捌ノ幕 迫る決戦の時
「ふむ、お見事」
「やったのですっ!!」
箱庭の前には諸手を挙げて喜ぶ炬香と、ほっとしつつもまだ安心はできないという表情で終了を宣言する梓が居た。
「ちゃんと考えてきたみたいだな。敵勢力は全滅、文句なしだ」
今回は敵が罠の効果範囲に入っても馬鹿正直に起動などせず、自身の攻撃と人魂による攻撃も利用。さらに計画的に罠を起動することで敵を足止めしたり、追い込んだりと様々な戦術を繰り出した。
「えへへ~、これでもう大丈夫なのです?」
「残念ながらそうはいかない」
「?なぜです?」
「一つは、実際の戦闘はこうして全体を把握して戦えないという事」
「です」
「そしてもう一つ、本物の人間は単純に動くわけじゃないという事。恐怖・不安・無意識……さらにそれを超越した組織という名の目に見えぬ意思。そういった不確定要素が含まれる」
「どういう事です?」
「まあ、わかりやすく言うとだな。……今はまだ勝ち易くしてるってところかな。
ああ、勘違いするなよ。別にお前を甘く見てたわけじゃないから」
「う……」
炬香がせっかくがんばったのに、と言いたそうな上目遣いで梓を睨んでいる。
(別に怖くはないなぁ。……可愛いくらいだし)
梓は炬香の視線などどこ吹く風で箱庭を片付けていく。
「これからは色んな条件でやっていくぞ。今日はもう遅いから、また明日だな」
「もう明日しかないのですよ?それでいいのです?」
「相手の出方が全くわからないんだ。あらゆる場面を想定しておきたいが、疲れ過ぎて本番何もできないんじゃ意味がない。状況に応じて戦術を変えて対応する、っていう練習ができればそれでいいんだ。あとは本番しだいだから」
そう言って簡単に片付けると梓は立ち上がった。
「どこ行くです?」
「食事。お前らにかなりの量の精気を与えてるからな。さすがにそろそろキツい」
梓は母屋に戻る前に美烑の部屋に寄り、眠っているのを確認してから台所へ向かった。その足取りは少し頼りない。
「猪ってまだ残ってたよな?」
「はいです、一部は干し肉にしてる最中ですけど、味噌漬けとかならすぐ出せるですよ」
「ああ、ありがとう。食べるわけでもないのに……悪いな」
「えへへ、いいんですよ~。最近作るのが楽しくなって来たとこです」
梓は壷から取り出した「ぼたん肉」を何切れか皿に乗せ、白米を盛った皿を持って歩き出した。酒瓶を抱えた炬香を従えて縁側へ向かう。
「って、シロちゃん、それズルくない?」
「あん?」
白い美烑がオリジナルの美烑に斬りかかる。丸腰の美烑は身体を捻ってこれを回避、柱を蹴って距離をとった。
「いろいろと突っ込みどころがあるが……まずその『シロちゃん』ていうのはよもや俺の事か?」
「そうだよ、髪の毛とか服とか真っ白だからね。シロちゃんと『あたし』は同じらしいけど、『あたし』って呼びかけるのも変だし、……シロちゃんが『あたし』で、『あたし』はシロちゃんでって考えてたら、何だかよくわからなくなってきたから」
その言葉にシロは不機嫌そうな雰囲気を強めた。
「ちっ、うぬがオレの存在を認めてどうする?最初から言ってるだろう?オレを圧倒しろと」
「圧倒すればいいんでしょ?別に存在を認めたっていいじゃない?」
美烑は尻尾を振って体勢を整え、危なげなく着地した。シロは回避する美烑の身体を追うように刀を横凪に振り抜いた姿勢のまま、不機嫌そうな声を漏らした。
「……まったく暢気な」
「それと!シロちゃんだけ刀持ってるのはズルいよ」
「馬鹿か、うぬは?」
シロはさらに美烑を追撃する。美烑が飛び上がれば手にした刀を突き出し、身を低くすれば床板を削ぐような低い軌道で刀を振るう。
「な……?」
「倒そうとする相手に武器をねだるなど……、どこまで暢気で、どこまで阿呆なのだ」
シロの繰り出す斬撃を悉く避け続けていた美烑だったが、シロは馬鹿ではない。何度も美烑が回避するのを見ていれば、癖も見えてくる。
例えば右側に避ける傾向が強いとか、尻尾を見ていれば次にどちらに避ければわかるとか。
ガッと。美烑を柱に押し付けるように肉薄する。
