第2話 マリア様復活……の、準備
※『聖女』、『王太子の婚約者』相手なのでガングード公たちはリリアに敬語を使っています。
はいこんにちは。最近はマリア様の復活だとか、黒いドラゴンの御魂封じだとか、10歳児にはハードすぎるお願いをされているリリアちゃんです。そろそろ泣いても許されるんじゃないのかな?
「聖女が泣くのは影響が大きすぎると思うな私。たとえ嘘泣きだとしても」
嘘泣きだと決めつけるのは止めてくれませんかナユハさん?
「お姉様の心はオリハルコンでできていますものね」
乙女のハートをオリハルコンにしないでくださいマリーちゃん。
いつも通りのやり取りはまぁ置いておくとして。マリア様を復活させるためにナユハとマリーを引き連れて王宮へと足を運んだ私だった。
マリーは関係者(実の娘)として参加確定だし、ナユハも私の護衛騎士としての同行、らしい。
誰が王宮へ同行するかについては嫁(?)たちの仁義なき戦いがあったみたいだけど……うん、ワタシ、ナニモ、シリマセン。
ちなみに私の肩にはいつも通り不死鳥のフーちゃん(命名・私)が乗っている。最近はずいぶんサイズが小さくなったので『小鳥と遊ぶ聖女様』的な爽やかイメージに一役買っていると思う。門番の騎士様もにこやかに通してくれたし。
王宮の正門で今回の件の首謀者(?)であるガングード公とゲルリッツ侯、そしてヒュンスター侯が出迎えてくれたので一緒に中庭へと移動する。
中庭、とは言っても周りの建物はドラゴンに破壊されたのでただの広場と表現した方が適切かもしれない。黒いドラゴンの襲撃から何度か王宮を訪れているけれど、修復が進んでいる様子はあまりない。
このままだといつまで経っても終わりそうにないし、そろそろゴーレムを使って再建のお手伝いをするかな~と考えていると、ガングード公がやれやれと首を横に振った。
「今回の件は“聖女”リリア様が秘術を行うので非公開に――と、いうことになっていたのですがね。神聖派の連中から横やりが入りまして」
神聖派、というのはたしか我が国の国教『大聖教』の最大派閥だったはず。キナの姉御は別派閥である人道派で、なにかとぶつかり合おうことも多いのだとよく愚痴られている。よく知らないけど。よく知りたくもないけれど。
「リリアはもうちょっと大聖教に興味を持った方がいいと思うな」
「そうですわね。お姉様は名実共に大聖教で一番偉い御方なのですから」
いやいやマリーさん、『名』はともかく『実』はないっすから。聖女になって得したことなんて一度もないっすから。一番偉いのならそれなりの給料とかもらってもいいと思うんですよ私。聖女の役職手当とか凄そうだよね。働かなくても生活できるのでは?
『――うむうむ、見事なまでの俗物思考よな』
どこからか現れたミヤ様……王宮の地縛霊(?)なのだからいるのが当然か……当然のように現れたミヤ様に冷たい目を向けられる私であった。どうしてこうなった?
『俗物と言えば。あの罰当たりはリリアを越える俗物ゆえな。気を引き締めるといい』
罰当たりって……誰のこと? 話の流れからすると横やりを入れてきたという神聖派の人間かな?
ミヤ様は細かい説明をすっ飛ばして結論だけ口にすることが多いんだよね。たぶん生粋の皇女様だから『わらわの真意を察しろ!』的なことなのだと思う。察せないので“左目”使ってもいいですか?
