むかしばなし とある悪役令嬢の物語・6
とある日の朝。私は見目麗しい少年を紹介されました。
まばゆいばかりの金色の髪。ガングードの血筋に多いブルーサファイヤの瞳。今はまだ幼さしか感じられない顔つきですけれど、あと十年もすれば女性が放っておかないイケメンとなることでしょう。
親戚づきあいで何度かお会いしたことがあります。ガングードの分家であるウィルクード家の長子、ウィリス様です。たしか私と同い年だったはず。
……うん? ウィリス?
どこかで聞いたことがありますね。親戚づきあいではなく、もっと別のところで……と、私が首をかしげていると――
「今日からミリスの弟になるウィリスだ。仲良くするように」
おとうと?
義理の、弟?
義理の弟、と、いうことは……名字が変わって……ウィリス・ガングード?
「…………」
衝撃です。衝撃が走りました。雷を受けたような衝撃です。
ウィリス様。
ウィリス・ガングード様。
悪役令嬢ミリスの義理の弟で、ほとんどのルートでミリス(私)を断罪することになる男性。攻略対象。悪役令嬢ミリスに幼いころから虐められて性格が歪んじゃった系攻略対象です。
ちなみにファンディスクではウィリス様ルートがあり、その場合はヒロイン・ミリスと結ばれることになります。弟ですが、義理なので血筋的には合法です。合法です。大切なことなので二回言いました。我が社は遵法精神溢れるゲーム作りをしているのです。
おっと前世の私からの毒電波を受信してしまったようですね。気をつけませんと。
……あれ? でも原作ゲームでウィリス様が養子になるのは、王太子とミリス(私)が婚約して、王家に嫁いでしまうことになり、ガングード本家の跡取りがいなくなってしまうからのはず。しかし私はまだ王太子の婚約者ではない(というかお見合いの話すらない)はずで……。
「あの、お父様。ウィリス様が養子になるということは、私の嫁ぎ先が決まったのですか?」
さすがに「王太子殿下との婚約が決まったのですか?」とは尋ねません。自意識過剰すぎです。
「いやまだ決まっていない。しかしミリスに弟が生まれる可能性は低いからな。早めに養子を迎えた方がいいと思ったのだよ」
最近のお父様は過剰なまでにお母様の体調を気遣ってくださっていますからね。この前も鑑定眼持ちのお医者様のおかげで病気を早期発見できたばかりですし。母体に負担がかかる子作りは諦めたのでしょうか?
私がそんなことを考えているとウィリス様が恭しく一礼しました。
「改めまして。本日よりガングード公爵家の一員となるウィリスです。これからよろしくお願いします、お姉様」
「…………」
お姉様。
おねえさま。
おねーさま。
衝撃です。衝撃が走りました。雷を受けたような衝撃です。
お姉様。
何という甘美な響き。金髪の美少年からお姉様と呼ばれる日が来ようとは! 萌える! 超萌える!
……おっと前世の私からの毒電波以下略。今さらですが大丈夫ですか前世の私? 相手は美少年とはいえ7歳ですよ? 遵法精神はどうしました?
とにかく。
見目麗しいのは攻略対象なのだから当たり前だと割り切りまして。重要なのは彼が私の『破滅フラグ』だということです。
私が破滅してしまうのは、のちに王太子殿下の側近となるウィリス様を虐待していたことも一因ですからね。今から良好な関係を築いていきませんと。
まずは最初の挨拶。親戚ですから初対面ではありませんが、これから家族になるのです。何事もはじめが肝心。私は虐めるような悪い義姉ではなく、優しい優しいお姉ちゃんであると分かってもらいませんと。
「お元気そうで何よりですわ、ウィリス様。改めまして、今日からあなたの姉になるミリスですわ。どうぞよろしくお願いしましゅね」
……噛みました。
最後の最後で噛みました。
最初が肝心だというのに、頼れるお姉ちゃんを演出しようとしましたのに、まさか噛んでしまうとは……。
ど、どうしてこうなったのでしょう?
