10.友として(ガイサン視点)
本日二度目の投稿です
俺は陛下から呼び出された。
前の騎士団長を殺した件についてはリリアから聞いているだろうから……おそらく、何らかの罰が下されるのだろう。
俺がいなくなっても貧民街の子供たちは大丈夫なはずだ。顔役であるタフィンは優秀だし、リリアも何かと気に掛けてくれるはず……。なにより、“あの”リリアから直接指導を受けている子供たちは大人でも勝てないほどの魔術巧者となってしまったのだから。
もう俺がいなくても大丈夫。
そう考えると恐怖はなく、迷いもなく。俺は清々しさすら感じながら王宮を歩き、陛下に謁見することとなった。
謁見の間は想像以上に貧相な部屋だった。いくらドラゴンの襲撃によって本来の部屋が破壊されたとはいえ、それにしても装飾が少なすぎる。まるで使用人が使うような……。
(いや、当時現役の騎士団長を殺したのだから、立派な扱いをしてもらえるはずもないか)
首を横に振っていると部屋に陛下が入ってきた。俺は正式な礼儀などまるで知らず、リリアから事前に教えを請おうとしたら『あ~、たぶんいらないから大丈夫だよ』と逃げられてしまったので知識はないままだが、それでも陛下の前では跪くということくらいは知っている。
俺は慌てて膝を突こうとしたが――その動きは止められた。俺の肩を掴んだ陛下によって。
「よい。ガイサンよ。ここには“俺”とお前しかいない。礼儀のことなど気にするな」
その言葉で気づく。この部屋には本来いるべき他の貴族の姿はなく、陛下の護衛らしき者もいない。俺と、陛下の二人きり。
ありえない。
王宮に入ったときに武器を取り上げられたとはいえ。王宮内では魔術を使えないとはいえ。俺には騎士になるために鍛え上げた肉体があるのだ。人一人を素手で殺すことなど容易い。
そんなこと、常に暗殺を警戒せねばならない陛下であれば分かっているはずだ。周りの人間も止めたはずだ。
なのに、なぜ? なぜ陛下はこんな俺と二人きりでいるのだろう?
「――すまなかった」
陛下が頭を下げてきた。
国王が。
王権の象徴が。
この国で一番偉い人間が。
貴族でもない。騎士ですらない。こんな薄汚れた人殺しに対して、頭を下げた。
リリアであれば「どうしてこうなった!?」と嘆くのだろうが、残念ながら俺の神経はそこまで図太くない。陛下から謝罪されて、まともな反応などできるはずもなかった。
「あ、へ、へいか? な、何をして――なさっているのです!?」
「知らなかったと言い訳するつもりはない。……たとえ騎士団長の罪を知っていたとしても、俺は罰することなどできなかっただろう。英雄として祭り上げた騎士団長が、英雄であるマリアを殺めたなどと……。結果的に俺がするべきだった誅罰を押しつけてしまった。汚さなくてもいい手を汚させてしまった。せめて、謝罪させてくれ」
「陛下。頭を上げてください。俺――いえ、私が勝手にしたことですので」
「……君こそまさに『英雄』だ。正義を成すのに、君ほど相応しい人間はいないだろう」
陛下が顔を上げる。
その目に、その瞳に、わずかな狂気が含まれている気がするのは、気のせいだろうか?
「俺は、また間違えた」
国王が間違えるはずがない。
国王は偉くて、凄くて、間違えなくて。だからこそこの国で一番偉い人間なのだ。みんなみんなそう教わってきているはずなのだ。
「マリアに任せれば大丈夫だと思った。8年前はそれで失敗したというのに、今はまた、リリア嬢に任せれば大丈夫だと思ってしまった。俺はいつまで経っても成長しない大馬鹿者だ。一度失敗したというのに、また同じ失敗を繰り返そうとしている」
「陛下……」
陛下が俺を見つめてくる。正気とは思えぬ目で。正常とは思えぬことを口にする。
「もしも俺が間違えたら、その時は、正してくれ。君の手で。君の正義で以て……」
正す?
何を?
どうやって?
分からない。
分からないが、拒絶することなどできない。できるはずがない。俺はしょせん平民で。人殺しで。本来であればこの場に存在していい人間ではないのだ。この国で一番偉い人間に、反論など、意見することなど、できるはずがない。
そうして。
俺は――
◇
「――ガイさんって、ほんとーに損な性格をしているよね~」
謁見の間を出たあと。どこからか現れた年下の友人・リリアは呆れたように肩をすくめた。
眼帯を外し、左目を露わにしているのだから……おそらくすべて“視て”いたのだろう。陛下とのやり取りを盗み見るとは何とも命知らずな。
普段は常識人を気取っているが、根っこの部分は悪ガキなのだ。
リリアが「むふ~」とばかりにため息をついた。
「一度共に戦っただけのマリア様の復讐をして、」
「ぬ、」
「自分勝手な男の遠回りな自殺に付き合わされて。人殺しにさせられて、」
「ぐ、」
「そのうえさらに陛下から『正義の人役』を押しつけられるなんてね~。ちょっと人が良すぎじゃないっすか?」
「むむむ、」
なんとも歯に衣着せぬ物言いだが、不思議と腹は立たなかった。何だかんだで長い付き合いだからな。本気で侮辱しているのか、あるいは好意的な侮辱なのかくらいは分かるつもりだ。……いや侮辱されているのか変わらないのか? 怒ってもいい場面なのか?
