帰還、そして出発 #18
西の魔王と対峙してから、日付の上では二日経った。
そして今、眠い目を擦ってる私の目の前では、キャミィとそう背丈の変わらない男が額に汗して一心不乱に仕事を続けている。
この分だと昼食前には完成しそうかな、と男の小さな背中を見つめながらボンヤリと考える。が、それにも増して思い起こされるのは、あの惨敗を喫した戦闘の後に訪れた激動の時間だった。
まず、現地で負傷者の搬送に馬力を見せたあとは、後ろ髪を引かれる思いでアニエス魔王の城にある転移魔法陣で帰還、夜明け前にも関わらずウインザー城と居酒屋の仲間達を叩き起こして成り行きを説明し、日が昇るや否や勇者はアルハザード国王に、私はミスカトニックのネイサン公爵に謁見してコンランド国への迅速な救援を要請した。
そこから休む間もなく再びネクスタに舞い戻り、関係者全員で今後の対応について緊急に話し合い、救援物資の収集とそれらの港への搬送に時間を費やしながらも、来たる日のドンバーグ戦に向けての準備も開始した。
短時間でこの濃密度。流石に疲れ果てて倒れてしまいそうだが、救いは全てが順調に進んでいる事に有るだろうか。
救援活動もそうだが戦いに向けての準備、つまり、敵連中が攻めて来た時にすぐにでも現地に駆けつけられるシステム構築と、プラズマスクリーンを張った生物兵器を相手に、私とアニエス魔王以外の人間が戦える何かしらの工夫も、上手く行けば何とかなるかも知れないのである。
残るは、アニエス魔王が渋々教えてくれた人物に会いに行き、その前にホビット族であるグリンとその彼の魔法具製作工房で待つキャミィや博士達に、頼んでいた物件の製作状況や論理構築状況を聞きに行くだけなのだ。
なので、多忙を極めた昨日を乗り越えた、お昼前の今現在。
こうしてネクスタの町、その郊外に佇むとある洒落た工房に足を運び、欠伸を噛み殺しながらグリンの仕事が終わるのを待っている、という次第なのである。
「どうだ、良い出来だろう?」
と、仕事を終えたばかりの、見た目年齢百歳のグリンが早々と嗄れ声を出した。
背伸びをする様に小さな体の胸を張り、右手の甲で額の汗を拭い取りながら意気揚々と尋ねてくる。
「ええ、前より各部が尖がっていて格好いいし、赤色も深みを増して渋いです。こっちの方が私の好みですよ、有り難うグリンさん」
胸に着けた真っ赤な錨型のペンダント。それを手に取って上機嫌で見つめながら、感謝の気持ちを込めた笑顔で返答する。
すると、彼もペンダントさながら顔を真っ赤にして、ぎこちない口調で喋り出した。
「ま、まあ、アンタみたいな綺麗なお嬢さんの頼みとあっちゃ、これ位の仕事は屁のカッパだ。いったん延期になったダンジョンの捜索も、再開するならいつでも遠慮なく言っとくれ。すぐに店を畳んで飛んでいくからな」
頭のてっぺんから湯気を出し、年甲斐もなく目をキラキラさせてハッスルしている。
そんな私達の様子を黙って見ていたキャミィとマリー氏。
「ホント、美人って得だわよね~~」
「まったくです、笑顔一つで殿方を馬車馬の如く働かせるんですから」
と、人聞きの悪いセリフを呆れ顔で言い出した。
「まあいいわ。とにかく、これで緊急連絡は何処に居ても受け取れるって事よ。あとは送信機をアニエス魔王とドンバーグ市長に渡すだけ。なんだけど、ソフィアは忙しいだろうから速達飛行魔獣便で出しとこっか?」
「う、うん、それでいいと思う……かな?」
よく分からないけど、速達っていうぐらいだから早くて大丈夫なのかも。
なんて考えていたら、
「すると、問題は私達の方だな」
不意にジャン博士が壁際から立ち上がった。
険しい顔をしてコチラに来たが、やはり例の事だろうか。
「君から頼まれた、プラズマスクリーンの外部からの解除だがね」
「何か問題点でも有りますか?」
「有りまくりだ。いや、むしろ問題点しか無いと言ってもいい」
困り果てた表情で言ってくる。
「そんなに難しいですか?」
「いや、方法としては至って簡単なのだよ。例えば、陽イオンをぶつけて中和する、もしくは陰イオンをぶつけて磁場を飽和状態にし、そこからプラズマ電位の制御を乱すなどだ」
「ふむふむ」
