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陸ノ幕 罠を使って模擬戦闘

「えっと、美烑(みあ)様は完治したわけではないのですよね?」

 美烑(みあ)が落ち着いてから、炬香(こか)を交えて3人で布団の上に向き合った。今回は炬香(こか)も結界の中。さすがに不便だったので炬香(こか)が通るときにだけ結界を弱めた。

「全く、だよ。ようやく消滅する可能性がなくなっただけで、未(いま)だに戦闘に出せる状態じゃあない」

「ええ?もう大丈夫だよ。普通に動けるし」

「それはこの結界の中だからだ。外に出たら一刻(いっこく)も持たないぞ」

 もう大丈夫と主張する美烑(みあ)だったが、梓(あずさ)は結界の外に出ることを認めない。この結界は中に邪気や穢気(えき)を通さない構造になっている。

 人間にあわせていえば病原菌・ウイルス・カビの類がこの結界内には存在しないということである。

「えっとまた精気(せいき)の補充をするですか?」

 炬香(こか)がまだ赤い顔で梓(あずさ)に尋ねた。さすがに美烑(みあ)のように精気(せいき)の補充=交尾とは思っていないようだが、美烑(みあ)のピンク色な雰囲気に中(あ)てられたような感じだ。

「今日はしない。あんまりやると俺が倒れるし、美烑(みあ)が暴走するしな……。そういえば、外はもう夜か?」

「えっと……まだですけど、もう申(さる)の刻(こく)下(さ)がりだと思うです」

 カラスが鳴いてたですよ、と炬香(こか)は付け加えた。

 申(さる)の刻(こく)とは午後4時の前後2時間を指す。申(さる)の刻(こく)「下(さ)がり」なので午後4時から午後5時頃か。正確な時計がないので、夕方くらいというニュアンスだ。

「……そうか。罠の設置は終わったか?」

「はいです。えっと……」

 炬香(こか)はそう言って広げたままの地図のほうを見た。その地図の上には黄色の石がいくつか置かれていた。

「これはなんです?」

「ただの石だ。……まあ見てわかるとは思うけど、今日炬香(こか)やってもらった罠の場所を示してる」

「へえ……。あ、1個動いた」

 美烑(みあ)も身を乗り出して地図を確認する。その地図の神社側。崖(がけ)と森の間に置いてあった石が突如(とつじょ)動き、真っ二つに割れた。

「えっと……コレは?」

「多分、間抜けな猪(いのしし)か兎(うさぎ)だろう。明日見にいったら何か掛かってるんじゃないか?」

 梓(あずさ)はどこか投げやりで疲れている様子。

「明日……でいいです?」

「ああ、今日はもう寝よう。炬香(こか)も今日は飛び回って疲れたろ?」

「えと……じゃあ、お休みなさいです」

 炬香(こか)は一礼して出て行こうとする。

「炬香(こか)ちゃんどこ行くの?一緒に寝ようよ」

「え?でも……」

 炬香(こか)はそう言って美烑(みあ)と梓(あずさ)を交互に見比べた。

「何を遠慮してるんだお前は……。あ、おしっこはちゃんと済ませて来いよ」

「わわ、わかってるのですよっ!」

 炬香(こか)は顔を真っ赤にして飛んでいった。

「あんまり炬香(こか)ちゃんイジめないでね」

「お前の発言のせいで炬香(こか)が遠慮してるのわかってるか?」

 見つめ合って、しばし沈黙。

「ところで体に変化はないか?」

「うんっと……、お腹から背中にかけての痛みと……、ちょっと頭痛。……あとは全身が気ダルい感じ……かな」

 美烑(みあ)は自分の体を見回しながら答えた。把音(たばね)に刺されたお腹の傷は未(いま)だ癒(い)えていない。

「風邪っぽいのは相変わらず……か。全身が気ダルいのは大量の精気(せいき)を妖気に変換してるからだろうな」

「そうなんだ。……やっぱりまだ続けるの?」

「怖いか?」

「怖い。すごく怖い。自分が自分でなくなっちゃいそうだから」

 美烑(みあ)の手が梓(あずさ)の服をぎゅっと掴(つか)む。

「約束、忘れないでね」

「ああ、忘れない。だが俺の誓いも忘れるな。『お前を化け物にはしない』絶対にだ」

 見つめあって誓い合う2人を覗(うかが)う瞳が2つ。

(……さすがにイライラしてきたです。あれは蹴っ飛ばしていいのかですよ)

