9.リリア・レナードと(国王リージェンス視点)
国王とは絶対だ。
故に、国王に誤りは許されない。
いいや、誤ることはない。
謝罪は許されないし訂正はありえない。絶対であるからこそ、絶対に間違ってはならないのだ。
……だが。
もしも間違ってしまったら。
もしも取り返しのつかないことをしてしまったら。
国王は、いったい、どうすればいいのだろうか?
◇
民を守るために戦ったマリア侯の首を晒した。
ドラゴンに変身できる『竜人』であることなど知らなかった。当時の騎士団長たちから不正確な報告を上げられていた。言い訳をしようとすればいくらだってできる。
だが、首を晒した過去を変えることはできない。
8年もの間、マリア侯の首を放置していた事実を消せはしない。
俺にできることは、マリア侯の復活に助力することだけ。リリア嬢に任せることだけ。国王として何とも情けないことだが、仕方がない。
リリア嬢なら何とかしてくれるのだから。
リリア嬢に任せれば何とかなるのだから。
ガングード公とゲルリッツ侯、そしてヒュンスター侯との会談の結果、マリア侯の首は『御魂封じの再度実施』という名目で宝物庫から出されることとなった。同時期に御魂封じが行われた黒いドラゴンの封印が解かれ、王宮が破壊されたのだから自然な流れだろう。
王宮神官であるキナからの提言を受け、御魂封じの儀式は“聖女リリア”が実施することとなる。表向きは。
リリア嬢に任せればマリア侯の復活も問題なく成功するだろう。……いや、何らかの問題は発生してリリア嬢が『どうしてこうなった!?』と嘆くかもしれないが、結果として復活はできるはずだ。
そのあとは、さて、いかにするべきか?
俺が派遣した騎士団長がマリア侯にとどめを刺したことは事実。さらには事件後の不手際によってマリット・ヒュンスターを復讐に走らせ、王太子暗殺未遂までさせてしまった。その罪を、失態を、いかにして償うべきか……。
俺が頭を悩ませていると約束の時間通りリリア嬢が到着した。
◇
「――というわけでして。ガイさん……ガイサン・デンヒュールドが男爵となり、貧民街を離れるためには、貧民街の子供たちをどうにかするのが最低条件となります」
昔よりは少し柔らかな態度でリリア嬢はガイサンについて報告してくれた。
ガングード領で魔物が大量発生し、王宮も破壊された現状、貧民街の子供たちをどうにかできる予算はどこにもない。
「……貧民街の子供たちか。リリア嬢はいかにするべきだと考える?」
未来の王妃とはいえ、10歳の少女に問うべきことではない。そもそも大人であり施政者である我々がどうすることもできていないのだ。リリア嬢に何かを期待する方が間違っている。
「……孤児院に引き取ってもらえれば一番いいのですけれど」
答えを口にしたリリア嬢自身も難しいとは分かっているのだろう。彼女も最近は『王妃教育』で国の様々な裏事情を教えられているからな。
「……予算的に厳しいな。今ある孤児院も満員だと聞く。となれば増設しなければならないが、建物の準備に人件費、さらに食費となると……」
「難しいでしょうね」
今の王国経済は火の車だ。できることならば王城を更地にして売り払ってしまいたいほどに。前国王の散財は今もなおこの国を苦しめている。
リリア嬢が鉱山で発掘してくれた金貨のおかげで即座の破産は免れたが、ガングード領では魔物の出没が増え続けているし、そこにきての『漆黒』による暴挙だ。王城の再建にいくら金がかかることか……。
悩みを深める俺の思考を遮断するかのようにリリア嬢が手を打ち鳴らした。
「そうですね。ガイさんを男爵にするのなら、当然領地を与えるのですよね?」
「……うむ。王領地から相応の土地を与えようと思っている」
事前に用意しておいた王国の地図を取り出す。予定地はレナード領に隣接する場所だ。ガイサンはリリア嬢の友人であると聞くし、領地が隣り合っていれば何かと助けてもらえるだろう。
地図から目を上げたリリア嬢はたおやかに微笑んだ。
「陛下。我がレナード家ではポーション用の薬草増産に力を入れておりまして」
