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幼女ヒロインは女の子を攻略しました ……どうしてこうなった?  作者: 九條葉月
第七章 悪役令嬢編・2

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閑話 マリット・ヒュンスター(マリット視点)





 一番古い記憶は、何だろう?


 外で遊んでいる記憶?

 家族で食事をしている記憶?

 人によっては生まれたときの記憶を有しているかもしれないし、中には前世の記憶を有した人もいると聞く。


 僕の記憶は、叱られている記憶だった。


 庭の木の枝にできた小鳥の巣。

 その巣を近くで見たくて、子供らしい無謀さを発揮して木登りをしたのだ。


 もちろん子供の腕力や判断力で満足な木登りができるはずもなくて。僕は木の幹の半分ほど上ったところで手を滑らせてしまった。


 子供だから大した距離を上れたわけではない。

 でも、そんな高さも子供にとっては致死の落下になるわけで。


 死への恐怖を覚えている。

 一瞬で至った諦めの境地を覚えている。


 僕の身体は驚くほどゆっくりとした時間の中で地面に落ちていき……。


 気絶。


 気がついたとき真っ先に感じたのは後頭部の柔らかさ。そして、頭を包み込むかのような暖かさだった。


 お母様が、僕を膝枕して回復魔法を掛けてくれていた。

 頭の暖かさは回復魔法のおかげ。

 それはつまり、回復魔法が必要なケガを頭にしたということなのだろう。


 お母様は僕を立ち上がらせ、服の汚れを払ってくれたあとに――ゲンコツしてきた。回復したばかりの頭に。星が飛ぶほどの威力で。


「――この、馬鹿息子が」


 普段の優しさからは信じられないほどに険しい顔。

 なのに、今にも泣き出しそうな顔。


 怒りながらも、悲しんでいた。

 親としての義務で怒りながら、親としての心が悲しんでいた。


 僕が、そんな顔をさせてしまったのだ。

 僕のせいで、お母様を悲しませてしまったのだ。


 もう二度と。

 お母様にそんな顔をさせたくない。


 そう誓った。


 そう誓った、はずなのに……。






 地下室での軟禁。

 貴族的に言えば『療養』している最中。


 何もすることがない。何もするわけにはいかない。会える人は僕の食事や着替えを持ってきてくれるメイドだけという状況。


 時間だけはあるので必然的に僕は自らが犯した罪について考えることになる。


 重大犯罪人である『漆黒』への協力。

 騎士を襲撃しての、禁書級魔導書の強奪。

 そして、王太子殿下暗殺未遂。


 極刑に処されるべきだった。

 死刑になって当然だった。


 計画が成功すれど失敗すれど、僕が捕まれば父上や妹も連座で処刑されることとなるだろう。それを分かっていながらも僕は行動してしまった。


 …………。


 ……いや、本当に分かっていたのだろうか?


 いくら僕が愚かだったとしても、これでも次期侯爵としての教育を受けてみた身。お母様の復讐のためとはいえ、父上やマリーが巻き込まれてしまうと本当に理解していたなら、あんな行動は起こさなかったはずだ。


 自分がやったことなのに、自分がやったとは信じられない。

 まるで、誰かから操られていたかのような……。


 ……馬鹿らしい。

 自分の犯した罪から逃れるためにこんなバカな考えしまうだなんて。やはり僕はとんでもない愚か者であり、こんな僕だからこそ『漆黒』などに協力して王太子殿下暗殺など企ててしまったのだろう。


 死ぬしかない。

 死んで詫びるしかない。


 しかし、お父様は僕を『病死』させるつもりはないみたいだ。侯爵であれば僕にすべての罪を被せて家の存続を図るべきなのに。


 そして陛下も僕を処刑するつもりがないらしく。王太子殿下はわざわざ地下室にまで足を運んでくださり、僕を将来の側近候補として勧誘してくださっている。


 殿下の器の大きさには感心するしかないし、そんな殿下から直接お誘いいただけるのはこの身に余る栄誉だ。けれど、暗殺未遂という大罪を犯した僕がのうのうと側近候補になることなどできるはずがない。


 これからどうするべきか。

 罪の重さからすれば自決して当然。だが、殿下からお誘いいただいている現状での自害など殿下の顔に泥を塗る行為でしかない。ただでさえ身勝手な理由で暗殺しようとした上に、これ以上迷惑は掛けられない。


