8.ガングード公と
王宮ではまずガングード公と話し合いを行うこととなった。マリア様(マリーの母親)を復活させるには王宮宝物庫(地下にあったので崩壊は免れた)からドラゴン(マリア様)の首を持ち出さないといけないからね。色々と下準備をしないとならないらしい。
宝物庫の鍵なんて簡単に開けられるんだから、ちょちょいと持ち出しちゃえばいいのにねー。
「……リリア、泥棒はいけないと思うな私」
「ナユハさんは私を何だと思っているのかな?」
いくら私でも宝物庫に忍び込むつもりはないし、無断ではないのだから泥棒じゃない。と思う。
あ、でも、宝物庫からお宝を盗み出すのってカッコイイかも? 新番組『美少女怪盗リリアちゃん』なんてどうだろう?
『数話で打ちきりだなー』
『タイトルからして陳腐だよねー』
『というか自分で『美少女』言うなしー』
妖精さんたちからの容赦ないツッコミだった。ちょっと泣きそう。
ま、まぁ冗談は置いておくとして。偉い人がきちんと許可を取ってから事をなすというのだから平貴族な私は大人しく従うまでですよ、はい。
『平貴族ー?』
『平社員的な意味ー?』
『王太子の婚約者で宮廷伯のリリアが『平社員』とかー』
『自覚なさ過ぎて笑えるよねー』
『しかも聖女というおまけ付きだしー』
妖精さんからのツッコミで気づく。あれ? 私って結構偉い?
「リリアは自覚がなさ過ぎだと思うな」
ナユハは妖精の愛し子なので妖精さんのツッコミも当然聞こえるわけで。必然的にとても呆れた目を向けられてしまった。妖精さんのせいで。おのれ妖精さん。
『人のせいにするなー』
『まぁ“人”じゃないけどねー』
『面倒くさいから“人”でいいやー』
面倒くさいって。こんな三頭身の謎生物を“人”扱いするのは無理がありすぎである。
よく分からないやり取りをしているうちに私たちはガングード公と待ち合わせをしている部屋に到着した。本来なら宰相の執務室あたりを使うのだろうけど、黒いドラゴンに壊されたらしいので特に華美な装飾も見当たらない普通の部屋だ。
隣の部屋に護衛らしき気配があるけれど、まぁガングード公は筆頭公爵で宰相なのだから隠密な護衛くらいいるものなのだろう。
ちなみにガングード公は黒髪に差別感情を抱いてはいないのでナユハが同行していても問題はないみたい。テンプレな挨拶をしたあと、ガングード公はほんのわずかな時間ナユハに視線を向けていた。
「…………」
ガングード公がナユハを見る目にはどうにも特別な感情が込められている気がするのだけど……気のせいかな?
もちろん私の“左目”を使えばガングード公の事情や胸に秘めた想いを読み取ることも簡単だ。
でも、現役公爵を気安く“視る”訳にもいかないし、そもそも他人の心はそう易々と読んでいいものじゃない。ゆえに私はガングード公の想いを推測するしかないのだけれども……。
……ラブ?
もしかしてラブですか?
9歳児(もうすぐ10歳)にラブっているんですか?
『なんでやねんー』
『なんでやねんー』
『なんでやねんー』
妖精さんのトリプルツッコミだった。いやでもナユハは超絶絶世の美少女だし、男の一人や二人や数十人落としてしまっても不思議じゃないのでは? 妻子ありの宰相でもコロッといっても不思議じゃないのでは!?
『ほんま頭の中ピンク色やなー』
『この恋愛脳ー』
『どう見ても父性とか庇護心だろー』
『おとなしく“左目”使った方がいいぞー』
『“左目”使わないと本当に鈍いなー』
『ポンコツだなー』
「そろそろ泣くぞ!? ナユハがドン引きするレベルで泣くぞ!?」
「いや私を巻き込まないでくれるかな? そろそろ聖女としての自覚を持ってくれないかな?」
『ふむ、この国の“妖精”は何とも奇奇怪怪な存在だな』
どことなく白けた目を向けるミヤ様だった。今さらだけどミヤ様も妖精さんが見えて、声も聞こえるらしい。私の周りの女の子は妖精さん見える率高いね。
本来は『妖精の愛し子』って公式には私しかいなくて、銀髪より珍しい存在のはずなのに。
『そりゃリリアの“嫁”ならねー』
『妖精さんも見えなくちゃねー』
『見えないのなら見えるようにしちゃうぜー』
『だってその方が面白いしー』
衝撃の事実……と、いうほどでもないね。リュースも見えるようにさせられたし。私の目の前で。
ちなみに妖精さんが見えないガングード公はとてもとても訝しげな顔をしていた。どうしてこうなった?