 外で用を足し、一応神社の中を見回って帰ってきてみれば、また梓(あずさ)と美烑(みあ)がイチャイチャした雰囲気を出している。

「寝るのではなかったのです?」

 今度は炬香(こか)も遠慮せず、ジト目ですぅっと2人の近くにやってきた。

「あ、おかえり炬香(こか)ちゃん」

「じゃあ寝るか」

 何事もなかったかのように2人は布団に横になる。

「えっと……」

「炬香(こか)ちゃんはホラ、ここ」

 そういって美烑(みあ)が示すのは自身と梓(あずさ)の間。おずおずと近づいてきた炬香(こか)を、梓(あずさ)が片手で掴(つか)まえて布団の上に転がした。

「よいしょっと」

 すかさず美烑(みあ)が布団をかける。炬香(こか)はしばらく布団の中でごそごそ動いていたが、落ち着ける場所を見つけたのかすぐに寝息を立て始めた。ちなみに炬香(こか)は狐や犬のように体を丸めて眠る。

 対して美烑(みあ)や梓(あずさ)は人間がするように比較的直立した状態だ。自然顔を向け合うようになるわけで、しばらくお互いの顔を見つめ合っていたが、どちらからとはなしに目を瞑(つむ)り、眠りに落ちた。


「それで今日はこことここ、それとこういう風に……」

 今日も今日とて梓(あずさ)と炬香(こか)は作戦会議。炬香(こか)が早朝に見回って、罠にかかっていた猪(いのしし)を持ってきた。梓(あずさ)はそれを調理しつつ、その一部を朝食に取った。

 その後、結界の中に戻ってから炬香(こか)に新たな罠の設置を命じている。

 そして美烑(みあ)のほうはというと、今日は体調が優れないのか少し起きてからまた眠りに落ちた。

(『美烑(みあ)』という存在を維持するためとはいえ、さすがに一度に大量の精気(せいき)を与えすぎたか……。いや……、まだ血からの精気(せいき)摂取(せっしゅ)に慣れていないからと見るべきか)

 布団の中の美烑(みあ)は起きる様子がない。

「それじゃ行ってくるです、梓(あずさ)」

「頼むな。あと人間に気をつけるように。偵察(ていさつ)に来たり、単独で攻めてきたりするかもしれないからな」

「はいです」

 受け取った妖符(ようふ)を懐(ふところ)に携えた炬香(こか)が、罠を設置するために出ていった。

 梓(あずさ)は眠っている美烑(みあ)のおでこを撫でた。

「お前に無理させているのは俺の我侭(わがまま)だ。何もしなくても妖狐(ようこ)としてのお前は残る。でも、美烑(みあ)としてのお前を失いたくない。

 そして、美烑(みあ)に戦ってもらわないと俺も炬香(こか)も生き残れない。

 俺に闘う力があれば……、10人を相手にできるくらいの強さとは言わない。でもせめて1対1で闘えるだけの力があれば、お前に無理させる必要はないのに。

 俺ができるのは知識をひけらかす事だけ。自分の知識を美烑(みあ)や炬香(こか)が実現してくれなきゃ何にもできない。

 自分で作った妖符(ようふ)ですら、妖気(ようき)の少な過ぎる俺には使えない。

 本当に嫌になる。武器を取って闘えない自分が……何もできない自分が。

 こうして吐露(とろ)しなければ、自分を維持することもできない女々しさが」

 本当は武器を手に美烑(みあ)と肩を並べて闘いたいが、なまじ認識力があるだけに一朝一夕(いっちょういっせき)で美烑(みあ)の領域にまで達する事が不可能である事がわかってしまう。いや一朝一夕(いっちょういっせき)どころか、人の身で彼女と肩を並べるなどありえない。

