3.産業革命(仮)
私は諦めなかった。
諦めたら試合終了だよって前世の偉い人も言っていたし。
「というわけでこれが『書き書きするんです君5号』だ! どんどんぱふぱふ!」
私が宣言すると妖精さんたちがミニマムな楽器でファンファーレ(?)を演奏してくれた。ノリがいいって大切である。
「まだ諦めてなかったんだね……」
諦めませんともさ。私の辞書に諦めるという言葉は……ときどきしか載っていないからね!
それはとにかく改良点。AI搭載は時代を先取りしすぎたからとりあえず諦めるとして(1~3号はそれで失敗したのだ)、どうせお礼状なんて同じ文面を量産しても分かりはしないから同一文面の量産を重視。
そして前世のプリンター印刷と違ってゴーレムによる手書きだから一枚書き切るのに意外と時間がかかる。ので、5号機は5体のゴーレムによる同時進行と相成ったのだ!
試運転をした感じ特に問題はなさそうだったので本格始動! ふはははは! 私でも驚くほど早くお礼状は量産されていくではないか!
「……お礼状の書きすぎでなんだか『はいてんしょん』になっていないかな?」
『同意。ゴーレムに問題はなさそうなのでそろそろ休ませるべき』
「目の下にクマを作ったお姉様も美しいですわ!」
大絶賛の声を聞き流しながら私はゴーレム――じゃなかった、書き書きするんです君5号を起動させた。5体のゴーレムが同時に筆を動かす様子は壮観だね。
ちなみにこの国で普通に使われている羽根ペンだとすぐにペン先が壊れるし、あまり大量の文章を書くのは向いていないので使用しているのは前世の筆――に、近いものだ。なんでも魔物の毛を纏めたもので、数年前にガングード公爵領で開発されたのだとか。
特に爆発することなく、暴走することもなくお礼状を量産していくゴーレム、じゃなくて書き書き以下略。ふふん、私がちょっと本気を出せばこんなものなのですよ!
と、私が胸を張っていると、なぜか愛理が難しい顔をしてふよふよ浮いていた。
『……家庭内手工業、と呼ぶには違和感があるし、工場制手工業、も、違うよね。ゴーレム使っているんだから。……これはもう工場制機械工業なんじゃないかな? 規模こそ小さいけど産業革命に一歩足を踏み込んでいるよね』
なんだか話が大げさになっているような? いつもの間延びしたような口調はどこ行ったんですか?
『工業機械じゃなくてゴーレムを使うということは、工業機械を操るはずだった労働力を奪うことになり、それは労働力としての女性の活躍を奪うことに繋がるよね』
あ、愛理が難しい話をしている……。
ちなみに愛理は前世の趣味の影響か変な知識に詳しかったりする。
『しかもこの世界で後々登場するであろうタイプライターの仕事を奪っちゃっているし。女性の働き場が少なくなればそれだけ女性の収入が増える機会もなくなるわけで……。リリアちゃん、とんでもないことをやらかしかけているよね』
わ、私10歳の美少女だから難しい話は分からないなぁ、なんて……。
視線を及ばせていると愛理が私の肩を掴んできた。両手で。ガッシリと。とてもとても真剣な目をしながら。
『リリアちゃん。このゴーレムは他の人に見せちゃいけないよ。使い終わったらすぐに分解して。できれば認識阻害の魔術も掛けて欲しいな。……とりあえず、旦那様には絶対に見せないように』
ここで愛理の言う『旦那様』とはダクス・レナード――私のお父様のことだ。愛理は一応レナード家のメイドという扱いだからね。
「……あ~、うん、ソウダネー。全身全霊でドリョクサセテイタダキマス」
『……もう見せちゃったのかな?』
「昨日の時点で、ね。そういえば何でか商人の顔をしていたなぁお父様……。た、確か今日はゴーレム協会の会長さんと意見交換するとか……」
『手遅れだったか……』
天を仰ぐ愛理だった。なんだかとても悪いことをしてしまった感。どうしてこうなった?