「侮辱とは失礼な。こんなにもガイさんを褒め称えているというのに!」
「それで褒め称えているつもりならレナード家に子供の教育を見つめ直させろ」
貴族と貴族家にこんな発言をしようものなら打ち首にされても不思議ではない。が、『友達』なのでこれくらいの軽口は問題にならないのだ。
「いやいやでも褒めているのはほんとだよ? さらにいえば私はガイさんに感謝している。私が間違ったときには容赦なくゲンコツしてくれるし。タフィンや貧民街の子供たちが健やかに育っているのはガイさんが守ってくれたおかげだもの」
リリアが微笑む。まさしく本物の聖女らしく。10歳の少女らしからぬ慈愛を込めて。
「そう。私はガイさんに感謝している。あなたのおかげで私は何度か道を踏み外さずに済んだし、友達であるタフィンや、弟や妹のように可愛がっているあの子たちを守ってくれた。だから――そんな不器用な“友達”のためなら、少しくらいゆがめても許されると思うんだ」
金の瞳が怪しく煌めいた。俺の心の奥底をすべてを見通すように。
「――やり直せるとしたら、どうする?」
友が笑う。雑談をするような気安さで。世界をゆがめる悪巧みを口にした。
「やり直したら、マリア様は死なないかもしれない。あの悲劇を止められるかもしれない。蒼い髪の少年は復讐に囚われることもないし、前の騎士団長が過ちを犯すことも、死ぬこともない。ガイさんは順調に出世して騎士団長になれるかもしれないし、陛下お気に入りの男爵として順風満帆な人生を送っているかもしれない。……ねぇ? 素敵だとは思わない? やり直せたら、幸せだとは思わない?」
「…………」
そんな世界があれば、幸せだろう。
そんな結末は、誰もが望むものだろう。
やり直すことなど、できるはずがない。
でも、リリアなら?
リリアならできるのではないか?
8年の時間を巻き戻し。
すべての悲劇をなかったことにして。
誰もが幸せになれる。そんな、嘘みたいな奇跡を起こせるのではないか?
リリアなら――
……。
…………。
…………………。
思い出したのは、わずかな狂気を宿した男の顔。
リリアならできるだろう。
リリアに任せれば、安心だ。
信頼している。任せられる。どんな悲劇もなかったことにしてくれるだろう。
心を決めた俺は硬く拳を握りしめ、そして――
「――この、阿呆が!」
リリアの脳天にゲンコツを叩き込んだ。
我ながら会心の一撃。だというのに、やはりというか、リリアに堪えた様子はなかった。
「こんな美少女を殴るとか酷くない!? しかも子供! 10歳児!」
「阿呆なガキを叱るのは大人の役目だ! やり直すだぁ? 人の幸せを勝手に決めるな! 神様にでもなったつもりか!? 力に溺れるのもいい加減にしろ!」
「むぅ……」
自分の頭を撫でながらむくれるリリア。そんな彼女とじっくり話をするために俺は床に座り込んだ。
「いいかリリア。俺には学がないから上手いことは言えん」
俺に釣られるようにリリアも床に座り込む。
「まぁ不器用なガイさんに上手いこと言えるわけがないよね」
「茶化すな。……リリア。お前は凄い力を持っている。俺には理解することすらできないが、きっと世界すら変えることができるんだろう」
「ん~、まぁ、変えようと思えば変えられるんじゃないのかな? 師匠とかおばあ様がうるさそうだけど」
「不幸を何とかしようとするのは素晴らしいことだ。誰かのために行動できるのは尊敬できる。だがな、お前は人間だ。人間に、世界の不幸すべてを救うことなんてできるはずがない。そんなことができるのはきっと神様だけだ」
「…………」
「お前は不幸な人間をみんな救うつもりか? 友達じゃない人間が救いを求めてきたとき、お前は断り切れるのか? お前のようにホイホイと人を救い続けていたらな、結局はすべての人間の不幸に手を伸ばさなきゃならなくなるんだよ」
「……じゃあ、どうすればいいのかな?」
「知らん。自分で考えろ」
「…………いやいやそこで放り投げるの? ひどくない?」
「俺には何の力もなく、他人様を救うことなんてできないからな。力を持ち、人を救えるお前がどうすればいいのかだなんて考えても分からん」
「……面倒だからもう全員救っちゃえばいいんじゃないのかな?」
「諦めるの早すぎだろ。いやリリアならできるのかもしれないが……。その場合、俺から言えることは一つだけだな。――誰かの人生を変えるなら、最後まで責任を持て。責任を取れないなら最初から手を出すな」
「……考えとく」
「おう、よく考えろ。お前はまだガキなんだからな。間違ったら大人が正してくれるさ」
「ゲンコツは勘弁して欲しいけどね~」
「俺だっていい子にゲンコツしたりはしないさ」
立ち上がり、王宮の出口へと歩を進める。当然のように俺についてくるリリア。他に用事があるそぶりも見せないので、どうやら王宮まで来たのは俺をからかうためだったらしい。
「ところでガイさんや」
「なんだ?」
「すでに複数の女の子の人生を変えちゃった場合、どうすればいいっすかね?」
「…………、……責任取ればいいんじゃないか? 全員。金持ちなんだから養えるだろ」
「なんという投げやりな返事。どうしてこうなった……」
いつもの口癖を漏らす友人を横目に、俺は小さくため息をついた。
年末年始はお休みします。
次回、1月4日更新予定です。




