第25話 聖女誕生
頭蓋骨が割れないギリギリのデコピンをするにはどの程度の身体強化が適切だろうか?
いや回復魔法が使えるのだから少しくらい割っちゃっても平気かな?
頭蓋骨を割れるだけの筋肉と、それを支える骨、頭蓋骨破砕に耐えられる爪を得るために必要な強化魔法は……。
私が結構真剣に頭を悩ませていると、先ほどリュースの到着を伝えた役人さんが今度は神召長様の来訪を告げた。
そう。私のことを聖女だの救世主だの好き勝手に呼んでくださりやがっている神召長様は、やはりこの式典の場にはいなかったのだ。『聖女』に求婚するなら当然神召長様に話は通してあるはずで、そんな重要なイベントを神召長様が見守らないはずがないのに。
あれですか? 私の知らないうちに『重要人物が式典に遅れてくる』っていうのが流行しているのですか?
神召長様はまず陛下に遅参を詫び……私とリュースに顔を向けてからわざとらしく、それはもうわざとらしく「まぁ!」と驚きの声を上げた。
「すでに求婚されたのですね!」
なんというか、棒読みだ。
周りの貴族やら神官たちもきっと気づいているはず。だけどみんな空気を読んで静観している。なんだこの微妙な雰囲気。リュースからの求婚で珍しく稼働した私の乙女回路を返してくれ。
しかしリュースは涼しい顔で頷いてみせた。
「えぇ、おかげさまで無事了承を得られました。残念ながらまだ婚約者ですが、いずれリリアを王太子妃として紹介できる日を楽しみにしていますよ」
なんだろう、何となくだけどリュースが牽制している気がする。誰に対してなのかはまったく分からないけど。
「……鈍い。この場には高位貴族もいるのだから、これからはリリアに余計なちょっかいを出さないよう牽制しているんだよ。自分が思っている以上にリリアは優良物件だからね」
ナユハが小声で教えてくれた。優良物件扱いですか……。流れで婚約しちゃったけど、今さらながらナユハはいいの?
「すでに『正妻会議』は終わってるから。リリアが心配することは何もないよ」
何それ初耳。誰が参加者? 結論はどうなったの? 心配しかできないんですけど?
私がナユハから『正妻会議』とやらの詳細を聞き出そうとしていると、神召長様がまたまた演技っぽい声を出した。
「それはおめでとうございます! ではリリア・レナード様の伴侶となります王太子殿下にも是非お伝えせねばなりませんね!」
「ほぅ? 一体なんですか? とても気になりますね」
う~ん、文化祭の演劇を見ている気分。リュースも神召長様に引っ張られて棒読み演技になってない?
「はい。リュース・ヴィ・ヴィートリア王太子殿下の婚約者であらせられるリリア・レナード宮廷伯が……このたび正式に『聖女』として認定されました」
ざわりと。
王座の間がざわめいた。神官たちも驚いているということは今回の発表は神召長様の独断か、偉い人たちだけで決めたのかな? あるいは『人道派』と『神聖派』の派閥争いも絡んでいるのか……。
まぁ、聖女になるのはいい。色々あったとはいえ自分で選んだ道だもの。
でも、聖女であるという発表は私が15歳になってデビュタントを迎えたときにって話でしたよね? なんで9歳――いや今日誕生日だから10歳か。10歳で発表しているんですか?
どうしてこうなった?
「どうしてこうなったって……、たぶん神聖ゲルハルト帝国で『聖女』が誕生したからじゃないのかな?」
ナユハが冷静な突っ込みをしてくれた。そういえば何日か前にそんな話があったような。
「同じ聖女なのだからもうちょっと興味を持とうよ……」
「いやだって聖女にふさわしい働きをしているのに聖女になっていない人もたくさんいるし。神に最も近いだの愛されただの言われても、スクナ様が一番愛しているのは師匠だもの。「また増えたんだ~」程度の反応でも仕方なくない?」
「仕方なくないよ? リリアは一応この国の教会で最も偉い立場なのだから自覚を持たないと」
「え? 私って一番偉いの? その割には聖女になってから大神殿に行ったことなんてないし、何か仕事を任されたこともないんだけど?」
「……おぅ、この子はだめだ、自覚がなさ過ぎる。私がしっかりしなきゃ……」
ナユハが呆れている間にもリュースが驚いた演技をしたり神召長様が祝福の言葉を送ったりしていて……。
あぁ、なるほど。
つまり『王太子が聖女を婚約者にしました』ではなくて『王太子の婚約者が聖女に選ばれました』という形にしたかったと。だからわざわざ神召長様が遅れてやって来たと。
私にはよく分からないけどきっとお偉いさんたちにとっては重要な意味があるのだろう。
「いや違うと思うな。リュース様の個人的なこだわりだと思うな。聖女じゃなくてリリア個人を選んだんだよっていう」
なんだかそれも今さらだし、お腹真っ黒な陛下あたりが悪巧みしたんじゃないのかねぇ?
私が首をかしげていると、神召長様が私に向き直って軽く頭を下げてきた。
軽くとはいえやっている人物は神召長様。大聖教の超お偉いさん。周りのざわめきが一層大きくなったのは気のせいじゃないだろう。
そんな周囲の反応を少しだけ配慮したのか神召長様が私に聞こえる程度の小声で謝罪を口にした。
「救世主様。本日は真に申し訳ございませんでした」
おぉ、神召長様って人の話を聞かないというか自分の都合のいいように解釈する人物だけど、謝るってことは私が迷惑しているって分かってくれたのかな?
「本来であれば貴女様は救世主様であると発表するべきところ。しかし、まだこの世界の民に救世主様の存在を明らかにするのは早すぎまして。こうして聖女様であると発表することしかできませんでした。力なきわたくしをお許しください」
あ、そこを謝るんですか。もうちょっと私の迷惑というか心の平穏破壊とかに気を遣って欲しかったというか……。
も~なんだか色々ありすぎて訳が分からなくなってきたけど、とりあえず嘆いておこう。
どうしてこうなった?
次回、6月15日更新予定です。




