22話 王太子と竜使い
マリット ……マリーの兄。ヒュンスター侯の息子。次期ヒュンスター侯。
漆黒と協力してワイバーンを操り、王太子リュースを暗殺しようとしている。
前回までのリリアちゃん:
リュースが自分を暗殺せんとするマリット様と話がしたいとか言い出したでござる。どうしてこうなった?
一緒にいるウィルドは静観の構えなので私が対応するしかない。
「りゅ、リュース。マリット様と話がしたいって本気なのかな?」
「あぁ、本気だよ」
「……なんでまた?」
「マリット・ヒュンスターは8年前の事件で王家を恨んでいる。これは間違いないかな?」
「うん、間違いないね」
たぶんリュースも姉御から報告を受けた際に8年前の事件を調べたはずだ。次期侯爵であるマリット様がなぜ王家を恨むに至ったかを知るために。
「しかし、当時の記録を見返しても父上に不手際があったとは思えなかった。配下である騎士団長の罪は父上の罪と考えるならまだ分かるが、だからといって当時一歳で事件とは何の関わりもない私を襲撃するのは筋違いだ。違うかな?」
「……あ~、うん、そうだね」
「私はこれでも怒っているんだ。自分勝手な恨みのために私を襲撃するならまだしも、無関係なこの街の民を巻き込もうとした。貴族としてあってはならない行動だ。一言言ってやらなければ気が済まない」
「…………」
リュースが怒っているのは珍しい。もしかしたら初めて見るかもしれない。
どうしよう?
リュースは勘違いしている。
まぁリュースって「実はマリア様(マリーの母)は竜人で、領民を守るためドラゴンに変身して戦い、味方であるはずの前騎士団長に殺された」という事実を知らないんだよね。もちろん陛下も。
だから仕方がないと言えば仕方がないのだけど、勘違いしたままマリット様と会話させるべきなのかどうなのか……。
「う~ん……まぁいいか」
少し悩んでから結局リュースのお願いを聞き入れることにした私だった。リュースはすべてを知るいい機会になるし、マリット様も怒りを直接ぶつけられるいい機会となるだろうから。
そうと決まればさっそく行動開始だ。
街に近づくワイバーンを『ボキッ』と始末したあと、私は手近な建物の屋根に転移した。一応護衛中なのでリュースも一緒だ。もちろんウィルドもついてくる。
リュースが会いたがっているマリット様が今どこにいるかは分からない。リュースの居場所は指輪型の魔導具のおかげで探知できたけど、マリット様はもちろん持っていないからだ。
探知魔法を使うにしても、あまり距離があると非効率的だし精度も落ちる。だいたいの場所を探し当てて、そこを中心にまた探知魔法を使って……というのは正直面倒くさい。
というわけで私は手っ取り早く“左目”を使うことにした。
ワイバーンが飛んできた方角、王都方面にマリット様はいるだろう。私はそちらに身体を向けて眼帯を取り外した。
「天が知る! 地が知る! 人が知る! ――天網恢恢! 疎にして漏らさず!」
ノリと勢いでそれっぽい呪文を唱えた私は、見つけた。ワイバーンが瞬殺されて焦っている少年の姿を。
リュースの手を取りスリスリスリッと二度目の転移。マリット様がいたのは街のほど近くにあるあばら家。どこかの商人が倉庫として使っている場所だろう。
「……へ?」
突如として現れた私とリュースを見てぽかんとするマリット様。そんな彼を私はビシッと指差した。
「――お前らのやってることは! 全部すべてまるっとスリっとゴリっとエブリシングお見通しだ!」
「…………」
「…………」
なぜだろう? リュースとマリット様がものすっごくしらけた顔をしている。前世のネタなんて知らないはずなのに。どうしてこうなった?
