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閑話 国王と

 リージェンス ……国王。リュースの父。

 ガングード公 ……公爵。悪役令嬢の父。

 ゲルリッツ侯 ……侯爵。騎士団長。




 

 王城が半壊し。首謀者である漆黒を捕まえることもできず……。あまりにもうまくいかない現状に国王リージェンスはため息をつくしかなかった。


 せめてもの救いは新たなる『救国の英雄』、『竜殺し』が生まれたことか。しかもナユハは黒髪黒目。黒髪に対する差別排除に向けて大きな一歩となるだろう。

 と、自分を納得させることで胃の痛みから意識を逸らそうとするリージェンスであった。


 ナユハとマリーが謁見の間を出て行き。この場に残ったのは国王リージェンスと宰相ガングード公、騎士団長ゲルリッツ侯。そして国王の『耳』たるキナ・リュンランドだけとなった。


「さて。何か報告はあるか?」


 リージェンスからの問いかけにまずはゲルリッツ侯が答えた。


「王太子殿下の無事は確認できました。現在は転移魔法が使える魔導師を現地に派遣し、レナード嬢たちから話を聞いているところです」


「リリア嬢にはまた迷惑を掛けたな。……しかし、ナユハ嬢には上手いこと誤魔化されてしまったな」


 リージェンスはすでにガングード公やゲルリッツ侯たちから王太子襲撃に関する詳細な報告を受けているし、ガングード公たちもこと(・・)がここまで大きくなってしまっては有耶無耶にすることもできない。……ヒュンスター侯とマリーはただの被害者。だが、マリットは実行犯の一人。そういう風に報告するしかなかった。


 つまり、ナユハの知っていることはすでにリージェンスも知っているわけであり。ではなぜナユハからわざわざ報告を受けるという形にしたかというと……ただ単に、直接お礼を言いたかっただけだ。


 黒髪黒目。さらには御家取りつぶしとなったデーリン家の娘を『お礼を言うため』に呼び出すのは難しい。ただでさえ国王という存在は気安く礼など言えない立場なのだ。


 ナユハが“竜殺し”となったので今後は少しばかりマシになるだろうが……貴族の中には「ガイサンが致命傷を与えたのに、トドメだけを奪った卑怯者だ」と見なす者も出てくるだろう。


 国王であればそれらの声を無視することも可能だが、余計な軋轢や不満を産むこととなる。


 黒髪黒目に対する差別感情はリージェンスが法律で禁じた今となっても根強く、しがらみや政治的な影響を考えれば貴族を“その程度の理由で”処罰するのも難しい。

 そして、神話の時代より禁じられてきた人身売買を行おうとしたデーリン家への嫌悪感はかなり強い。その者の信仰心が厚ければ、厚いほど。


 黒髪黒目への差別感情は古い貴族ほど『当然』と考えているし、デーリン家の所業は歴史があり信仰心が厚い貴族ほど許せないものとなる。


 つまり、黒髪黒目でデーリン家の娘であるナユハという少女は、歴史ある、伝統的な、ほぼ同意義的に“力”を持つ貴族から嫌われやすいのであり。無駄な軋轢を避ける意味も込めて国王リージェンスは『事件の報告と事情聴取』という形でナユハとの謁見の場を整えるしかなかったのだ。


 何の罪もない、たった9歳の少女が普通に生きることすら難しい。それがこの国の現状かとリージェンスは憂鬱になりながらも国王としての責務を果たそうとする。


「マリットの処分はどうするべきか?」


 王太子襲撃。取り急ぎの報告によれば本人を前に自供して、胸ぐらを掴み殴りかかろうとしたという。

 考えるまでもなく国家反逆罪。そして不敬罪。処刑して一族連座しか道はない。


 なのにリージェンスが他の者の意見を求めてしまうところに彼の本音が透けて見えていた。


 マリットが罪に問われればヒュンスター侯とマリーにも何らかの処罰を下さなければならない。どんなに恩情をかけてもヒュンスター侯は当主としての責を問われ斬首。マリーは貴族籍を剥奪されて平民に。といったところだろうか?


