第16話 死神の瞳
「ぬぅ、修行不足か」
騎士団長であるゲルリッツ侯が忌々しげに息をついた。扉を破壊しようと体当たりしたりアイテムボックスから槍を取り出したり(魔鉱石製の地下室でもアイテムボックスは使えるみたい)していたけれど、扉はびくともしていない。
「それはそうだ。リリア嬢によればこの地下室はドラゴンへの変身を制御できなくなった者を閉じ込めておくための場所。人間の力で壊すことなど不可能だろう」
ため息をついたのはガングード公。転移魔法を使おうと先ほどまで試していたけれど、こちらもいい結果は得られなかったみたいだ。魔鉱石って魔力を吸収霧散させる=魔法が使えなくなるからね。
『――忠告。転移魔法は使わない方がいい』
ウィルドが小声で耳打ちしてきた。この前、ドラゴンに変身しかけたマリーをこの地下室から王都近くの森まで転移させたからね。転移魔法で一旦外に出て、地下室の鍵を開けることも私なら可能なはずだ。魔鉱石が魔力を霧散させるなら、霧散する以上の魔力を使えばいいだけだし。
でもウィルドは止めた。
ウィルドが止めるということは、魔鉱石で覆われた地下室で私が転移魔法を使えることは隠しておいた方がいいのだろう。
(ガングード公やゲルリッツ侯がいるからかな?)
どうしてウィルドがそんな助言をしてきたのかはよく分からないけど、あのウィルドがわざわざ注意してきたのだから聞いておいた方が無難かな。
「……マズいな」
冷や汗を流しているのはヒュンスター侯。
「何がマズいのだ?」
ガングード公の問いかけにヒュンスター侯はわずかに視線を落とした。
「……マリットは明らかに冷静さを失っている。このままでは王家の復讐を断行してしまうだろう」
「王家への復讐か。『竜使い』の力を使って王城を襲撃し、マリアの首を奪還すると?」
「あるいは地方を巡察中だという王太子殿下を襲撃するか……」
王都の警備を手薄にして宝物庫を襲うなら(王太子であり国王陛下最後の子供でもある)リュースを『エサ』にするのは理にかなっているけど……何というとばっちり。かわいそうなリュースである。
でもリュースの護衛には騎士団から精鋭が集められているはずだし、私が渡した指輪型の魔導具はドラゴン・ブレスすら防げるはずだから問題はない――、……いやあるか。大切な友達であるリュースを危険な目に遭わせるのは忍びないし、王太子を襲撃したとあってはマリット様は逆賊決定。一族であるマリーやヒュンスター侯にも累が及ぶだろう。
「よし、助けに行こうか」
『賛成。しかし転移魔法を使うのは止めた方がいい』
ウィルドに二度目の警告をされたので(この地下室では)転移魔法を使わないことにして。となると扉を開けて外に出るのが一番確実で簡単な方法だろう。
お茶会の準備が終わればナユハたちが来てくれるかもしれない。でも、私たちが地下室に移動したことは教えていないし、ここの扉の鍵をメイドさんたちが持っているとも限らない。元々が座敷牢だし、今ではヒュンスター家の家系図などの貴重品が収蔵されているからだ。
もし持っていたとしてもいつやって来てくれるか分からないうえ、事は一刻を争う。扉を破ってしまった方がいいだろう。
…………。
アイテムボックスから愛用の槍を取り出す私。
「リリア嬢、さすがに無理だと思うぞ?」
ゲルリッツ侯の言葉はあえて無視させてもらう。集中を欠いてしまうからね。
神と等しいとされ、すべてを見通す金瞳、左目の瞼を閉じる。
使うのは右目。
神話に語られる赤き瞳。
赤瞳。
ただ珍しいというだけの理由で神話に登場し、現代まで語り継がれることはない。
主神スクナ様ではなく、初代勇者ユーナ・アベイルと同じ瞳。血を啜ったかのような赤い色。私に会いに来た師匠がまず真っ先に制御できているか確認する危険物。
私が左目に眼帯をしているのは金瞳を制御するため。
眼帯に任せているのは、私自身ではまだ制御しきれないため。まだ制御できる余裕がないため。
なぜならば。
右目。赤瞳を制御するために大部分の“力”を使ってしまっているから。
その瞳の名前は、死神の瞳。
スクナ様に敵対した者のことごとくを討ち滅ぼしたと伝わる、死と惨劇をもたらす“神話”だ。
「――産まれ生きゆくものならば、死へと至らぬ道理なし」
いつか師匠から教えられた言葉を囁く。
扉を見る。
魔鉱石製の扉を。
ドラゴンを閉じ込めておくために造られた扉を。
『アンスール――』
ウィルドが何か言ったけれど、いまや私の神経はすべて右目に集中している。
――視えた。
神と等しき左目ではなく。
死神と忌み嫌われる右目で以て。
私は、目の前の扉を見切った。
「必殺! リリアちゃん突き!」
扉の一点を突いた。
9歳児の攻撃。
相手は魔鉱石製の扉。
破れるはずがなし。
壊せるはずもなし。
けれど。
私の槍は深々と扉に突き刺さり。びきびき。びきびきと。槍の穂先を中心として扉にヒビが入っていく。
そしてここで容赦しないのが私である。
「メインヒロイン☆キック!」
槍を引き抜いて渾身の回し蹴りをすると扉は脆くも崩れ去った。バラバラ。バラッバラである。
……ふっ、勝った。これぞメインヒロインの力よ。
私がドヤ顔でウィルドを振り返ると――ウィルドは珍しく、それはもう珍しく額に手をやって呆れかえっていた。基本的にクール(クーデレ?)系な彼女にしては貴重な反応だったりする。
『……助言。その“右目”を使うよりは転移魔法を使った方がまだマシだったと思われる』
ウィルドの発言を肯定するかのように。ゲルリッツ侯はあんぐりと口を開けて放心し、ガングード公は難しい顔で顎に手をやり小声でぶつぶつと何事かをつぶやいている。
なんだろう?
お二人さん、マリーが尻尾を出したときよりも深刻な反応をしていませんか?
「私、また何かやらかしちゃいましたか……?」
やらかしましたよねー私でも分かります。あはははは……。
どうしてこうなった?
ところで。
私たちを地下室に閉じ込めたマリット様は、まるですべてを知っているかのように地下室へと現れ、ヒュンスター侯と言い争いを始めたけれど。マリット様本人があのやりとりを盗み聞きしていたなら地下室に移動する前、応接間の時点で言い争いになっているはずだ。
でも、そうはならなかった。
マリット様の激高具合からして、話を聞いたらすぐ応接間に乗り込んできてもおかしくはないのに。
となると、応接間でのやり取りを盗み聞きして、それをマリット様に伝えた人物がいるはずだ。
私がマリア様復活に協力を申し出たこととか、一体誰がマリット様に教えたのだろうね?
転移魔法を使う。
→「なんて非常識な。だがリリア嬢だしな……」
右目を使う
→「……え? は? え? なに? うそ、そんなバカな……」
次回、2月18日午前中に更新予定です。




