閑話 悪役令嬢さんと、ナユハさん。とか(ミリス視点)
参照(リリア視点):第67部分悪役令嬢の父と、兄。そして悪役令嬢
第68部分ナユハ 対 攻略対象 ~王宮の大決戦~
原作ゲームを知っている?
転生者?
それとも、転生者の知り合いがいる?
なぜ原作ゲームの話題を?
牽制?
確認?
仲間を見つけて嬉しかった?
様々な思考が頭の中に渦巻きます。
できることならリリア様に直接問い糾したいところ。でも、お父様やウィリス様がいるのだからそれも不可能です。
お父様やウィリス様にはリリア様からの問いかけが聞こえていないようなのがせめてもの救いでしょうか。原作ゲームやら前世の記憶やらを説明しきれる自信はないですし。
私の耳に直接声が響きましたから、おそらく先ほどお父様が受信したような通信魔法を使ったのでしょう。
いえ、“道”を繋いでいない赤の他人にいきなり受信させるというのがどういう理屈なのか微塵も理解できないですけれど。しかも抗魔法の結界が張られている王宮内で。公爵かつ宰相であるお父様ならともかく、子爵家令嬢が結界の抜け道を知っているはずもないですし……。
……っと、通信魔法はとりあえずいいのです。ここで重要なのはリリア様=ヒロインも原作ゲームの知識を有しているだろうこと。
ここで『うっそー! リリアちゃんも転生者なの!? うけるー!』とでも返せればどれだけ簡単だったことか……。
と、混乱する私を見かねたのかお父様が一歩前に出ました。
「リリア嬢は王宮結界の改修に携わるそうですな? まだ9歳だというのに、さすがは銀髪持ちと言ったところですな」
なにそれ?
9歳でそんな国家級の事業に携わるんですか? 前世で言うところの――皇居の改修とか、警備体制の再構築的な? わ、私なんてやっと会社経営が軌道に乗ってきたところだというのに……。
「さすがは我が国の南西を守るガングード公ですわ。ずいぶんと優秀な『耳』をお持ちのようで」
「いやいや、リリア嬢もずいぶんと優秀な耳と口をお持ちのようですな。先ほどは我が娘と一体何を話されたのです? あれは、娘にだけ聞こえる魔法ですかな? たった一言二言でずいぶんと動揺したようですが……」
「ふふ、動揺なんて大げさですわ。魔法で鮮明に声を届けたから驚かせてしまっただけですよ」
「おぉ、そうでしたか。それだけなら秘密にすることでもなさそうですな。差し支えなければどのようなやり取りをしたか伺ってもよろしいですかな?」
「ふふふ、乙女の秘密ということにしてくださいませ。年頃ですもの、父親に秘密にしておきたいことの一つや二つはありますわよ?」
「おやおや、乙女の秘密と言われては娘を問い詰めるわけにもいきませんな」
ははは、うふふと笑いあうリリア様とお父様。なんというか、リリア様、本当に9歳ですか? 絶対中身に転生者入ってますよね? 先ほどの問いかけもそうですが、もう少し隠そうとは思わないんですか?
驚くべきか呆れるべきか私が戸惑っていると――
「――うわぁ、リリアが貴族っぽいやり取りをしている。信じられない」
小さな、とても小さなつぶやきが耳に届きました。リリア様のすぐ近くにいたのに、後ろ姿であったことと衝撃の出会いのせいで最初は意識が向かなかった少女。
黒い髪。
不吉の象徴であるはずのそれを、誇り高く腰まで伸ばした少女。
――ナユハ・デーリン。
あまりにも予想外。
あまりにも想定外。
青天の霹靂とすら言える少女との出会いを前にして、私の思考は完全に停止しました。
なぜ?
どうして?
なぜ今、なぜここに、『ナユハ・デーリン』が?
混乱の極みにあった私は声の一つも発することもできなくて。祈るような気持ちでお父様とリリア様のやり取りを見守っていると……なぜだかウィリス様とナユハ様の試合が決まったのでした。
ど、どうしてこうなったのでしょう?
