第15話 地下室で
ヒュンスター侯 ……マリーの父親。
ガングード公 ……宰相。悪役令嬢の父。
ゲルリッツ侯 ……騎士団長(総団長)
マリット ……マリーの兄。ヒュンスター侯の息子。次期ヒュンスター侯。
はいこんにちは。人使いの荒そうな宰相に捕まったリリアちゃんです。どうしてこうなった?
現状では国王陛下を説得して首を手に入れる方向で話が進んでいて、どうにも陛下への説明役を私に押しつけられそうな雰囲気です。どうしてこう(以下略)
『助言。そろそろ色々と諦めるべき』
そんなことをほざくのはウィルド。キミはもうちょっと慰めの言葉とかくれてもいいと思うな私。
ちなみにウィルドはメイド服。宰相やら騎士団やらが悪巧みしているこの場に、子爵家のメイドが同席することなんて普通は許されないのだけれども。ガングード公もゲルリッツ侯もウィルドが空間を裂いて登場したり背中に羽根が生えていたりしていることは知っているのか特に何も言ってくる様子はない。
「……ウィルドはこんなところで何をしているのかな? ナユハと愛理はまだお茶会の準備をしているんだよね?」
今さらながらにそんなことを聞いてしまう私だった。うん、現実逃避、現実逃避。
『回答。アンスールが運命を破壊し、『しっちゃかめっちゃか』にする気配を感じ取ったので見学するため参上した』
しっちゃかめっちゃかってなんやねん。
私がツッコミしている間にもガングード公たちの話は纏まり、とりあえず地下に保管してあるドラゴンの素材=マリア様の肉体を確認することになった。
うまい具合にマリア様の首を宝物庫から持ち出せたとしても、復活のために必要なだけの肉体が揃っていないと話にならないからね。陛下に話を持って行く以上、「まだ準備できてないっすね。できるかどうかも分からねぇっす」では通らないのだ。
というわけなので私たちは地下室に向かうことにした。
◇
「……こりゃだめだ」
地下室に積み上げられていた木箱を目にした私は思わずつぶやいてしまった。
「レナード嬢。なにがダメなのでしょうか?」
どこか不安そうに聞いてくるヒュンスター侯。9歳児の発言をそんな重く受け止めて欲しくないものである。
「いえ、お姉様の“左目”の力を考えれば不安になって当然だと思いますわよ?」
マリーに突っ込まれてしまった。あのマリーに以下略。
それはともかく説明しないとだね。
「ええっとですね、混じっていますね」
「混じっている、とは?」
「はい。ヒュンスター侯とマリット様は、マリーの“変竜の呪い”を解くための情報を集めるために各地を回り、同時にマリア様の肉体を収集していたのですわよね?」
「は、はい。そうですが……」
「8年前に討伐されたドラゴンの素材。という条件で集めますと黒いドラゴンと蒼いドラゴン(マリア様)の肉体が集まってしまうわけでして。えぇ、混じっていますね。鱗の色を見れば違いは分かるでしょうけれど、それ以外の牙や骨、肉片となりますと分別が付かないですから仕方がないのですけれど」
ちなみに、ドラゴンの肉片は優秀な蓄電池ならぬ蓄魔池として使用される。元が幻想種なので肉が腐ることもない。
ときどき『竜の力を手に入れる!』的な思想でドラゴンの肉を食べようとする人間もいるけれど……無理な話だ。幻想種の肉なんて人間にとって劇物以外の何物でもない。下手に食べれば肉体が滅びるどころか魂まで破損しかねない。
それはともかく、マリア様を復活させるには黒いドラゴンの方の素材は邪魔でしかない。マリア様復活のために注いだ魔力をすべて横取りして自分が復活を――という事態になりかねないからだ。
しょうがないので私は“左目”でドラゴンの素材を一つ一つ鑑定し、マリア様のものと黒いドラゴンのものとで分別することにした。
この広い地下室に押し込められた素材の数は楽に千を超えるだろう。これを全部分別するのかぁと考えると「どうしてこうなった?」と嘆きたい気分だった。
まぁでもドラゴン2体分と考えるとまだ少ない方かな。侯爵であるヒュンスター家の財力と権力を使い8年もの歳月を掛けてもまだ半数程度の肉体しか集められていないのだ。
ドラゴンを復活させるには量が少ないけれど、骨はほとんど揃っているみたいなので何とかなるだろう。
ドラゴンの骨って硬すぎるからね。加工ができないせいで素材としての価値が低くなる & 一つ一つが大きいまま流通するので発見しやすいという理由で集めやすかったのだと思う。
そんなことを考えながら私はマリア様と黒いドラゴンの肉体を選別していった。
(……危ないなぁ)
黒いドラゴンの骨を手に取りながら小さくため息をつく私。元凶であるあの黒いドラゴン、また復活するために魔力を集めていたのだ。素材として流通し、利用されている間にも。少しずつ少しずつ。500年前の復讐のために。8年前の復讐のために。
