閑話 漆黒
王都から少し離れた高台で。『漆黒』は王宮襲撃の顛末を見守っていた。使い魔や王都に潜入している仲間たちからの報告も合わさり、漆黒はかなり精度の高い情報を間断なく得ることができている。
そして。最新の情報を聞いた漆黒は小さなため息をついた。
「……相変わらずしぶとい野郎だ」
ドラゴンは討伐され、国王の無事も確認され。誰が見ても『失敗』は明らかだった。
しかし漆黒の顔から悔しさや無念さは微塵も感じられず。
――王宮でドラゴンを召還し、国王を襲撃する。
漆黒の目的はそれであると誰しもが考えるだろう。
確かに。
漆黒としても「もしかしたらうまくいくかもしれない」という甘い考えがあったのも事実だ。
だが、漆黒の真意は他にあった。
まずは一つ目。
ドラゴンが出現したら国王は避難するだろう。地下に張り巡らされた避難経路を使って、真っ先に。側近たちも避難を促すはずだ。
漆黒もすべての地下通路を把握しているわけではないが、魔導師団長時代にほとんどの通路は調査済みだ。
地下空間という特性上、そう簡単に通路を移動させたり新規に作製することは難しいはずだった。それに下手に動かせば防護結界に異常をきたす可能性が高い。
だからこそ漆黒は地下通路が当時のままだと確信し、複数ある通路の出口に刺客を配置していた。無事に避難して安心し、油断した国王を暗殺するために。
しかし一つ目。本命とも言える計画は失敗した。『国王が避難しなかった』という予想外の事態によって。
こちらの計画が洩れていたとは考えがたい。であるならばあれほど簡単に王宮へ侵入できなかっただろう。となると……。
「国王の“悪寒”というものか。生き汚いヤツだ」
ガルドの直感と並んで幾度となくこの国を救ってきた国王リージェンスの悪寒。それが今回は彼自身の命を救うことになったと。
一つ目の計画は失敗だ。これは漆黒も認めるしかない。
しかし、計画には二つ目がある。
「まぁ、いい。二つ目はとりあえず成功したからな」
やれやれと漆黒が首を鳴らしていると――
「――成功、したのですか?」
漆黒の背後からそんな声が掛けられた。漆黒と同じく真っ黒なローブを深々と被り、顔すらよく見えない人間。
しかし声音やローブの上から読み取れる体格からして女性のようだった。
「あぁ、成功だ。成功だ」
何かに酔うような漆黒の態度を見て女は訝しげに首をかしげた。そんな女に漆黒は朗々と説明する。
「王城は破壊された。マータ。王城とは何だ?」
漆黒からの問いかけに、マータと呼ばれた女はしばし悩んでから答えた。
「国家運営の中心地であり、国王を守る最後の砦。でしょうか?」
「それもある。だが、それだけじゃない。王城とは“力”だ」
「力、ですか?」
「あぁ。巨大で強固なる城は王権の象徴。犯されぬ権威。ただそこにあるだけで王の偉大さを知らしめ、民の反抗心を折ってくれる便利な道具だ」
そこまで聞いてマータは漆黒の真意を察した。
「今日。その王城は破壊されました。全壊とまではいきませんが半分以上は崩れたでしょう。王城の象徴だった尖塔も崩落しました」
「あぁそうだ。王都に住まう民にもよく見えたことだろう。これからも日々半壊した王城を見続けることだろう。そうなればこう思うはずだ。王城すら壊れるのだなぁと。しょせんは人間が作ったものなのだなぁと」
「……そして、王家に反旗を翻し王城を破壊した首謀者である『漆黒』は捕まることなく活動を続けることとなります。国王は自分に弓引く人間一人捕らえることができないと」
「ふふ、何とも無能な男だな」
「王権の失墜。王も『人』であると民が理解すると? 王も、民も、同じ『人』であると……」
「実感したはずだ。王とは特別な存在ではあるが、絶対の存在ではないと。永遠に続くわけではなく、いつかは滅び去る“運命”であると。王城の崩壊は、それを知らしめるいい『きっかけ』となった」
「……民を焚きつけますか?」
「まだ早い。まだまだ王権の力は強い。だが、種は蒔かれた。あとはじっくりと育てるだけだ。涙という名の水を与え、血という名の肥料を与えてな」
回天。
あるいは、――革命。
王なき世界への道筋を確かに見た漆黒は獰猛に口の端を吊り上げた。
たとえば。
フランス革命のような事態になった場合。リリアさんは迷うことなくリュースを連れて国外逃亡するでしょう。
次回、5月20日更新予定です。




