたくなかった。


「……バカな子」


 そうつぶやいたリリア様はどうしてか私よりも年上に見えた。


 リリア様が私の頬から手を離した。

 柔らかな温もりがわずかな余韻を残して……消えた。


 瞬間、私の全身に怖気が走る。



 呆れられたかもしれない。

 嫌われたかもしれない。



 罪人であろうと、なかろうと。自分の命を粗末にする人間など好かれるはずがない。好かれていいはずがない。


 ……あぁ、どうして。


「いいよ。ナユハがあくまでそういう態度を崩さないのなら。私にだって考えがある」


 冷たい声音に私はリリア様との距離を感じた。その表情からはどんな感情も読み取ることはできない。


 もう、笑いかけてくれることはないのだろうか。

 もう、抱きしめてはくれないのだろうか。


 後悔などしても、もう遅い。

 リリア様は何度も手を差し伸べてくださって。それを受け入れなかった私が悪いのだから。


 私は罪人。

 私は咎人。


 幸せになる権利なんてないし、リリア様の手を取る資格もない。

 分かっていたはずなのに。何度も自分に言い聞かせたはずなのに。


 それでも。

 この胸が張り裂けそうなほどに痛いのは……。



 ……あぁ。

 どうして。

 どうして、こうなってしまったのだろう?







質問があったので、追加説明。


リリアと璃々愛の関係について。

魂は一緒で、よくある転生もののように、リリア(今世)の人格を璃々愛(前世・転生者)が上書きするところを、璃々愛の『リリアちゃん萌えパワー!』で無理矢理中止させた状態です。


本来は『リリア・レナード』の意識すべてを璃々愛が占有するところを、璃々愛の希望で隅っこに留まっている状態です。


璃々愛は神様の転生体=神の器を持つ人なので、多少の無茶はしてくれます。




次回、19日更新予定です。

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