閑話 レイジスの焦り &とある昔話
短い話を二本一緒に投稿します。
神官長、レイジスは焦っていた。
あの神聖会議は大失敗だった。リリアから『黒髪黒目』を引き離すことができなかったし、神聖派の神官たちが無様にも取り乱している中、見事に場を治めたことによって中庸派の影響力が増してしまった。
さらには、ヨウリン公爵家の長男であり神聖派を率いる神官長である自分が失禁してしまうなど……。
ここ数日はレイジスへの神聖派神官からの接触も少なくなった。以前であれば毎日のように酒を酌み交わし、正しき信仰について熱く語り合っていたというのに。
権力を求める人間は、権力の在処に敏感だ。権力を失った人間は簡単に切り捨てるし、離れていってしまう。
自分が今までそう生きてきたからこそ。レイジスは自らが『切り捨てられる側の人間』になったと感じ取っていた。
すべては、数日前の神聖会議のせいで。
自分に瑕疵はなかった。腰を抜かしてしまったのは人知を越えた『力』を受けたせいだ。と、レイジスは自分を納得させる。
実際は(珍しいとはいえ)よく知られたスキル・威圧を何の心構えもなく受けたせいであるのだが、レイジスはそんなことを知る由はないし、たとえ知っても認めないだろう。
自分が不覚を取ったのは人知を越えた『力』のせい。
では、その『力』は何だったかというと……。
リリアの放ったものでは、ない。
そうレイジスは結論づけた。リリア・レナードは人道派に祭り上げられただけの少女。特別な力などない。それは、自分がそう判断したのだから間違ってはいない。間違っているはずがない。
ならばリリア・レナード以外が『力』を振るったことになる。そうでなければおかしいのだから。
あの『力』は確かにリリア・レナードを中心に発せられていた。あのとき、リリア・レナードの側にいたのは――
「――ナユハ・デーリン」
憎むべき黒髪黒目。滅ぶべき黒髪黒目。そう、黒髪黒目であればヨウリン公爵家の長男であり神聖派を率いる神官長でもあるレイジスの不意を突くこともできるだろう。なんという卑劣。何という狡猾な。絶対に、絶対に許してはならない存在だ。
「――“魔王の娘”め……」
隠すことない殺意を込めてレイジスがその“真実”を口にした。もはやほとんどの人間が信じていない昔話を。
そして。
その憎しみの呟きに答える声があった。
「その通りです。黒髪黒目。魔王の娘であるという“証”を有するあの女は、決して生かしておいてはなりません」
いつから近くにいたのか。レイジス付きの神官が硬く拳を握りしめた。
「聖女リリアを誑かし、高位神官を威圧し、レイジス様に恥を掻かせ、歴史と権威ある神聖会議を台無しにするなど万死に値する罪。神官として、忠実なるスクナ様の僕として絶対に許せない悪行です」
「…………」
そう。悪行だ。
ヨウリン公爵家の長男にして神聖派を率いる神官長であるレイジスを貶めるなど。その罪は、その命で以て償わせなければならない。
正当なる正義の怒りを燃やすレイジス。そんな彼の歪みきった正義心を見て取り神官はわずかに口端を吊り上げた。
「さすがレイジス様。貴方様こそ真なる信仰を体現なさった御方。もはやこの国に、大聖教に、レイジス様と対等にあることのできる者などいないでしょう」
そう。レイジスこそが神官の中の神官。魔王の娘であるナユハ・デーリンの正体に気づかず、傀儡であるリリア・レナードにすり寄るなど。愚かすぎて反吐が出る。
「大聖教の腐敗は正さなければなりません。レイジス様のお力によって」
そう。レイジスがやらなければならない。真実に気づいた自分こそが。腐りきった人道派や愚かな神官共を追い出し、真なる大聖教を再建しなければならないのだ。
「レイジス様の評判は神聖ゲルハルト帝国にも響き渡っております。ここはヤツらの力を使い、大聖教の膿を出し切るべきでしょう」
神聖ゲルハルト帝国……。しかし、ヤツらは長年対立してきた存在で……。
「利用するだけでいいのです。レイジス様の才覚を用いれば簡単なこと。都合のいいときに切り捨てればいいだけの話。あの“魔王の娘”の正体に気づいたレイジス様であれば容易いことでしょう」
そう。容易い。私ならばできる。できないはずがない。しょせん神聖ゲルハルト帝国の連中など薄汚れた血を後生大事に奉っている連中なのだ。建国以来の高貴な血を引くレイジス・ヨウリンであればできる。できないはずがない。
「さっそくヤツらとの会談の場を設けましょう。準備はすべてこちらにお任せください。相手が“敵国”である以上危険な仕事ですが、レイジス様のためです。この命に代えてでも実現させてみましょう」
悲壮な覚悟を表情に浮かべる神官を目にして、レイジスはこの男に任せれば大丈夫であると確信した。
表向きの表情。
そんなもの、貴族社会に生きる者ならばどうにでも作ることができるというのに。魑魅魍魎渦巻く貴族社会から(自分でも知らぬうちに)追い出され、大聖教という限られた世界で生きてきたレイジスはついぞ気づくことができなかった。
閑話 とある昔話。
むかし むかし そのまた むかし
スクナ様は虐げられていた奴隷を哀れに思い、後に初代勇者と呼ばれることとなるユーナ・アベイルと共に自由と権利を賭けて戦いました。ヴィートリアン王国では子供でも知っている神話です。
奴隷がいる。
ということは、必然的に。人々を奴隷にしたとされる存在がいるわけであり。
――魔王。
その者は、そう呼ばれ、それはそれは恐れられていました。
その黒髪は光届かぬ絶望の色であり。
その黒き瞳は、太陽昇らぬ永遠の闇を思わせました。
光り輝く金髪金目のスクナ様。
闇より深い黒髪黒目の魔王。
その戦いは光と闇の戦いそのものであり。
人々は忘れませんでした。
自分たちに希望をもたらしたスクナ様の高潔さを。
自分たちに絶望をもたらした魔王の恐ろしさを。
人々は忘れません。
スクナ様の戦いを。
魔王の凶悪さを。
……そして。
魔王なき後。魔王から引き継いだスキルを用い、スクナ様の治世に混乱をもたらした“魔王の娘”のことを……。
リリア
「魔王の娘? なるほど、つまり血の呪縛から解放されたナユハと石破ラブラブ天○拳で魔王を倒すフラグ……」
愛理
「魔王も死にきれないね、それ」
リリア
「そもそも今に伝わる神話自体、登場人物が読んで「え? 今こうなっているんですか?」ってドン引きする内容だし……」
愛理
「それを言っちゃあ おしめえよ……」
次回、5月21日更新予定です。




