第14話 御魂封じ
※ガングード公とゲルリッツ侯は昔なじみ&非公式の場なのでマリア(マリーの母)のことを呼び捨てにしています。普通の貴族ならあり得ません。
現役侯爵に頭を下げさせるとか、どうしてこうなった?
しかもすぐ近くにはガングート公とゲルリッツ侯までいるし。ちょっと内々に処理できる範囲を超えていませんかねー?
『解答。その前の時点でだいぶ無礼な言動をしていたのだから今さらな心配だと判断する』
いつの間にかやって来ていたウィルドに突っ込まれてしまう私だった。お茶会の準備は……たぶんほっぽり出してきたのだろう。
「そもそも現役侯爵を殴り飛ばす一歩手前でしたのに、今さらですわよね」
マリーにまで突っ込まれてしまった。あのマリーに突っ込まれてしまった。基本ボケ役な人間から真顔で突っ込まれると心に大ダメージ受けるので止めてもらえませんか?
『安心。マリーよりアンスールの方がハイレベルなボケ役である』
そろそろ心が折れるぞー? ボッキリいっちゃうぞー? というかどこに『安心』できる要素があるねんー?
私が嘆いているとゲルリッツ侯が声を掛けてきた。余裕がないのか、あるいは正式な場ではないからか以前よりも砕けた口調だ。
「レナード嬢。少々話が見えないのだが……『私なら、力になれますよ』とは一体どういうことだろうか?」
今は左目の眼帯を取っているのでゲルリッツ侯の疑問もすぐに解った。
一応ヒュンスター侯に視線を向けて確認を取る。……軽く頷いてくれたので説明することにした。
「ヒュンスター侯は『漆黒』と協力して王家への復讐を目論んでいる。変竜の書を奪ったのはその一環だった。と、ゲルリッツ侯とガングード公は考えていたのですわよね?」
「……そうなるな」
「しかしそれは誤りです。いえ、マリット様は王家への復讐を考えていますから半分正解と言ったところでしょうか? 『漆黒』は復讐の一手段としてヒュンスター侯とマリット様に接触し、マリット様は同意してしまいました。ですが、ヒュンスター侯は復讐など考えていません。『漆黒』の甘言になど惑わされなかったのです」
まぁ、『漆黒』から接触があったことを(理不尽な報復を恐れたとはいえ)王宮に報告しなかったヒュンスター侯にも落ち度はある。最初に接触があったときに報告していればガングード公とゲルリッツ侯もヒュンスター侯を疑うことはなかったし、マリット様が『漆黒』と深い繋がりを持つこともなかったから。
私の説明を聞いてガングード公が小さく唸った。
「マリットのことは分かりましたが……では、キラース――いや、ヒュンスター侯は? 復讐が目的ではないのなら、こいつの目的は一体何で、そしてレナード嬢は何の力になれるのですかな?」
「――マリア・ヒュンスター様の復活」
私の言葉にゲルリッツ侯が怪訝そうに眉をひそめた。
「……マリアは8年前のドラゴン討伐の陣頭指揮を執って、戦死された。それ自体は悲劇であるし、対処が遅かったとして騎士団や王家を恨むのはまだ分かるが……復活とは? まさか死人が蘇るとでも?」
ゲルリッツ侯も、ガングード公も、8年前の真実は知らない。マリーの母親であるマリア様はドラゴンとの戦いで陣頭指揮を執って戦死され、ヒュンスター領を襲ったドラゴンは2体とも害敵だったという認識だ。
そもそもマリア様がドラゴンに変身できることを知らず、彼女が黒いドラゴンと直接戦ったなどと夢にも思っていない。
しまったなぁ、と私は苦虫をかみつぶしたような心境になった。
この二人に事情を理解させるにはまずマリア様が“竜人”であることを説明しなきゃいけないし、そうなると「娘であるマリーも竜人で、ドラゴンに変身できるのでは?」と疑いの目を向けられることになるだろう。
マリーが竜人であることを知られれば余計なトラブルに巻き込まれるかもしれないし、この二人は宰相と騎士団長だ。マリーの力を有効活用するために戦場へと放り込むかもしれない。そして貴族の一員である以上、マリーがその召集を拒否することは困難だ。貴族とは有事の際に領兵を率い、率先して戦場に立つからこそ特別な地位にいられるのだから。たとえ女性であろうが“力”があるなら答えなければならない。
いくら“視えた”からといって、もう少し慎重に発言するべきだったと忸怩たる想いを抱きつつ、私がどうにか誤魔化して説明できないものかと知恵を絞っていると――
「――お姉様。わたくしは構いませんわ」
何か覚悟を決めた目でマリーが頷いた。
「わたくしとて貴族の娘。この『力』が役に立つというのなら、戦場にでも向かいましょう」
それは今まさに私が懸念していたこと。
「……驚いた。マリーって心が読めたんだね?」
「お姉様ではないのですから、わたくしは人の心など読めませんわ。ただ、お姉様の考えていることは分かるだけで」
それはアレかな? 愛の力とかそういう感じの展開? 何それ照れる。
「いえ、竜人だとバレたら戦場に召集されると以前お説教されましたし。他ならぬお姉様から」
真面目な顔で突っ込まれてしまった。何これ恥ずかしい。
「愛の力自体はこの胸に溢れていますけれどね」
恥ずかしげもなく胸に手をやるマリーだった。うん、それは飲み込んで同化しちゃったラピスラズリの力じゃないのかな?
