第七章 エピローグ 少女を最も愛した神 その1
分割です。……なんでエピローグが分割されているんだろう?
――しょせんは一目惚れだと、笑いたければ笑えばいい。
大聖教をはじめとした大小様々な宗教で『神々』と崇め奉られる存在。
そんな神々の一員であるウィルドからしてみれば。『神』と呼べる存在は『御方』だけだった。
偉大なる御方を差し置いて神様を名乗るなど、ありえない。罰当たりにもほどがあるというものだ。
だからこそ人間たちがウィルドたちを神と崇め奉り、宗教まで立ち上げたことに思うことはある。
……しかし、ウィルドも、他の者たちも、そんな人間たちの想いを否定するつもりはなかった。
人を越えた力を持ち、世界の理に干渉する権利を持つ以上、人々にとっての『神』という条件は満たしていると言える。
そもそも御方を神扱いしているのはウィルドたちの勝手な行動であり、御方本人が知れば「いや神様なんかじゃないし!?」と否定されるだろう。それでもなお御方を神と呼び慕っているウィルドたちが、人間たちの行動に否を突きつける訳にもいかない。
御方とウィルドたちの関係は、御方の好みを反映すれば『オーディン』と『戦乙女』となるだろう。……仕事内容の差異は脇に置いておくとして。御方に代わって事をなすという意味では『天使』の方が正しいか。
そんな『天使』であるウィルドに与えられた使命は……運命を司り、可能性を見届けること。
御方の定めた『はじまり』の時。その時が間違いなく来るように、始まったことを見届けられるように、すべての『運命』を調整してきた。
運命とは御方の定めた『はじまり』への道筋であり。可能性とは、その『はじまり』のあとに続く世界のこと。
御方の夢見た世界のために。
そのためならば。何でもしようと心に誓った。
時代を進めさせすぎる者を許さず。
早すぎる世界の変革を許さず。
多くの。多くの『運命』を整えてきた。自らの髪を対象の『運命』とつなぎ合わせ、運命の糸として調整に用いた。
使命を終えた運命の糸はウィルドの周りに纏わり付いたまま消えることなく。何度も、何度も運命を調整し、そのたびに運命の糸はウィルドを覆い隠し、繭のように世界から切り離していった。
着々と進む世界との断絶。
それが、恐くなかったと言えば嘘になる。
『――バカね。世界と切り離されてしまったら、『はじまり』のあとを見届けられないじゃない』
一番の友達はそう言って呆れていたけれど。しかしウィルドは覚悟していた。見届ける前に失敗してしまってはどうしようもないのだからと。
御方の意志のために。
御方の願いのために。
悲劇なき世界のために。
喜劇に溢れた世界のために。
約束された始まりの時を迎えるため。運命の調整は、誰かがやらなければならなかった。ならば自分がやらなければならなかったのだ。
幾星霜の時が過ぎ。
多くの『神々』がその役目を終えて。
ある者は自らその機能を停止させた。
ある者は狂って処分された。
ある者は何処かへ去って二度と姿を見せなくなり。
神々が様々な終焉を迎える中。時には人と恋に落ち、堕天する者もいた。
『――あなたも恋をすれば分かるわよ』
一番親しかった友は、そんな言葉を残して自らの役目を放棄した。
寂しくなかったと言えば嘘になる。
怒りがなかったと言えば嘘になる。
羨ましくなかったと言えば……、……どうだろう?
運命の糸に囚われながら。世界と隔絶しながら。それでも最後まで寄り添ってくれた友達がいなくなったのは確かに寂しかった。
御方の願いを知りながら。その願いを叶える力を与えられながら。それでもなお自分の恋心を優先した彼女に確かな怒りを覚えた。
羨ましかったかどうかは……やはり、わからない。
人の運命を狂わせる。もしも、そんな自分の運命を捨て去ることができたなら。
それは果たして幸せなのだろうか? 運命を捨てて。そのあと何をするのかも不明なまま。自由という世界で生きるというのは……幸せなのだろうか?