 マリットの行動も許されるものではないが、裏の事情を知らされたリージェンスは同情してしまった。自らの罪を自覚してしまった。国のためによく尽くし、民を守るために戦い、味方であるはずの(元)騎士団長に殺された悲劇の女性(マリア侯)の首を民衆に晒すなど……。


 国王としてはマリットを処断しなければならないが、それでも、なんとかできないものか。マリットの行動では死人も出ていないのだから……、と。国王でありながら人の心を失ってはいないリージェンスはそんな甘い考えを抱いてしまった。


 ガングード公も、ゲルリッツ侯も、そしてキナも。リージェンスの真意をくみ取れないほど愚かではない。


 まず口を開いたのはガングード公。


「そうですな。魔導師団長の鑑定を待たなければなりませんが、相手はあの『漆黒』です。精神支配などの魔術によりマリット・ヒュンスターが操られていた可能性は充分にあります」


 そんなわけがないことなどガングード公本人も分かっている。が、その妄言にキナが乗った。


「なるほど、その可能性は充分にありますな。フィー・デファリン魔導師団長にはあたしからよく言って(・・・・・)おきましょう(・・・・・・)かね」


 よく言っておく。その言葉に込められた意味を察せられない者は貴族失格だろう。

 ついでにいえば公爵相手だからかキナの言葉遣いは普段に比べてだいぶマシになってはいるが、もちろん貴族失格であることは疑いようもない。


 続いて発言したのはゲルリッツ侯。


「騎士団長としての所感を述べさせていただけるならば。竜使いとしての力を持ち、ワイバーンを使役した『実績』のあるマリット・ヒュンスターは国防の要となれる人材でしょう」


 リリアやガルドといった規格外の存在によって忘れがちになるが、そもそもドラゴンどころかその幼体であるワイバーンだけでも大災害級の存在なのだ。そんなワイバーンを使役できるマリット・ヒュンスターという人間はなるほど確かに騎士団長としては喉から手が出るほど欲しい人材であろう。


 ゲルリッツ侯の意見をガングード公も肯定する。


「我が領内には最近とみに魔物が出没しますからな。ワイバーンが縄張りを主張してくれれば魔物の多くも近づかなくなるでしょう。王国の財政も厳しくなってきたことですし、ここで抜本的な対策を取る必要があるかと」


 継いでキナも自分の意見を述べる。


「竜人であるマリー・ヒュンスターは貴族としての義務を理解している子ですが、それでもまだ8歳ですからね。実の兄が処刑されたとして――母親だけでなく兄までもが『王国』に殺されたとして、今後も同じように貴族としての責務を守り、この国のために働いてくれるとは言い切れないでしょう」


 さらに、とキナは続ける。


「マリー・ヒュンスターはリリア・レナードを『お姉様』と呼び慕い、リリアも実の妹のように可愛がっていますからね。マリーが悲しむようなことをしたら、リリアも何かしでかすかもしれません」


 王国にとっては、あるいはそれが一番恐ろしいことであった。聖女であり救世主。そしてポーションを神から託された子。そんなリリアが万が一にも敵対したらと考えるとリージェンスの胃は急速に縮み上がっていった。


「うむ……」


 リージェンスは小さく唸った。

 国王としての自分を納得させられるだけの理由付けは揃った。国王としても、マリットを処刑するよりも生かしておいた方が国のためになる(・・・・・・・)


 あとの問題はマリット・ヒュンスターが改心し、国家のために働いてくれるようになるかということだ。これからも王家を恨み続けるというのならリージェンスとしても望まない決断をしなければならなくなるだろうし、マリーやリリアを納得させなければならない。


「……よし」


 マリットのことはリュースに任せよう。

 臣下となるべき人間の恨みを飲み込み、うまく使ってみせてこその次の国王だ。


 娘を信じて託すことにしたリージェンスだった。


 別の言い方をすれば、丸投げ。

 リュースが聞いたらリリアのように『どうしてこうなった……』と嘆くことだろう。


 少しだけ胃の痛みが治まったリージェンスは話題を次に進めた。


「さて、キナ。“教国”はどうだった?」


 本来この場所にいるべきなのはガングード公とゲルリッツ侯のみ。キナがわざわざやって来たのだから何か報告を受けるべきことがあるのだろうとリージェンスは判断した。


 ……黒いドラゴンが王宮を襲撃したとき。ドラゴンに対処できるガルドたちはガングード公爵領で急増する魔物退治の支援を行っており。フィー・デファリン魔導師団長は領地にいる家族の急病が伝えられて実家に戻っていた。

