新たな地は戦いから #1
ルトハイム城から南に下ってなだらかに続く坂道から町を見下ろすと、雪国らしい三角屋根の建物が視界のいっぱいに広がっていた。
ここ、スラウレン王国“サンプールの町”はとても大きく、左右に見える範囲は全て何らかの建物が所狭しと並んでおり、その上、港には大小いくつかの船が浮かんでいて、その様子からして商業が活発な町である事を窺わせてくれた。
そして、船と言えば“わがまま舵取りヒトデ”のソルト君である。
さっそく目に映る船達を、菫の召喚獣“ポル君”の上に跨りながら偉そうに吟味しはじめた。
「う~~む、どれもコレもなかなかのモンだが……。やっぱり我々の船の方が格好いいな、フフ」
嬉しそうに腕組しながら、どこに在るのか判らない顎にトンガリお手々を添えている。
そんな、真ん丸目玉を輝かせている彼に向かって、すかさずゴージャスお嬢様が自慢げに突っ込みを入れた。
「ワタクシのお父様の船も大きいですわよ、どの国の連中にも負けていませんわ、フフン!」
鼻を鳴らして威張り散らすレイチェル様。
当然の如く、巫女装束を着た雫から直ぐ様お叱りの言葉を承った。
「貴方達、何を呑気な事を言っているのですか、もうすぐここは過酷な戦場となってしまうのですよ!」
ぷんぷんモード全開で、二人に指差しながらの説教である。
流石のソルト君も、雫のあまりの迫力にうろたえて言い訳を始めちゃった。
「い、いや、雫君、別に戦いを忘れた訳じゃないんだよ。まずは町の様子を把握しようと努めてだね……」
「そうですわ、船の往来を見るのも大事な戦略、」
「それでも不謹慎です、反省なさい!」
「「ハイッ!」」
二人とも仰け反って怖がっているよ、グッフフ。
しかし、ソルト君は体の水色が更に青くなったかな~~と思ったら、蝶ネクタイを締めたタキシード姿の爺さんが現れたのだ。
「まあまあ、雫様。彼もお嬢様も戦闘を忘れたのではなく、きっと緊張した我々を和ませようとしてくれたのですよ。この爺に免じて許してやって下さい」
「はぁ、そうでしょうか……」
穏やかな笑みを浮かべ、雫に擦り寄っているこのハミル爺さん。
ウェザース家の執事でありレイチェルお付の“爺”なのであるが、いつの間にか引っ付いて来てしまっている。いやホント、何故だろう?
それは置いといて、確かに彼の言う通り、雫に怒られたソルト君達を見てエルシーや菫は笑っているし、ノエルも硬い表情が崩れたようで皆リラックスできた感じは否めない。
これはこれで良かったじゃん、などとニヤけていたら、王国騎士団長のバーナビー氏が厳しい顔を引き連れて足早に近づいて来た。
そもそも、転移を終えると直ぐにこの町まで足を運んで警備に当たっていた彼との面会を果たしたのだが、眉間に皺を寄せた難しそうな顔をしている辺り、何か好ましくない出来事でも発生したのだろうか。
「ソフィア殿、ついさっき城からの伝令がありました」
「ほぅ、何ですかな?」
合わせてコチラもしかめっ面を作る。
「やはり、この町が戦闘地帯になるとみて間違いないでしょう。新たに送られてきた橘魔王の使者からの通信では、既にこの町の真向かい、つまり“ライベルク海峡”を挟んだ沿岸に敵は集結しているとの事です」
苦々しい口ぶりで水平線を見つめている。
だけど、建物が周りにずっと続いているんじゃ、そりゃあ城に一番近いこの町に上陸するだろうよ。
「もう一点、不思議な事を言っていたそうです」
視線を私に戻したバーナビー氏は、困った様な顔付きで話を続ける。
「使者は、汚らしい蓑虫を応援に寄越すからちゃんと面倒を見ろ、と言って怒りながら通信を切ったそうです。貴方、何か心当たりは有りませんか?」
み、蓑虫って何?
