11.王都のオバケ屋敷
11.王都のオバケ屋敷
(前世の私、キャラ濃いなー!)
王都に到着する予定日の朝。見たばかりの夢に対してセルフツッコミをしてしまう私であった。
(……そういえば、前世の私から一方的に知識を得たり思考が流れ込んできたりすることはあっても、会話をしたことはなかったなぁ)
今度じっくりおしゃべりしてみるのも面白いかもしれない。どうやればいいかは分からないけど。
それはともかくとして。
地面を波打たせて岩を転がすというのは意外と難易度が高く、王都に帰るまで三日もかかってしまった。
久しぶりにお爺さまと野宿&狩った魔物を使って解体方法を教えてもらったので有意義な時間は過ごせたのだけどね。皮を剥ぐのがちょっと難しかった。
ちなみにおばあ様はまだ領地での仕事があるので別行動だ。でもなければ魔物の解体なんてできないよねさすがに。
おばあ様はやるべきことをやった後なら比較的自由にさせてくれるけれど、それも貴族としての範囲内でのこと。たとえば魔法研究者や発明家になる貴族は(後継ぎでなければ)普通にいるからそれに類することは許してくれると思う。
逆に言えばその範囲外のことは不許可となってしまう。狩りをする貴族はいても、獲物を自分で解体することはない。
職業に貴賎無し。というのは前世日本での常識。この世界では確固たる身分制度があるし職に貴賎は存在する。そして家畜の解体はかなり下の方の役割。
(身分制度とか超面倒くさいよねー)
内心そう思っていても口にはしない9歳児。だって私は身分制度の恩恵を受けている側の人間だものね。そんな私が何かを言ったところで説得力がない。身分制度が嫌なら家を出て庶民として暮らしてみろって話になってしまう。
当然私としてはウェルカムなのである程度金儲けが軌道に乗ったら独立する気満々だ。現状でも冒険者としてならすぐに独立できるだろうけど。ストーンスネイクを単独撃破できるのだからBランクくらいには問題なく到達できるはず。
(ま~でもある程度お金を稼いでからの方がいいよね絶対。冒険者とスローライフって対極に位置しているし。家族にしたって経済的な余裕を見せた方が安心してくれるはず)
うちの次期当主は弟のアルフだし、私に政略結婚をさせるほどレナード家は権力に飢えていない。そもそも貴族籍を金で買ったのだって王国の財政難を助けるためだったらしいし。
そんな家なのだから本質は貴族よりも商人――平民に近い。私が本当に望めば市井での生活も許されるだろう。
……元王族であるおばあ様の説得には少し骨が折れそうだけど。
今からおばあ様の説得方法を考えておくか~とか、独立したらナユハを秘書としてスカウトしようとか考えながら王都の屋敷に到着した私は、首をかしげた。銭湯を建築するために買い取った隣の空き屋敷の解体が進んでいなかったのだ。
内装から売れそうなものを撤去するのに時間が掛かっている……にしても解体のための骨組みを組むことくらいはできるはずだし、業者が出入りしている様子もない。
お父様の部屋に赴き、お爺さまと一緒に帰宅の挨拶をした私はその疑問をぶつけてみることにした。
「お父様。隣の屋敷はまだ解体しないのですか?」
私の質問を受けてお父様はまた胃の辺りを押さえてしまった。
「予定ではもう解体は始まっているはずだったのだけどね。どうも、その……、幽霊が出たらしくて」
「幽霊ですか?」
思わず首をかしげてしまう私。
前世とは違い、この世界の人間は大半が幽霊を信じている。そもそもが魔法のある世界だし、スケルトンやゾンビ、ファントムといった『本来は死んでいる』魔物も頻繁に出没するためだ。
そして、そんな世界であるから幽霊への対処法も発達している。屋敷に出る幽霊ならたぶんファントムかゴーストだろうけど、それだったら教会にお布施をして神官を派遣してもらえば半日もかからず除霊が完了する。
私が首をかしげたのはそんな簡単な対処をお父様がしないはずがないと確信しているから。除霊費――じゃなくてお布施をけちるなんてこともないだろうし。
「なにか厄介な幽霊なのですか? たとえばリッチとか……」
リッチとは簡単に言えば王様や大賢者といった『生前凄かった人』の幽霊であり、並の神官では“格”が負けてしまい除霊ができないという話を聞いたことがある。
あと強力な魔法使いが自分からアンデッドになった場合もリッチと呼ぶことがあるみたい。
どちらにせよリッチが出た場合は大神官クラスの人材を派遣してもらわないといけないので解体作業が進んでいないのも頷ける。凄い人はそれだけ忙しいのだ。