まぁ、とにかく。本人がいいと言っているので私は説明することにした。
もしも本当に戦場に行くような展開になったとしても、マリーが本気で嫌がるようなら助けてあげればいいだけのことだし。『姉』なのだからそれくらいはしてあげないとね。
軽く咳払い。
「まず大前提といたしまして。マリア・ヒュンスター様はドラゴンに変身することができました。これはヒュンスター家の女性に発現する“血”であるとお考えください」
私の説明を聞いてゲルリッツ侯が首をかしげた。
「ドラゴンへの変身? 金瞳を持つレナード嬢が言うのなら間違いではないのだろうが……それは、変竜の呪いとは違うのか?」
「えぇ、それはあくまで物語。事実が誤って伝わってしまっただけのこと。……ヒュンスター家の女は代々ドラゴンに変身することができて、だからこそヒュンスター家に女性が生まれた場合は例外なく女性が当主となって家を継いできたのですわ。竜人としての“血”を家の外に出さないために」
私の説明が信じられないのかゲルリッツ侯は小さく唸り声を上げていたけれど、ふと、何かに気づいたかのように一瞬マリーを見て、再び私に視線を向けた。
「母親であるマリアがドラゴンに変身できるなら、マリー嬢もドラゴンへと――」
「――なるほど。だから復活と」
ゲルリッツ侯の言葉を遮るようにガングード公が声を上げた。いや、明らかな意志をもって遮った。
それは、「こちらは何も気づいていない」という意思表示に他ならなかった。マリーがドラゴンに変身できると気づいていないのなら、たとえ宰相であろうが騎士団長であろうがマリーに何かできるはずもない。この二人はマリーについて何も知らないし、気づいていない。ましてや戦場に送り込むような真似もしないのだ。
ガングード公の思惑に気づいたのかゲルリッツ侯もこちらに小さく頭を下げた。
そのままガングード公が会話を引き継ぐ。
「マリアの復活となると――御魂封じ、ですかな?」
「さすがはガングード公、博識ですわね」
「聖女様にお褒めいただくとは光栄ですな。……となると、マリアはまだ生きていると?」
「えぇ」
「マリアが討伐されたドラゴンのうちの1体――1人だったとして。もう8年も前のことですが……それでもなお復活は可能だと?」
「8年前、ヒュンスター領を襲撃したドラゴンを例に取れば、『竜の聖女』に討伐されたあと500年も生きていたようですし。ドラゴンとは元来幻想種。人間に討伐できる存在ではありませんわ。ドラゴンを真の意味で殺せる者など、それこそ神様くらいでしょう」
「なるほど、その歳で複数体のドラゴンを退治しているレナード嬢が言うと説得力抜群ですな」
「あら、お褒めいただき光栄ですわ」
あはは、うふふと私とガングード公が笑いあっているとゲルリッツ侯が割り込んできた。
「待て待て。どういうことだ? 俺にも分かるよう説明してくれ」
余裕がないせいか口調がさらに乱雑なものになっている。けれど、違和感はないのでこちらの方が『素』なのかもしれない。
「ヒュンスター侯の目的はただ一つ。その魂を自らの首に封じられた奥方――マリア・ヒュンスター様の解放。それだけですわ」
私の説明をガングード公が補足する。
「御魂封じとはドラゴンの魂を封じ込め、復活できないようにする儀式だ。逆に言えば御魂封じをしたのだからマリアの魂は天に召されることなくこの世に存在しているのだろう。あの暗く締め切られた宝物庫の中で、8年もの間……」
私とガングード公の説明に、しかしゲルリッツ侯は信じられないとばかりに首を振る。
「じょ、冗談は止せ。マリアがドラゴンに変身できるというのを信じるとして、それでも彼女は人間だぞ? 首を切られて生きているはずがない」
普通なら生きているはずはない。
普通なら命を落としている。
しかし彼女は『普通の人間』じゃなかった。
「マリア様は竜人ですし、ドラゴンに変身した状態で亡くなられました。死体は人の姿に戻ることなく、ドラゴンとしてその場に留まった。であるならばドラゴンの状態が『基準』となっても不思議ではありません」
そう、ちょっとした不手際でドラゴンの方が『基準』になってしまったマリーのように。
「そして、それを知ったからこそヒュンスター侯はマリア様を復活させるために行動を開始したのです」
「行動、とは?」