「ただね、それを行う機械を作ろうにも、時間が掛かり過ぎるのだ」
「と言うと?」
「実際の装置には多孔質タングステンやら酸化バリウム、ホローカソードの中空陰極が必要となるのだが、要するに、それらを作る為には何年もかかってしまうという事だよ。材料も無ければ専用の工具も無いし、その材料と工具を作るにも、これまた専用の設備と道具が必要という具合だ。これら全てを今から揃えていたんじゃ、連中が攻めて来るまでには到底間に合わんよ」
肩を竦めてお手上げ状態をアピールする博士。
反対に、キャミィは口元をムズムズさせて何やら言いたげな感じ。
「へぇ~~、アッチの連中はサクッと作れたのにさ、こっちの誰かサンはとっても時間が掛かるのね~~。やっぱ、誰かサンの脳味噌なんて大した事ないわね、ブヘへ!」
「豚かね、君は! ったく、素人は黙って大人しくしていたまえ!」
「誰が素人よ!」
「君だ!」
「「ギャ・オ――ス!」」
やれやれ、また始まっちゃった、この糞忙しい時に……。
「そうですわ!」
突然膝を叩いて立ち上がったマリー氏。
睨み合う二人の間に割り込み、爽やかな明るい笑顔を向けてきた。
「連中のプラズマスクリーンって、遠隔操作でも発生させたり消したり出来ますでしょ? だったら、こちらもニセの命令を送ればいいのですよ。怪獣に積み込まれた装置を誤作動させるだけなら、それほど大掛かりな装置も要らないと思いますの」
思いついた秘策を嬉々として発言する彼女。ではあるが、それに対して博士は浮かない顔をしたままだ。
「えらく簡単に言ってくれるがね、君。その誤作動をさせる為には、相手側の装置の特性、つまり、どういった命令をどんなチャンネルで行うかを特定せねばならんのだ。手元にその装置でも有れば別だが、想像だけでは何回、何十回もの実演を交えた試行錯誤が必要となるし、結局、莫大な時間が掛かってしまう事に変わりは無いよ」
残念そうに熱く語ってくれちゃったよ。
んじゃ、どうやっても無理なのかな~~なんて考えていたら。キャミィが鼻の穴をピクピクさせて含み笑いを始めたぞ?
「ンフフフ、やっとアタシの出番のようね」
ニヤケた顔で博士に一瞥するや、おもむろにアイテムボックスを開いて叫ぶ。
「ジャ~~ン、まねまねウーガ君と忘れ物ナッシング君!」
満面の笑みで威勢良く取り出したのは、丸薬みたいな赤と青の豆粒だ。
「本当は子供のお遊び用で、しかも飲んで使うんだけどさ。改良すればきっとイケルわね、フッフフフ~~」
鼻息荒く自信たっぷりのご様子。
だけど、当然ながら博士は不信感丸出しの顔だ。
「そんな得体の知れない物が何の役に立つというのだ。まさか、魔獣に飲ませて腹を壊して寝込ませるつもりじゃあるまいね?」
「フッフ~~ン、素人の誰かさんの為に教えてあげるわ。この赤い魔法具を使えば相手の行動を何でも一回だけ真似できて、青い方を使えば何でも一日だけ覚えてられるのよ。まあ、両方とも大それた事は出来ないんだけどさ」
「ハア~~ッ!?」
途端に素っ頓狂な声を出し、口を大きく開けて耳を疑う博士。
うん、私もベックラこいた。だが、キャミィはそんな私達などお構い無しなのだ。
「アタシの計画としてはまず、これを磨り潰してソフィアのペンダントにも使った通信魔石と組み合わせるの。で、戦闘が始まる前か最中かで、その混合薬を生物兵器にぶっ掛けると。そうしたらアラ不思議、何とその混合薬が相手の行動を真似して記憶、おまけにコッソリ教えてくれるという寸法なのさ、エッヘン!」
鼻の穴をおっぴろげてふんぞり返る。対して、博士の方は開いた口が塞がらない様子だ。
「も、物真似だと? そんな馬鹿げた話……」
「馬鹿はアンタよ、プププ。とにかく! プラズマスクリーンの発生と解除の命令系統だけを真似して、しかも変に動作させないで報せてくるだけ、ってな具合に上手いこと調整も必要だわね」
「し、しかしだね、」
「しかしも案山子も、アンタが出来ないってんなら、アタシの方法でやるしかないわよねぇ~~、ブヘへ!」
「グッ……」
あらら、今度は黙っちゃった。
何にせよ、これは博士の完敗だな。