正直、首の封印を解けば再度の復活ができる程度には魔力が溜まっているようだ。幸いにしてこの地下室は魔力を通さない魔鉱石で覆われているので、ここに肉体が保存されている限りは復活することもないだろうけれど。
木箱の移動や開閉は騎士団長様にお願いして(現役侯爵だけど気にしないことにする、なんだかノリノリで動いているし)スムーズに行えたので、予想よりは短時間で選別作業は終了した。
さてあとはどうやって国王陛下を説得するかだけど……。
「……ん?」
なにやら騒がしい音が地下室と地上を結ぶ階段から響いてきた。自然、この場にいる人間の視線が入り口へと集中する。
勢いよく――とはいかないけれど(魔鉱石製の扉は重いのだ)慌ただしく地下室に入ってきたのは十代前半くらいの少年。リュースほどじゃないけど十二分なイケメンさんだ。……いやリュースは女の子だけどね。
そんなリュース未満な彼の髪色は青。瞳は紺碧。どちらもマリーと同じ色だ。
マリット・ヒュンスター。
マリーの兄。
王家への復讐を固く誓い、マリーと共に変竜の書を強奪した首謀者。
一応ヒュンスター家の次期当主なので『様』付けしないとかな。
「父上! どういうことですか!?」
ものすごい剣幕でヒュンスター侯に詰め寄るマリット様。この場にはガングード公やゲルリッツ侯もいるというのにお構いなしだ。
騎士団長の息子といい、マリット様といい、この国の次代を担う子供たちはちょっと礼儀作法が未熟じゃなかろうか?
『助言。むしろ9歳でそこまで成熟しているアンスールの方が奇特だと思われる』
存在自体が奇特なウィルドから奇特扱いされてしまったでござる。そろそろ泣いていい?
私が嘘泣きしている間にもヒュンスター侯とマリット様は言い争いを続けている。
マリア様の首を取り戻そうという点は二人とも一致しているけれど、マリット様は王家への復讐を兼ねて王城を襲撃し、首を奪還しようとしているらしい。
ここで二人の差が出た形だ。
マリット様は何としても王家に復讐したいし、そのためならば積極的に『漆黒』とも協力する。
しかしヒュンスター侯の目的はあくまでマリア様の魂の解放。ガングード公やゲルリッツ侯、そして私の協力を得られるのだから王城を襲撃する必要なんてないし、確実性は上だろう。
しかしマリット様は父親からの説得を聞き入れない。
「あの男がお母様にした仕打ちをお忘れですか!? あんな男が説得に応じてお母様の首を返すとでも!? こんな、何も知らない少女の言を信じるのですか!?」
あの、マリット様? あなたも貴族なのですから陛下のことを『あの男』とか『あんな男』と呼ぶのは止めてくれませんか? 聞いてるこっちの胃が痛くなるんですけど。
「…………」
おっとマリーが明らかに不機嫌になった。まぁマリーって侯爵令嬢として真っ当な貴族教育を受けているものね。いくら実の兄とはいえ、陛下を侮辱するような物言いには怒りを覚えて――
「――お姉様を侮辱するとは、たとえお兄様でも許せませんわ」
うん? なんて? ……もしかして「こんな、何も知らない少女」って発言のことかな?
それは陛下への侮辱よりも優先して怒るべきことなのかな? ……あの、慕ってくれるのは嬉しいけどね、ドラゴンの尻尾を出すのは止めようね? ガングード公とゲルリッツ侯も驚いているからね?
「ま、まぁまぁ、マリー、落ち着いて」
「でもお姉様。わたくしが今こうして生きていられるのはお姉様のおかげですわ。お兄様をそれは分かっているはずですのに……」
いやぁ「生きていられる」ってのは少し言い過ぎじゃない?
私が必死にマリーを宥めすかし、ガングード公とゲルリッツ侯が目を丸くしてマリーを見つめていると……状況が動いた。マリット様が父であるヒュンスター侯を突き飛ばしたのだ。
庶民ならとにかく、貴族社会ではありえない行動。貴族にとって『父』の言動は絶対。意見することは許されても逆らうことなどあってはならない。ましてや突き飛ばすなんて……。
私たちが絶句しているとマリット様は踵を返し、地下室を出て、扉を閉めてしまった。
扉の向こうから重い音が響いてくる。たぶん鍵を閉めてしまったのだろう。
この地下室は元々座敷牢的な運用をされていた場所だ。となると中から鍵を開けられるはずもなく……。
一応扉に近づいて確認したけれど、内側には鍵らしきものは付いていなかったし、思い切り押してみても魔鉱石製の扉はびくともしなかった。
まぁつまり端的に言うと私たちは閉じ込められてしまったわけであり。
ど、どうしてこうなった……。
次回、2月15日の朝に更新予定です。




