9.ともだちに、なりたいな
9.ともだちに、なりたいな。
お爺さまの仕事は順調に片付いているらしく、予定通り明日の朝には帰ることができそうだ。
というわけで午前中は持って帰る岩の準備をすることになった。手頃な岩を負担にならない程度までアイテムボックスに詰め込み、次は地面を波打たせて移動させる岩を選ぶ。
とりあえず、実験として試しに一度転がしてみようかな。どれだけの魔力が必要か分かればペース配分もしやすいし。
ちなみに、なぜアイテムボックスに詰め込んだのにわざわざ地面を波打たせて転がすための岩も用意するかというと……お爺さまからの助言があったからだ。
なんでも私の異空間――アイテムボックスは歴史上希に見るほどの大容量であり、下手に周りに知られれば誘拐などの危険がさらに増える可能性があるそうだ。
たとえば商人なら商品の輸送に大活躍だし、冒険者からしてみれば予備の武器を詰め込んだり収集物を保管したりと使い道は職業ごとに色々と考えられるみたい。
お爺さまいわく、精神操作や洗脳系の魔術で服従させられているアイテムボックス持ちは意外と数が多いのだとか。もちろん我が国においては重犯罪だけど、ぱっと見ただけでは分からないからかなりの数がいるのだという。
まぁそもそも私を誘拐できる存在なんて“師匠”くらいなのだから心配する必要はない。けれど、無謀な連中の相手をする時間が増えるのは面白くないよね。ただでさえ『銀髪赤目』を手に入れようとする愚か者が週一くらいで襲いかかってくるのだし。
それだけならまだしも、この大容量が国に知られれば武器や食糧輸送のために徴兵されるかもしれないらしい。
貴族っていうのは『戦争になったら真っ先に駆けつけ命がけで戦う。だから普段は贅沢な暮らしが許されるのだ』というのがこの国における基本的な考え方なので、一応は貴族の末席に名を連ねている私は国からの徴兵を断るのは難しい。
国のために戦ってくれている兵士の皆さんには感謝しているけど、だからといって戦争に行きたいとは思えない。
確かに私には膨大な魔力がある。でも、自分一人の力で戦況を変えられると驕り高ぶるほど子供ではなかった。少なくとも前世の記憶を思い出した今の私は。
いや中二病なので『チートで俺TUEEEE!』はしてみたい。滅茶苦茶してみたいけどね。そんな理由で戦争に参加して大量虐殺をするとか人間のクズだろう。
ま~とにかく、厄介ごとに巻き込まれたくなかったら岩を転がして王都まで持って行き、アイテムボックスで輸送した岩の目くらましにする必要があるのだ。『この大量の岩は転がして持ってきたんですよ~』って感じに。
面倒くさいけど、後々の面倒を避けるためには目をつぶるべきか。
「――はい! というわけでさっそくやってみよう!」
憂鬱さを吹き飛ばすために仮面なラ○ダースト○ンガーの変身ポーズを決めながら宣言した私である。
「……何をですか?」
どこか冷たい目で私を見てくるナユハちゃん。昨日とは違いクールな反応である。昔のキミはもういないんだね……。まぁこうなってしまったのは私がやらかしすぎて慣れてしまったせいだろうけど。
いやそれにしても昨日出会ってもう慣れてしまうというのは……。
試しに昨日の出来事を思い出してみる。
①カメラを作ろうとしてビーム発射 → ストーンスネイクとバトル勃発。
②ふと思い立って湖の上を走ってみようとする → 足下に魔力を集中させて湖に一歩踏み出したらなぜか水蒸気爆発。
③魔法で起こした爆発を背景に某ヒーローの決めポーズをする → 手加減間違えて山の形が変わる。
④廃材を利用して魔力を燃料にしたロケット製作 → まぁやっぱり大爆発。
……うん、呆れられてもしょうがないね!
現実から目を背けて私は実験を開始することにした。とりあえず目についた直径3メートルくらいの丸い形をした岩を動かしてみることにする。
この大きさならそれなりの量を材料に加工できるだろうし、何より球状なので転がしやすいはず。
地面に手をつき、魔力を浸透させる。
呆れられたのならちゃんとできるってところも見せないとね。気合い入れていきますか!
