閑話 ナユハとマリー。(ナユハ視点)
ドラゴンを討伐したあと。
御魂封じの準備として黒いドラゴンの首を切断する手伝いをしたり、妖精さんに協力してもらって瓦礫に埋まっている人を発見・超握力の右手で助けたりして。
我ながら忙しく働いたな~後始末のお手伝いは十分だな~と判断して逃走しようとしたのだけど。陛下と何かやり取りをしてきたらしい宰相にガッシリと肩を掴まれた私は、なぜだか陛下への報告を任されてしまった。
相手が相手なので断ることもできない。ここは身分制度の国……。
どうしてこうなった?
◇
陛下への報告を丸投げされた私は嫌々ながら謁見の間に続く廊下を進んでいた。なぜ9歳の平民が陛下に直接報告をしなきゃいけないのかな?
せめてもの救いは、回復魔法で傷を癒やしたマリー様も同行してくれていること……、…………。……いや、正確な報告をしなきゃいけない場面では必ずしも助け船にはならないのかな? この子、人の話を聞いていないし都合良く解釈するし妄想全開で突っ走るし。
「わたくし、考えましたわ」
マリー様が目を輝かせていた。嫌な予感がするのは気のせいかな?
「な、何を考えたのですか?」
「えぇ。わたくしの一番はリリアお姉様。これは絶対不変。代わりの存在を探す意味すらないでしょう」
「………?」
まぁ私にとっても一番はリリアだし、代わりを探す意味もない。の、だけれども……マリー様の物言いにちょっとした違和感が。
どうしてかなと考えると、気がついた。マリー様はいつもリリアのことを『お姉様』とだけ呼ぶので、『リリアお姉様』と呼称することはないのだ。まぁマリー様にとっての“お姉様”は一人だけなのだから当たり前の話なのだけど。
つまり、『リリアお姉様』と呼ぶからには、他にも『お姉様』と呼びたい人が現れたことを意味していて……。
「しかし、あえて二番目を選ぶとするならば、それはナユハお姉様となるでしょう」
「…………、……おねえさま?」
「はい、是非ナユハお姉様で」
どうしてそうなった?
「……マリー様は侯爵令嬢なのですから、このような平民の娘をお姉様と呼ぶなど――」
「分かりましたわ、ナユハお姉様」
人の話を聞いてくれないかな?
「な、なぜお姉様なのでしょうか?」
「年下であるわたくしを守るため、ドラゴンに立ちふさがったお姿。感激いたしました。涙を流して震えるわたくしのために怒ってくださった姿。あれはまさしく『お姉様』と呼ぶにふさわしい凜々しさでしたわ」
おおぅ、もしかしなくても私の行動が原因だよ。これが自業自得というものか……。
「リリアお姉様はお姉様ですけれど、わたくしの『夫』でもありますもの。恋愛感情を含めず、純粋に姉として慕うことのできるナユハお姉様は貴重な存在ですわ」
ごくごく自然に『夫』扱いされているリリアだった。自業自得だね。
しかし、お姉様か。
マリー様のような美少女からそう呼ばれるのは正直嬉しい――いや、いやいやいや、これではまるでリリアみたいじゃないか。私はあの子ほど女たらしじゃないし女好きじゃない。
雑念を晴らすために首を二度三度と振っている間に謁見の間へと到着した。してしまった。まだ心の準備ができていないのに……。
◇
「え、ええっと……リリア、いえ、リリア様が殿下の護衛に向かわれた後、ヒュンスター邸が『漆黒』らによる襲撃を受けまして。私たちは彼らに拘束されたのですが、ドラゴンが王城を襲撃したのを目撃して矢も楯もたまらず駆けつけた次第です」
謁見の間で膝を突き、頭を垂れながら陛下に報告した私。緊張のせいで言葉遣いが合っているのか間違っているのかすら分からない。
目の前におわすのは、肖像画などではない、本物の陛下。ただそこにいるだけでこちらの息が詰まり、冷や汗が背中を伝う存在。国家の象徴。王権の頂点。本来ならばご尊顔を拝見することすら奇跡のような存在で。数多の危機を乗り越えこの国を維持発展させてきた偉人であり……。…………。……私の、お父様の処刑を指示した御方だ。
とりあえずマリー様やヒュンスター侯が罪に問われないよう誤魔化したつもりだけど、うまくいったかどうかは不明だ。
「うむ……。報告ご苦労だったナユハ嬢。そして危険を顧みず王城へと駆けつけ、ドラゴンにとどめを刺したことは感謝してもしきれぬ。ナユハ嬢の働きによって余も命を繋ぐことができた。直接感謝の意を伝えたかった余のワガママを許して欲しい」
陛下からお礼を言われてしまった。黒髪で、黒目で、平民の私に。これは夢か幻だろうか?
「それだけのことを成し遂げたということですわ」
隣で私と同じように膝を突いたマリー様が小さく声を掛けてきた。いやよく陛下を前にして雑談できますねマリー様。私なんて緊張やら威圧感やらで今にも倒れそうなのに。
「マリー嬢もよくやってくれた。本来ならば隠すべき竜人としての力を明らかにしてまで王城へと馳せ参じ、近衛騎士団や魔導師団の援護をしつつ『盾』となったことは真に見事。そなたこそ貴族の鑑であろう」
「お褒めにあずかり恐悦至極に存じます」
おぉ、何というそつない返事。何という滑らかな返答。さすがは侯爵家のご令嬢だ。普段からもそうして欲しいね切実に。
「さて。二人には褒美をやらなければならないが、あいにくと今は立て込んでいてな。正式な褒賞は後日になることを許して欲しい」
王城が半壊していますものね。それはつまり国家政務の中心部が半壊したことを意味している。瓦礫の下に無数の書類が埋まってしまっただろうし、褒美だ何だとやっている余裕はないのだろう。
「とりあえずではあるがナユハ嬢の騎士爵叙勲は余が保証しよう。マリー嬢にも今回の働きに見合うものを約束する」
あ、そういえばそんな話もありましたね。間違いなく名誉なことなのだけど、私はこれでも女の子なので『これから騎士様です』といわれても嬉しいような微妙なような……。
とりあえず、リリアみたいに「どうしてこうなった!?」と叫んでおけばいいかな?
璃々愛
「もしかしてナユハちゃんって意外と女たらし?」
オーちゃん
「……まぁ、ナユハは『リリアが最初に落とした女』だが、見方によっては『リリアを最初に落とした女』だからなぁ……」
次回、5月24日更新予定です。