・おまけ その頃のダクスさん(ダクス・レナード視点)
愛娘であるリリアが庭でまた何かやっていた。
昔はあの子のやらかしによる被害の方が大きかったから止めに入ることも多かったが、最近では利益の方が大きいのでもういいんじゃないかなと考え始めている私だったりする。本当に危険なときはナユハたちが止めてくれるし。いつまでも親が子供を押さえつけるのもどうかと思うし……。
「現実逃避しているだけではないですか?」
メイド兼秘書であるシャーリーがどこか冷たい目を向けてきた。彼女はリリアの『年上の友達』なので、私が親らしくない言動をすると容赦なく批難してくるのだ。もしかしたら姉代わりと思ってくれているのかもしれない。
……どこからか「いや~姉じゃなくて義理の娘扱いしたいんじゃないですかねぇ? こりゃあ負けてらんねぇっすわ」というキナの声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。私にはそんなものを受信できる特殊能力は無い。リリアじゃあるまいし。
それはともかくとして。現在執務室の窓から見えるのはリリアが錬成した5体のゴーレムだ。巨大な体躯に似合わぬ小さな筆を手にして、驚くほど細かな文字を綴っている。
昨日の時点では3体だったはずなのだが、どうやらリリアはまた気軽に増やしてしまったらしい。シャーリーもどこか呆れ顔だ。
「私は土魔法に詳しくないですが、ゴーレムとはあんなにも簡単に、5体も制御できるものなのですか?」
「いや、無理だろう。無理なはずだ。リリアが側にいると感覚が狂ってしまうが」
今日これから面会予定のゴーレム協会会長でも1体の制御しかできないはず――というか、2体3体と同時に動かすという発想すらないはずなのだが……。
私が感心半分呆れ半分で窓の外を眺めていると、息子であるアルフが部屋に入ってきた。
「――父上。ゴーレム協会会長のフィーレス様がいらっしゃいました」
そんな報告は本来メイドか執事に任せるべきところ。だが、貴族としての立ち振る舞いを学ばせる一環としてこうしたこともさせているのだ。
今まで引きこもっていたアルフは嫡男としてやっておくべき教育が足りていないからね。父親である私とのやり取りの中でも色々学ばせなければ。
……と、いうのは建前で。ずっと放っておいたアルフといきなり『親子』のやり取りができる自信が無いだけなのだが……。
「あぁ、時間通りだね。じゃあこの部屋にお願いできるかな?」
「……応接間ではなく、執務室に、ですか?」
アルフが確認してきたのも当然だ。ここにも一応来客用のソファは置いてあるが、執務室という場所柄よほど親しい人間でもなければ通さない部屋となる。
そして、ゴーレム協会会長のフィーレスという男とはそれほどの親しい付き合いはない――どころか、この屋敷に招くのも初めてとなる。
アルフはまだ6歳。もうすでにどの来客がどれくらい私と親しいのかを理解しているとは……と、喜ぶのは親バカだろうか?
「執務室で構わないよ」
「……承知いたしました」
訝しげな顔をしつつも大人しく部屋を出て行ったアルフは我が息子ながら優秀だ。
「応接間からでは庭が見えませんものね」
そして私の考えを理解してくれるシャーリーもまた優秀。
個人的な考えとしてはシャーリーはアルフと一緒になってこのレナード家をもり立てていって欲しいのだが……。シャーリーは信頼できるし、貴族令嬢だし、ランクAの鑑定眼持ち。そしてなにより人の心が読めるリリアが懐いている。アルフの嫁としては適任だろう。少々年齢が離れているが、貴族であればありえないほどではない。
「残念ながらアルフ様はすでに運命の相手に出会ったようですので」
すまし顔のシャーリーだった。こ、心を読んだ?
