第23話 王太子。(リュース視点)
最初は何の話か分からなかった。
マリア・ヒュンスター前侯爵は8年前に領軍を率いて奮戦し、戦死。遺体は発見されなかった。ドラゴンとの戦いで遺体が見つからないのはさほど不思議なことではない。
そんな行方不明のマリア侯の首を晒した?
理解の及ばなかった私にリリアが補足説明をしてくれた。竜人。マリア侯の勇戦。前騎士団長の罪と……首を民衆に晒した王家の失態を。
通常であれば信じられない話ばかりだ。
けれど、リリアが真面目な表情で語ったのだから、それは疑いようのない事実なのだろう。
父上はマリア侯の首を晒し。
宝物庫に収蔵し。
そのまま、8年もの間放置している。
魂が首に封じ込められているのだから、ヒュンスター家は真の意味での供養ができていない。死後の安寧を願うことも、よりよい転生を願うこともできない現状……。
その意味では私も同罪だろう。
私は王太子という地位にありながら。宝物庫に出入りできる数少ない人間でありながら。8年もの間マリア侯の首を供養もせず放っておいたのだから。被害者にとってみれば「知らなかった」という言い訳は通用しない。
「…………」
国王になると決めた。
覚悟をしたつもりだった。
父上の後を継ぐために。この国の平和を守り、この国をより発展させるために。どんな非道もやってみせると決めていた。国のためならどんな犠牲も受け入れて、国のためになるならば一番大切な人との別れも覚悟していた。……つもりだった。
でも。
実際の被害者を前にして。
心の底からの恨みを向けられて。
私の心は揺らいでしまった。
反論なんていくらでもできたのに。いくら王太子でも宝物庫の物品を自由にはできないとか、王家への復讐のためとはいえあの街を襲撃していい理由にはならないとか、そもそもマリア侯と蒼いドラゴンが同一などと知る由もないなど。論破して難詰することは簡単だったはずだ。
なのに私は黙ってしまった。言葉を紡ぐことができなかった。
それは私に罪悪感があるからであり。王として当然受け止めるべき非難を、恨みを、初めて真っ正面から受けたせいで揺らいでしまったせいだった。
たった一人からの恨み節で揺らいでしまう私など、国王になれるわけが――
「――いいんだよ」
今。この場で。そんな声を掛けてくれる子なんて一人しかいない。
いいや。きっと私の生涯においても一人しかいないだろう。
「いいんだよ、揺らいだって。最初から完璧な人間なんていないし、なにより、あれだけの恨みを受けて微塵も心が揺さぶられない『王様』なんて嫌だよ私は。やっぱり一番偉い存在には人の心というものを持っていて欲しいからね」
リリア。
「揺らいだっていい。迷ったっていい。辛いのなら泣けばいいし、キツいのなら弱音を吐いたっていい。そういうときのための友達だもの。泣いて。傷ついて。嫌になって。それでもなお王様になるというのなら私は応援するし、もしも無理だというのなら――連れ出してあげる。誰にも責められない。誰にも求められない。そんな場所に」
いつかした約束のように。
リリアなら連れて行ってくれるだろう。
どんな批判からも、どんな悪意からも、すべてのことから守ってくれるだろう。
甘えてしまえばいい。
いつものように甘えてしまえばいい。
できないことはできないと認め。嫌なことは嫌だと叫び。リリアにすべてを任せてしまえばいい。
リリアなら何とかしてくれる。
信頼している。
期待している。
彼女なら絶対何とかしてくれる。
してくれると、信じている。
信じている。
だからこそ。
私は、ここで甘えるわけにはいかなかった。
これは私自身が考え、私自身が選んだ道なのだ。
「リリア」
「うん」
「私は、王になる」
「……だろうね」
聞かん坊を見つめるような。頑固者を見るような。そんな目をしながらもリリアの口元は緩んでいた。
彼女に小さく頷いてから、改めてマリット・ヒュンスターと対峙する。