刀は美烑の脇の下。袂を柱に縫い付けて、美烑の動きを制限する。
「……ッ」
突き刺すようなシロの視線、仮面を隔ててもわかる鋭い視線が、語っている。
外れたんじゃない、外したのだと。
「そもそも闘いが平等なわけないだろう?そんなモノは絶対強者の美徳。卑怯も姑息も戦術のうち」
「そんな事……」
「本気で勝ちたいなら姑息になれ。隙を突け。弱点を狙え。負ければ死、生き残ったモノだけが勝利者だ」
それでも動かない美烑に業を煮やしたのか、シロの雰囲気が剣呑なものに変わった。
「痴れモノが……」
美烑の身体を縫いつけたシロの刀が剣先を中心に180度回転、刃が天を向く。
「……っ」
シロが何をしようとしているのか、美烑が理解したときにはもう遅い。
美烑が縫い付けらている柱も、美烑が着ている服の袂もまとめて切り裂く勢いで、刀が跳ね上がった。
「……あ――っ、あああああああぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁっ!!!!!!」
肩甲骨も二の腕の筋肉も切り裂いて、美烑の左肩から先が宙を舞った。
「騒ぐな、うっとうしい。痛みはあるまい」
「ああああっ……あれ?」
言われてみれば確かに痛みがない。というか切り裂かれた感触はあったのに、未だに手足の感覚が残っている。
不思議に思って右肩のほうを見てみれば……やけにシロい。
「これは……」
「オレの腕だ。元……な」
美烑の服の肩口から先は刀に斬りおとされ、真っ白な肩が露出している。腕から先が黒くくすんでいる元・シロの腕。
「さあ……」
シロが刀をくるりと回して、構え直した。
「肉体の奪い合いの始まりだ」
シロは宣言する。
「うぬが肉体を取り戻すのが先か、オレが奪いつくすのが先か……、いざ尋常に……」
シロが再び攻撃を開始した。
「んっんっんっ……ぷはっ――、んっんっんっ……ぷはっ、んっんっんっ……」
朝日が差し込む部屋の中、布団の上で眠ったままの美烑が喉を鳴らしている。梓が美烑の口を自身の首に押し付けて、血を吸わせている。
美烑が発狂するかもしれない危険な行為。だけどここで無理をさせなければ、美烑を含め全員が死ぬ事になりかねない。
「……すまない」
無意識にも美烑が血を飲もうとしているのは依存が強くなってきている証拠でもある。
「それでもお前が全快するにはまだ足りない」
梓はそろそろ危険と判断して、麻酔薬を首筋に垂らし始めた。
「んっんっ……んっ、ぷはっ――、んっ……んっ……っ、――すーっ、すーっ」
程なくして美烑が寝息を立て始めた。
「……終わったです?」
炬香が襖を開けて入ってきた。
「ああ、お前も来い」
「でも、梓……」
梓は当然のように炬香にも精気を与えようとするが、その目のまわりはかなり黒ずんでいる。
疲労しているというだけではない。
栄養不足――精気の与えすぎだ。
「遠慮するな……俺達は是が非でも明日の戦いで生き残らなくちゃいけないんだ」
「はい……です。んっ……」
言葉の上では同意しても本気で精気を吸うつもりはないらしく、炬香は遠慮がちな接吻を繰り返す。結局梓の方が強引に炬香の口を開いて精気を流し込む。
炬香の瞳が少し苦しそうに、それ以上に哀しそうに歪んで、涙が滲んだ。
「んっはっ……、泣くなよ」
「だって……だって梓死んじゃうです……。そんな事までしなくたって……梓は」
「俺はここで行き抜くと決めたんだ。だからそのためにはどんな事だってする。……大丈夫だ。自分が犠牲になればなんて考えてないから」
梓は後半、嘘をついた。
本当に危なくなったら身を呈してでも、自身の命を犠牲にしてでも2人を守るという意志に変わらない。
「ほらさっさと隣の部屋に行くぞ。今日中に『対応する』ってことを覚えろ」
「はい……です」
炬香はしぶしぶ従った。
「人間の部隊は大雑把に言うと、命令する人間、攻撃する人間、その間を行き来し、連絡する人間、といった存在がいる」
「はいです」
「だから今までのように先鋒を攻撃すると、その動きに変化が生じる。味方が攻撃されれば戦略を変えるのは当たり前だからな」