 そしてキナはというと……ヴィートリアン王国の大神官 (使節)として、『隣国』神聖ゲルハルト帝国の式典に参加していたのだ。


 もちろんドラゴンが王宮を襲撃した際には転移魔法を使える魔導師がガルドたちに急を知らせた。

 しかし転移魔法の問題点は『望んだ場所には行けるが、望んだ人物のところには行けない』という点だ。場所であれば座標が固定されているので問題はないのだが、自由に動き回る人間を目標にするのは困難となる。リュースのように位置探知が組み込まれた魔導具を持っていれば(そして術者がリリアのような規格外であれば)話は別であるが……。


 ガルドは魔物の巣を潰すために森へ入り詳細な居場所が不明。フィーは領地に戻る途中で子供を誘拐された母親の願いを聞き、誘拐犯を探索。と、どちらも本来いるべき場所・連絡のつく場所にいなかったため即座の召集ができなかったのだ。

 念話で報告をしようにも“(パス)”を繋いでいなければそれもできない。


 そして。キナの居場所は明らかだったものの、他国の重要な式典に参列中だったため魔導師が近づくことができなかったのだ。

 キナの『ドラゴンに対する対処力』はガルドたちに劣るため、他の魔導師がガルドたちを呼びに行った以上、他国の式典に割り込んでまで急を知らせることをためらってしまったという事情もある。


 ドラゴンに対処できる人材がすべて即応できない状況にあった。これが偶然か、それとも何者かの陰謀であるかは詳細な検討が必要だろう。


「あ~……」


 報告を急かされたキナは面倒くさそうに頭を掻いた。


「なんと言いますか……。神聖ゲルハルト帝国に住む少女が“聖女”に認定されましてね」


 予想外の言葉にリージェンスがわずかに目を見開いた。


「ほう? 本物なのか? 聖女の条件とは『神に最も近しい者』とか『神に最も愛された者』であったと記憶しているのだが? リリア嬢が聖女に選ばれた以上、今代はもう聖女は生まれないのでは?」


「さぁ? あくまでゲルハルトの教会が発表したものなので。あの国は信仰心旺盛なので本物かどうか確かめようとすること自体が『神への冒涜』になるでしょうね。神を試すなかれ、ってやつですな」


「…………」


 狂信者とは面倒くさい。と思いつつも国王として沈黙を保ったリージェンスである。なにせ大聖教はこの国の国教でもある。王族は建国神スクナ様の直系であるとされているし、戴冠式では神召長様が神の代理として王冠を授けるのだ。そんな国の国王として言っていいことと悪いことがある。


「ま、本物かどうか確かめたいのならスクナ様本人に尋ねてみるって手もありますぜ? リリアに頼めば直接お目にかかることもできるでしょう」


「……やめぃ、せっかく痛みがなくなった胃が死ぬわ」


 思わず乱雑な言葉遣いになってしまうリージェンスだった。


 ちなみに神聖ゲルハルト帝国はこのヴィートリアン王国の隣国であり同じく大聖教――スクナ様を崇拝しているが、ヴィートリアン王国との仲は険悪だ。


 ヴィートリアン王国にとってスクナ様は『建国神』であるし、スクナ様が降り立ち、後に建国を宣言したとされる場所には大神殿が建てられている。


 そして神聖ゲルハルト帝国にとってもスクナ様は建国神である。元々は同じ『巫国』であった国が分裂しヴィートリアン王国や神聖ゲルハルト帝国、フィシーナ教国といった複数の国に分かれたためだ。


 同じ神を信仰し、同じ神によって興された国ではあるが、それでもヴィートリアン王国と神聖ゲルハルト帝国は敵対している。……ヴィートリアン王国にある聖地。大神殿の建てられた地は神聖ゲルハルト帝国のものであると彼らが主張しているからだ。