『あなたにも、いつか分かるわよ』
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
『だって、それがあなたの『運命』だもの』
金色の瞳が優しく煌めいた。
未来を語る役割を与えられた彼女は、別れを惜しむように私へ手を伸ばした。
もはや運命の糸の残滓によって大部分が覆い隠された私には、その手が届くことはなかったけれども。
運命の糸は、もはや糸という形容すら生温く、すでに『繭』とでも呼ぶべきものとなってウィルドを包み込んでいた。
しかし、もはや恐怖はない。
後悔もない。
運命を狂わせた。
多くの運命を狂わせた。
その罪が世界との隔絶というのなら甘んじて受けるしかない。
かすかに残った世界との繋がりは、狂わせるべき相手と繋がった『運命の糸』だけ。
画面で外の様子は確認できたし、ときおり助けを求める人間の声も届いたものの、直接触れることは叶わずに。
春咲く花の香りも分からず。
夏の暑さも感じられず。
秋の寂寥感も理解できず。
冬の寒さも無関係のまま。
幾星霜の時の果て。
運命を狂わせるべき最後の相手は誕生した。
王太子。リュース・ヴィ・ヴィートリア。
世界を変える者にして、始まりへの起点となる者。
人類種の特異点にして、御方により定められた『運命』の終わりとなるべき者。
人類に早すぎる発展をもたらす者にして、その死によって神々の見守る時代を終わらせる者。
死ぬことが定められ、死ぬことこそがすべての始まりへと繋がる者。
どの運命へ進み、どんな死に方をするかまでは分からない。けれど、結末は同じになるはずだった。同じにしなければならなかった。ここで失敗すれば今までの行動すべてが無意味になってしまうのだ。
人類を発展させすぎないように。間違いなく『起点』となってくれるように。
注意深く観測した。細心の注意を払って運命を調整した。
途中、リュースが三歳になった日にほんのわずかな間だけ画面が乱れたけれども。それ以外は完璧な調整だった。
リュースはいい子だった。
最初は義務感から王を目指していたけれど、ある日から自分の意志で王になることを願うようになっていた。よき王となるために不断の努力を積み重ねることのできる少女だった。
彼女なら、大丈夫じゃないだろうか。
きっと、いい国を作ってくれるんじゃないだろうか。
よい方向に人類を発展させてくれるんじゃないだろうか。
ウィルドは初めて悩んだ。悩んでいるという自覚のないまま悩み続けた。
運命を変える必要などないのではないか?
どれだけ発展するか、どのように発展するかなど人類自らの手に委ねてしまえばいいのではないか? もはや御方の意志を継ぐべき『神々』のほとんどが消え去った今、いまさら干渉するのは間違っているのではないか?
しかし、リュースの死がなければ『はじまり』は訪れない。
御方の望んだ世界が……。
悩んでいると自分ですら気づかないままウィルドは悩み続け。必然的に『運命』への干渉もわずかに緩んでいた最中。
それは起こった。髪束のいくつかが……リュースの運命と繋がった『運命の糸』が激しく揺れたのだ。
『――運命が狂った?』
ウィルドらしい無感情な声。
ウィルドらしくない上ずった声。
画面を見たウィルドは、見た。
輝くような銀髪の少女と、彼女の手を取り片膝をつく金髪の少女を。
その光景はまるで演劇の一場面であり、とても素敵な物語の始まりを予感させた。
きっとその物語は幸せで、悲劇なんて存在せず、ありとあらゆる障害も二人を止めることはできないはずだ。
そんな物語は『運命』に存在しない。
リュースにあるのは悲劇のみ。
幸せな結末も、かすかな希望もありはしない。
リュースの死は絶対で、一度や二度避けた程度では死の運命は覆らない。
人はいつか必ず死ぬが、リュースにはそれが早く訪れる。リュースに15歳より長く生きる道などないのだ。
……でも。
もしも、そんな悲劇を破壊できる存在がいたとしたら。
もしも、悲劇を喜劇に変えられる“少女”がいたとしたら……。
『――これの識別名称はウィルド。運命を司り、可能性を見届ける者』
小さくつぶやいたウィルドは気づかない。
背中の翼が、何かを喜ぶように羽ばたいていることに。
マリー
「少女を最も愛した神。なるほどその恋心は本物でしょう。ですが、王国では二番目ですわ!」
ウィルド
「不可解。では一番は誰だというのか」
マリー
「ちっちっちっ……、ナユハお姉様ですわ!」
ナユハ
「え? 私? ここは「わたくしですわ!」と言う場面だと思うよマリー様」
愛理
「そもそも快傑ズバ○トとか誰が知っているのかな? やっぱりボケるならみんなが知っているネタをだね……」
リリア
「いや教えたの愛理じゃん」
愛理
「というか異議あり! リリアちゃんを一番愛しているのは私だと思います!」
マリー
「む、ならばわたくしも対抗するしかありませんわね! わたくしが一番ですわ!」
ウィルド
「反抗。私が一番であると断言する」
ナユハ
「え? え? ……わ、私が一番だと、思う……かな?」
マリー&ウィルド&愛理
「「『どうぞどうぞ』」」
ナユハ
「なんでかな!?」
リリア
「伝統芸能だからね、しょうがないね」
次回、5月26日更新予定です。




