6.ガイサン・デンヒュールド
陛下から色々と頼まれごとをされた私は、とりあえずガイさんの説得を行うことにした。向かう先はもちろん貧民街。ちょっと他の人には聞かせられないお話になるかもしれないのでナユハたちはお留守番だ。
なのだけど……なぜか我が弟・アルフがついてきてしまった。
いや、分かる。
アルフの目的はガイさんではなく、私の友達で貧民街の顔役でもある美少女・タフィンなのだろう。うん分かる。分かってしまう。分かりたくないけどね!
くっそう精霊を使ってときどき手紙のやり取りをしているのは知っているし黙認していたけれど、まさかお姉ちゃんをダシに逢い引きしようとするなんて! お姉ちゃん悲しい! 泣いちゃいそう! タフィンに慰謝料請求してやる!
『ブラコンー』
『ブラコンー』
『交際くらい認めろよー』
『そんなんだから前世でも弟に逃げられるんだよー』
「うっさいわ!」
逃げられてないし! 独り立ちしただけだし!
毎度恒例の雷魔法を妖精さんたちに叩き込む私だった。もちろん妖精さんはノーダメージ以下略。
「……なんだ、またリリアか」
貧民街の入り口からガイさんが顔を出した。たぶん雷魔法の轟音が貧民街にまで響いていたのだろう。
そんなガイさんの姿を確認してアルフが嬉しそうに、それはもう嬉しそうに手を叩いた。
「あ、お姉様はガイサン様とお話があるのでしたよね? 僕は邪魔にならないようあっちに行っていますので」
そそくさとあっち(タフィンのところ)に行ってしまうアルフだった。お姉ちゃん悲しい。というか女性に対する積極性は誰に似たのやら。お父様はヘタレな上に鈍感だし……。
『リリアだろー』
『リリアに似たんだろー』
『さらに言えばガルド似ー』
『どうしようもない血族やなほんまー』
『ダクスも何だかんだで若い女を二人も侍らせているしなー』
『正妻も戻ってきてガチ修羅場だー』
『いいぞもっとやれー』
妖精さんからの真顔のツッコミだった。わたしのこころはぼろぼろだ。
まぁしかし『いいぞもっとやれー』というのは完全同意である。いいそもっとやれ。
……うん、私と妖精さんって類友なんだね……。
気を取り直して。ガイさんの説得を始めることにする。
「へいへいガイさんー、陛下からのお遣いだよー。さっさと男爵位をもらっちゃいなYO!」
「なんだその軽い口調……いやリリアの頭が軽いのはいつものことか」
ぶん殴ってやろうかしらこの筋肉ゴリラ。
「というかガイさんがいつまでもウダウダやっているから私にまで飛び火したじゃん。なんで10歳女子が爵位うんぬんで駆り出されなきゃならないのさ?」
「しかしなぁ。陛下の使者にも言ったが、俺がこの場を離れるわけにもいかないだろう?」
「男爵になったら領地をもらえるんだから、そこで孤児院を開いて全員引き取ればいいでしょ? どうせガイさんは私腹を肥やすなんて器用なことはできないだろうし、そこらの男爵より多い孤児院を経営できるはずだよ」
というか友達であるガイさんや何かと可愛がっている貧民街の子供たちのためなら私も領地経営に協力するし。なんだったら王太子の婚約者だとか聖女だとかの立場もフル活用しちゃうよ? なにせ私にはお父様譲りの腹黒さが標準装備されているのだ。
「……その手があったか……。いやしかし、俺なんかが爵位を賜るわけには……」
ウダウダウジウジやっているガイさんだった。可愛い女の子だったら萌えるけど筋肉マッチョだと以下略。
大人の男性相手に配慮や遠慮をする必要は無いので私はズバッと切り込むことにした。
「それは、“8年前”のことが原因な訳? それとも、“7年前”のこと?」
8年前とはもちろんヒュンスター領にドラゴンが来襲し、マリーの母親が亡くなられた事件だ。そして、7年前とは――
「…………」
苦虫を100匹噛みつぶした上で飲み込んだような顔をするガイさん。
「リリア。お前は“左目”を気軽に使いすぎだ」
「大丈夫、使う相手は選んでいるよ」
「選ばれて光栄だよちくしょうめ」