 その主張の元となっているのは『神聖ゲルハルト帝国の皇帝は代々スクナ様の直系が就任してきた』という事実だ。


 ただ、スクナ様本人に会ったことのあるキナからしてみれば、「え? あぁ、すごいっすね。ちなみにヴィートリアン王国(うちの国)の王族もスクナ様の直系らしいっすけど」程度の感想しか抱けないが。神聖ゲルハルト帝国にとっては真実であり、大神殿の地はスクナ様の直系たる神聖ゲルハルト帝国の皇帝が管理しなければならないのだ。


 もちろんヴィートリアン王国はこの大陸の覇権国家であり、神聖ゲルハルト帝国では軍事力も経済力もまるで勝負にならない。神聖ゲルハルト帝国の兵力を総動員したところでガングード公の領軍にすら歯が立たないだろう。


 神聖ゲルハルト帝国とは本来『帝国』を名乗ることすら烏滸がましい程度の小国なのであるが……、しかし、だからこそ。搦め手には警戒しなければならない。


 リージェンスはため息をつきつつ玉座の背もたれを軋ませた。


 リリアが聖女であることは疑いようがない。神と等しき金色の瞳を見れば誰もが納得するはず。よほどの愚か者でもない限り異議を唱えることはないだろう。


 では、神聖ゲルハルト帝国の聖女はどうだろう? 無論本物である可能性も否定できないが、リリアが――ヴィートリアン王国に聖女が現れたと知った連中が対抗心からニセ聖女を作り上げた可能性もある。『ヴィートリアン王国には聖女がいるのに、神聖ゲルハルト帝国にはいない』という状況は連中からしてみれば憤死ものだろうから。


「……いや、事実などどうでもいいか」


 そう、どうでもいい。あちらが本物であろうが偽物であろうが、ヴィートリアン王国にいるのは(まだ公式な発表はまだとはいえ)本物の聖女・リリアなのだから。


 問題があるとすれば。神聖ゲルハルト帝国が“聖女”の名の下に無茶をしてこないという保証がないことであり。外交交渉の場においても、やはり『聖女』の意見は一定の重みを持つことだろう。

 下手をすれば同じく大聖教を信仰し、元は同じ国であったもう一つの隣国『フィシーナ教国』が神聖ゲルハルト帝国側につくかもしれない。


 リリア・レナードが『聖女』であると発表されるのは15歳の時。それは(リージェンスが知る由もないが)原作ゲームより数年早い。


 だが。

 それですらもう遅すぎた。


 対話には対話で。武力には武力で。――聖女には聖女で対抗するのが一番いい。


 恨むのならリージェンス(自分)を恨んでもらおう。


「キナ。神召長殿と会談の場を持ちたい」


 リージェンスの真意をキナは即座に読み取った。


「すぐ神召長様に確認します。『神聖派』の連中はあたしら『人道派』が何としても押さえつけますのでご安心を」


「うむ、よろしく頼む」




 二日後。

 国王と神召長の電撃的会談は終始穏やかな雰囲気で行われたが、もちろんリリア・レナードはその事実を知らなかった。


 会談における最後のやり取りは、


「これでまた彼女は『どうしてこうなった!?』と叫ぶでしょうな」


「えぇ、そうでしょうね。しかし、人の手で日輪の輝きを隠すことができないように、救世主(メシア)様のご威光を隠すことなどできないのですから仕方ありません」


 だったという。







 璃々愛

「国際情勢に巻き込まれるリリアちゃんであった」


 オーちゃん

「リリアの“やらかし”が世界を巻き込むのか……」


次回、6月4日更新予定です




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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後の方、リリアほんとにただ巻き込まれてるだけじゃん…… [気になる点] よくよく考えると今までリリアが人を殺した描写って無いね? ナユハの時も見逃してその後妖精がオマエマルカジリ。してる…
2023/12/03 12:03 退会済み
管理
[一言] リリアのやらかしが世界を席巻する? つまり世界中が『どうしてこうなった!?』と叫ぶ前フリということですな?www(待て)
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