「マリット・ヒュンスター。キミとキミのご母堂には大変すまないことをしたと思っている。――だから、謝ろう。マリア侯の死には、死後の扱いには、陛下と王家にも罪がある」
王が簡単に謝れば王権が揺らいでしまう。だからこそ王とは謝れない存在であるし、謝らないために、絶対に失敗できないのだ。
しかし、これはすでに『失敗』した後であり。それでもなお謝らないというのは愚王のすることだった。
王太子が謝罪する。
リリアであればその意味を理解してくれただろう。
だが、良くも悪くもリリアは規格外の貴族令嬢だった。
成人もしていない子供が。恨みに心を支配されている子供が。『貴族らしい』態度が取れるかというとそれは否であり。
「ふ、ふざけるな! 謝って済むと思っているのか!?」
マリット・ヒュンスターが激高し、私の胸ぐらを掴んできた。
彼の怒りも当然のこと。王太子である以上殺されてやるわけにはいかないが、一発くらい殴られても仕方ないかと覚悟を決めていると……。
「……あ、やば」
そんな声を漏らしたのは事態を静観していたリリア。――途端。リリアにもらった指輪がわずかに震え、マリット・ヒュンスターは何かに弾かれたように吹き飛び、壁に叩きつけられてしまった。
おそらくはリリアからもらった指輪……指輪型の魔導具が作動したのだろう。私を守るために聖魔法の結界が展開され、それに巻き込まれたマリット・ヒュンスターが吹き飛ばされたと。
それは分かる。
そうなると理解したからこそ、私が胸ぐらを掴まれたことでリリアは「あ、やば」とつぶやいたのだろう。
それも分かる。
だが。
だが。
マリット・ヒュンスター。
吹き飛ばされた彼の服が、狙ったように上半身だけ吹き飛んでいるのはどういうことなのだろう? ズボンは無傷であるのに、上は肌着まで細切れになり、けれども彼の肉体に傷は一切ついていない。
なんだこれ?
なんだこれ?
『驚愕。さすがアンスールであると評価する』
今の今まで見学していたウィルドが珍しく、それはそれは珍しく目元を緩めていた。
いや、結界の発動によって吹き飛ばされるのはまだ分かる(時間停止系の聖魔法の結界でなぜ吹き飛ぶのかというツッコミは我慢する。今さらだ)が、なぜ服が吹き飛ぶ? なぜ上半身だけ無くなる?
どうしてこうなった?
まるでそう定められていたかのような綺麗な服の吹き飛び方に私が首をかしげていると、同じく首をかしげていたリリアの呟きが耳に届いた。
「ん~? なんだろう、マリット様のあの姿、どこかで見たことあるなぁ。どこだっけ……? ……あ、そうだスチルだ。原作ゲームの一枚絵。たしか魔導師団長の養子ルートでの回想シーンで……んん? じゃあマリット様が攻略対象なの? いや確かに養子になる前の名字は出てこなかったし、あのキャラも蒼髪だったけど……名字はともかく名前も違うし、竜使いなんて設定あったっけ?」
なんだかよく分からない単語ばかりが耳に届くが、それよりも気になることがある。じーっと。リリアが(壁に叩きつけられた衝撃で気絶した)マリット・ヒュンスターを見つめているのだ。
好きな女の子が、
男の半裸を、
凝視している、
というのは、
あまり、
面白いものでは、
ない。
「……まさかリリアが美少年の裸体に興味があるヘンタイだったなんて……」
ついつい。ついつい毒舌を吐いてしまう私だった。ついつい。無意識に。ついついなので他意はない。
「わたしヘンタイじゃないよ!? いや私は乙女で、乙女はイケメンの肉体美が好きと仮定すれば裸体に視線が行っても仕方ない――じゃなくて! 考え事をしていただけだから! 裸体を凝視していたわけじゃないから! なんでケダモノを見るような目を向けられなきゃいけないのかな!? どうしてこうなった!?」
リリアの叫び声が狭い倉庫にこだました。
ちなみにマリットは『漆黒』の転移魔法で倉庫まで移動、その場でワイバーンを召還しています。さすがに王都の中で召還するわけにはいかないので。
次回、5月10日更新予定です。