「別に気にする必要ないと思うけどなー。ガイさんだって後悔しているわけじゃないでしょう? もしも時間を巻き戻してあげたとして、別の選択肢を選ぶわけ?」
「…………、後悔は、していない」
「じゃあ話を受けないのは申し訳ないから? 罪悪感があるから? もしも陛下が許してくれたら、それでいいんだよね?」
「……何をするつもりだ?」
「ん~? 別に? ただ、陛下からガイさんが意固地になっている理由を尋ねられるだろうから、7年前に起こったことを話すだけだよ。別に後悔してないならいいでしょう? 今さら罰せられるのが恐いわけじゃないでしょう?」
「よくもまぁペラペラと。チッ、お前の将来が今から心配だよ俺は」
「大丈夫大丈夫。本当にマズいときはナユハたちが止めてくれるから」
「その止めてくれる人間が今ここにいないじゃないか」
「ガイさんはナユハにドラゴン退治の後始末を押しつけて帰ったからねー。いたとしても止めないんじゃないのかな? いわゆる『ざまぁ』ってヤツだね!」
「ざまぁ?」
ざまぁみろ、ざまぁない、の略です。しまったこの世界じゃ一般的な使い方じゃなかったか。
誤魔化すように私は親指を立てた。
「じゃ、とりあえず陛下には7年前のことを伝えておくからねー。大丈夫、もしもガイさんを処刑するって流れになりそうだったら陛下の記憶を飛ばすから! バレなきゃ不敬罪じゃない! と思う!」
「お前は本当に……。……ったく。好きにしろ」
「うん、好きにするよ。今も昔も、そしてこれからも。私は好きなようにしかやらないから」
「……根が善人であることがせめてもの救いか。ちくしょうめ」
吐き捨てるように舌打ちするガイさんだった。いや善人は陛下の記憶を飛ばそうとはしないと思うな私。油断するとすぐ『悪役令嬢』になると思うよ私。
まぁ私の本質については置いておくとして。まずは陛下に謁見を願い出て、ガイさんの事情を説明しないとね。
しかし、自分から言い出しておいて何だけど、どう切り出したものかなぁ。まさかいきなり「竜殺しの英雄であるガイサン・デンヒュールドは前の騎士団長を暗殺しました」と話してもまともに取り合ってもらえないだろうし。
う~む……。
……ま、いっか。
陛下なら理不尽なことはしないだろうし、誤魔化しなく真っ正面からやったほうがいい結果に繋がる。はず。
とりあえず家に帰って、お爺さまかおばあ様経由で陛下への謁見を頼むことにしよう。
ガイさんの説得に道筋が見えた私は、ちょっとした満足感と共に屋敷へと転移した。
そう。
一緒に来たアルフのことをすっかり忘れて。
「……リリアちゃん、アルフ君は?」
「……あ、やば」
私の帰宅を待っていた愛理からの指摘によってそのことを思い出した私は慌てて貧民街へと戻ったけど、時すでに遅し。アルフは「僕はお姉様にとって忘れられる程度の存在なのですね……」といじけてしまっていた。
いや、ちゃうねん。タフィンとの密会を楽しんでもらうために気を遣っただけやねん。
思わず関西弁(?)で弁明した私だけど、アルフの白い目が改善する様子はなく。「気を遣っていただけたということは、タフィンさんとの交際を認めてくださるんですね?」と笑いかけられる私であった。にっこりと。腹黒なお父様そっくりな笑顔で。
なんでタフィンとの交際を認める方向になっているのだろう……というかもう付き合っているの? 早くない? こういうのってもっと時間を掛けたり波瀾万丈な事件が起きるものじゃないの? ワンクールドラマ的にすれ違ったり恋敵が出てきたり記憶を失ったり……。仮にも貴族と貧民街の住人との恋なんだから……。いやタフィン相手なら安心だけど私が心の準備をする時間くらい掛けてくれても……。
ど、どうしてこうなった……。
璃々愛
「ほんと、リリアちゃんが女の子を侍らせていないのは珍しいね!」
オーちゃん
「その通りなんだが、もうちょっと言い方をだなぁ……」
次回、11月4日更新予定です。




