閑話 悪役令嬢、出会う(ミリス視点)
15歳――つまりは原作ゲームの開始時期より前にリリア様と接触しようと決意した私。ですが、話はそう簡単にはいきません。
やはり上位貴族と下位貴族という差は大きいですし、無理に接点を持とうとして『ガングード公の娘がレナード商会の娘に媚を売って――』となってはお父様たちに迷惑を掛けてしまいますからね。
リリア様と接触するために、今私ができることは二つくらいでしょう。
一つはお茶会などで頻繁にリリア様のことを話題にあげ、私がリリア様に興味を持っているとアピールすること。
そうすれば私(公爵令嬢)に取り入りたい――こほん、心優しい方々がリリア様のことを紹介してくれるかもしれませんから。
誰かからの紹介を待つというのは確実性が低いですけど仕方ありません。貴族同士が新たに交流を持つきっかけとなるのは夜会か第三者からの紹介くらいですからね。
公爵令嬢かつ宰相の娘としてすでに夜会にも顔を出している私はともかく、子爵家令嬢であるリリア様は15歳になりデビュタントを迎えるまで夜会に出てくることはないでしょう。そんな彼女と交流を持ちたいなら誰かからの紹介を待たなければならないのです。
そして、もう一つ。
私の会社がリリア様のご実家であるレナード商会との取引を始めること。そうすればいずれ同い年であるリリア様のことを紹介してくださるでしょう。
現在私の会社はガングード家と縁の深い(というか一族が経営している)商会とだけ取引を行っていますが、そのうちの一部をレナード商会に流せばいいのです。
ドレスや宝飾品、石鹸や毛筆など……。すでに販売実績のある商品ばかりですからレナード商会との取引を始めるのは簡単なはずです。
問題は、一族の商会が得るはずだった利益をレナード商会に渡すことになってしまうことですね。
……公衆衛生の向上のために石鹸を広める必要があり、そのためにもレナード商会との取引を始めた方がいい。と提案すれば怪しまれないでしょうか?
解決しなければいけない問題はありますが、とりあえずはこの二つの方針でリリア様とお近づきになれるよう頑張ってみようと思います。
あとはリリア様の祖父であるガルド様と、祖母であるリース様が魔物退治の手助けのためにときどき我がガングード領に来てくださっているようですが……まぁ、いきなり「お孫さんを紹介してください!」とお願いするわけにもいかないので、これを当てにするのは難しいでしょうか?
やはりお茶会での紹介と商取引を通じての接触を図るとしましょう。
お茶会にせよ、商取引にせよ、結果が出るまで数ヶ月、下手をすれば年単位の時間がかかってしまうでしょうけれどね。慌てたところで事態は好転しないですし慌てずのんびり腰を据えるとしましょうか。その間にリリア様と出会った際の対応を熟考しておいて……。
……そう。腰を据えてのんびりやる予定だったのです。
なのに。どうしてああなってしまったのでしょうか……?
◇
某月吉日。
私と義理の弟・ウィリス様はお父様に連れられて王宮へと足を運びました。新たにガングード家の養子となったウィリス様を陛下に紹介するために、という理由で。
えぇ、ウィリス様が養子になったのは2年前ですから、いくら何でも遅すぎます。素行調査をしていたにしても時間がかかりすぎですし、そもそも私が同行する必要性はありません。
むしろウィリス様の挨拶にかこつけて『王太子殿下の婚約者候補』である私を陛下と殿下に紹介するため、と考えるのは自意識過剰でしょうか?