何でそんなのに心当たりがなくっちゃならんのさ。
「いえ、残念ながら蓑虫界隈に知り合いはいません。まったく、あの黒豹娘は何を考えているのやら……」
腕を組んでクレネの真意を推し量りながら答えたが、バーナビーは話の先を急いで問いかけてきた。
「まあ、それは置いといて、直ぐにでも住民達を避難させた方が宜しいでしょうか?」
「そうして下さい。一応は全力で結界を張ってみますが、それがどれ程持ち堪えられるのか判りませんので」
「畏まりました。おい、お前達、すぐに住民を城に避難させろ!」
「「ハッ!」」
バーナビー氏は後ろに控えていた兵士達に大声で命令し、すぐに自分も一緒になって急いで街中に走って行く。怒声を交えた彼等の大声は住民達を驚かせるのに十分な効果が有ったと思われ、直ぐに慌しい喧騒が街中に広がっていき、それと同時に右往左往する老若男女の姿が見て取れた。
皆はその物々しい雰囲気にまた険しい表情に戻ってしまったが、ソルト君の後ろで髭を伸ばしていたカピバラのカルピンチョ君は、そんな彼等を元気付けようとしたのか、クルンと振り向いて可愛らしい声を投げかけてきた。
「市街戦では経験がものを言う。が、我々はその経験が乏しい。しかしだ、それはA国の連中も同じなのだから、何も恐れる事は無いのだよ、フフフ」
小さな体を大きく後ろに反らし、ポル君の背中の上で仁王立ちになって笑みを溢している。
その姿に感化されたのか、前に座っているソルト君も彼に負けじと勇ましいセリフを吐き始めた。
「うむ、正しく彼の言う通り。魔王の手先とはいえ元は海兵隊の連中、我々と同じく地上戦は得意ではなかろう。しかも、その全員がこの世界にやって来ていたとして、その数はせいぜい五十人以下。まさか本拠地を空っぽにして全勢力を向けてくる事もあるまいし、よくてその三分の一、いや、四分の一を遣すのが関の山だろう。つまり、我々の楽勝だ」
ホンマかいな!?
前半から後半はともかく、最後のセリフで膝から力が抜けちゃったじゃないか。
器用に真ん丸お目々を扁平させて得意満面の顔だけど、いくらなんでも楽観的過ぎるっての!
まあ、確かに彼の推測も“楽勝”っていう部分を除いては同意見かも知れない。
どれ、緊張真っ只中の連中を、私の纏めでほぐしてやりましょうかね。
「二人の言っている事もあながち間違いではないと思うよ。あと、敵の大半は生物兵器を除いて召喚された悪魔だと考えられるから、君達もこの国の兵士達と力を合わせてきっと対処できる筈だ。残りの軍人達の相手はソルト君とカルピンチョ君に任せて置けばいいさ」
にっこり笑顔で優しく語りかけると、少しは元気付けられたのか、ノエルがしっかりとした口調で尋ねてきた。
「では、作戦通りに僕とエルシーはレーダーで敵を捕捉していれば良いのですね?」
「うん、そうだよ。ここに来るまでにも言った通り、特に動きが無い奴は制御装置を操作している者だろうから、見つけ次第菫達に知らせて急行してもらってね。あと、生物兵器に対しては事前に君の妨害電波を発射して、この町にミサイルが着弾しないように上手く逸らしてくれ、出来るかい?」
髪をかき上げながらの上目遣いで問いかける私に、
「で、出来ます、お任せ下さい!」
と真っ赤になって敬礼をするノエル。エルシーも、
「まっかせてよ――、頑張っちゃうんだから!」
と、ガッツポーズで張り切っている。
フフフ、何とも頼もしい事ですじゃよ。さてさて、もうあらかた住民達は避難した様だし、早めにふう太とアル子を呼び出して作戦を伝えておくかね。
「雫、レイチェル、早速君達の力を見せてもらおう。アル子を呼び出してくれたまえ」
少々司令官っぽく、手を後ろに組んで真面目な顔での指令を発すると、間髪入れずに二人の元気な声が辺りに響いた。
「分かりました!」
「遂にワタクシの実力を見せる日がやって来たのですわ!」
鼻息荒くお互いの顔を見つめ合い、仲良く手を繋いで空いた手の平を前方に突き出している。
「出でよ、スフィンクスのアル子!」
「高貴で華麗なるワタクシの元へいざ現れよ! 見目麗しき素晴らしい友、アルウィン・ラ・ヴィコンテス!」
「……………………」
シ――ンってか!?
「レイチェル、貴方、長すぎです!」
「そ、そうかしら?」
疑問に思っている場合じゃないっての、この状況でコントをしてどうする?