「キャミィ、取り敢えずはその線で力を合わせて頑張ってみてくれ。必要な物や資金は王宮とネイサン氏が出してくれるから、遠慮なく注文してやればいいよ」
「うん、この天才キャミィちゃんに任せといて! グリンとこのオンボロ博士にも手伝わせてちゃんとスッゴイのを作っとくから、ソフィアは安心して行ってきていいわよ」
「オイオイ……」
「ムゥ……」
すかさずグリンが呆れた顔を作り、博士もムスッとした表情で不満の声を漏らす。
けど、そんな事知ったこっちゃないモンね。とにかく、私はやる事有りまくりで超忙しいのだ。
「んじゃ、行ってきま――す!」
「「行ってらっしゃ――い!」」
などと最後には元気な挨拶を交わし、サクッとその場を後にする。
そのままテクテクと大通りを歩いて港に直行。すると、そこでは既に作業が佳境に入っていた。
コンランドに向けて救援物資を送るべく、港に横付けされた大小入り乱れる船達に大勢の人々が荷物を積み込んでいるのである。
無論、私の船もその一員に入っており、仲間達も忙しそうに船橋を行ったり来たりしている真っ最中だ。
「あっ、司令官殿だ!」
「お疲れ様です!」
さっそく私の姿を発見したエルシーとノエル。
船橋を駆け下りて手を振りながら走って来た。
「やあ、準備はどうだい? 随分と捗っている様に見えるけど」
「もう殆ど終わったよ~~。今積み込んでいるのはソルト君の食べ物なの、エッへへ!」
「まあ、エルシーの言う通りに粗方は積み終わりました。王宮の人達が手伝ってくれたお蔭です」
苦笑いをするエルシーと、額の汗を拭きながら一際美しい真っ白な船舶に視線を向けるノエル。
その視線に合わせて上甲板を見上げてみると、他の船と同様に兵士やエプロン姿の女中も居るじゃないか。
「なるほど、城の人間を総動員させてくれたみたいだね、有り難い事だな」
「仰る通りですね。ですが、物資を集める金はネイサン卿が殆ど全てを出したそうです。それに……」
「それに、レイチェルお姉ちゃんのお兄さんも来てるんだよ!」
ノエルの言葉を遮り、興奮した様子で船着き場の一角を指差すエルシー。
そこには他の船を圧倒する見事な船が泊まっていた。
「ほう、随分と大きな船だな。ウェザース家の船かな?」
「うん、あのおっきな船で来たの。ホラ、さきっちょで立ってる人がそう!」
「どれどれ……」
と、目を凝らしてよく見てみたら、確かにレイチェルに似た顔立ちの金髪青年が船首付近で凛々しく立っている。
何やら部下を交えて色々と指示を出しているみたいだが、偉そうな素振りも無く、かと言って弱腰な接し方でもないとは、なかなかの将来有望な好青年ではないか。
「船乗りさん達も褒めてたし、すっごく評判がいいみたいなの。レイチェルお姉ちゃんのお兄さんなのにね、キャハハ!」
はしゃいで笑い転げるエルシー。
対してノエルは、妙に落ち着いた表情で青年を眺めながら軽く頷き、過去を振り返るようにゆっくりと口を開いた。
「彼の評判が良いのも頷けますね。膨大な物資を混乱する事も無く迅速に、テキパキと指示を出して振り分けていくその姿は、きっと誰の目にも有能な人物と映った事でしょう」
「へ~~え、そりゃまた凄いヤッチャですな……」
ノエルの意見にウェザース家の船を吟味しながら軽く返事したら、今度は慌てて言ってきた。
「あっ、言い忘れていましたが、彼がコンランドに向けての船団を指揮してくれるそうです。ソルトさんは、素人の若造が! と怒っていましたが、他の船乗り達は喜んでいましたよ」
「なるほどねぇ、遂にネイサン氏も野望を剥き出しにしてきたか」
「えっ?」
「いや、何でもないよ。フフ……」
言葉を濁し、不思議そうな顔で私を見つめるノエルを横目に、件の青年をジッと観察する。
危険を顧みず、陣頭に立って慈善を行うイケメン青年か。
こういった民衆の心を掴む行為を積み重ね、息子を未来の王に即位させる為の礎にする魂胆だろうか。
いや、そもそも何の見返りも無しに資金を出すなんて、あの抜け目の無いネイサン氏がする筈も無い。
この機に乗じ、他の者に先んじて彼の国に資本を注入する腹積もりなのは間違い無し。
いい口実が出来たと今頃ほくそ笑んでいるんじゃないか?