 よほどの才能と血の滲(にじ)むような努力の果てに極一握(ごくひとにぎ)りの人間にのみ許される未来だ。

 刀を握ったのは幼少の頃に少しだけ、という梓(あずさ)にはまず到達できない領域だ。

 それでも願ってしまう。

 彼女の代わりに自分が戦場に出られたら、と。

 美烑(みあ)などは怒るかもしれないが、ほぼ永遠の命を持っているといっていい美烑(みあ)を守るために、たかだか40年足らずの自分の命を散らすなら安いものだと、梓(あずさ)は本気で思っている。

 そして、同時に今の状態で戦場に出ても美烑(みあ)の重荷(おもに)にしか、弱点にしかならないこともわかってしまう。

「……そんなこと、ないよ」

「ああ、ごめん。起こしちゃったか」

「さすがに……んぅ、頭の上で喋(しゃべ)ってたら……聞こえるよ」

 美烑(みあ)がもぞもぞと動いて起き上がった。未(いま)だ眠そう……というよりはダルそうな様子だ。

「お兄ちゃん……そんなに自分を責めちゃダメだよ。あたしだって2人を忘れたくないんだよ?お兄ちゃんも、炬香(こか)ちゃんも、……守りたいんだよ?

 戦うのだってお兄ちゃんに言われて無理矢理戦ってるんじゃないの。あたしが戦いたいから、守りたいから戦ってるんだ。

 お兄ちゃんの知識は……お兄ちゃんの力だよ。あたし達にはない力。炬香(こか)ちゃんにやってもらってる罠だって、あたし達2人じゃ絶対に思いつかないし……、多分理屈を聞いてもあんまりわかんないと思う。

 今こうしてあたしが動けない状態でも負けないように、って対策を打てるのはお兄ちゃんだからだよ。あたし達2人だけじゃ戦うこともできずに終わっちゃうんだから」

 美烑(みあ)は寝起きとは思えないほど一気に喋(しゃべ)って、こてんと梓(あずさ)の胸に頭を預けた。

「だから……だから、自分を責めないで……。あたしの……あたしの大好きなおにいちゃんで……すぅー、すぅー」

 美烑(みあ)は眠っていた。

「言いたいことだけ言って……それは俺も同じか」

 梓(あずさ)は美烑(みあ)の頭を撫でて独りごちた。

「何が何でもこの3人で生き残る」

 本当は美烑(みあ)もまだ起きていて、梓(あずさ)の言葉に反応して耳やら手やらが動いているのだが、梓(あずさ)はあえて気づかないふりをした。

 程なくして炬香(こか)が帰ってきた。

「設置完了……です」

 炬香(こか)はフラフラと飛んできて、梓(あずさ)の膝の上にぽてんと座る。

「炬香(こか)?……ああ、そうか。今朝は精気(せいき)の補充してなかったか」

「はいです……でも梓(あずさ)――」

 炬香(こか)は、梓(あずさ)と眠ったままの美烑(みあ)のほうを窺(うかが)った。

「遠慮はするな。どんなにがんばっても、炬香(こか)が消滅したら意味がない。俺も美烑(みあ)もそんなことは望んじゃいない」

「あう……はいです。んっ……」

 

 精気(せいき)の補充も終わって、梓(あずさ)と炬香(こか)は地図の方へ向き直る。その地図の上に置かれた黄色い石の数が増えている。その他にも青みがかった石も追加され、以前よりにぎやかになっている。

「これでたいだい終了です?」

「ああ、とりあえずは……な」

「まだ他にやる事があるです?」

「ここから先は実践だな。こっちに同じ地図があるんだけど……」

 そう言って梓(あずさ)は炬香(こか)を隣の部屋へ促した。そこにも美烑(みあ)が居る部屋と同じ、しかしこちらの地図には凹凸がある。いわゆるミニチュアとか箱庭とか呼ばれるものだ。

 そして山側には炬香(こか)を模した人形と、そのまわりに人魂を模したオブジェが3つ。対して麓(ふもと)のほうには、刀や槍を持っている武士の人形が200余り。

「現在設置してある罠を使って模擬戦をする。実際にどのくらいの兵士を引き連れてくるかはわからないが、この数を凌(しの)げないようではあっという間にここを落とされるぞ」