「――忍法、土遁の術!」
土魔法によって地面が波打ち始めた。本当の『土遁』は地形を利用して身を隠す術なのだけど。まぁ細かいことを気にしてはいけない。そもそも忍法じゃなくて魔法だし。
ノリと勢いは大切だ。
……そんなノリノリな私が魔法を操ったせいかどうか知らないけれど。ちゅどーん、と。まるで日本海の荒波のような勢いで地面が波立った。球状の岩が十メートルほどの高さまで打ち上げられる。
うん。あの岩は直径3メートルくらいで、“左目”を使って量ったところ、重さは34トン。
天高く舞い踊った岩石(34トン)は、幸運にも頭上に降ってくることはなかった。が、ちょうど坂になっているところに着地した岩はその形状に従ってごろごろと転がり始めて……お約束のように、あるいは運命のように私とナユハの方に転がってきた。
「――藤岡○、探検隊!」
思わず叫んでしまう私である。いやぁ本物の岩は迫力があるなぁHAHAHAHAHA!
……まぁしかし数十トンの岩などドラゴンが真っ正面から突っ込んでくるよりはマシな状況である。いやぁあの時はマジで死ぬかと思ったなぁと懐かしみながら両手に魔力を集中させた。
土壁をつくって受け止めるか、あるいは風魔法で押しとどめるか。昨日失敗した雷系は……岩を止めるのには適さないね。残念リベンジならず。
もちろん槍であの大岩を止めることはできない。……いや、お爺さまなら止めちゃうかもしれないね。あの人も大概バケモノじみているから。
ま、できないことを嘆いても仕方がない。とりあえず魔法で岩を止めることにする。土魔法はこれからたくさん使うから風にしておくか、と私が魔法を発動させようとしていると。
何かが私の視界に割り込んできた。
流れる漆黒。
太陽の光を浴びてキラキラと輝くそれは、ありとあらゆる財宝にすら勝る美しさであり。天然の芸術を前にして私は一瞬魔法の発動すら忘れてしまった。
わずかな隙。その間隙を縫って漆黒――黒髪のナユハが魔術発動の呪文を唱えた。
「――無窮の腕!」
おそらくはストーンスネイクとの戦いの際に使おうとしていたもの。
直後。
地面から無数の白い棒……いいや、白い腕が生えてきた。一本、二本どころではない。数えるのが不可能なほど、そう、まさしく無数の腕が海中の草がごとく揺らめいていた。
前世の記憶にある恐い話、海から生える無数の腕を思い出す。お盆の時期に船を出すと遭遇してしまうという……。
あんな魔法は存在しない。
しないはずなのに、確かにある。
おそらくは稟質魔法の一種。
素質さえあれば誰でも使える属性魔法ではなく、その一個人でしか使うことのできない独自の魔法。天からの授かり物。神に愛された証……。
その希少性は凄まじく、有用であれば貧民の生まれであろうと宮廷魔術師として召し抱えられると言われるほど。
――はてさて。お偉いさんは『黒髪黒目』であることと『稟質魔法持ち』であることのどちらを重視するのかしらね?
そんな無意味なことを考える余裕があるほどに状況は好転していた。
無数の腕が岩を止めようとして絡みつく。もはや腕ではなく縄としか表現できないような形状となって岩に纏わり、絞まり、縺れ合う。
数十トンはあるはずの岩が。たった一つの、たった一節の魔法にとって動きを止めた。
その力は絶大であり、唯一無二。
もしも人に使えば易々と頭蓋を粉砕し、背骨を折ることができるだろう。
地面に揺れる手の数からして、同時に相手取れる敵も多いはず。
使い勝手の良さそうな稟質魔法を目の当たりにして私は感心するしかなかった。
(なるほどねぇ。腕自体を伸ばしてロープのように使うのか……。腕を腕として認識したままでは絶対にできない発想だよね。うん、私の稟質魔法にも応用できそう)
もちろんチート・ヒロインだから稟質魔法も持っているともさ。……まぁ正確に言えば魔法ではなく、さりとて他の表現が思いつかないから便宜上 稟質魔法と呼んでいるだけなのだけど。
そうか。便宜上などではなく、本格的に格好良くて邪悪な名前を考えないとなぁ中二病としては。前世を思い出したおかげでそれっぽい名前の知識は豊富になったのだし。
やっぱり格好良さを追求すればドイツ語だよね。いやあえて日本語で攻めるのもクールかもしれない。全て漢字というのも一興か?