私の予想にお父様は首を横に振った。
「いや、話を聞くに幽霊自体は普通のゴーストだと思う。ただ……その幽霊は黒髪だったらしくてね。『悪魔に違いない』と神官が逃げ出してしまったのだよ」
「…………」
ナユハと友達になった私としてはその神官を一発殴りたい。
というか黒髪が仮に悪魔だったとして、悪魔相手に逃げ出すのは神官としてどうなのさ。職務放棄も甚だしい。
怒るべきか呆れるべきか。私が微妙な顔をしていると隣に立っていたお爺さまが肩を叩いてきた。
「よし、その幽霊退治、俺とリリアがやろうじゃないか」
「へ?」
普段のお爺さまは一人称『私』なのだけど。どうやら元冒険者としての血が騒いでしまったみたい。口調もちょっと乱雑になっているし。
「リリアの友達のためだ、黒髪は悪魔なんかじゃなくただの幽霊だって証明してやらないとな」
「あ、はぁ……」
私は別に黒髪=悪魔だなんて考えていないし、その逃げ出した神官が言っているだけなのだから証明する必要なんてないと思う。というか幽霊退治なんて面倒くさい。
でもなぁ。屋敷を解体してくれないと銭湯や温泉水路の建設ができないし、そうなるとナユハの元に遊びに行けるのが遅くなってしまう。
やるしかないか。今日くらい部屋でごろごろして旅の疲れを癒やしたかったのになぁ。
どうしてこうなった……。
◇
隣の屋敷に足を踏み入れる。ゴースト程度ならお爺さまの槍一本で退治可能(幽霊には物理攻撃の効果が薄まるはずだって? お爺さまの非常識さを舐めてはいけない)なのでお気楽な道中である。
外は晴れているというのに屋敷内は薄暗く、じめじめとしていた。いかにも幽霊が出そうな雰囲気。ちょっと空気が重く感じるのは……幽霊がいるのだから当たり前か。
「う~ん……」
玄関ホール中央に位置する階段の先、二階の方からいや~な空気が流れてきているからとりあえず二階を目指そうかな。
階段を上りながら、ふと玄関ホールを振り返った。建物の大きさは伯爵家かそれ以上の規模があるというのに装飾品は最低限しかない。床の絨毯も、壁の燭台も、天上のシャンデリアすらも撤去されている。
引っ越しの時に持って行った……にしても壁の燭台やシャンデリアは置いて行くだろうし。泥棒にでも入られたのではないかと疑ってしまう。
「ずいぶん質素ですね」
「ここに住んでいたのは平民で、魔法研究家だったからな。貴族らしい装飾品に興味はなかったのだろう」
魔法研究家か発明家になりたい私としては興味をそそられる話である。
「平民でこんな屋敷に住めるとは……。よほど優秀な研究家だったのですね?」
貴族の邸宅が中古で売りに出されていても普通の平民では絶対手が出ないお値段のはずだものね。
「そうだな。ヤツは常識こそなかったが優秀ではあってな。宮廷魔術師への道を蹴って自由気ままな研究家になった変わり者なのだ」
なるほどお爺さまの同類か。
という感想は胸の中に仕舞っておく賢いリリアちゃんである。
しかし幽霊探しをしているのに緊張感がまるでないね。神官が逃げ出したのだからもうちょっとキャーキャーしてもいいはずなのに。
まぁ物理攻撃ならお爺さまは最強クラスだし、魔法に関してはヒロイン・チートな私がいるのでさもありなん。
というかナユハの稟質魔法でも怖がらなかった私をビックリさせるにはよほどのグロテスクか意外性が必要だと思う。そこのところは黒髪幽霊さんに是非とも頑張って欲しい。期待しながら私とお爺さまは二階の廊下に到達した。
「お?」
噂をすれば、というわけではないけれど。幽霊のことを考えたら幽霊さんが姿を現した。最初はぼんやりと、次第に輪郭がはっきりしてくる。
闇に浮かび上がるという表現が最適かな?
後ろを向いているので幽霊の顔は分からない。背中まで伸びた黒い長髪と、黒い服。名実ともに闇の世界の住人といった感じだ。
というか、あれ、セーラー服だよね? 異世界にセーラー服って……。あ、いや、カメラや日本刀がある時点で今さらなツッコミか。
しかし黒髪黒セーラーとは何という萌えの暴力。もうキャラデザだけで勝ったようなものじゃないか。後ろ姿だけで超美人。
……いや、油断は禁物だ。
後ろから見て美人でも前から見たら落ち武者でした~とかゾンビ系でした~なんてパターンもあるかもしれない。私の人生には(前世も含めて)とにかく『どうしてこうなった!?』と叫びたくなる展開が多いので十分あり得る話だ。
よっしゃ来い! 落ち武者だろうがゾンビだろうがぶん殴ってやるぜ! あぁでも顔にウジ虫が湧いている系は勘弁な!