 炬香(こか)は周りをくるくる回って箱庭の様子を確認している。

「全部倒せばいいのです?」

「勝利条件の1つだな。他にはここ、敵の本陣を落とす」

 そういって麓(ふもと)側……布製の衝立(ついたて)の様な物で囲まれた場所をぴっと指差した。中には椅子に座っている武将と数人の武士の人形が置かれている。敵本陣だ。

「他には美烑(みあ)が戦闘に参加できるまで時間を稼ぐ。こっちは未定だから……そうだな一刻(いっこく)以上戦闘状態を維持できたら勝ちってことにしておこうか」

 ふんふん、と炬香(こか)は頷(うなず)いた。

「次、敗北条件……、まあ当たり前だが神社まで攻め込まれたらそれで負けだ。敵の人形のうち1体でも鳥居(とりい)を越えたら敗北とする」

「えっと……どうやって動かすです?」

「お前の妖気(ようき)に反応して動くようにしてあるから、念じればいい。

 それと、ある程度動きに制限がしてある。例えばお前の速度は敵の2倍まで……罠の起動は10尺まで近づくか、雑霊たちに頼むかだ。

 まあ、詳しいところは実際に動かしてみてからだな。他にもいろいろわかったら条件入れるかもしれないし」

「え~、それって勝ちにくくなるんじゃ……」

「実戦に勝つためにやるんだ。条件甘くしてどうするんだよ」

「ぶ~」

 不満そうな顔の炬香(こか)だったが、とりあえずやってみろ、という梓(あずさ)の声で配置に着く。

「こうでいいです?」

 おっかなびっくり箱庭に手をあてて妖気(ようき)を送り込む。妖気(ようき)に反応して四隅(よすみ)に設置された棒が青白黒赤の4色に光った。

「準備完了。これが燃え尽きるまで耐えられたら勝利な」

 梓(あずさ)は蝋燭(ろうそく)に火を灯(とも)した。燃え尽きるまでにかかる時間は一刻(いっこく)――およそ2時間だ。

「わわ、人形が動き出したです」

 敵……兵士たちの人形が麓(ふもと)から荒れ地に向かって移動を開始。隊列を組んで坂を上り始めた。

「早く動かないとあっという間に攻められるぞ」

「え?でもどうしたら……」

「何でもいい。とりあえず今のお前が食い止めるにはどうすればいいか考えればいい。そしてお前の行動に対し、人間がどういう反応をするか覚えて、対処しろ。

 別に今回は負けてもいい。実際に戦う前にあらゆる可能性を考えられるようになればいいんだ」

 少し迷っていた炬香(こか)だったが、自身の人形を動かすと進軍してくる兵士の前へ。起動可能な罠の範囲に入ったところで、これを起動。前から8人を巻き込んだ。

「よしっ!」

「今のは落とし穴だな。足元に穴を空け、落ちたところでどかした土を上から落とす」

 罠としては大雑把なだけに生き埋めにするほどじゃないがな、と梓(あずさ)は付け足した。

 炬香(こか)は人形を動かし、その範囲内の罠を次々に起動していく。

「……」

 梓(あずさ)は敢えて何も言わず戦況を見守った。

 炬香(こか)優勢のまま戦況は進み、あっという間に荒れ地の一番麓(ふもと)側の罠まで起動した。

 そこで戦況が一変する。

「あ……」

 神社まで向かっていた兵士に沿って罠を起動したために、麓(ふもと)から一直線に罠のない安全な道ができてしまった。

 そして兵士はまだ半分以上が無傷で残っている。

 それはつまり、残った100以上の人間と炬香(こか)が単騎(たんき)で戦わなければならないということ。炬香(こか)は手持ちの妖符(ようふ)を使って応戦するものの多勢に無勢。あっという間に押し切られて鳥居をくぐらせてしまった。