私がそんなどうでも良く、しかしながら重要すぎることを考えているとナユハがどうしてか怖々とした顔をしながら私の方を向いた。
う~ん? 叱られるのを怖がる子供みたいな? むしろ怒られるのは私の方だと思うのだけど。
あ、昨日同じように庇ってくれたときに詰問まがいのことをしたからかな? そこまでビクつくほど恐くはなかったと思うのだけど……。
まぁいいや。怒っていないのなら助けてくれたお礼を口にしよう。そして私の失敗を水に流す!
「いや~、ごめんねナユハ助かったよ。――リリア・レナード。このご恩は一生忘れません」
スカートをつまみ上げ頭を下げる私。正直ナユハが出てこなくても対処はできたが、それはそれ。一度ならず二度までも私を守ろうとしてくれたのだから最大限の感謝を示すべきだ。貴族とか、ヒロインとか、そんな建前ではなく一人の人として。
顔を上げると、ナユハは鳩が機銃掃射を受けたような顔をしていた。
「あの、リリア様は、恐ろしくないのですか?」
「へ? なにが? あぁ、3メートルくらいの岩なら平気だよ。ドラゴンに真っ正面から突っ込まれるのに比べればね」
「ど、ドラゴン――、い、いえ、違います。その、私の魔法が、恐くなかったのですか?」
「こわい?」
まだ岩に絡まりついているナユハの稟質魔法をじっと観察する。
なるほど、地面から無数の手が生えている現状は確かに恐怖をかき立てるのかもしれない。前述の恐い話がいい例だ。
でもねぇ。真夜中に遭遇した幽霊ならとにかく、正体はナユハの魔法であると分かっているのだし、何より……昔見た映画『学校○怪談』に似たような場面があったので、その、はっきり言って二番煎じでインパクトが弱い。
うん。ゴメンね。前世の記憶がなかったら怖がっていたかもしれないよ?
……いや、それはないか。
助けてくれたナユハの魔法を、この私が怖がるはずがない。
だからこそ私は地面から生える腕の近くまで歩み寄り、そのうちの一本に対して手を伸ばし――固く握手を交わした。
この世界の幽霊、ゴーストやファントムは触れるのが普通だ。空気中に存在する魔素が影響しているとも、個々人の魔力が触っているように錯覚させているだけとも言われているけれど、詳しい原因は不明のままだ。
そもそもこの世界では『幽霊は触れるもの』というのが常識。だからその原因を研究しようとする人なんて現れないのだ。
触った腕(幽霊?)の感触は、何というか、ひんやりとしたお肉。夏場なんかは側に置いておきたいね。
「おぉ、冷たい。知ってる? 手が冷たい人は心が温かいらしいよ」
「…………」
ちなみに私の手はとても温かいみたい。べ、別に悲しくなんてないんだからね!
むしろこの血潮の熱さが体温にも表れているとかそういう感じで行こう。自分を納得させた私は地面から生えた手の指を掴んだり伸ばしたりして存分にもてあそんだ。
なんだか前世の美術の時間に作った粘土彫刻を思いだしてしまう私。ちょうどこんな感じの手を制作したことがあったのだ。恐怖が薄いのはそれも一因なのかな?