見かねたのかガングード公が補足説明してくれる。
「ミヤィスン様――いえ、ミヤィスン妃陛下がおっしゃいましたように、神聖派からの横やりが入りましてな。マリア復活の儀式にレイジス神官長が同席することとなったのです」
大聖教の偉さの序列としては聖女、神召長、神官長 (三人)、大神官(姉御含む十二人)という順番なので、かなりのお偉いさん。しかもこの前会った神召長と違って好意的とは限らないし。姉御と親しくしている私って端から見れば人道派に属しているように見えるだろうし……。
そんな人道派(仮)な私がやる儀式に神聖派の神官長がやって来るとか……絶対面倒くさい展開になるじゃん。逃げていい? 逃げてもいいよね? 三十六計逃げるが勝ちって言うし。
「おや、逃げたらそれはそれで面倒くさい展開になりますな。神聖派の神官長が同席すると知ってからの逃走となりますと……えぇ、神聖派に喧嘩を売ったも同然かと」
素知らぬ顔で逃げ道をふさいでくるガングード公だった。いい性格しておる。
姉御には何かとお世話になっているし、姉御を通じて知り合った人道派の神官さんたちには良くしてもらっている。でも、だからといって神聖派には何の恨みもない――というか、一切関わりがないんだよなぁ。
そんな現状だからこちらから喧嘩を売るような事態はなるべく避けたいところ。……うん、向こうから喧嘩を売ってきたら高価買い取りするけどね。それとこれとは話が別だ。
神聖派は何かと悪いというか小ずるいとこをしていると話に聞いているけれど、残念ながら私は『ヒロイン』であって『正義の味方』じゃないのでしゃしゃり出るつもりはない。
私は法律とナユハならナユハを選ぶし、道徳とマリーならマリーを選ぶような人間だしね。そういう正義の執行は大聖教の人間がやってください。
……あ、私も『聖女』だから一応は大聖教の人間になってしまうのか……。どうしてこうなった?
どんどん流され巻き込まれている現状を嘆きながら廊下を進んでいると、
「――これはこれは。お初にお目にかかります」
いかにも人の良さそうな。いかにも演技っぽい声が掛けられた。
振り向いた先にいたのは、大聖教の白い神官服を身に纏った中年小太りの男。ニコニコと人好きのする笑顔を浮かべているけれど、丸メガネの奥に見える瞳には怜悧な光が宿っている。
心を読むまでもなく腹が黒そうだと確信できる男性だった。人を見た目で判断しちゃいけないけれど、見た目で判断するなら物語の序盤で裏切るか正体を現す系の人物だ。ラスボスにも中ボスにもなれない小ボス系。
大聖教の神官服は(聖女を除いて)汚れのなさを示す純白なのだけど、所々に金糸の刺繍が施されていて豪奢。華美。お高そう。とても聖職者っぽくない神官服だ。
「……あの神官服は、神官長だね」
そっとナユハが耳打ちしてくれた。
服を見ただけで地位が分かるのかナユハ様。私の正妻(?)有能すぎない?
「……リリアが大聖教にまっったく興味を示さないから……」
「ナユハお姉様が『ふぉろー』しておられるのですわよね」
私のせいらしい。なんというかごめんなさい。今後ともよろぴく。
私が視線で感謝と依頼を伝えていると、
「生きて聖女様と出会えた奇蹟、主神スクナ様に感謝いたします」
神に祈るように手を組みながらそんなことをのたまう中年男性だった。まずは自己紹介してくれませんかね?