「はい、そこまで」

「うぐ~。敵が多すぎです」

 悔しそうな声を上げる炬香(こか)だったが、梓(あずさ)はだいぶ前から予想していたようで冷静に答えた。

「人間を……人間と言う集団を相手にするっていうのはそういう事だ。いくら強力な罠や妖符(ようふ)があったとしても、それを使い切ってしまえば集団の暴力には敵わない」

「わかってたなら、言ってくれればいいのですよ」

「俺がわかっても炬香(こか)がわかってなくちゃ意味ないだろうが。ついでに言えばその負けて悔しいという想い。最初に罠を使い切ったら負けたという経験が重要なんだ」

「も、もう1回」

「今日はダメだ。お前の妖気は無駄遣いできないんでな。1日1回が限度だ。、これから明日までどうして負けたのか。勝つためにはどうすればいいのかを考えるんだ」

 しばらくじっと考えていたが、次第に良くわからなくなってきたのか額(ひたい)にしわが生まれる。

「実際に見てきたらどうだ?」

「あ……はいです」

「ついでに他に罠が欲しいとかいうのがあったら教えてくれ。準備するから」

「わかったのです」

 炬香(こか)は頷(うなず)いて部屋を飛び出した。向かう先は荒れ地が見渡せる崖の上。

「気をつけろよ~」

 梓(あずさ)は炬香(こか)を見送ってから箱庭をしまい、美烑(みあ)の居る部屋へ。

「お兄ちゃん?」

 梓(あずさ)が部屋に戻ると美烑(みあ)が起き上がっていた。

「ん、起きたか美烑(みあ)」

「うん。……炬香(こか)ちゃんまた出て行ったみたいだけど……?」

 美烑(みあ)が寝ている部屋と、さっきまで炬香(こか)と梓(あずさ)が居た部屋は廊下を隔(へだ)てているために、美烑(みあ)は直接炬香(こか)の姿を見ていない。耳から聞こえる音を頼りに喋(しゃべ)っている。

「さっき模擬戦をやってな。いろいろと問題があったから……戦場の確認とか、罠の補充とかをしてもらってんだ」

「模擬戦?」

「ああ、隣の部屋に箱庭を作ってさ……」

「勝てる見込みは?」

「今は皆無(かいむ)だ。折角設置してもらった罠もむやみやたらに使い切っちまってるからな。今までのように上から指示を出せればいいんだが、今はまだここを離れられないし」

「あたしのせいかな?」

「ああ、お前のせいだ。引け目に感じるなら早く回復できるようによく休んでおくように」

「う……」

「とはいっても、もう体のだるさは抜けてるだろ?」

「あ……うん。もうないと思うけど?」

「じゃあそろそろ血を吸ってもらおうかな?」

「あ、う……うん」

「大丈夫だよ。昨日耐えられたんだから」

 梓(あずさ)はすたすたと御神刀(ごしんとう)に歩み寄って鞘(さや)を抜く。そして和服の合わせから右腕・右肩を出して、遠山の金さんが刺青(いれずみ)を見せるような格好に。

 梓(あずさ)は露出した自身の胸に刀身(とうしん)を這(は)わせると、すっと引いた。

 刀身(とうしん)に沿って赤く刻まれる刀傷(かたなきず)。見る間にそこから鮮血があふれ出す。

「つぅっ、美烑(みあ)早く来い。血が固まる」

「あ、う……うん」

 美烑(みあ)は少しの間躊躇(ちゅうちょ)していたがもぞもぞと布団から抜け出して、梓(あずさ)の膝の上に上がってきた。

 梓(あずさ)の胸に手を当てて、それからまた躊躇(ちゅうちょ)して。

「……」

 梓(あずさ)に頭を撫(な)でられてから、不安そうに梓(あずさ)を見上げ、意を決して傷口に吸い付いた。

(うあっ……やっぱりすごい。味も匂(にお)いも……止まらない)

 人間の場合、フェロモンが脇と胸、そして股間から出ているためにそれも多少影響しているのであろうが、やはり精気(せいき)を最大の食物とする妖怪にとって吸血の欲求に抗(あらが)うのは難しい。

