閑話 7年前のこと(ガイサン視点)
――戦友。
――俺と“彼女”は、戦友だった。
たった一度。
ただ偶然居合わせただけ。
言葉を交わしたわけでもない。
共に酒を飲んだわけでも、夢を語り合ったわけでもない。
名前を知ったのすら“事件”からしばらく経ったあとのこと。
そんな“彼女”に対して戦友などという言葉を使うのはおかしな話だ。道理が通らない。“彼女”――マリア・ヒュンスター侯は歴史と名誉を持った貴族であり、俺は騎士爵ですらないただの庶民。地位も、実績も、並び立てるはずがない。
だが、共に黒いドラゴンに立ち向かった。
民を守るために戦った。
命を賭けて、守った。立ち向かった。――打倒した。
ならば俺たちは戦友だ。
誰になんと言われようが。批判されようが。怒られようが、嘲笑されようが。それでも、俺たちは戦友だ。
――その戦友は、殺された。
人間としてではなく。
貴族としてではなく。
人里を襲った、蒼い悪竜として。
自分勝手な名誉のために。
彼女には、まだ幼い子供がいたというのに。
もはや“彼女”に戦う力は残っておらず、そもそも、危険性はないことは――民を守るために戦っていたことは誰が見ても明らかだったのに。あの男は事情を聞くことすらせず、“彼女”の首に剣を突き立てた。
戦友だ。
民を守るためにその身を盾にした“良き女”だ。
戦友を殺された。
良き女を殺された。
そして何より……幼い青髪の少年から『母親』を奪い、その身を、心を、復讐の悪鬼へと変えさせた。
――殺さなければならない。
俺は決意した。
たとえこの手が罪過にまみれようと。たとえ国家への反逆になろうとも。必ず。必ずやあの男を殺さなければならない。復讐は、俺の手で行わなければならない。
……そして、せめて、復讐を誓った蒼髪の少年の手が汚れることのないように。
敵は伯爵となった。
現役の騎士団長だ。
一人きりになる場面などそうそう無いし、あの男は根っからの小心者で、用心深かった。気づかれない距離から隙をうかがい続けたが『機』は訪れず……。
一週間。
一ヶ月。
隙は無い。
護衛も減らない。
俺の肉体強化であれば護衛を倒しての暗殺もできるだろう。しかし、万が一にも逃げられる可能性があるし、何より、護衛には何の罪もないのだ。そんな彼らを殺すのは気が引ける。
機を待つしか無い。
ヤツが一人きりになる瞬間を。油断した瞬間を。待って、待って、待ち続けて……。そうして。一年が経過して。ついにその時が来た。
狩猟を兼ねた遠乗り。
森に身を隠した俺は確かな『機』を見いだし、そして――
アグスト・ミレッジ(元)騎士団長。
王国史上稀な、下級貴族出身でありながら騎士団長にまで上り詰めた傑物。
ヒュンスター領ドラゴン襲来事件における活躍により伯爵へと陞爵。
事件からおよそ一年後、狩猟中の事故により死亡。その死に不可解な点があったため後任の騎士団長・ゲルリッツ侯爵によって調査が行われたが、事故死と断定。
一説には魔物に襲われ死亡したが、『騎士団長が魔物に負けた』との悪評を恐れてその死の真相が隠されたという。
参照、
第85部分 ヒュンスター領 ドラゴン襲来事件概要。(騎士団長の報告書より抜粋)
第89部分 8年前のこと(ガイサン視点)
今の国王 (リージェンス)は能力さえあれば要職に取り立てます。良くも悪くも。
※ちょっと、帯状疱疹の療養のため少しお休みします。(軽傷)
次回、11月14日更新予定です。
今後の予定ですが、とりあえずガイさんの話でこの章は一旦区切り、すぐ悪役令嬢編その2を始めます。