おまけ その頃のリリアさん・7歳
※ ダクス リリアの父親
アリア リリアの母親
アルフ リリアの弟
シャーリー リリアの友達
その日。珍しいことにリリアの方から祖母であるリースに「少々お時間を戴きたいのですが」という願いがあった。
将来の王妃 (候補)として厳しく躾けている手前、孫娘からはあまり懐かれていない自覚があったリースとしては、そのお願いに危機とも焦燥とも言えるものを感じ取った。
「私、王都の屋敷に移ろうと思うのです」
リースの私室へとやって来たリリアはいきなり本題を切り出した。リースの厳しい躾から逃れるため――では、ないことはその切羽詰まった瞳を見れば分かる。
「理由を聞いておこうかしら」
「…………、……私がここにいては、アルフのためになりませんから」
「…………」
リリアとアルフの母親は、アルフを産んだ際に命を落とした。一年ほど前に母親の死の真相を知ったアルフは、自分のせいだと気に病んで部屋に引きこもるようになってしまったのだ。
そして。
母であるアリアは、死後もずっとアルフの側に留まっている。幽霊として。声なき亡霊となって。アルフが引きこもってからは同じ部屋でじぃっとアルフを見守っている。
このあとアルフとアリアがどうなるかは分からない。アルフがこのまま引きこもるようならリリアにレナード家を継がせなければならないし、アリアがこのまま幽霊としてこの世に留まるなら強制的な浄化も選択肢に入ってくるだろう。
しかし、リースも、ガルドも、ダクスも。なるべくなら強引な手は使いたくない。
そして。リリアが近づくとアリアは『悪霊』のような反応をするわけで。本人はもちろんのこと、側でじぃっと見守っているアルフにもいい影響があるはずがない。
弟のために。
なにより、自分を見たくもないであろう母親のために。
まだ7歳の少女は生まれ故郷を離れ、王都での生活を決意したのだ。
「……よくよく考えた結果なのね?」
「はい。現状ではこれが最善かと」
「ならば言うことはありません。ガルドとアーテル、そしてダクスさんには私から話しておきましょう」
「よろしくお願いいたします」
頭を下げて辞去しようとするリリアをリースが呼び止める。
「そうそう。シャーリーのことだけど。卒業後の進路はうちで内定したわ。ダクスさんの秘書をやってもらう予定だから……おそらく王都の屋敷に勤めることになるはずよ」
「……そうですか」
努めて平静を保ったリリア。しかし、その表情には隠しきれない喜びが浮かんでいた。
人とは異なる力を持って生まれ、ほとんど親しい人間がいないまま育ってきたリリア。さらには母親からの憎悪と弟の引きこもりという現実はリリアの心を固く閉ざしかけていた。
そんなリリアを救ったのは……シャーリーだ。
彼女がリリアの『年上の友達』になったことで、リリアは心の底から笑うようになった。毎日を楽しそうに過ごすようになった。
……心に余裕ができたせいか『どうしてこうなった』的なやらかしをする機会が増えたのは困りものだが、以前に比べれば大した問題ではない。……そう、ないのだ。たとえこちらに被害が及ぼうが、孫娘が笑っていられる現状の方がいいに決まっているのだ。リースの心は揺らいでいたりなどしないのだ。
(しかし、シャーリーさんね……)
二人とも、年の離れた友達でいるつもりなのだろう。リースとしても特に反対するつもりはない。
しかし、端から見ると、リリアのことを優しく見守っているシャーリーは『母親』と呼んでも違和感はないわけであり。少なくとも本物よりはよっぽど立派な『母親』をやっていてくれているだろう。
(母親……そうよね。リリアにも……いいえ、特別な“力”を持ったリリアにこそ、普通に接してくれる母親が必要よね)
そしてダクスにもそろそろ後妻の話が持ち上がってくるだろう。上位貴族から変な女を押しつけられるくらいなら……。
血のつながりこそないものの、実の息子のように可愛がり、期待を寄せているダクスのためにもちょっとした『お節介』をしようと決めるリースであった。
ちなみにその『お節介』はダクスの鈍さやシャーリーの奥手さ、予想外のキナという参入者によって混迷を極め、二年後に弟や母親の問題が解決したあとも決着していないのだが……当然、この時点のリースには予想することすらできなかった。
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次回、10月21日更新予定です




