第3話 マリット・ヒュンスター
前回までのあらすじ。
復活させたマリア様から宣戦布告(?)を受けたでござる。どうしてこうなった?
いや感謝されるためにやったわけじゃないけどさ、それでもちょっとくらい感謝してくれてもいいのでは? ……うん、まぁ、私がやったことってフーちゃんの尾っぽを煮込んだ汁を振りかけただけだから、実際に感謝されるとそれはそれで困るけどね。
さてこの状況をどう納めたものか。
せめてもの救いは私の隣にリュースがいたことかな? 他の人からはリュース(王太子殿下)にマリーはやらんと宣言したように見えただろうし。
いやヒュンスター侯(マリア様)が王太子殿下にそんな発言をするのはかなりマズいし、実際のところマリア様は私を見ているのがかなりマズい。ルート的に。何でマリーを娶る方向で話が進んでいるんですか?
こんな時、まず真っ先にツッコミ(物理)を入れてきそうなナユハさんは「さすがマリー様のお母様だね……」と静観の構え。せ、正妻の余裕ってヤツですか?
そして当事者のマリーは「よく考えましたら、この状況は両親への紹介になるのでは!?」と色ボケていた。圧倒的なツッコミ不足。誰かもう一人くらいツッコミ役をください。
「リリアも何だかんだでボケ役だものね」
ボケてなんていませんよナユハさん? 私は四六時中寝ても覚めても真面目っ子なんですから。
私がナユハにツッコミをしていると――
「――マリア。久しぶりだね」
どうしようもない状況を打開すべく動いてくれたのはヒュンスター侯。……ややこしいな。現在のヒュンスター侯であり、マリア様に侯爵の地位を譲る(戻す)予定のキラース様(マリー父)。
キラース様の姿を捕らえ、マリア様が恋する乙女のように目を輝かせた。
「あなた! 久しぶりね! 8年経っても変わらずの格好良さ――いえ! 年を経たことによってさらに魅力的になったわね! 少し増えた皺も白髪も似合っているわ! あぁ! わずか8年でこれだけ素敵になるなんて! あと10年20年経ったらどれだけ壮麗な男性になることかしら!」
怒濤の勢いで腰をくねらせるマリア様だった。うん、マリーのお母様だね絶対。
あと、こういう言い方は失礼だけど……キラース様ってそんなに魅力的な男性なのかな? 外見だけで判断するなら疲れた中間管理職なんだけど……。
「リリアは女好きだからね。男性の魅力は分からないのかな?」
私は別に女好きじゃないですよリュースちゃん?
あとその言い方だとリュースは魅力が分かっているのかい?
「……うん、リリアの方が魅力的かな」
さらっと口説いてきた。恥ずかしげもなく口説いてきた。この乙女ゲームのメインヒーロー(女)め。
リュースが色ボケしている合間にもキラース様とマリア様が話を進めてしまう。
「マリア。何から言えばいいか分からないけれど……そうだね。まずどうにかしなければいけないのはマリットだろうか。実は――」
おいおい部外者(レイジス神官長)がいるのに説明しちゃうの? 大丈夫キラース様? マリア様が復活した喜びで冷静さを失っているとか?
「分かっているわキラース。この8年間、動くことはできなかったもののマリットとマリーのことはずっと見守っていたから。今どんな状況なのかは理解しているつもりよ」
見守っていた、とは文字通りの意味だ。
黒いドラゴンは首だけの状況になっても魔力を集め続けて復活したものね。ドラゴン(竜人)であれば死後もある程度の行動はできるってことなのだろう。
黒いドラゴンはその『余力』とでも言うべき力を自身の復活のために使っていたけれど、そういう恨みやら憎しみやらがなかったマリア様は復活を目指さず(というか思いつきもしなかったのかな?)、子供たちを見守ることに『余力』を使っていたと。
ちなみに。
竜人としての力もないマリット様がワイバーンを操ることができたのは、ドラゴン(ワイバーンの成体)であるマリア様が見守っていた(睨みをきかせていた)からだったりする。
さて。
マリア様の息子であるマリット様は王太子殿下を暗殺しようとして、今はヒュンスター邸の地下室に軟禁されている。
貴族的な思考なら近いうちに『病死』することになるのだけれども……陛下たちの反応を見るに、なんとかマリット様を助けるつもりらしい。リュースも何度か説得のためにヒュンスター邸を訪れているみたいだし。
そしてマリット様を見守っていたマリア様は現状を理解している。はたして彼女はどういう対応をするつもりなのだろう? 母親としてなら息子の助命を願うのだろうけれど、『ヒュンスター侯』として判断するならば……。
「では、行きましょうキラース」
そういってマリア様は復活したばかりの身体を輝かせ……見上げるほどの大きさのドラゴンに変身してしまった。マリーと同じ蒼いたてがみ。蒼い鱗。
いやいや、
いやいやいや、
ここには部外者であるレイジス神官長がいるんですけど? なんで当然のようにドラゴンに変身しちゃっているんですか?