「私はリリア様ではありませんので心なんて読めませんよ。ただ、旦那様が分かり易いだけで」
私はこれでもレナード商会の会頭。心の内を顔に出さないことなど無意識にやっているはずなのだが……。「愛の力っすねぇ」という脳内キナはそろそろ黙って欲しい。
「黙って欲しいとは失礼っすねぇ。あたしはこんなにも旦那のことを想っているというのに」
と、背後から聞き慣れた声が。
「……キナ。いつからそこにいた?」
どうやら脳内キナではなく本物のキナに話しかけられていたようだ。
「ははは、ついさっき。転移魔法でパパッとね」
この屋敷には義母様が張った抗魔法(抗転移魔法)の結界があるのだが……。いやリリアも平気で転移しているし、今さらか。
「キナ。今日は何か約束をしていたかな?」
「ひどい言いぐさっすねぇ。あたしなんかじゃ理由もなしに来ちゃいけねぇと? は~傷つきましたわ~。こりゃあ傷ついた心を癒やしてもらわねぇとですねぇ」
嘘泣きしながら私の右腕に抱きついてくるキナ。どことは言わないが豊満な部分が腕に押しつけられ――って、思春期男子じゃあるまいし。
そして。
「――“神聖派”の連中がリリアと接触しようとしています。一応警戒しておいてください」
耳元で囁くように、らしくもなく丁寧な口調で警告してきたキナ。今日の用事はそれらしい。
神聖派。
我が国の国教、大聖教における最大派閥。キナの所属している“人道派”とは何かと対立しているらしい。
地方神官のほとんどは人道派であるので神聖派の人数自体は少ない。だが、いわゆる上位神官である神官長や大神官の多くは神聖派なので、金と力を持っている――と、いうのが今までの状況だった。
しかし『変竜の書』の護衛失敗や人道派の庇護下にある(ということになっている)リリアが聖女に選ばれたことにより、神聖派の影響力は急激に低下しているとされている。
影響力の低下を恐れた神聖派の連中が、聖女であるリリアを取り込もうとする。それは充分あり得る話だった。
さてどうするべきか。私が今後ありうる展開とその対処をいくつか脳内で展開していると……なぜか、シャーリーが私の左手を掴んできた。両手で。親の気を引こうとする子供のように。
「……シャーリー?」
「いえ違います。キナ様とイチャイチャされると本日のご予定に狂いが生じますので引きはがそうとしているだけです。えぇ、他に他意はございませんとも」
驚くほどの早口だった。鈍い鈍いとキナに呆れられる私だが、それでもシャーリーが本音を誤魔化していることくらいは分かる。『引きはがす』というほど力も込められていないし。
そして。
「――神聖派に所属する人間の調査は終了しています。情報を精査するまでもうしばらくお待ちください」
秘書としての顔をしながらシャーリーが囁いた。耳元で。今にも抱きついてきそうな距離で。
と、盗聴を気にするのは分かるけど、わざわざ耳元で囁かなくてもいいのではないかな? ちょっとドキッと――いやいや思春期男子じゃあるまいし。
二人とも、情報を教えてくれるのは嬉しいのだけど、もう少し普通の方法はないものだろうか? これだと第三者が見たらあらぬ誤解を――
扉を叩く音が室内に響き渡った。
「父上。フィーレス様を――」
扉を開けるのは部屋の主の許可が出てからにしなさい。という叱責は果たして今の状況でどれだけ効果があるものか。
右腕には胸を押しつけるように抱きついている王宮大神官。左手にはキナほどではないが密着する若いメイド。もし私が同じ状況に遭遇したら「お盛んなことで……」という感想を抱くだろう。
「…………」
「あ~、アルフ。これは、その、だね……」
「いえ、ご安心を父上。姉さまから「アルフも母親が二人増える覚悟をしておいた方がいいよ?」とご助言いただいていましたので」
「安心できる要素がないのだけど!?」
「いえいえわかっています父上。お母様は幽霊としてこの屋敷に留まっていますが、対外的には亡くなられていますから。慣習から見てもそろそろ後妻を迎えていい頃合いです。それにあまり長く独り身でいると変な貴族から変な女を押しつけられると聞きますし」