「……いや、どうしてこうなったと言いたいのは私なんだけど?」
完全被害者であるナユハ様の抗議の声でした。何というか、お父様がすみません……。
◇
ナユハ・デーリン。
原作ゲームでは名前すらなく、登場シーンはたった一枚のスチルのみ。もちろん専用のシナリオなど存在せず、そのまま埋もれていくはずのキャラクターでした。
そんな“運命”が変わったのはゲーム発売後。ネットの一部で『黒髪のメイド美少女』が話題になったのです。ヒロイン・リリアの後ろに侍っていたメイドの一人でしかなかったはずなのに。
その後はシナリオライターである『ラブ☆リー』さんの筆が乗ったこともあり、ファンディスクにおいて『ナユハ・デーリン』と名付けられた黒髪の少女は重要キャラの一人に躍り出ました。
……重要キャラだからといって、幸せな結末を迎えるとは限らないのですけれど。
幼い頃に父親が処刑され。貴族籍を剥奪され平民落ち。
鉱山での強制労働の結果、落盤事故で右腕を失い。
使えなくなった彼女は身一つで鉱山を追い出され。
そして、ファンディスクにおける悪役令嬢――リリア・レナードに拾われて。奴隷のようにこき使われたあげくに暗殺を命じられるのです。
そう、ファンディスクにおけるヒロイン、ミリス・ガングードの暗殺を。
「…………」
改めてナユハ様のお姿を確認します。
メイドとして『リリア・レナード』の側にいるのはファンディスクの設定通り。しかし、いつも『リリア・レナード』に怯えていたファンディスクとは違い、今の彼女はどこか幸せそうに見えました。
よく手入れされた黒髪からは鉱山労働者という過去は見受けられず。血色のいい肌色からして栄養のある食事を与えられているのでしょう。
ぴんと伸ばされた背筋からはメイドとしての十全な教育を察することができます。
そして、右腕。
落盤事故で失われる“運命”である右腕は、確かに健在のままであり。
現状、ファンディスクの『ナユハ・デーリン』からはかけ離れているように思われて。
「…………」
ファンディスクでのヒロイン・ミリスは暗殺未遂事件――ナユハ・デーリンに殺されかけたことをきっかけとして聖女としての力に目覚め、回復魔法を使えるようになります。
つまり。
悪役令嬢ルートを回避してヒロインルートを目指すなら。
破滅を回避して運命を変えたなら。
私は、彼女から命を狙われるのでしょうか?
彼女の“運命”すら変えてしまうのでしょうか……?
◇
王宮には騎士の練兵場もあるので、そこでナユハ様とウィリス様の試合は行われることになりました。
私はお父様の意向もあり、試合を行うウィリス様のセコンド的な立ち位置につきました。いえ武道とか武術に縁のない私が役に立つとは思えませんでしたけれど、冷静になるため一旦リリア様から離れたかったですし、お父様も気を遣ってくださったのだと思います。
そして。
ウィリス様と試合をするナユハ様。……の、セコンド的立ち位置についたのは“愛理さん”でした。
えぇ、自己紹介こそされていませんが、分かります。覚えています。
笹倉愛理さん。
なぜこの世界に? なぜ幽霊? なぜ昼間からぷかぷか浮いているんですか?
私の外見は前世と違いますから愛理さんは気づいていないようですけれど……。まさかこんなところで前世の知り合いに出会うとは……。
どういうことですかと私がリリア様に視線を向けると――いつの間にかやって来ていた騎士団長ゲルリッツ侯が、なぜか、なぜかリリア様に頭を下げていました。
なんで?
なんで現役の騎士団長が頭を下げているんです?
相手は9歳の子爵家令嬢ですよ? あなた歴史ある侯爵家の御当主ですよ? 衆人環視というほどではありませんが、それでも人の目がある場所で何で頭を下げているんです?
(レナード派閥に入るという意思表示? あるいは未来の王太子妃はリリア様だと見込んで取り入ろうとしている? むしろ侯爵として後ろ盾になるつもり? それとも『聖女』に今のうちから――いえ、まだリリア様は聖女ではありませんし、私が聖女になる可能性もあるはずですし……)
なぜか妖精様が見える王太子殿下に、ヒロインとの予想外の出会い。ナユハ様の登場。愛理さんに、頭を下げるゲルリッツ侯……。なんですかこれ? どういう状況ですかこれ? 今日一日で色々なことが起こりすぎじゃないですか? もしかして始まりました? ゲームの開始初日ですか? あははーじゃあ色々な出会いや事件が起こってもしょうがないですよね初日なら……。
『ミリスは混乱しているー』
『おぉミリスよ、混乱してしまうとは情けないー』
『しかし予想以上に面白くなってきたねー』
『ミリスの友達になって良かったよー』
え? 友達? 私と妖精様たちって友達なんですか?