謁見の間にはお父様とウィリス様だけではなく私も連れて行かれて。やはりというか何というか、陛下のすぐ側には王太子リュース・ヴィ・ヴィートリア殿下のお姿が。
リュース殿下。
原作ゲームの攻略対象ですが、あまりにも多い死亡エンドから『マンボウ王太子』と揶揄されてしまった悲劇のキャラクター。
えぇ、とんでもない美形です。
前世では仕事ということもあり何度も何度も設定画やイラストを目にしてきましたが、現実はもうすっごい。すっごいイケメンです。今にも風になびきだしそうな金髪は女性もかくやという美しさですし、肌の白さやきめ細かさも男性離れしています。
もちろん顔の造形も素晴らしいです。優しげな瞳。整えられた眉。女性のように瑞々しい唇。まだ9歳なので幼さが目立ちますが、将来は傾国のイケメンとなることでしょう。
さすが攻略対象。さすがメインヒーロー。9歳時点で文句の付けようがないイケメンっぷり。もしも私に前世の記憶がなければ一目で恋に落ちていたことでしょう。
そう。悪役令嬢ミリスのように……。
……まぁ、前世の私にショタ趣味はなかったので一目惚れすることはありませんでしたけど。『カッコイイ!』より『可愛い!』が先に来てしまうのです。
あと前世の知識としてリュース殿下の悲劇的な未来を知っているので、恋愛対象というよりは「頑張れ! 頑張って生き残って!」とエールを送りたくなる枠なのでドキドキはしませんでした。いえ別の意味ではドキドキですけれど。こんな可愛い男子が悲劇的な最後を迎える世界は間違っています。
『制作者が何を言うかー』
『お前らが作ったんだぞー』
『まぁ正確には違うけどー』
『選んだ責任くらいは取りやがれー』
妖精様がよく分からないことをのたまっていました。陛下の前だろうが殿下の前だろうがお構いなしです。陛下や殿下は『妖精の愛し子』ではなく、妖精様のお姿が見えないことはせめてもの救いでしょうか?
……うん?
リュース殿下? なぜ妖精様を凝視して驚いておられるのですか? あなた妖精の愛し子じゃありませんよね? 現代で妖精の愛し子はリリア様だけと言われていますよね? 一瞬でポーカーフェイスを取り戻したのはさすがですが、私、見ていましたよ?
原作ゲームにリュース殿下が妖精の愛し子であるという設定はありませんでした。後付けで設定を生やすことも多々ありますが、しかし、一連の『ボク☆オト』シリーズが完結するまで、そして完結したあとも、リュース・ヴィ・ヴィートリアが妖精の愛し子であったという設定は誕生していません。制作者側の人間として断言できます。
私は『悪役令嬢ルート』回避のために原作ゲームのシナリオを改編してきた自覚がありますが、私の手の届かない(というか届くはずのない)場所でも原作ゲームとはかけ離れたことが起こっているようで……。
――この世界は、やはり、ゲームの世界とは違う。
強く強く心に刻み込んだ私でした。
◇
リュース様が『妖精の愛し子』であることはまず間違いないでしょう。
ですが、だからといって王太子殿下相手に「妖精の愛し子なんですか?」と確認するわけにもいきません。変な子だと思われる可能性大ですし、何より、公爵家令嬢だからこそ身分の違いは大切にしませんと。殿下相手にこちらから声を掛けるなどもってのほかです。
(殿下が愛し子とか予想外すぎます……。いえ、しかし、悪役令嬢ルート回避には直接関係ありませんし、まだ慌てる時間じゃありません)
必死で混乱を押さえつけている間に謁見は終了。私たちはお父様に先導される形で部屋をあとにして、廊下へと出ました。
「……うむ、そうか」
お父様が自らの右耳に手を当てて一度頷きました。おそらく通信魔法を受信したのでしょう。
王宮内で魔法は使えないはずでは? という疑問に意味はないでしょう。なにせお父様は公爵。現役の宰相。抜け道の一つや二つ用意していても不思議ではないのですから。通信魔法が使えないといざというときに困りますし。
「……二人とも、すまんがもう少し付き合ってくれ」