手っ取り早く“左目”を使って名前やら悪事やらを明らかにしたいところだけど……最近はこの“左目”の力が有名になってきちゃって下手に使えない現状だったりするのだ。
心を読まれて気分が良くなる人間なんていないし、初対面なら尚更のこと。人によっては喧嘩を売っていると取られるだろうし、そうでなくとも第一印象が最悪になってしまう。
しょうがないので視線で訴えかけていると、上手いこと察してくれたようで自己紹介してきた。
「おっと、申し遅れました。私の名前はレイジス・ヨウリン。神官長の任を務めさせていただいております」
ヨウリン、ねぇ……。
思うところがあった私だけどそれはそれ。貴族の娘として瞬時に猫かぶりをしますともさ。
「まぁ! もしや四大公爵であるヨウリン家の……?」
「えぇ、末席を汚している次第であります」
恭しく頭を下げるレイジス様。頭の中で貴族名鑑を検索すると――ヒット。たしかレイジス公爵家現当主の兄だったはずだ。
そしてそこから芋づる式に情報を思い出す。レイジス・ヨウリン。大聖教の神官長にして、神聖派のトップ。お金に汚くかなりあくどいことをしている、らしい。姉御がよく愚痴っているから覚えてしまったよちくしょうめ。
まぁしかし初対面の人間を前情報だけで嫌うわけにもいかない。私はいかにも『聖女っぽく』目を輝かせ、胸に右手を当てつつ微笑んだ。
「レイジス・ヨウリン様。お話はかねがね。ヨウリン家の次期当主を狙えるお立場ながら信教の道へと進まれたその信仰心。そのお覚悟。きっとスクナ様も喜んでおられることでしょう。あなたのような気高き御方と信教の道を共にできることはこの上ない喜びですわ」
ナユハとマリーが「うわぁ……」と小さく唸っていた。私のキラキラ聖女っぷりに感心しているに違いない。
「……ははは、聖女様からお墨付きをいただけるとは感激ですな」
先ほどよりも眼光がちょっとだけ弱まったレイジス様だった。こちらが敵意を抱いていないと察して警戒を緩めたのか、あるいは、与しやすい人間と思われたのか。前者だといいなぁ後々面倒くさくならなくて。
「本日は未だこの世を漂っているマリア・ヒュンスター侯の御魂をお救いになられるそうで。大聖教の人間として、ぜひお手伝いをと駆けつけた次第であります」
お手伝いと言われても……。死者の魂を浄化するだけならまだしも、私がこれからやろうとしていることは死者の復活だ。竜人だから完全に死にきっているわけじゃないとはいえ、マリア様は表向き8年前に亡くなったことになっているのだから、端から見れば『死者の復活』に他ならないだろう。
本来この儀式は非公開で、マリア様は復活したあとに「ずっと意識不明の重症だったところをポーションの力で回復した」と発表する予定だったはず。
なのにレイジス様が『お手伝い』をするとなると、最低でも神聖派にはマリア様が竜人であり死体から蘇ったことが知られてしまう。
……うん? むしろ陛下やガングード公たちはそれを狙っているのかな? ポーションと聖女(私)の力を見せつけて神聖派を牽制するために。
私はすでに王太子の婚約者という形で陛下の庇護下(派閥)にある。今回の一件はそんな私がスクナ様が与えたと伝わる『神授の薬』ポーションを本当に製造でき、死者すら蘇らせる力があると神聖派に知らしめることができるだろう。
上手くすれば力を持ちすぎた大聖教(の、神聖派)を牽制することができる。陛下やガングード公からしてみれば願ってもないチャンスになると。
しかし、そうなると蒼いドラゴンの正体であるマリア様を殺したのが前の騎士団長だとバレてしまうのだけど……。そこは死人に口なし、前の騎士団長に責任を全部押しつけるつもりなのかな?
実際、陛下が直接指示したわけではないのだから言い訳も容易いだろうし、被害者であるマリア様は復活するのだから神聖派としても『つつきにくい』はず。
でも、下手をすると――いやしなくても私が権力闘争に巻き込まれるよなぁ。しかも王権と国教の争いとか絶対面倒くさくなるじゃん……。どうしてこうなった……?
心の中で頭を抱える私だけど、事ここに至っては『レイジス様には見せませーん。部外秘でーす』なぁんてできないのだからこのまま儀式に参加してもらうしかない。
どうしてこうなった……。
いっそのこともう一回ドラゴンが襲撃してきて儀式が有耶無耶のうちに中止延期とならないかな? そんな不埒なことを考えてしまう私だった。
次回、3月3日更新予定です