閑話休題。というわけでガングード公との会談の主題、マリア様復活計画についての話し合いが行われるようになった。とは言ってもだいたいのことはお偉いさんたちの間で決まっていて、私は事後承認するだけだけど。
「――というわけで、マリア復活はマリット・ヒュンスターの説得が完了してからということになります」
そういうことになるらしい。マリット様はたしかリュースが「国のために働いてくれ」と説得しているんだっけ?
自分(王太子)の暗殺未遂をした人間を配下にするのって……何度聞いても無茶ぶりだよね。可哀想なリュースである。
9歳の少女に対する無茶ぶりは見過ごせないので私も何とかして協力したいけど……うん。私って『力こそパワー!』な人なので説得は苦手なのである。ナユハのときも結局は説得できなかったし。いつの間にか解決していたし。愛理やマリーのときもわりと力業だったし。
「復活後、マリアはヒュンスター侯爵に復帰。それに伴い現ヒュンスター侯(マリア父)は引退という形になる予定です」
まぁ、マリーのお父様は次代(マリット様)が当主になるまでの繋ぎという立ち位置らしいからね。正式な当主であるマリア様が復活したならそういう形になるのだろう。
ちなみに。先ほどからガングード公はマリア様のことを呼び捨てにしている。たぶん無自覚に。現役公爵としてはありえないのだけど、まぁ昔なじみらしいし、一緒に冒険した仲らしいし、私が口を出すことでもないか。
「……マリア様は正式に戦死認定されていたはずですが、復活したと公表するのですか?」
「いえいえ、さすがに“死人”が蘇るのは問題がありますからな。マリアはドラゴンの迎撃戦で行方不明になり、戦死認定されたあと重症の状態で発見されたということにします」
もうお偉いさんの間で『ストーリー』はできあがっているみたいだ。
「ドラゴンによって受けた傷が深く侯爵としての任を全うできなくなったマリアは、国王に願い出て夫を後任の侯爵としました。しかし、聖女リリア様の御慈悲により上級ポーションが使用され、マリアの傷は完治。再び侯爵として返り咲くこととなったのです」
……うん? 何かノイズが入ったぞ?
何で上級ポーション? 何で私が提供したことになっているの? 御慈悲って何やねん。いや上級ポーションを作れるのなんて私しかいないけど……。
あ、でもスクナ様は作れるのかな? なにせ『神授の薬』だし。スクナ様が作れても不思議じゃ――じゃ、なくて、さぁ。何で私が聖女っぽい仕事をしたこと(すること)になっているの? どうしてそうなった?
「マリアの復活と、ポーションの効果の喧伝。二つ同時にできるいい機会ですからな。リリア様にもご理解いただければと」
あ~、まだまだポーションは胡散臭く思われているみたいだしね。『どんな怪我も病気も治る薬』なんて普通信じられないからしょうがない。で、宰相としてそんな状況をどうにかしたいと考えたわけか。
う~ん……。私としては『リリアが死者を復活させました!』よりは『リリアの作ったポーションで重症人が治りました!』となったほうがまだマシ、なの、かな?
「先日レナード子爵と話す機会がありましたが、ポーションの量産体制を整えるには年単位の時間がかかりそうですからな。国としてはまず貴族に配布し、量産のための寄付を募ろうと考えております」
「……えぇ、それでよろしいかと」
ポーションをどう配布するかなんてお父様に丸投げしているので私に確認なんてしなくてもいいのだけれどね。ガングード公からすれば下手をすると『神罰の雷』を落とされかねないから気を遣っているのか。
お偉いさんの方針としては、
マリア様が回復。
↓
ポーション凄い!
↓
貴族に使わせて効果を実感させる。
↓
資金ゲット。(もちろん寄付した貴族に量産ポーションを優先配布)
と、いう感じにしたいのだろう。リリア分かっちゃった。
「リリアもすっかり思考が貴族に染まったね」
ボソッと泣きたくなることをつぶやかないでくださいナユハさん。
ここで目がキラキラしている系ヒロインなら「人間は平等! 貴族も平民も関係なく配布するべきです!」と綺麗事を言うのだろうけどね。残念ながら私は斜に構えている系ヒロインなのでそんなアホなことは言いませんともさ。どこにそんな量のポーションがあるというのか。
しかしまぁマリア様復活からそこまで話を繋げるとはさすが宰相。略してさす宰。貴族の政治家って恐いわー関わり合いたくないわー。
「……いやリリアは将来の王妃なんだから、がっつり関わり合いになるからね?」
『うむうむ、案ずるな。その辺のことはわらわがじっくりと教えてやるからな!』
冷ややかな目を向けてくるナユハと、誇らしげに胸を張るミヤ様だった。私が王妃になることは決定事項らしい。どうしてこうなった……。
ちなみにリリアは王太子の婚約者となり、聖女にも認定されたためガングード公からの呼び方も『リリア嬢』から『リリア様』になっています。
※療養していたら仕事が忙しくなってきた&ストックがなくなったのでしばらくのんびり更新になります。
次回、12月1日更新予定です。