公爵らしからぬ優しい物言い。ですが、有無を言わさぬ圧がありました。お父様が子供相手にこのような圧を放つことは珍しく、何らかの特別な事情があるのだと察することができました。
お父様に連れられて王宮の中を進みます。
「……これから私は“黒髪の少女”に挨拶をする。分かっていると思うが、差別することは絶対に許さん」
黒髪。
それはこの国において不吉の象徴。排除の対象。様々な歴史、様々な要因から否定され続けてきた悲劇の髪色。
現陛下の政策により黒髪への差別は表向きなくなったことになっています。しかし、貴族の中にも庶民の間にもまだまだ黒髪差別は根強くて。
前世日本人としては黒髪差別など信じられませんけれど、これがこの世界の『常識』なのです。
お父様の言う『黒髪の少女』が誰なのかは分かりません。
しかし、黒髪の人間が王宮にいて、公爵であり現役宰相であるお父様がわざわざ挨拶に出向くというのは……非常に強い『メッセージ』となることでしょう。
そして。
しばらくして。
予想外のそのお姿を確認したとき、私はとっさにお父様の背中に隠れてしまいました。
銀色。
銀糸。
室内にあってもなお光り輝く銀髪の少女。
後ろ姿ですが間違いありません。彼女は――
「――おや、その美しい銀髪。もしやリリア・レナード子爵家令嬢ではないですかな?」
お父様が銀髪の少女に声を掛けました。
後ろ姿だけですが間違いありません。彼女は原作ゲームのヒロイン、リリア・レナード様です。そもそもこの国に銀髪の子供なんてリリア様しかいませんし。
声を掛けられたリリア様が立ち止まり、こちらを振り返りました。
貴族らしからぬ短さに切りそろえられた銀糸の髪が流れます。髪の長さこそが美の基準となる貴族的な『美しい髪』ではありませんが、それでも断言できます。彼女の髪は美しいのだと。
血を啜ったかのような赤い瞳。
初雪のような白い肌。
左目につけられた医療用の眼帯。
……えぇ。医療用の眼帯です。前世日本でポピュラーだった白いヤツ。世界観を破壊しすぎです。そもそも原作ゲームだと『裏面に邪視封じの呪文が書き込まれた包帯』を巻いていたでしょうあなた? どこから持ってきたんですかその眼帯?
「――まぁ! 四大公爵であるガングード公からお声がけいただけるとは光栄の極みですわ! あ! 申し遅れました。わたくし、レナード子爵が一子リリア・レナードですわ」
貴族らしくありつつ年頃の少女らしい無邪気さも含んだ挨拶。完璧です。完璧すぎていっそ怪しいです。そもそも9歳の子爵家令嬢はお父様――ガングード公の顔など知らないはずなのですから。
自然な流れでお父様が私たちを紹介してくださいます。まずはお父様の隣に立ったままだったウィリス様から。そして、お父様の背に隠れてしまった私のことを。
お、落ち着きましょう。とりあえずは『公爵令嬢らしい』挨拶を返さなくては……。
「……お、お初にお目にかかります。わたくし、ガングード家が長子、ミリス・ガングードですわ」
原作ゲームにおいて。悪役令嬢ミリスは初めて会ったヒロイン・リリアを思いきり見下し、嫌味を言うことになります。祖父が元平民であり、金で貴族籍を買ったという理由で。
しかし今のミリス(私)にはそのような余裕はありません。あまりにも早すぎるリリア様との出会い。どんな声を掛けるべきか。どんな対応をすれば怪しくないか。彼女に前世の記憶はあるのか。あったとして、はたして『いいヒロイン』なのか『悪いヒロイン』なのかどうか……。
まだヒロインへの対処方法なんて何も考えていないのに……。なんでこの時点でヒロインと出会うのよ……?
あまりの混乱に前世の言葉遣いになってしまう私。そんな私の耳にリリア様の声が“直接”届きました。
「――あの、『ボク☆オト』ってゲームを知っていますか?」
……。
…………。
………………。
ど、どうしてこうなったのでしょう……?
参照:第67部分 悪役令嬢の父と、兄。そして悪役令嬢
リュース
「あ、そういえば。ガングード公の娘のミリス嬢は『妖精の愛し子』みたいだね」
リリア
「おぅん? ……どうしてそうなった?」
次回、2月10日更新予定です。