梓は箱庭の前に座り、何かの操作をしている。
「今回は俺も参加する。あくまで人間側として……な。将棋の対戦相手だと思えばいいさ」
残る時間はあと1日。
模擬戦2日目が始まった。
「いつまで逃げ回っているつもりだ?」
シロが追いかけ、美烑が避け続けるという状況が続いていた。
「だから、あたしには武器がないんだってばっ!!」
「ふん……」
シロは小さくため息を吐いて、攻撃の手を止めた。
「だから考えろと言っている。相手が武器を持っているなら奪うなり、何らかの方法で調達するなりしてみせろ」
「……そっか」
美烑は何か思いついたのかやや顔つきが引き締まる。
「踏鞴の炎は……鉄をも切り裂き、鋼を生む……」
炎刀斧を生み出すべく詞を奏で始めたが、美烑の手に鉄はない。
今ここにある鉄はシロの手にする日本刀のみ。
「それでいい」
刀を構えるシロに美烑が飛び掛る。その手に炎を纏って。
「ふんっ!」
「ふははっ!ようやく闘いらしくなった」
空振りして歯噛みする美烑とは対照的に、シロは楽しそうに……爽快に笑った。
「どうした?そんな単調な動きでは当たらんぞ」
シロは一度飛び退った後、真っ直ぐに飛び掛かる。
「そういうシロちゃんだって、一直線じゃない?」
迎え撃つ美烑は日本刀を掴み取ろうと両手を伸ばす。
「単純な攻撃……それは基本的に罠だと思え」
「え?」
シロは途中で軌道を下方向へ変更。身を低くして横凪に日本刀を振るい、美烑の両足を狙う。
「ぐっ!?」
美烑は床を蹴り尻尾を振って空中で前転、シロの上を飛び越える。
(ふむ、先ほどよりはついてくるようになったか)
一方のシロは空振りした勢いそのままに、やや斜め上に軌道を変えて自身の背後を通る美烑を狙った。
「まだ甘い。回避するなら徹底的に回避することに集中しろ。中途半端に回避するならそれを罠として反撃して見せろ」
バランスをとるために伸ばしていた美烑の左腕が刀の餌食になった。
しかし、美烑は左腕を見ない。
空いている美烑の右腕はシロの握る日本刀へ。t
「ほう……」
「届けっ!」
刀は美烑が掴むとぐにゃりと歪んだ。シロは日本刀が美烑にもっていかれたのを確認すると、手を放す。
「炎刀斧っ!」
美烑は生み出した斧を大上段に振り下ろし、シロに奪われた右腕を切り落とす。
「ふはははっ!!いいぞっ、それでこそオレの分身っ!!」
シロは後方へバク転しながら距離をとると、柱の影へ。
「ふっ……」
柱の向こう側を通って再び飛び掛ってきたシロの手には再び白木の護神刀が。
「あーーっ!?」
「やかましい」
「だって、それどこから?」
美烑はぴっとシロを……シロが振り下ろそうとする日本刀を指差した。
「あたしがシロちゃんから奪い取るのすんごく大変だったのにっ!」
ギィィンっと。
鈍い金属音を響かせて美烑の斧とシロの刀が激突する。
「ふんっ(……やはり分が悪いか)」
ひたすらに斬れ味を高め刃こぼれしないように作られた刀と、たとえ刃こぼれしても持ち前の強度で目標を叩き斬るように作られた斧では、鍔迫り合いにおいて後者のほうに分がある。
シロは右手一本で美烑の構える炎刀斧を抑え、空いた左手を振り上げる。
(なに?)
その左手にもう一本の護神刀が出現する。
「いっ?何で?」
「驚いている場合か、阿呆」
炎刀斧は既に右手の刀に抑えられている。このままでは左手の刀を防げない。
(このままじゃ、足か……胴体を持っていかれるかも……)
美烑は無意識に右手をかざした。
「そんな小さな手で受け止めきれると思うか?」
(っ、わかってるよそんな事。多分、腕だけじゃ止めきれないし、軌道を反らすこともできない。でも隙を……時間をつくるぐらいはできる)
美烑の顔が歪む、がその眉が少し緩んだ。
(……そういえば、シロちゃんはどうやって刀を……?柱の影に鞘は落ちてないし……、そもそもさっき見たときは刀は置いてなかったはず。
そしてさっきのアレは……空中から現れたように見えた。何もないところから……?)」
美烑はかざした手を少し握りこむように動かした。
(来いっ!)