貴族である今の私にはもちろん粘土彫刻の経験なんてないのに、まるで見てきたように製作場面が脳裏によぎるのは我ながら不思議な感覚だ。
ちなみに、転生系の物語だとよく『転生した人格が前の人格を塗りつぶす』という展開があるけれど、私の場合はそんなこともなさそうである。
現状がどうなっているかというと、意識の中にちょっとした区切りがあってその中に前世の人格が存在している感じ。知識は基本的に共有だけど、今朝の夢からして思いだしていない(というか、教えられていない?)こともありそうだ。
まぁとにかく私が私であることに変わりはないわけで。スローライフを目指すきっかけとなる知識は前世のものだけど、今このときスローライフを望んでいるのは紛れもない私なのだ。
私が自己の“あいでんてぃてぃ”を再確認していると、地面から生える腕たちに動きがあった。今まではすべて単色の真っ白な腕しかいなかったのに、その中にいつの間にか赤黒く染まった手が混じっていたのだ。
その赤色はきっと血の色であり。手首には荒縄のものであろう縛り跡がくっきりと残されていた。
後ろ手に縛られての処刑、という光景が不思議と脳内に展開された。まるで実際に見てきたかのように。
いや、きっと見てきたのだろう。
この無数の腕たちが。眼窩も脳髄もないままに。確かに“子孫”の最後を見てきたのだ。
私の頭に映像が流れ込んでくる。血なまぐさい戦場。汚らしい賭場。醜い裏切り。陰険な騙し討ち。人を人とも思わぬ残虐行為……。
これはおそらくデーリン伯爵家の記憶。始まりから終わりまで、紡がれた伯爵家の歴史が腕を通じて私に伝えられてきた。
おそらく、この腕たちは祖霊なのだろう。
死してなお。死んでしまったからこそ。こうして魔法現象に寄生してナユハの力になろうとしているのだ。
頭の中に声が響く。
口がないから。喉がないから。思念を直接叩きつけてきているのだ。
――どうか。
腕は乞う。
何の対価もないままに。
何の誓いも立てられないのに。
それでも、私の良心にすがりついて。
――どうか。ナユハを救って欲しい。
自分たちの魂の救済ではなく。
デーリン伯爵家の復興でもなく。
ただ、ただ、最後の生き残りであるナユハの幸福を。
「…………」
……うん、正直、9歳児にするお願いじゃないよね。
いくらチートなリリアちゃんでもぱぱっと解決できることとできないことがあるのだ。
たとえばナユハが無理矢理働かされているのなら、その働かせている人間を力とパワーでぶちのめせばいいだけの話。魔法戦も接近戦もできるリリアちゃん好みの展開である。
しかし、ナユハは勝手に罪の意識を感じて自分自身の意志で鉱山労働をしているわけであり。これをどうにかしようとするならまずナユハを説得&納得させなければいけないのだ。
私は凄い魔力を持っていて槍術の才能もあるけれど、口が達者というわけではない。自分の好きなことに関しては語り尽くすことができるのだが、他人の意志を変えられるほど口は回らないし、そもそも交渉ごとの経験がほとんどない。
難しいお願いだ。
正直、今の状態でなんとができる自信はない。
でも、やるしかないよね。
なぜならば――、黒髪美少女が不幸になりかけているのだから!
……ここで『友達のためだから!』と口にできれば格好良かったのだが、いかんせん出会ったばかりで一方的に友達宣言するのもアレだろう。
私としてはナユハと友達になりたいのだけどね。一緒にいると楽しいし。何より呆れながらも付き合ってくれているし。
でもまぁ、今はまだ親交を深めるべき段階だろう。人間関係は一朝一夕で築けるようなものでもないと前世の私も(頭の中で)したり顔で語っている。
ナユハとはおいおい友達になるとして、今はとにかく彼女の頑固さをどうにかするのが先決か。
う~む、お爺さまに相談するのは……ダメか。そもそもお爺さまもお手上げ状態で私に賭けたのだし、あの人は良くも悪くも気っ風がいいので繊細な人間関係というものを苦手としている。相談してもダメだろう。
おばあ様は……。……………。……ダメだね。『記憶を消せばいいだけでしょう』とか『洗脳してしまえばいいでしょう』くらいのことは言いそうだ。そして迷うことなく実行する。おばあ様はそういう人だ。
超が付くほどの合理主義者。目的のためなら人の心を無視することができる。そうでなければ“白銀の魔王”なんてあだ名では呼ばれない。
まぁ、気っ風がいいお爺さまとはある意味バランスが取れているのだろう。
しかし、おばあ様の合理主義は行き過ぎな気がするけれど、参考になるところもある。理想を追求するならナユハに幸せな人生を送らせるのが最優先目標となるが、次善目標として、いつ病気になったり事故死するか分からないような炭鉱での仕事を止めさせるのが合理的思考というものだ。