「具体的に言えばマリア様をドラゴンとして復活させるための『素材』集め。これは8年前、首を落とされたあとにバラバラにされ、素材として各地に散った肉体の収集ですわ。首だけでは完全な復活はできませんからね。ドラゴンは幻想種ですから多少の欠損は魔力で補填できますが、ある程度の肉体は準備しておかなければなりません」
集めた素材は地下室――先ほどまで私たちがいた図書室に保管してあるはずだ。
無意味に思えるほどに広い地下室。あれは元々ヒュンスター侯爵家の女性が未熟さゆえ、あるいは老衰などの理由によって自らの力を制御できなくなった際に使うために準備されたもの。
あの巨大な地下空間はドラゴンすら収容することが可能であり、しかも壁は魔鉱石製なので破壊するのは困難だ。
他者の目から隠し、万が一暴れても被害が出ないようにするための空間……。言葉は悪いけれども『座敷牢』みたいな存在なのだろう。その事実を知っていたマリア様や家令たちが亡くなられて以降はただの図書室兼物置として使われていただけで。
肉体さえ集まれば必要な魔力は自然増加を待てばいい。
残った最大の問題は……王宮の宝物庫に納められたマリア様の首をどうやって回収するかだ。
当たり前のことだけど『妻を復活させるから宝物庫を開け、ドラゴンの首を渡してください』と陛下に願い出ても聞き届けられるわけがない。竜人という存在自体が非常識だし、多数の犠牲者を出した(とされる)ドラゴンを復活させることなど施政者ができるはずがないから。
たとえドラゴンに変身したマリア様が領民を守るために戦ったことが事実だとしても、他の貴族や民衆からしてみればヒュンスター侯爵領を襲ったドラゴンのうちの一体でしかないのだ。国王陛下が、施政者が、復活に同意できるはずがない。
で。
ヒュンスター侯がどうやって首を手に入れるつもりだったかというと……。ガングード公とゲルリッツ侯に協力を願い出るつもりだったみたい。
貴族としては甘すぎる考えだけど、実際にガングード公とゲルリッツ侯は(勘違いだったけど)『漆黒に協力して王家への復讐を考えていた』ヒュンスター侯を説得しようと忙しい合間を縫ってこの屋敷に足を運んだ。きっと協力してくれると確信できるだけの“信頼”がこの三人の間にはあるのだと思う。
そして宰相と騎士団長の協力が得られれば、目的を達成できる可能性はかなり高くなる。ヒュンスター侯だけでなく御二方の口添えがあれば陛下の説得も不可能ではないだろう。
もちろん、「愚かなことを言うな」と陛下からの信を失うことになりかねないけれど……。
「ぬぅ」
その可能性には当然思い至っているであろうガングード公は悩ましげに額を押さえ、しばらく唸ったあとヒュンスター侯に向き直った。
「確認するぞ? お前は王家への復讐など考えておらず、『漆黒』とも協力していないと? 目的はあくまでマリアの復活だと?」
「あぁ、もちろんだ。私だって貴族の一員なのだからな。あんな胡散臭い男に協力するはずがない」
その言葉に嘘はない。たとえ“左目”で視なくても私は信じることができただろう。
実際、ガングード公はその言葉を信じた。
「分かった。では、我々が何とかしよう」
陛下からの信を失うかもしれないのに、それでもなお頷いてみせたガングード公だった。うんうん、貴族の間にも真の友情はあるんだね~。感動的だな~。このままいい話で終われそうだ~。……だからガングード公、私に視線を投げかけるのは止めてもらえませんか? 『我々』って自分とゲルリッツ侯のことですよね?
「マリアの復活など夢物語にしか思えないが、宰相である私と、騎士団長であるゲルリッツ侯、そしてレナード嬢も協力を約束してくれているのだ。不可能の一つや二つ成し遂げられるだろう」
はい巻き込まれました。なんてこったい。ごくごく自然に9歳児を頭数に加えるのは止めてもらえませんかねー? いや最初に協力を申し出たのは私だけどさ、それはあくまでマリア様の首から魂を解放するとか復活のお手伝いとかその辺の助力であって、首の奪還まで協力するとは想定してなかったんですけど?
ど、どうしてこうなった……?
ゲルリッツ侯は『変竜の書』が強奪されたことから8年前にヒュンスター家がドラゴンの呪いを受けた → マリーがドラゴンに変身してしまうのではないかという疑問を抱いてはいましたが、さすがにマリーが生まれつきの竜人であることも、母であるマリアがドラゴンに変身できることも知りませんでした。
次回、2月10日更新予定です。