 これからどうするべきか。

 ただただ呆然と悩み続ける僕を叱りつけるように――乱雑な音が響いてきた。


 おそらくは足音。

 誰かが、走るような早足でこちらに向かってきていた。


 お父様ではない。お父様はあんな大きな足音を立てるようなことはしないだろう。同じ理由で僕の面倒を見てくれているメイドも違う。


 殿下でもないだろう。殿下は男性とは思えないほど柔らかな物腰の人物であり、いくら急いでいてもあのように足音を乱すようなことはしないはずだ。


 マリーは……。マリーなら、リリア・レナード嬢に関する何事かがあれば走りもするし大きな足音も立てるだろう。ただ、そんな状態のマリーがわざわざ僕に会いに来るはずもないのでこれも違う、と。


 では、誰だろうか?


 他にこの地下室に近づきそうな人物というと……『漆黒』くらいだろうか? しかし漆黒も足音を乱すような男ではない。そもそも暗殺に失敗し拘束された僕にはもう何の利用価値もないのでやって来ることはないはずだ。


 となると――


 頭を悩ませているうちに仕切りのカーテンが開け放たれ、足音の主が姿を現した。


 いるはずのない人物。

 二度とは会えないはずの人。

 でも、確かに僕の目の前にいるのは……。



「……おかあ、さま……?」



 8年前。

 幼少の頃に死別したとはいえ、間違えるはずがない。


 澄み切った空のように蒼い髪。マリーをそのまま大人にしたかのような風貌。……いいや、『母親』なのだからマリーが似ていると表現するべきか。


 お父様や殿下からそんな話は聞いていた。リリア・レナード嬢の協力によりお母様が復活できるかもしれないと教えられていた。


 そんなはずはないと信じなかった。

 死んだ人間は蘇らないし、お母様は、確かにあの騎士団長に殺されたのだから。


 なのにお母様は生きていて。

 僕の記憶にある姿のまま、僕の前に立っている。


 お母様は怒っていた。


 記憶の中の優しさからはかけ離れた険しい顔。

 なのに、今にも泣き出しそうな顔。


 怒りながらも、悲しんでいた。

 親としての義務で怒りながら、親としての心が悲しんでいた。


 あのときと同じ。


 僕が、そんな顔をさせてしまったのだ。

 僕のせいで、また、お母様を悲しませてしまったのだ。


 もう二度と。

 お母様にそんな顔をさせたくない。


 そう誓った。


 そう誓った、はずなのに……。



「――マリット」



 お母様が微笑んだ。怒りと悲しみを押し隠した笑顔。何と恐ろしく、何と申し訳ないことか。


 一歩、二歩とお母様が近づいてくる。

 僕は動けない。

 このあと襲い来る激痛を予見しながらも、動くわけにはいかなかった。


 僕は間違えた。

 許されぬ罪を犯した。

 再びお母様を傷つけてしまった。


 ならばすべてを甘んじて受けるべきだろう。


 そして――



「――この、馬鹿息子がっ!」



 お母様が拳を握りしめた。

 ゲンコツされる。

 あのときのように。

 星が飛ぶほどの痛みを伴って。


 僕が歯を食いしばってゲンコツに備えていると――、顎に衝撃が襲ってきた。頭頂部ではなく、顎。覚悟していた場所とは真逆。予想外の場所であったせいで痛みも倍増したような気がする。


 痛みと衝撃で意識が朦朧とする。


 天井に手が届くほど高く打ち上げられた僕の身体は、しかし、奇妙なほどゆっくりと優しく着地した。


 お母様が僕を指差し、何かを叱責する。

 でも、朦朧とした意識の僕ではお母様が何を言っているのか良く聞き取れなかった。


 分かったのは柔らかさと、暖かさ。


 あのときと同じ、後頭部の柔らかさ。

 あのときと同じ、頭を包み込むかのような暖かさ。


 膝枕をされていた。

 あのときのように。


 頭部に回復魔法を掛けられていた。

 あのときのように。


 けれど、あのとき膝枕をして回復魔法を掛けてくれたお母様はまだ僕を叱責しているわけで……。



「――大丈夫ですか?」



 子供の声。

 子供とは思えないほどの落ち着きをもった声音。


 リリア・レナード嬢。


 レナード嬢が僕の頭を膝に乗せ、回復魔法を掛けてくれていた。


 貴族子女に膝枕をさせるなんて倫理的というか常識的にかなりマズいし、相手が王太子殿下の婚約者であるのが本当にマズい。暗殺未遂とか関係なしにギロチンされかねない。いや死んで当然の僕だけれども、横恋慕 (誤解)の上での処刑という結末は勘弁してほしい。