「何であれ、私達は私達のすべき事をするだけだ。さあ、皆と合流しよう」
「「ハイッ!」」
気持ちの良い二人の元気な返事を胸に仕舞い、足早に自分達への船へと乗り込む。
すぐに皆と合流し、互いの進捗状況を確かめた後は、遥か遠方の有る人物に会いに行く為にさっそくウィンザー城へと赴いた。
ただし、他の人間に舵を取らせたくないソルト君と、その彼を放っておけないカルピンチョ君は船でそのままコンランド国だ。ついでに言うと、彼等の世話係として野間、その野間の補助として魔剣のジェノ、お目付け役としてナイファイが同船し、彼等とは別行動となるのだが。
まあ、このメンツが揃うとなると航海途中にモンスターの襲来に遭っても軽く撃退できるだろうし、様子が気になったなら私の頑張り次第では何時でも好きな時に見に行けるかも。
それはともかく、残りのメンバーを率いてゾロゾロと城の中へと入っていくと、出発の準備を終えていた勇者達がさっそく城の地下へと案内してくれ、ついでに気になっていた事も確かめる事が出来たのだ。
「オベロンから何か連絡はあったかい?」
「ああ、昼前に有ったよ。無事にトゥーリアに着いて精霊達と再会し、皆の了解も取れたそうだ。準備ができ次第、アニエス魔王の城に転移すると言ってたね」
「そうか、良かった……」
勇者の報せを聞いてホッと胸を撫で下ろす。
何しろ、コンランド国の復興には彼ら精霊の力が途轍も無く役に立つのだ。
大きく抉れた大地や焼け野原なんて、精霊パワーでチョチョイのチョイ。川や池を作って飲み水を確保し、実のなる木を生やして食糧問題も解決。きっと、早期にあの国も見事な復活を遂げるだろう。
と、そんな具合に深く顎を引いて真剣に考えていると、転移魔法陣が有る大きな地下室へと辿り着いた。
すぐさま真剣な目をしたラーシャが話しかけてくる。
「ソフィア、彗斗を頼んだわよ」
「ああ、私の仲間達と一緒に、必ずや彼の勇者パワーも劇的に上昇させてくるよ。だから、心配しないで待っていてくれ」
申し訳無さそうに佇む勇者を横目に力強く返答し、魔法陣を取り囲む仲間達にも目配せをした。
すると、これまた力強くボソッと呟いた菫さん。
「私も、パワーアップ。反物質爆弾、撃てるようになる!」
「い、いや、何もそこまでパワーアップしなくても……」
「アタシも大陸弾道弾、撃てるようになる!」
「いや、エルシーは元から撃てないでしょ!」
「オ――ッホッホッホッ! このワタクシもアル子みたいなミサイルを連射できる様になりますわ!」
「なるか!」
ったく、みんな好き勝手言ってくれちゃって。
しかも、レイチェルのお嬢様笑いが部屋中に木霊して喧しいし、勇者達もポカンと口を開けて呆れ返っているじゃないか、ホンマにもう。
「いよいよですね、ソフィアさん。私も必ずや巫女パワーを急上昇させて、今以上にお役に立てる様になります!」
精悍な瞳で闘志を燃やす雫。
一人、拳を固く握り締め、決意に身を震わせているとは凄すぎるんだけど、巫女パワーを上昇させてどうなるんだろう?
なんて思っていたら、ヴェルとガラカンだ。
「転移魔法陣を使わないでの自力転移か。アタシも教えてもらいたかったなぁ~~」
「まったくだぜ。あのドケチ魔王、彗斗は良くて俺達は駄目だなんてセコ過ぎるんだよ」
「ホントよね、せめて伝説の仙人に一目会わせてくれたらいいのに」
「ああ、“剣聖”か。俺も会ってみたかったぜ、うう……」
あらら、ブチブチと文句が始まっちゃった。
「まあ、彗斗の聖なる力にはアニエス魔王も期待している、って事で私達も今は我慢しておきましょ。さあ、そろそろ魔法陣に入って!」
ラーシャが締めの一言を発し、その言葉で出発メンバーが魔法陣に足を踏み入れた。
「ヴェル、いいわよ」
「オッケー! トラファー・ディザーブリィ!」
すかさずヴェルが呪文を発動し、呆気ない程簡単に転移が完了する。
そして、以前に来た冬山の廃神殿から足を踏み出した私達。
さあ、鬼が出るか蛇が出るか。
ってゆーか、剣聖が出るんだけどね、くふふ。