「ポーションの生産はレナード家に任せることになるからな。原材料の増産に協力は惜しまないつもりだ」
本来であればポーションの生産は国が独占したいところ。しかし、『神授の薬』を下手に扱って王宮に神罰の雷が落ちるようなことがあってはならない。であれば最初からレナード家に任せてしまう方が安心というものだろう。
ポーション増産のための資金確保はどうせレナード家(レナード商会)から支援を受けなければならないのだから、という理由もあるにはある。
無論ポーションの増産は最優先に行うべき課題であり予算を付けることも簡単だ。だが、そうなると他に回す予算が足りなくなり……うむ。やはりレナード家に任せてしまうのが一番だな。
貴族の中からはレナード家への権力集中を憂う声も聞かれるが、今さらな話だ。リリア・レナードは将来の王妃であり、聖女であり、救世主なのだから。
「では、ガイさんの領地では薬草の生産を主産業に据えるというのはいかがでしょう?」
「ふむ?」
「あのあたりは確か小さな村が点在するくらいで、大規模な土地活用はされていなかったはずです。開墾を行えば十分な農地を確保できるでしょう」
「…………」
ガイサンの領地予定地はリリア嬢の実家すぐ側。土地についての基本的な知識はあるのだろう。
「レナード領内でも薬草の生産準備をしていますが、元々の農地が少ないですし、いきなりの作物転換は受け入れられにくいのが現状なのです」
レナード領の主要産業は魔石鉱山。そしてガルドもダクスも『商人』なので農業にはあまり力を入れていない。結果的にレナード領の農地は少なめだし、農業従事者も限られている。
「なるほど。ガイサンの領地で農地開発をして、薬草を育て、その世話を貧民街の子供たちにさせようと?」
「さすがは陛下。わたくしの考えなどお見通しでありましたか」
「しかし、あの辺は荒れ地ばかりでな。子供が耕すのは難しいだろう。誰か手助けしてくれるなら話は別だが……」
何とかできる者を俺は知っている。
何とかできる者は俺の目の前にいる。
「では私が土魔法で『ちょちょいのちょい』と耕しましょう」
土魔法はそんなに便利な魔法ではないはずなのだが……リリア嬢に対しては今さらな指摘か。
「……あ、いっそ耕作用ゴーレムを開発して……例の魔石を使えば半永久的に動くゴーレムが作れるし……」
リリア嬢が小声で何事かをつぶやいていると――
『――助言。時代を進めすぎるのは感心しない』
にゅっ、と。
リリア嬢の背中から金髪金目の美女が姿を現した。国王である俺がいるというのに挨拶もせず、跪くこともせず、親しげな様子でリリア嬢の肩に顎を乗せる。
不敬罪。
などと問うわけにはいかない存在だ。
金髪金目。そして背中には純白の翼。建国神スクナ様と同じ特徴を有する彼女は、まず間違いなく“神”と呼ぶべき御方だろう。たとえ国王であろうと偉ぶることなどできやしない。
「あ~そっか農業用ゴーレムとか普通にトラクターだものね。しかも半永久的に動くとか、そりゃあウィルドも口を挟んでくるか……」
そんな“神”が身体を密着させているというのにリリア嬢に慌てた様子は微塵もなく……。目眩がしてきた俺は少々強引だが話を元の方向へ戻すことにした。
「ガイサンの領地で貧民街の子供を引き取ってくれるならこちらとしてもありがたい。できうる限りの協力を約束しよう」
「それでは、ガイさんにはそういう方向で話を通しますが、よろしいですか?」
「うむ、よろしく頼む。……これでガイサンは男爵位を受けてくれるだろうか?」
思わず漏らした疑問に、リリア嬢は迷うことなく首を横に振った。
「正直申しまして、難しいでしょうね」
「……ほぅ? 断言するとは、何か別の理由があるのだな?」
「えぇ。実はですね――」
リリア嬢は口にする。
8年前のこと。
7年前のこと。
前の騎士団長が変死した事件の真相を。
リリアさんみたいなチートが近くにいたら丸投げしたくなるよねという話。
次回、12月11日更新予定です。