私が通常とは違う意味で身構えていると幽霊が振り返った。
『――っ、でて、いけ……』
地獄の底から響いてきたような低い声。
出て行け、という意味だろうか?
その幽霊の様子に私は思わず眉をひそめた。
まず意識を引かれるのは両目を覆った包帯だ。それなりに魔術の勉強をしている私でも読めないのでおそらくは神代文字か、あるいは術者の独創文字だろう。
魔術師の中には自身の研究結果が他者に漏れることを恐れて自分にしか分からない言語を使う者がいるのだ。
ちなみに魔法使いと魔術師、魔法と魔術の使い分けに明確な基準はない。公のために活動するのが魔法使いで自己のために魔法を使うのが魔術師であると区分するのが一般的かな。公式文章でも魔法と魔術の表記は揺れている。
師匠の生まれた時代には明確な基準があったらしいけどね。
さて。あんな文字が記された包帯を巻かれているのだ。おそらくあの幽霊には何らかの魔術的な“縛り”が施されているのだろう。たとえば自我の喪失とか、絶対服従とか――
「っ!?」
あたまがいたい。
頭の中で、前世の私が叫んでいた。
一方的に、必死さを込めて。ひとつの想いが流れ込んでくる。
――あの子を、助けてあげて。
記憶が流れ込んでくる。
昔々の、前世の物語。
大切な ともだちとの思い出が。
(……は~、やっぱりまだ隠し事していたよ前世の私)
昨夜の夢は幸せな一場面だけを切り取ったものだったらしい。
ただまぁある程度は仕方ないか。一番の親友が学生のうちに 不慮の死を迎えてしまっただなんて9歳児にわざわざ教えるような話題でもないのだから。
(……なるほど、あの幽霊さんの正体は前世の親友さんであると)
彼女の名前は笹倉愛理。享年18歳。死因は――
しかし、愛理さんはなんでまた異世界で幽霊をやっているんだろうね?
疑問に思う私の横、お爺さまが一歩を踏み出した。わぁすごい覇気。こっちの肌が焼け焦げそう。幽霊退治する気満々だ。きっと孫娘にいいところを見せようとしているんだね。
『――っ!』
お爺さまの覇気に幽霊……いや愛理さんが反応した。小手調べとばかりに魔力をそのまま暴風としてこちらに叩きつけてくる。魔法に変換されていないので殺傷能力はないけれど、私は思わず数歩後ずさりしてしまった。反射的に結界を展開したにもかかわらず、だ。
(うぉお凄い魔力量! 魔法として発動させなくてこれとか、もし魔法を使ったらどんな破壊力になるんだろうね?)
その魔力量、あるいはわたしに匹敵するかも。
武力はともかく魔力はそれほどでもないお爺さまは大丈夫かな? 私がお爺さまを横目で確認すると――、立っていた。一歩たりとも動くことなく。むしろ踏ん張っている様子すらない。私ですら結界を張った上で後ずさりしてしまったというのに……。
バケモノか。
どん引きした私を見てお爺さまはやれやれと肩をすくめた。
「やれやれ、リリア。まだまだ修行が足りないな。この程度の魔力を受け流せないでどうする?」
「この程度って……」
原作ゲームでは後に“聖女”となる私の魔力に匹敵するんですけど? それを魔法も使わず受け流せるってどういう理屈なんですか?
あーでもお爺さまに関して常識で判断しようとしても無駄か。できるものはできる。きっとそういう理屈なのだろう。
「ふむ、しかしリリアを危険にさらすのも気が引けるな。あの幽霊はなかなかの強敵であるようだし……。どれ、さっさと決着を付けてやるか」
そう言ってアイテムボックスから槍を取り出すお爺さま。構えを取ったその姿はどんな芸術よりもなお美しく、未熟な私では一切の隙を見つけることができなかった。
「いいかリリア。幽霊には物理攻撃の効果が薄いが、槍で突き殺せぬ訳ではない。目で見える像ではなく、相手をこの世に繋いでいる存在そのものを穿つのだ」
「…………」
まだまだ修行の足りない私ではお爺さまの言葉の半分も理解できない。
槍術の極地。
お爺さまの槍を受けて成仏できる幽霊は幸いだろう――って、成仏させちゃダメだって!