「もう一度いきます、ちゃんと私に合わせて下さいね!」
「わ、わかりましたわ……」
うんうん、次はちゃんとしないと雫のお叱りが怖いぞ~~。
「「出でよ、スフィンクスのアル子!」」
息もピッタリ、真剣まなこで言葉を重ねた雫とレイチェル。
今度は大丈夫だろうと期待して見ていたら、案の定二人の前に巨大魔法陣が浮かび上がった。
「ふぅ、良かった……」
「やりましたわ――っ!」
手の甲で額の汗を拭う仕草をした雫と、頬を紅潮させて上機嫌のレイチェル。
そんな二人を他所に、赤紫色の回転する魔法陣の中からは、見慣れた巨大魔獣の姿が浮かび上がってきている。
そして、魔法陣が消滅した時。
いつものとんでもない迫力の有る姿を従えて、飛行魔獣のアル子が嬉しそうに頭を上下に振っていた。
「よく来てくれましたアル子、今日は宜しく頼みますね」
「きゃっ、きゃあ!」
巨大な頭を下げ、雫に撫でられて貰って嬉しがっている。
「いつ見てもお美しくて強そうですわね。ワタクシの心の友、アルウィンさん」
「きゃ?」
心の友と言われて不思議なのか、頭を九十度にまで傾けて短く鳴いた。って、やっぱり怖いんですけど。
と、そんなアル子は二人に任せ、私はサッサとふう太を召喚する事にする。
「ふう太!」
呼びかけと同時にアル子の真横に魔法陣が出現し、サクッと現れてくれたワイバーンのふう太君。
すぐさま長低音ボイスで丁寧な挨拶を始めてくれる。
「お久しぶりです司令官殿、お元気そうでなにより」
「ありがとう、君も元気そうだね」
長い首の根本をナデナデしながら年寄り臭く互いの健康を確認していると、菫やノエル、エルシーも近寄ってきては、ふう太の体をペタペタ触って元兵器仲間の参加を笑顔で迎え入れている。
「よく来た、お前もヤルな……」
「おお、菫か、お前もちゃんとヤっとるか?」
「しまくってる、余裕……」
何だかどっかで聞いたやり取りをしている菫とふう太だが、その目はどこか優しそうで思いやりが篭もっているような。
「ねえ、ふう太。またお空の散歩に連れて行ってよ」
「おお、エルシーか。いつでも構わんぞ、好きな時に呼ぶがいい」
「やった――!」
飛び上がって嬉しさを表現しているエルシーだが、ノエルはいつも通り、照れ臭そうで生真面目な挨拶をしている。
「ご苦労様です、ふう太さん。今日はいろいろと大変ですが、皆で力を合わせて乗り切りましょう」
「うん? ノエル、それはどう言う事だ?」
薄青く光る鋭い瞳を緑髪の少年に向けているが、やはり、ここは私の口から説明する事にしよう。
「――――と、いう事なんだ。君とアル子は、魔獣の気を引いて私が駆けつけるまでの時間を稼いで貰いたい。それと、菫や雫、レイチェルの移動が必要になった時は手伝ってあげて欲しいんだ。いいかい?」
「勿論、了解です。必ずやその大義、やり通してみせようではありませんか、グフフゥ!」
首を伸ばして軽い咆哮を響かせるふう太を、私も含めて周りにいる者達は皆頼もしそうに見つめている。
そんな、アル子の「きゃっ、きゃ」と、ふう太の「グオ――」が響き渡る町の高台にあって、遂に事態は動き始めてしまった。
顔面蒼白、息せき切ってバーナビー氏が坂道を駆け上がって来たのである。
「ソフィア殿、魔物が町中に現れました!」
敵の到来を知らせると共に町のあちこちを指差した。
「町中にいます、既に兵士達と交戦中です!」
「なっ!? テレポート、いや、転移か!?」
慌てて町中を見渡すと確かに彼の報告通り、町の至る所で兵士と豚みたいな怪物が戦っているのが判明した。
「結構たくさんいるな。エルシー、Cバンドレーダーで敵の数と分布と確認してくれ」
すかさず命令を出し、横に立つバーナビーに更に詳しい状況を聞いてみる。
「魔物はどんな奴らですか?」
「オークの群れです。しかし、妙に統率がとれているのでオークロードに率いられているのかも知れません」
ロ、ロードって……。
なんだか凄そうな豚さんかもよ?