『諦観。さすがアンスール……』
ウィルドの呆れ声にリュースが我に返った。
「り、リリア。彼と話がしたいのだけど……」
「あ、はい」
すごすごと倉庫の隅っこに移動する私。とウィルド。リュースとマリット様は何事もなかったかのように対峙した。
「さて、マリット・ヒュンスター。今さら誤魔化しは無用だ。キミは王家に恨みを抱き、私を殺して復讐を成そうとした。違うかい?」
「……違いません。私の目的は王家への復讐。今さら言い逃れはいたしません」
いやあっさり認めすぎじゃないですかマリット様。王家に弓引くなんて下手をしなくても一族連座ですよ? まさか知らないなんてことは……ありえるかな? なにせ騎士団長の息子さんも貴族的常識が皆無だったし。
潔すぎるマリット様に面食らうリュース。
「た、確かに8年前のドラゴン襲撃でマリア・ヒュンスター侯爵は戦死され、多くの領民が亡くなった。騎士団の到着が遅れたのも事実。しかし、だからといって王家を恨むのは筋違いでは――」
「――違う!」
絶叫とでも呼ぶべき大声を上げたマリット様。
彼の気持ちはよく分かる。
“左目”で視た私は。すべての事情を知る私は。したり顔で説教をはじめたリュースの愚かさも、マリット様の怒りも、すべて理解することができた。
そう。マリット様が王家への復讐を誓ったのは(リュースが考えているように)騎士団の到着が遅れたせいでマリア様をはじめ多くの人が亡くなったから。ではない。
リュースがまだ知らない裏事情として、前の騎士団長に母親を殺されたから――でもない。
前の騎士団長は事件から一年後に殺されている。
死んだ人間を恨み続けてもしょうがない。
騎士団長への恨みを王家に転化するのは筋違いだ。
そんなことくらいはマリット様も分かっている。
陛下が前の騎士団長を『竜殺し』の英雄として称え、伯爵へと陞爵したことは……不満はあるが復讐をするほどではない。むしろ陛下を前にして真実を話さない前騎士団長への怒りが増しただけで。
ではなぜ。
なぜマリット様が今もなお王家を恨み、復讐を決意するにまで至ったかというと。
陛下は。
王家は。
討伐されたドラゴンの首二つを王家に運び込み、民衆に晒したのだ。『御魂封じ』の儀式をする前に。ドラゴンに勝利した証として。
施政者としては当然の判断だ。
首を晒せばドラゴンを討伐してみせた王国と騎士団の力を示すことに繋がるうえ、民衆に「もう危機は去った。大丈夫だ」と知らしめることができるし……なにより、民衆にとってドラゴンの首の見学は滅多にない“娯楽”となるのだから。
剣闘士を楽しんだローマ市民のように。ギロチンを娯楽としたパリ市民のように。民衆とは時に残酷な“イベント”を求める生き物だ。
そして、施政者としてもときどきはそういうものを提供して日々の不満を発散させなければならないのだ。
もちろん陛下はドラゴンの首の一つがマリア様のものだとは知らなかった。知っているはずがなかった。そもそもマリア様がドラゴンに変身できるなど夢にも思わなかっただろう。
でも。ドラゴンとしての姿で亡くなったマリア様の首を晒したのは変えようのない事実であり。
愛する母親の首を晒されたマリット様は悔しさから涙を浮かべている。
「お母様は民を守るために戦われた! その身を盾にして人々を守られた! そんなお母様をあの騎士団長は殺した! 首を落とした!」
そして。王家もマリア様に報いることはなかった。
「王家の連中はお母様の首を王都へと運び! 晒し者にした! そして魂を首に封じて暗い宝物庫の中に放り込み、8年経った今もなお顧みることすらしない! 僕たちは供養することすらできない! ふざけるな! お母様を何だと思っている!? そんな連中を――僕は、絶対に許さない!」
地獄の底から響いてくるような声で。
すべての人間を滅ぼしかねない殺気を纏わせながら。
マリット・ヒュンスターは王太子リュース・ヴィ・ヴィートリアを睨み付けた。
前の騎士団長も、(自分がとどめを刺した)蒼いドラゴンがマリア・ヒュンスター侯であったとは知りませんでした。騎士団が到着したのはすでにマリアがドラゴンに変身したあとなので。
彼からしてみれば人間を守ろうとした奇特な(そして都合のいい)ドラゴンがいたというくらいの認識です。
マリットに対する反響が予想以上に多かったので追加説明しますと、
1,母親であるマリアが前の騎士団長に殺される。
2,討伐したドラゴン2体の首(マリアの首を含む)を王都に運び、首を晒したうえで御魂封じを行うと決定。ガイサンには伝聞形式で『御魂封じのため首を王都まで運ぶ』ことまでしか知らされなかったが、領主の息子であるマリットには首を晒すことを含めすべて伝えられた。
→ガイサン、「絶対に許さない」と復讐を誓う蒼い髪の少年を目撃する。 第89部分 8年前のこと 参照
※マリットはまだ幼子。父であるヒュンスター侯も(このときは)ただの入り婿だったため意見することはできない。したとしても大した影響力はない。
3,『漆黒』、ヒュンスター侯とマリットと接触。マリット、復讐のために『漆黒』と協力。
『漆黒』、以後は家庭教師に変装してマリットと接触を続ける。(ヒュンスター侯とマリーは正体を知らない)
マリットの恨みは(前の騎士団長が死んだ今)王家に向かっていますが、もしもあのとき彼が王都にいて、マリアが命を捨ててまでも守った“民”が、晒されたドラゴンの首を見て楽しんでいた姿を目撃したら……。恨みの矛先は王家に加え、民衆にも向かっていたことでしょう。
次回、5月1日更新予定です