ガインッと。
日本刀同士がぶつかる音が響く。
「出た……」
「ふむ、この短時間でその可能性に気づくか、勘は悪くない。
……では、真剣勝負といこうか」
「疲れたか……?」
「はいです……」
ここは裏庭の見える縁側。柱に背をもたせた梓とその胡坐の上でまどろんでいる炬香の姿があった。
あれから5連戦。急に軍隊を引いたり、逆に全軍で突撃したり、あるいは炬香に攻撃を集中したり、さまざまな想定で戦闘を行った。
「いよいよ明日だ」
「はいです。……美烑様は?」
「まだ起きない。まあ、まだ闘ってるって事だから、心配はしなくていいだろう」
「闘ってる……ですか?」
「炬香には言ってなかったけか?『吸血』をし過ぎると依存して……、また血を吸いたくなるんだ。加えて理性がなくなる。本能の赴くままに破壊し、殺し、血を吸う化け物になる」
「そんな……」
「それを回避するために睡眠薬で肉体を眠らせた」
「肉体を……?」
「つまり精神は起きている。……今美烑は精神的な世界、心の中で闘っている。アイツの妖怪の本能と、美烑としての理性がな」
「よく……わからないのです」
「本人じゃないと実際に見れないからな……。
例えば炬香が美烑に抱きつきたいとする。でもそれを恥ずかしがって抱きつきたくないというお前もいるわけだ」
「なんです、その具体的な例は?」
「炬香の日常から切り取ったつもりだが?……まあいいや、とにかくそれぞれのお前が自分の主張を通すために殴り合いをするようなもんか……」
「む~?」
「あくまで例えだ。……頭の中の葛藤を、よりはっきりと夢に見るぐらいの事だよ」
「えっと……」
「ただし勝たないと化物になるけどな」
梓はそう言って拝殿のほうへ視線を向ける。軽い口調とは裏腹にその表情は真剣だ。
もしも美烑が自身の野性に負けてしまえば、「美烑」という人格が消えてしまう。
「とにかく今は明日を勝ち抜くことを考えてくれ」
「はいです……、う……んっ」
「怖いか……、怖いよな」
震える炬香の小さな手を包んで口を寄せる。
「大丈夫だ。俺達は勝てる」
「ほん……と……ですぅ?」
「ああ、敵は人間だけだ。人間にできることしか、人間に許された未来しか掴む事ができない」
「……?」
炬香は何を言いたいのかわからない、というように首を傾げる。
「俺達は妖怪と人間だ。美烑や炬香にできないことを俺ができる。俺ができないことをお前達ができる」
「えっとぉ……?」
何かいい事を言おうとしているのはわかるのだが、いまいちわからない。
「あ~、例えばさ。……地面に裂け目があるとするだろ」
梓もそれを察して、言葉を変えた。
「はいです」
「俺や人間達だったら、迂回するなり橋を架けるなりしなきゃ渡れないけど、炬香だったら宙を浮いていけるだろ?」
「ああ……」
つまり人間しかいない敵には、人間にできる範囲の考えと手段しか選ぶ事ができないが、妖怪と人間の混成部隊である自分達には、妖怪の考えや手段を選ぶ事ができる。
そのふたつの可能性が未来に繋がる、と。
「うにゅ……」
それでもまだ炬香の耳は不安そうに垂れている。
梓は2つの耳の間を一頻り撫でていたが、炬香は気落ちしたままだ。
「言ったろ、炬香。俺は2人と生きていたい。
生きているのが嬉しい。
いつまでもこうして炬香を抱きしめていたい。
……だから」
撫でられるままだった炬香が突然立ち上がって振り向いた。梓の膝の上に立っても、頭1つ分小さい。
「……もです。炬香も、生きていたいですぅ。
だから、戦うのですぅ!
美烑様と梓は、炬香が守るのですぅっ!」
まだ不安はあるだろう。それでも今の生活を守りたいから、これからの未来を、3人で生きる未来を勝ち取りたいから。
「炬香……、2人で――いや、3人で掴み取るぞ。未来を」
小さな体で精一杯声を上げる炬香を抱きしめる。
「はいです、むぐぅ?……んちゅっ、へはっ、ちゅぅぅぅぅっ……」
妖気を補充するために、そして何より愛おしいと思うから。
頑張れ、頑張れ、と。
こんな事しかできない悔しさを感じながら、梓は精気を与えていく。
「へあっ、んっちゅぅ……」
夕陽が地上の影を濃くしていく中、人外の支配する神社には水音が響き続けた。