『友達だろー』
『ズッ友だろー』
『エターナルフレンドだろー』
それ、友達と書いて生け贄と読みません? 大丈夫? 大丈夫ですか主に私の平穏な未来?
私が将来を不安視している間に試合開始の合図が。
私は前世今世含めてマッスル&パワー系の経験がないのでどちらが強いのかは分かりません。
ただ、ウィリス様は高名だという先生から剣を習っていますし、毎朝素振りなどの鍛錬をしていることも知っています。
ナユハ様の実力は分かりませんが、おそらくは私と同い年くらい(ゲームでは年齢設定などありませんでした)です。同い年の男と女が戦ったら、たぶん男の方が勝つのではないでしょうか?
しかし、いくら試合とはいえ、9歳くらいの女の子を戦わせるだなんて何を考えているのでしょうか? 私が少しばかりの抗議の想いを込めてリリア様に視線を向けると――蒼い髪の少女が目に入りました。
マリー・ヒュンスター侯爵令嬢。
夜会で何度か挨拶をしたことがあります。この国ではヒュンスター家にしか生まれないとされる青色の髪と、すべてを諦めたかのような冷たい瞳が印象的な子でした。
そう、冷たい瞳。
まるで未来を求めていないかのような。まるで死を望んでいるかのような。宝石がごとき紺碧の瞳からは少女――いいえ、子供が宿してはいけない冷たさが読み取れたものでした。
その理由を、私は知っています。
ファンブックにすら記載されなかった裏設定。『変竜の呪い』によって蒼いドラゴンに変身した彼女は、母親を殺された復讐のために王都を壊滅させようとするのです。
マンボウ王太子と揶揄されたリュース殿下の死亡ルートの一つ。夕焼けをバックに微笑む美しいスチルが印象的なバッドエンドでした。
理不尽な呪いに犯され、母を殺され、国を恨み、ついには王太子を殺害するに至った不幸な少女。
そんなマリー様が、とても楽しそうに笑っています。リリア様を前にしてキラキラと目を輝かせています。未来への渇望。生きていることの喜び。目の前の少女に対する憧れと崇拝……。
不意に、以前お目にかかった神召長様のお言葉を思い出しました。
『――聖女が人を救うのではありません。人を救うからこそ聖女と呼ばれるのです』
きっと、救われたのでしょう。
リリア様によってバッドエンドを否定されたのでしょう。そうでなければあのような目をできるはずがありません。
そう、リリア様に救っていただいて……。
(……なぜ、私のことは救ってくれないのでしょうか?)
私の未来(不幸)を知っているはずなのに。
悪役令嬢の辿る悲劇を知っているはずなのに。
……。
…………。
………………。
……って! バカですか私! アホですね私! なにを今日始めて会った人間に救いを求めているのでしょうか!? 他力本願過ぎます! 他人に助けを求める前に自分で何とかしろって話ですよ! このボケ! あんぽんたん! 豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ!
ぬおぉおおお、と私が自戒しているとウィリス様とナユハ様の試合が始まりました。お互いに武器を構えて隙をうかがっています。
ウィリス様はいかに高価そうな装飾が施された剣。対するナユハ様は鉄製の……棍棒、でしょうか?
まぁ普通に考えてウィリス様が勝つでしょうしナユハ様に怪我がないよう祈りながら観戦していると――
ばきぃん、と。
ウィリス様が剣を叩き折られました。ナユハ様に。あっさりと。
いやいや、
いやいやいや、
そりゃあ鉄製の棍棒(っぽい武器)なら剣も折れるでしょう。でも、使っているのは9歳くらいの少女ですよ? どうやったら剣を叩き折れるのです? どんな腕力しているのです? 実はその可愛らしいメイド服の下は筋肉でいっぱいなんですか?
え? もしファンディスクルートに突入したらあの子が暗殺者として襲いかかってくるんですか? 私に? 自慢じゃないですけど私って戦闘能力ないですよ? 中身が転生者だからといって、中に入っているのはジム通いすら三日で断念したダメ女なんですよ? 生き残るためにはナユハ様をどうにかできるようにならなきゃいけないんですか?
ど、どうしてこうなったのでしょう……?
ウィルド
『苦言。怒濤の展開のせいでミリス・ガングードが混乱している。もっと小出しにしてあげるべき』
リリア
『いや私のせいじゃないよね!? なんで私のせいにされているのかな!? どうしてこうなった!?』
次回、2月17日更新予定です。