「絶対わかってないよね!?」
「わかっています。リュンランド侯爵家のキナ様と、男爵家の娘でランクA の鑑定眼持ちのシャーリーさん。えぇ、レナード家的にはどちらを選んでも問題ありませんね。両方手籠めにするとはさすが父上です。尊敬します。真似はできませんが。僕は愛する人が一人いればいいので」
「姉弟そろって同じようなことを言うのは止めてもらっていいかな!?」
どうしてこうなった、と。思わずリリアのように嘆いてしまう私だった。
◇
ゴーレム協会会長のフィーレス殿は先ほどの光景を見なかったことにしてくれた。私もさっさと忘れようと思う。
執務室の窓辺に立ち、二人で庭を見下ろす。視線の先にいるのはリリアとそのお嫁さんたち、そして、先ほどと変わらずお礼状を量産し続けるゴーレム5体だ。
「なんと、5体同時に操るとは……しかも何という緻密な制御。さすがは“聖女様”ですな……」
レナード家当主に対するおべっか、というわけでもなさそうだ。彼は本気で驚き感動している様子。
「相談というのはあのゴーレムです。フィーレス殿、あのゴーレムを協会の方で模倣することは可能ですか?」
「…………、……現状では、難しいでしょう。通常のゴーレムは術者が常に魔力を送り続け、制御しなければなりません。しかし聖女様に魔力を注いでいる様子はなく、ゴーレムも自律しているように見受けられます。模倣どころか、どうやって動かしているかさえ理解できません」
ゴーレムの専門家からすればまさしく『神の業』にしか見えないのかもしれない。
だが、彼は『現状では』と口にした。
その目には驚きや憧れの他に確かな意欲に満ちあふれていて。
「現状では無理、ですか。では、あのゴーレムを再現するための研究費はこちらが援助しましょう。リリアのような『天才』ではなくとも量産できるようにしていただきたい」
資金は出すから研究結果はこちらに寄越せ。という要求は彼も理解したようだ。
「一から研究しては時間がかかりすぎます。叶うならば聖女様から教えを授かりたく」
「あの子の予定もあるので即答はできませんが、なるべく時間を取れるようお願いしてみましょう」
もはやリリアは聖女であり、王太子の婚約者。実の父であっても気軽にお願いをしにくい立場となっている。……いやリリア本人に自覚がなさ過ぎるのは大問題だが。
とにかく。
彼は『不可能だ』とは口にしなかった。
そしてリリアは実際に5体のゴーレムを操り、お礼状を量産している。
あのゴーレムの動きを他に流用することができれば……。
紡績。紙漉き。製鉄など。様々な産業をゴーレムで代用することができれば。人件費の削減や生産能力の向上に繋がるはずだ。
5年、10年では結果が出ないかもしれない。リリアの魔術は今の人間には高みにありすぎる。
だが、今から研究を始めれば、いずれは。投入した研究費など目ではない『結果』を得ることができるだろう。
後に。
レナード家とゴーレム協会が共同開発した『半自動紡績ゴーレム』が登場することとなるが……今はまだ未来のお話である。
?「旦那。シャーリーの件ですがねぇ、さすがにアルフの嫁は無理があるでしょう? アルフが15になったとき、シャーリーは28。完全に行き遅れ扱いじゃねぇっすか。それまで待てって言うのはちぃっとばかり残酷ってもんでしょう」
?「いや、しかし、彼女は僕の秘書としてレナード家のかなり重要な情報も知っているし、守る意味も込めて『身内』に引き込むのは必須なわけでね?」
?「……そんなに心配して、可愛がっているなら手前ぇで責任取りましょうや」
?「むむむ……」
?「あたしとしてもまぁ、シャーリーになら旦那の左腕を譲ってもいいですしね。右腕は戴きますが」
?「それは、腕を切断するという意味ではないよね?」
?「……あんたはあたしを何だと思っているんだか……」
次回、8月30日更新予定です。




