4.陛下と妃陛下と、ミヤ様
王宮が半壊し、政府機能が半ば麻痺した結果。レナード邸に逗留していた妃陛下(リュースのお母様。このままだと私の義母になるのか……)も王宮に戻り、政務の手伝いをすることとなった。
そもそも妃陛下がレナード邸にいたのは温泉療養のためであり。体調不良の原因である悪魔が退治され、体調も万全に回復した今、王妃様がいつまでも子爵家の屋敷に留まるわけにはいかないのだと思う。
それはわかる。理解できる。
馬車に乗って迎えに来たのが国王陛下と王太子殿下だったのはまったく理解できないけれど。
いやいや、いくら王太子の婚約者の実家とはいえ、子爵の屋敷に陛下と殿下が来襲するってどういうことやねん。王宮で待ってましょうよ。護衛の騎士の数が多すぎてちょっとしたパレードですよ? 今この屋敷に隕石が落ちてきたら国のトップ3が全滅ですよ?
しかも御二方がやってくるって知らされていなかったから出迎えもできなかったし。到着したときにはお爺さまと槍の特訓をしていたし。婚約者(なんだこれ照れるな?)に泥だらけで汗だくの姿を見られるって何の拷問か。私にだって乙女心の十や二十はあるというのに。
「え? 乙女心?」
はいナユハさん。そんなに目を見開いて驚かないように。そろそろ泣くぞ? 泣いちゃうぞ?
陛下からお気遣いいただいて水浴び&お着替えした私は改めて応接間に向かい……。なぜか、なぜかソファに腰掛ける陛下の、膝の上に座らせられる私であった。
不敬すぎるわー。
陛下を椅子代わりにするってどんな貴族令嬢やねん。どこにそんな貴族令嬢がおんねん。ここにおるわ! 混乱のせいで変な関西弁(?)になってしまう私であった!
というか(身分的に断れないとはいえ)陛下の膝に乗っちゃった私も私だけど、陛下も陛下だ。私はまだ十歳だけど、もう十歳でもある。『子供好き』という免罪符も効かなくなってくる年齢。そんな少女を膝の上に乗せるのは絵面的にヤバい。ロリコン疑惑をかけられても不思議じゃない。まさか未来の義父(予定)がロリコンだったなんてー。
「……なにやら不敬の香りがするのは気のせいか?」
「おほほ、気のせいですわ陛下。臣下たる我々が陛下をないがしろにするはずがありませんもの」
「……そうだよなぁ。それが普通だよなぁ。キナやフィーを相手にしていると忘れがちになるが……」
公式な場ではないせいかずいぶんと砕けた口調の陛下だった。なんというか、親戚のおじさん感。よく考えたら血のつながりもあるものね。私のおばあ様は陛下の姪っ子だ。
「しかし陛下、いくら非公式の場とはいえ、子爵家の娘を膝に乗せるのは問題があるかと……」
それを言ったら妃陛下も頻繁に乗せてくるけどね。なんだこの似たもの夫婦。仲いいですね。私を巻き込むな。
「おぉ、まともな意見すぎて泣けてきた。俺の周りにいる人間は何でああいうのばかりなんだ……」
陛下もご苦労なさっているらしい。だからといって頭を撫でてくるのは止めてほしいけど。
「リリア嬢。気にすることはない。リュースの婚約者になった以上、リリア嬢は私の娘と同じ。気軽に『お父様』と呼んでくれてもいいんだぞ?」
いやいや正式な王太子妃でも『お父様』呼ばわりはしませんよ? ただの婚約者が『お父様』呼びはあり得ませんよ? 何でこんなに甘いんですか? 距離感一気に縮まりすぎじゃないですか?
「……少しだけ我慢してくれると嬉しいわ」
どことなく愁いを帯びた顔で妃陛下がソファに――陛下の隣に腰を落ち着けた。
二人がけのソファに並んで座り、10歳の少女を膝に乗せているこの光景は、何も知らない人から見たら仲のいい親子に見える。かもしれない。
「リリアちゃんを『娘』として扱えるようになって、喜んでいるのよ」
妃陛下が陛下の御心を解説してくださった。いつの間にか呼び方が『リリア』から『リリアちゃん』になっているのは気のせいですか? こっちも距離感縮まっていませんか?
妃陛下がそっと目を閉じる。大切な思い出をかみしめるように。
「……私たちの最初の子供は、銀髪の女の子でしたから」
「エレナ……」
「リリアちゃんを見ていると、考えてしまうのですよ。もしかしたら、こんな風にふれあえる未来があったかもしれないと。リリアちゃんは、リリアちゃんだと分かっているのですけれど」
「…………」
陛下と妃陛下は多くの子宝に恵まれたけれど、生き残ったのはリュースただ一人だ。暗殺まがいの不幸もあったものの、単純に生きられなかった子供もいる。
銀髪の子供は、自分の有する魔力に耐えられずに夭逝することも多い。この世界で銀髪が珍しくなってしまう一因だ。銀髪持ちと積極的に婚姻を繰り返してきた王家には二十年に一度くらいのペースで銀髪の子供が生まれるけれど、その子が無事に育つ保証はない。
生きられなかった子供の未来を重ね見て。
そんなことを言われたら、陛下の膝に乗せられている現状に不満を漏らすわけにもいかなくなる。
妃陛下……エレナ様が少しためらいがちに私の頭を撫でてきて、私がちょっとムズかゆい心持ちでそれを受け入れていると――
『――ほぅほぅ、こう見ると仲のいい親子ではないか』
ぱしゃりぱしゃりと。
ポラロイドカメラ(前に妖精さんが日本から持ってきたヤツ)で私たちを激写しているのは、ニヤニヤによによと楽しげに笑うミヤ様だった。いつやって来たのやら。どこでカメラの使い方を覚えたのやら。
「うむうむ、わらわをポイ捨てしてエレナを選んだのだから、このくらい仲むつまじくしてもらわなければな!」
何の未練もなく“元”夫と現在の妻を祝福するミヤ様だった。ソファから立ち上がり最敬礼をしたエレナ様と、乾いた笑いしか浮かべられない陛下はなんとも対照的。
そんな陛下の反応はミヤ様の嗜虐心を刺激したようで。
『そういえば、リリアのことを実の娘のように思っているそうだな? であるならば、リリアの伴侶となったわらわも義理の娘ということになるのか? ふっふっふっ、これからは父君と呼んでやろうかの?』
「え? あ、いや、あはははは……」
そういう反応をするからダメなんですよ陛下。からかわれるんですよ陛下。と助言する前にエレナ様が陛下とミヤ様の間に割り込んだ。下品に映らない自然な動きはただただ美しい。
「あら、となりますと、妻であるわたくしも貴女様を娘扱いしてよろしいのかしら?」
二人の間に火花が散ったような? おかしいなーそんな魔法なんて発動した気配ないんだけどなー。
『……うむうむ、寛大な心で許すぞエレナよ! 歳と顔の皺を重ねたそなたと、若い時分で成長の止まったわらわでは親子ほどの年齢差があるからな! 見た目が! なれば子供扱いも仕方なかろうて!』
「…………」
部屋の温度が十度くらい下がったような?
いやエレナ様は充分お若いですから。もしフリーなら結婚したい男がワラワラ寄ってきますから。そんなフォローをしても室温の急降下は変わらないわけで……。
ど、どうしてこうなった?
いやエレナ様とミヤ様は仲がよろしいですよ? 本当ですよ?
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次回、9月16日更新予定です。