「お、お爺さま! ちょっとタンマ、タンマです!」
「たんま?」
しまったこの世界に『タンマ』って言葉はないのか!
『あるとかないとかの問題じゃないよねー』
『あっちでも普通に死語だしー』
『幽霊を前にして死語を使うなんて“しゃれおつ”だよねー』
くっは妖精さんにバカにされた! 死語死語言うな泣くぞ! 私が子供の頃は現役だったんだ!
思わず妖精さんを威嚇する私。そんな孫娘の様子は尋常じゃなかったらしくお爺さまも幽霊退治を中断してくれた。け、結果良ければすべてよし。
深呼吸して仕切り直し。
愛理さんに対する術式は目に巻かれた包帯だろう。
しかし、包帯を取り外しても意味はない。あの包帯は電化製品で言えば配電や基板のようなものであり、電源・あるいはバッテリーの役割を果たすものが他に存在するはずなのだ。それを破壊しなければ包帯もすぐに復活してしまうだろう。
そして、例に漏れずその電源相当の部分は魔術によって隠蔽されていた。独創文字による術式なので通常の解析方法では骨が折れそうだ。
そう、通常の解析方法では。
「…………」
左目に手をやり眼帯を取り払う。
前世の親友のためだ、少々疲れるが出し惜しみはしない。
「――発動」
きっと今私の左目は金色に光り輝いているだろう。
鑑定眼――の、さらに上。
全知全能にして世界を見渡す者であるオーディン。そのオーディンが知恵を身につける際に重要な役割を果たしたのがこの左目だ。
ゆえにこそ。この左目は全知にして すべてを見通す力を持つ。
私はまだすべてを使いこなせているわけではないけれど……。
「――天の網は細細やか 疎密に至りて悪事を照らす」
あたまがいたい。
瞳の力が強大すぎて9歳の身体には負担が掛かりすぎるのだ。あまりの激痛に視神経がぶち切れそう。
まぁでも死にはしないから大丈夫。前世と前々世で死んだ経験がある私はこの程度でひるむことはない。死ぬよりマシだと考えれば大抵のことはできるものなのだ。
「一流を三流に」
「悲劇を喜劇に」
「我が挑むは神の業」
一流の悲劇よりも三流の喜劇を。いいこと言うよね前世の私。まぁ元は小説から引用したみたいだけど。
……私もそっちがいい。
多少強引でも、多少無茶苦茶であったとしても。心に残る悲劇よりも笑い飛ばせる喜劇がいい。
そのためになら、ちょっとの無茶も許されるだろう。
「――千里眼」
陽炎のように世界が一瞬揺らぎ――すべてが見えた。
愛理さんを取り巻く術式も、彼女が受けた苦しみも、術者のどす黒い感情も……。
……首元!
細白い首に巻かれた首輪。その中心に真っ赤な魔石がしつらえてある。その魔石が愛理さんの魔力を吸収し、目を覆う包帯の術式に対する電源となっているのだ。
アレはおそらく隷従の首輪を改造したものだろう。確かソシャゲ版のアイテムでありこの世界では奴隷の自由意志を奪うために使用される。
もちろん、奴隷が禁止されているこの国においては所持することすら罪であり私も本でしか見たことはない。
隠蔽されていた場所が分かったのだからあとは隠蔽魔法の術式を解析するだけ。愛理さんの全身に分散させていた意識を首に集中できるのでそれ自体はすぐに終わる。
隠蔽魔法が消えた。
首輪が現れる。ガラスが割れるような音と共に。
「お爺さま!」
すべてを察したお爺さまが槍を構えなおした。
「――神穿天変」
槍の穂先が消えた。
消えてしまったと錯覚した。
左目の力を解放しているのに。
それでも、一瞬。槍の動きが 消えたのだ。
――神は殺せぬ。
かつてその常識を覆し、邪神を屠った一槍は。故にこそ常識に縛られぬ技へと昇華された。
槍の頂点。
武の極地。
神槍の名に偽りなし。
槍の穂先は寸分違わず――逃れようとする愛理さんの動きすら先読みして――正確無比に首輪の魔石を貫いた。
ついでとばかりに頭の包帯まで切り裂いてしまう腕前にはもうため息しか出てこない。
愛理さんの瞳が露わになる。
なつかしい、なつかしい漆黒の瞳だ。
『――あ、ああぁああぁああああっっ!』
悲痛な叫びが屋敷にこだました。苦しそうに愛理さんが頭をかきむしっている。
「うむ? どうしたのだ? 傷つけてはいないはずだが」
「おそらく長期の支配から解放されて頭が混乱しているのですわ、お爺さま」