というか勇者パーティの戦友であったガングード公やゲルリッツ侯が知らなかったのだから、竜人であることはお二人にも秘密だったのでは? いいんですか? 変身しちゃっていいんですか? もしかしてマリア様もキラース様と再会できた喜びで冷静さ失ってます? 実は似たもの夫婦だったり?
私が内心でツッコミしている間にマリア様はキラース様を手のひらに載せ、飛び立ってしまった。たぶんマリット様が『療養』しているヒュンスター邸に向かったのだろう。
マリア様はマリーを置いて行ってしまったし、無視するのも何なので転移魔法で追いかけるとしようかな。
ちなみに私は最近またレベルアップ(?)したようで、ここにいる人間くらいなら同時に転移させることも可能だったりする。まぁ部外者であるレイジス神官長を連れて行くつもりはないし、後処理をする人間も必要だろうから連れて行くのはマリーとナユハ、リュースでいいかな。
◇
王都のヒュンスター邸に転移すると、ちょうどマリア様がドラゴンから人間形態に戻るところだった。マリーで見慣れているとはいえ、やっぱり質量保存の法則を無視した変身は脳がバグるよね。
勝手知ったる。迷うことなく玄関に入ったマリア様はそのまま(マリット様が『療養』している)地下室へと向かってしまう。
いくらマリーの実家とはいえ、侯爵家の敷地内にずかずかと足を踏み入れるのはちょっと気が引けたけど……マリーが私の手を引いて先導するので流されるまま邸内に入り、地下室を目指す。
地下室への扉は私が壊したまま修理されていなかった。魔鉱石製の扉なんてそう簡単に直せないというのはわかるけど、一応マリット様は療養という名の軟禁状態なのにいいのだろうか? せめて普通の扉くらい付けるべきなのでは?
まぁ、実の息子にそこまでひどいことは出来なかったってところなのかな? 貴族としてはマリット様を切り捨てるべきなのだろうけど、『親』であるキラース様としては決断できなかったと。
そして。
もう一人の『親』であるマリア様は地下室の壁際で立ち止まった。
カーテンによる安直な仕切り。その奥にいたのは以前と特に変わった様子のないマリット様だった。普通『療養』させられたらストレスで体調を崩したり満足な食事を与えられずにやつれたりするものなのだけど、そんな様子もない。
「……おかあ、さま……?」
目の前に現れたマリア様を見て、驚愕に目を見開くマリット様。死んだはずの母親との再会。ここで漫画やアニメなら抱きしめて感動の抱擁となる場面だけど――
「――マリット」
微笑みを浮かべたマリア様は一歩二歩とマリット様に近づいていく。その様はたおやかで、優しげで、ともすれば聖女のような慈しみに溢れているように見えるけれど――、私には分かる。マリア様の背後から覇気とでも言うべきものがあふれ出ていることに。
マリア様はマリット様を抱きしめられる距離まで近づいてから、止まった。
マリット様は動けない。
8年ぶりの母親との再会というのもあるのだろうけれど、これは、あれだ。蛇に睨まれたカエル状態。このあとの悲劇を予見しているのは私だけですか?
そして――
「――この、馬鹿息子がっ!」
マリア様が動いた。
拳を固く握りしめての、振り上げ。前世的に言えばアッパーカット。実の息子、しかも子供に対するものとは思えないほどの容赦ない一撃。下手すれば顎の骨砕けるのでは?
竜人パワーによって天井近くまで飛ばされるマリット様。受け身も取れそうにないので稟質魔法を使いマリット様の身体を包み込むように受け止める私。
もうマリット様は前後不覚というか意識が朦朧としているのだけど、そんな息子に構うことなくマリア様は指をビシィッと突きつけた。
「結果はどうあれ、こちらの要請に即座に答え騎士団を派遣してくださった陛下を逆恨みするとは何事か! 何の関係もない王太子殿下を巻き込むとは何事か! そんな子に育てた覚えはないわよ!」
いや、うん、正論。正論ではありますマリア様。直前のアッパーカットがなければ完璧だったんですけどね。前世だったら児童相談所案件の暴挙のせいで場の空気がとんでもないことになってますから。キラース様までドン引きしているってよっぽどですよ?
あと、マリア様ってマリット様が幼い頃に亡くなられましたし、そもそも貴族って使用人や家庭教師に育児や教育を丸投げにするのが普通なので言うほど育ててないですよね? しかも現役の『ヒュンスター侯』として政務に追われていたはずですし。
突っ込みたいけど、さすがにヒュンスター侯相手にツッコミするわけにもいかないわけであり。とりあえずマリア様から目を逸らしてマリット様に回復魔法を掛けてあげる私であった。
ど、どうしてこうなった……?
次回、3月23日更新予定です。