 美烑(みあ)は無意識に梓(あずさ)の脇の下から背中に伸ばした手をぎゅっと閉めて、まるで体から搾り出すようにして血を吸っていく。

 今回梓(あずさ)が前回と同じ腕でなく、胸のほうを斬ったのは心臓に近い方がより精気(せいき)の純度が高いからだ。体の末端にいけばいくほど不純物が混じり、精気(せいき)だけを摂取するのが難しくなる。

 依存症を防ぐためにはそちらのほうがいいのだろうが、今は早く美烑(みあ)を回復させなければいけない以上、そう悠長なことも言ってられない。

「んっ……んっ……んっ……んっ……んっ……んっ……」

(前にもましてがっついてんな……。母乳をやる母親の気分だぞ)

 乳首よりはやや上だが、胸に吸い付いて血を飲む美烑(みあ)を見ていると、梓(あずさ)は不思議な気分になった。母体の血が乳腺を通過することで母乳になる、という意味では言い得て妙、ではある。もちろん平安時代の人間にそんな知識あるわけがないのだけど。

(さすがにそろそろ止めさせないとまずいか。依存しても困るし……)

 梓(あずさ)は「もう終わり」と言う意味で、美烑(みあ)の後ろ頭をぽんぽんと叩いたが気づかなかったのか美烑(みあ)が離れる気配がない。

 もう一度やってみても反応なし。

 頭を押し戻そうとしたが、脇の下から背中に伸びた手ががっちり掴んでいるために離れない。

「このっ……ったく、こんのぉぉぉぉぉ!!」

 思いっきり動かしてみるが結果は同じ。美烑(みあ)の全力に梓(あずさ)が敵うはずもなく、ひたすらに吸われ続けている。

「……しかたない。

 後でぎゃーぎゃー言われそうだからあんまり使いたくなかったんだけど」

 梓(あずさ)は両手を美烑(みあ)のお尻の方へ持っていく。

「ごめんな……美烑(みあ)」

 梓(あずさ)は美烑(みあ)の2本の尻尾の付け根から、その先のほうに向かってぎゅぎゅっと拳を握りこんだ。

「っ!?にゃああああっ!???」

 美烑(みあ)は背骨を駆け上がってきた衝撃に耐えられずに口を離した。加えてびっくりしたのだろう。しがみついていた梓(あずさ)を突き飛ばして馬乗り状態に。

「あ……」

「えっと、大丈夫か?」

 梓(あずさ)は美烑(みあ)がまた我を忘れたことを怖がっているのかと思ったが、どうも様子が変だ。

 過去ではなく、これからを恐れているような表情。

「あ……ご、ごめんなさい、お兄ちゃんっ!」

「は?なんだ突然……涙目で何赤面して……、っ!??」

 突如、美烑(みあ)の座っている所が熱くなった。その熱は梓(あずさ)の太股(ふともも)や袴(はかま)を通じて下へ……。

「漏(も)らしたか……」

「はっきり言わないでっ!止まんないよぉ……ふええぇぇぇぇぇ」

 緊張と恐怖が解けたことと、尻尾からの感覚があいまって美烑(みあ)は梓(あずさ)の膝の上で失禁(しっきん)していた。

「とりあえず着替えようか」

 美烑(みあ)の襦袢(じゅばん)は元より梓(あずさ)の袴(はかま)もぐちゃぐちゃ。幸いと言うかなんと言うか、服が尿を吸ったおかげで畳(たたみ)や布団は無事だ。

「あ、う、あの……」

「はいはい、炬香(こか)には黙っておこうな」

「こ、子供扱いしないでよ!」

「じゃあ、炬香(こか)に洗ってもらおうか」

「ごめんなさい。……ありがとう」

「美烑(みあ)は素直でいい子だね~」

 梓(あずさ)は美烑(みあ)に新しい襦袢(じゅばん)を着せて、自分も袴(はかま)をはずした。汚れた衣類はひとまとめにして脇に抱える。

「それじゃ洗ってくるから、今日はまた眠っとけよ。体もだいぶだるくなってきるだろ?」

「うん……ありがとう。……お休み、お兄ちゃん」

 美烑(みあ)は未だ顔を真っ赤にしたままで、顔を隠すように布団にもぐりこんだ。

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