あるいは自我を取り戻した際に自分の死に様がフラッシュバックしたか。私も寝起きに前世の死に様がフラッシュバックしたときは取り乱してしまったなぁ。あれ、今自分が生きているか死んでいるか分からなくなるんだよね……。
「頭を叩けば治るか?」
「お爺さまが叩いたら治るどころか割れてしまいますわ。自覚はないかもしれませんが魔石って槍の一撃で壊れるような代物じゃありませんよ?」
「そうだったかな?」
本気で首をかしげるお爺さまにはとても任せられない。せっかく助けた愛理さんの頭がザクロのように割れるとか笑えない。
しかし、かといって私も混乱した人間を落ち着かせる方法は知らなかった。とりあえず貪り喰らうもので愛理さんの身体を拘束して、それから……。
……と、頭の中で前世の私が語りかけてきた。
「え? これを言えばいいの?」
よく分からないけど前世の私が頭の中で喋った言葉をそのまま口にする。
「え~っと、――学校に推しキャラの抱き枕を持ってきて没収された『R18抱き枕事件』?」
『ぐはっ!?』
愛理さんが心臓を射貫かれたみたいに身じろぎした。
「――修学旅行の時にBでLな同人誌を買ってお説教された『京都でアニ○イト事件』」
『かはっ!?』
「――新入生歓迎会の時に全校生徒の前で15分以上妄想を語ってしまった『漫研勧誘事件』」
『ひでぶっ!』
もうやめて 愛理さんの らいふは ぜろよ
私の懇願に璃々愛(前世の私)はやっと黒歴史の披露を止めてくれた。いやそのまま語っちゃった私も悪いんだけどね?
愛理さんは椅子に力なく座り、真っ白に燃え尽きたボクサーのようにうなだれていた。ここ廊下なんだけどその椅子はどこから持ってきたんだろうね? あまりの不憫さに思わず貪り喰らうものによる拘束を解いてしまった私である。
『こ、この切れたナイフ――じゃなくて心に突き刺さる言葉のナイフは……璃々愛?』
よろよろと顔を上げた愛理さんに私は親指を立てた。
「いえす、あい、あむ。まぁ正確に言えば生まれ変わりで、記憶があるってだけで本人ではありませんけれど」
頭の中に璃々愛の意識は存在する。でもそれを話し始めるとややこしくなってしまうからまた後日。時間が取れるときにゆっくりお話ししたいと思う。
あと言葉のナイフ云々について詳しく聞きたい。前世の私ってそんなに毒舌だったの?
私の顔を見た愛理さんは目を丸くしていた。どうやら私が乙女ゲームのキャラクターであると気付いたらしい
『り、リリアちゃん? あ、いえ、リリア・レナードさんですか? え? ボク☆オトのヒロインの?』
一応敬語で問いかけられたので私も相応の態度で答えよう――としたけれど、一般人である愛理さんに対してそんなかしこまらなくても大丈夫だよね? 記憶のせいか他人の気がしないし。
「はじめまして、でいいかな? 私はリリア・レナード。愛理さんが思っているとおり乙女ゲームのヒロインです」
敵意はありませんよーと示すためににっこりと笑いかける。ファンディスクルートの悪役令嬢だと勘違いされたら大変だものね。人間、第一印象がとても大事。
と、私が9歳にしては立派な対応をしているというのになぜか愛理さんは頭を抱えてしまった。
「なにこの人なつっこい笑顔! 超可愛いけど私の知ってるリリアちゃんじゃない! リリアちゃんはクールで優しくてふとした瞬間に見せるデレが可愛いボクッ子で――初対面の人間には塩対応してくれなきゃダメなのよーっ!」
何とも失礼なことを叫ばれてしまった。腹の底から。王宮にまで届くんじゃないかってくらいの大声で。これは間違いなく類は友を呼んだ。
いや~、うん、私も一応ゲームの知識はもらっているからさ。ゲームでの私が心許した相手以外には笑いかけないキャラだってのは理解しているけど……。現実的に考えて、社交性が重視される貴族令嬢がそんな態度を取れるわけないじゃん? いや逆ハーレムルートがあるゲームに常識とか現実を当てはめても意味はないだろうけど。
というか、この性格になったのは(元々こうではあったけど悪化したのは)前世の記憶を思い出したことも一因で、つまりはあなたの親友さんにも責任があると思うのですが……。絶望したように『orz』している愛理さんを見ているともう何も言えなくなってしまった。
う~ん、どうしてこうなった?
次回、7日投稿予定です