当面の目標が決まったら案外すんなりと“策”は頭に浮かんできた。さっそく試してみようかな、失敗しても死ぬわけじゃないし。
「そうだ、王都に帰る前に確認しておかないと。ナユハ、私専属のメイドにならない?」
「……はぃ?」
「いや~今私ってお付きのメイドさんがいなくてさ。同性で、できれば年の近いメイドさんを探していたんだよねぇ。その意味で言えばナユハってぴったりじゃない?」
はい、嘘をつきました。別にメイドさんは探していませんよ。専属がいないのは確かだけれどね。
貴族令嬢にはメイドさんがいないと着替えもできないレベルの人すらいるみたいだけど、私はおばあ様の教育方針で何でも自分一人でできるように鍛え上げられているから別に必要じゃない。前世は庶民だったので家事も一通りできる。あとお爺さまから冒険者流のサバイバル術も習っているし。
むしろ前世が元庶民としてはメイドさんがいる生活は遠慮したいとすら思っている。
でも、ナユハとだったら毎日が楽しそうだ。
「…………」
私の突然の提案にナユハはしばらく放心し、再起動した後は必死の様子で手と頭を振った。
「い、いえ! 私などがリリア様のメイドになるわけにはいきません! 罪深きデーリン伯爵家の娘で、こんな黒髪黒目の私などが……」
ナユハの言葉に私は口角を吊り上げた。きっと今の私は悪魔のような顔をしているだろう。
「あれぇ、もしかして私を馬鹿にしているのかな? 『デーリン伯爵家の娘』をメイドにしたくらいで私の価値が下がるとでも? 『黒髪黒目』を側に置いたくらいで私の経歴に傷が付くとでも?」
嫌らしい口調でそう責め立てる私である。
まぁ実際のところ、足の引っ張り合いが大好きな貴族連中からしたら絶好の口撃目標になるだろうけどね。そんなものを恐れるリリアちゃんではない。
「そ、それは……」
ナユハが何かに耐えるかのように拳を握りしめた。
よしよし、順調だ。ここでなおメイドになることを断ればナユハは私を馬鹿にしていると認めたことになる。実際はどうあれ、かつては貴族社会で生きていたナユハなら表向きはそうなってしまうと理解しているだろう。
平民が貴族を馬鹿にすることなど許されない。
つまりは逃げ道をふさいでしまった形。
そう、別に、今すぐナユハから罪の意識を取り去る必要はない。急ぐべきなのは危険な鉱山労働から遠ざけることなのだから、こうして逃げ道をふさぎメイドになることを了承させて、後はじっくりナユハの心を説得すればいい。成功の確率は未知数だけど、私はこれからの時間と未来の私を信じている。
「…………」
逃げ道がないのを察したのかナユハからの反論はなかった。
思いつきにしてはうまくいきそうだ。もしかして私には交渉ごとの才能もあるのかもしれないね! さすが天才すごいぞ私!
……あ、なんか今の“失敗フラグ”っぽい?
なぜだか背中に冷や汗を掻いてしまう私。そんな私にとどめを刺すかのようにナユハは辛そうに声を絞り出した。
「ごめん、なさい。……だめ、なんです」
断りのセリフ。
それは私を馬鹿にしていることに繋がるというのに……私はとても、ナユハを責めることなんてできなかった。辛そうに、苦しそうに。今にも泣きそうな顔をしていたから。
なぜナユハがこんな顔をしているのかは分からない。
でも、少なくとも私に嫌悪感を抱いているわけじゃなさそうだ。
「どうして?」
純粋な疑問にナユハな答えてくれた。まるで世紀の大罪を告白するかのように声を震わせて。
「リリア様と一緒にいると――楽しいのです!」
「……はい?」
ちょっと予想外の返答に固まってしまった私である。なんで楽しいのにそんな罪悪感たっぷりの顔をしているの?
「私は、罪人である私は楽しさを感じてはいけないのです! 一生苦しまなければならないのです! なのに、昨日寝床に付いてから思い出すのはリリア様のことばかりで、自然に口元が緩んでいて……。ですから、私はリリア様と一緒にいるわけには――メイドになるわけにはいかないのです!」
え? 楽しかったの?
ナユハさんや、あなたは私の言動に呆れていませんでしたか?
……あ~、でも、ナユハの反応が急にクールになったように見えたのは私に呆れたのではなく、楽しまないよう必死に感情を抑制していたのだとすると筋は通るかな?
「ナユハ、えっと、その、」
こんな状況は前世でも経験したことがないのでどうしたものかと悩む私。そんな私を見てナユハはみるみるうちに顔を赤く染めていった。
羞恥、かな?
「で、出過ぎたことを言いましたーーーっ!」
真っ赤になった頬を両手で押さえながらナユハは何処かへと走り去ってしまった。呆然と見守るしかない私。
……あ、結局説得に失敗してしまったじゃないか。しかもナユハに逃げられてしまったし。
どうしてこうなった……。
次回、28日投稿予定です。