「貴方達との力関係はどうでしょうか?」
「その連中だけなら何とか我々だけで戦えますが……」
苦い顔をして町並みを見下ろす彼だが、その時エルシーの元気溌剌とした声が耳に届く。
「百匹くらいだよ! 豚は町全体に広がってるけど、あんまり動かないのが町の東と西に五体づつ居る!」
「分かった、ありがとうエルシ―。君は引き続きノエルと一緒に警戒にあたっていてくれ」
「了解!」
敬礼をしながらも、ホクホク笑顔で喜んでいる。
その横からポクポクと、ゆっくりバーナビー氏に近づくポル君の蹄の音が。
「君、さっきの話の続きだが、その連中とやら以外にも何かいたのか?」
どことなく厳しい表情のソルト君が問い質すと、氏は落ち着かない様子で町を見やり、ついで肩を落としながら口を開いた。
「何体か巨大な魔物、いや、鬼がいるのですよ。私もここに来るまでに一体見かけましたが、兵士の剣は無論、魔導師の魔法攻撃にもビクともしない頑丈な奴でした。あの分じゃ、すぐにここにもやって来るでしょう」
それを聞いてニヤリと笑ったソルト君。
「うむ、話は分かった。後の事は我々が上手く対処しておくから、君は安心して持ち場に帰っていいぞ。その鬼にだけは近づかんように、くれぐれも兵士や魔導師には厳しく注意して置くのを忘れんようにな」
バーナビー氏を指差しながら、途轍もなく偉そうに命令を出した。
もはやどこぞのお代官様、王国騎士団長の上官みたいなんですけど。
それでも、朴訥な中年バーナビー氏は水色ヒトデの言葉に勇気付けられでもしたのか、私達の敬礼を真似してにっこり笑顔で走り去って行く。
その後姿を黙って見送っていると、カルピンチョ君が髭を弄びながら声をかけてきた。
「これはトゥーリアの都で対面した、例の式神とやらでしょうね。万が一、あの時の様に爆弾を抱えていたら厄介です。と言う事で、ソフィア司令官行ってらっしゃいませ」
「うむ、お気を付けて行ってらっしゃい」
ソルト君と一緒になって敬礼をしてくれちゃっている。
まあ、そのつもりだけどさ、なんだかね~~。
なんて、口を尖らせて不貞腐れていると、背後からノエルとエルシーの朗らかな声が聞こえてきた。
「ご武運を!」
「頑張ってね~~!」
もう手を振ってるし。
並んで立っている菫も、口元だけを歪ませて何だか妖しい雰囲気だ。
「秒殺、間違いなし。余裕すぎて、ヤバイ……」
ボソッと呟かれましたとさ。
いやいや、それじゃあ私を心配してくれる人はどこにいるのさ!?
そうだ、雫!
彼女ならきっと優しい言葉でいたいけな私を送り出してくれるハズ……と思ったら、当の本人がアル子ごとコッチに近づいて来ているぞ。
いつの間にかレイチェルと一緒にアル子の背中に乗っかっているけど、既に準備万端、やる気満々の顔をしていらっしゃる。
「ソフィアさん、十分にお気をつけて戦って下さいね」
「ハイ、雫様!」
瞳にお星様をキラキラさせて、嬉しさ一杯の返事をする。
「うっ……そ、それなら良いのですが……」
後ろに仰け反っちゃった。
う~~む、なんだか驚かせてしまったようだな。やっぱり慣れない事はするモンじゃないよ。
って事で、ここからはシリアスモードにチェンジ!
「アル子にはソルト君が便乗してくれ、ふう太にはカルピンチョ君と菫だ」
皆の中央に進み出ておもむろに話し出す。
「ミサイルを発射できるチームに別れてもらいたい。それと、上に乗る戦力も均等にしたいと思う」
真剣な眼差しを各人に向けて反応を窺った。
しかし、みんな黙って頷いているだけで特に異論は出てこない。なので、恐らくは彼らもこの選択が正しいのだと考えているのだろう。
そんな光景を満足げに眺め、続いて取るべき行動を説明する。
「飛行部隊は第一に制御装置を破壊、奪取する事に重点を置いてくれ。無理をして悪魔達と戦う必要はないからね。あと、ノエルとエルシーはレーダーに異変があったらすぐに報せるんだ。魔法を打ち上げるも良し、ポル君に乗って自ら駆け寄るも良し、兵士達や場合によってはハミルさんを伝令に使うのもアリだろう」
慎重な意見を出してゆっくりと皆を見渡すと、軽い嗄れ声の主が声に似合わず軽快に応えてくれた。
「この爺もまだまだ捨てたもんでは御座いませんぞ、きっと皆様のお役に立ってみせましょう!」
ハミル爺さんの勇ましいセリフ。
それに続き、ポル君の激しい嘶きも聞こえてくる。
「ブヒ、ブヒブヒブヒ、ブヒ――ッ!」
「え~~っと、菫?」
何を言っているのか全然わかんないから、思わず助けを求めちゃった。
「訳。儂だけでも、十分じゃ。お前達は気兼ねなく、のびのびと戦って来い、だって……」
ホンマかいな!?
また膝から力が抜けて、今度はこけそうになっちゃったぞ!?
「ま、まあ、そのセリフを有り難く受け止めさせて貰うよ。アリガトね、ポル君」
「ブヒッ!」
蹄で敬礼するその姿。
何とも凛々しい……のかな?
何はともあれ、これで準備は整った。
さあ、戦いの始まりだ、いっくぞ――っ!