 慌ててレナード嬢の膝から離れようとする。が、レナード嬢に頭を押さえつけられて失敗した。信じられないほど力強さ。僕も復讐のためにそれなりに鍛えてきたつもりだったが、まさか年下の少女に力負けするなんて……。


 レナード嬢が柔らかに微笑んだ。年上男子を押さえつけているとは信じられないほどの余裕だ。


「脳しんとうを起こしているかもしれないので、安静にしてくださいね。回復魔法を掛けたので大丈夫だと思いますが、一応『視て』おきましょうか」


 レナード嬢が左目の眼帯を外した。


 ――黄金の瞳。


 主神スクナ様と同じ、金の瞳。神話でしかありえない目が僕を見つめてくる。


 すべてを見抜かれた気がした。

 僕の犯した罪も。幼い頃に宿した復讐心も。お父様やマリーを巻き込んでしまった罪悪感も。


 恐ろしい。

 恐ろしいはずなのに抵抗できなかった。する気も起きなかった。“神”を前にして矮小な人間が頭を垂れるしかないように。レナード嬢を前にして何の隠し事ができようか?


 ……。


 …………。


 ………………。


 あぁ、そうか。

 彼女は間違いなく“聖女様”であり。

 聖女様だからこそマリーを救ってくださり、お母様を蘇らせてくださり、こんな僕すら助けてくださったのだろう。


「……んん? んん~?」


 僕の瞳を見つめて首をかしげるレナード嬢――いや、聖女様。聖女様は顎に手を当て小さく独りごちた。


「なんて複雑で用心深い術式……。“左目”ですらちょっと見ただけじゃ気づかないねこれ。むしろ“左目”対策でこんな七面倒くさい術式を用意したとか? だとしたらなんて性格のねじ曲がった……」


 僕の両頬を鷲掴みしてジロジロ観察してくる聖女様。そのまましばらく何事かを考え込んでいたけれど、不意に僕から手を離し、そのまま自分の髪の毛を一本引き抜いた。


 この国に十人もいないとされる、銀髪。

 髪の毛一本だけでもその希少性は天井知らずであり、うまくすれば一財産築くことができると噂されている。


 そんな銀糸の髪を、聖女様は僕の左手首に巻き付けた。


「まぁ、ないよりはマシでしょう」


 よく分からないことを呟きながら一人納得する聖女様。やはり聖女様のお考えを凡人の僕では理解することはできないということか。


「マリット様。回復魔法は掛けましたが頭への衝撃は恐いですからね、数日は安静にしてくださいますか?」


「…………」


 聖女様の膝から頭を上げ、スクナ様から伝えられたという聖なる体勢、正座をする。


「ご慈悲を戴き感激の極み。聖女様の言いつけをしっかり守り、数日は安静にさせていただく所存です」


 聖女様に深々と頭を下げると、聖女様の困惑した声が降ってきた。


「……せいじょさま?」


「はい。あなたこそ聖女に相応しい御方。マリーを救っていただいただけではなく、お母様まで。しかもこのような罪深い僕にまでご慈悲を戴けるとは……。これまでの数々のご無礼、服して謝罪させていただきます」


 感服。

 敬愛。

 尊敬。


 正座の状態で頭を下げるのは、スクナ様が伝えたとされる生涯最大級の謝罪方法、『土下座』の形だ。


 僕としては当然の行動をしただけなのだけれども。なぜだか聖女様は困惑を深めているようだった。


「次期侯爵に『土下座』させるとか……どうしてこうなった?」


 いや僕が次期ヒュンスター侯になるのは無理じゃないですか?







 マリー

「お姉様の膝枕! お兄様だけズルいですわ!」


 リリア

「ただの救命措置なんだけど……?」


 マリー

「わたくしにも膝枕をしてくださいませんと不公平ですわ! 不公平!」


 リリア

「……あ~はいはいじゃあ家に帰ってからね~ちょっと我慢しましょうね~」


 マリー

「さすがお姉様! お兄様の倍! いえ三倍は膝枕をお願いしますわね!」


 リリア

「不公平、どこ行った?」



次回、4月2日更新予定です。



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― 新着の感想 ―
[一言] おや? マリットに精神操作の類いの魔法がかけられていた……?
[一言] どうやってもマリットが次期侯爵当主はまずいよなあ・・・婚約者いなくてよかったなあ
[一言] ドラゴンアッパー・・・つまり しょ~りゅぅーけーん!
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