A国隊員との戦い1 #17
「お――い、でっかいカエルさんがそっちに行ったぞ―― 」
「ぎゃああ! 食われるぅ!!」
「あっ、そっちはムキムキゴリラさんが……」
「ゴリラじゃなくてゴジラだよ!! 」
「おお、ガメラだ! 喜べ、正義の味方が来たぞ!」
「殺されそうなんスけど! 絶対悪の味方なんスけど!!」
恐怖の絶叫を上げて、逃げ惑う野間の姿をノンビリ見ている私だが、今日は昨日に続いて朝から非常に忙しい。
ギルドでアイテムを売り、休火山で戦闘訓練をし、雫の晴れ舞台を見物した後に再度、戦いの準備の仕上げに休火山に来ている。
しかしそんな忙しさの中でも、大聖堂での雫の美しくも精悍な姿を見た時には、私も野間も心が安らいだものだ。いくつかの宗派が集まってのイベントの様だったが、雫の宗派は中でも最大らしく、大勢の信者が見守るな中で臆せずに壇上で演説をする様は、流石に当主らしく堂々とした貫禄のあるものだった。
レイチェルもゲストとしてスピーチをしたが、こちらはいつも通りというか、貴族のお嬢様らしく気品に満ちて、周りの者を圧倒していたよ。
さて、今日の私達の戦闘練習を振り返ってみると、非常に充実した内容だったと言えよう。
特に野間の戦闘力の上昇は著しく、凶悪な魔物達からなんとか逃げ切れる程までに成長した。
当たり前だが、まだ1人では1匹も倒す事は出来んよ。だが、即死しないまでに強くなったのだ。戦力として考えてよいレベルにはなっただろう。
私とナイファイ、ふう太は主に連携を重視した戦いを訓練した。特にふう太を召喚してから攻撃に移るまでのタイミングなどは、何度も繰り返して確認を行い、常に相手の想定を超える様に工夫を凝らしたのだ。
そして、私達は成果に満足して、最後の魔物を眺めている。
「あれ~~ 野間、こんな所にペンギンがいるよ?」
「どこがペンギンだ! 凶悪ピグモンでしょ!!」
相変わらず逃げている野間だが、その逃げ足の速いことよ。陸上の巨大ペンギンでは追いつけない程だ。
私は最後のモンスターを刀の一振りで倒し、そろそろ帰る事にする。
「お疲れ様、さあ、帰ってゆっくり休むとしようか」
「……………………」
野間は疲れ果てて言葉も出ない様だ。仕方ないのでふう太の背中に放り投げてやった。特にダメージは無い様だ。タフになったなコイツ。
さて、後は帰ってから、雫達にこれまでの経緯を話すとするか……
すでに準備は整った。悪さをするなら……やっつけちゃうモンね、くふふ。
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「申し訳ありません、少佐。説得は失敗に終わりました」
「そうなのか・・・では致し方ない、作戦通りいくぞ」
「ハッ!すでに準備は完了しております」
「うむ。連れて帰りさえすれば後でいくらでも挽回できる」
「ええ、少佐。時間をかけて説得すれば、きっと分かって貰える筈です」
「その通りだ」
「ですが、他の連中はどうしますか?」
「……目的の2人以外は必要無い。殺せ」
「「イエッサー!!」」
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大聖堂の客室に帰ってきた私達は、雫とレイチェル、ハミル爺さんと一緒に夕食を食べた。食後に寛いでいる中、雫の報告を聞く。やはり接触してきたか。連中の要求を雫が拒否したとなると、後は力づくでくるハズ。私はこの機会にアメーリ教の連中の企みを皆に打ち明けた。真っ先に声を出したのはレイチェルだ。
「許せませんわ!! わたくしの領土でその様な狼藉を働こうとは!!」
「領土?」
インスマスの森や草原ってミスカトニック領だったんだ?
「ええ、ソフィア様。誰も住んでいない土地なので治める者もおらず、インスマスの草原は暫定的にアルハザード国の領土とされており、レイチェル様のお父上、ウェザース卿が治めていらっしゃるのです。一方森の方はブーディゾン領で御座います」
ハミル爺さんが丁寧に教えてくれる。
「お父様にすぐに知らせなくては! ミスカトニック騎士団を派遣して貰いましょう!!」
騎士団か。実際に見ない事には、どれ程の戦力が有るかは分からんな。
「レイチェル、それは待ってくれないか? 私の予想では、恐らく大勢の死傷者が出てしまうだろう」
「まさか? 騎士団の者達は、ギルドで言う所のAクラスの実力者が揃っていますのよ?」
うん、そりゃダメだな。あの闘技場レベルの人間じゃ歯が立たないだろう。
「まず、通用しないだろうね。アメーリ教の連中は、Sクラスハンターを簡単に倒した私を何とかできると考えているんだから」
「そ、それは……」
「そこまでです」
雫が静かに口を開く。
「レイチェル、1人で突っ走って考えるのはお止めなさい」
「わ、わたくしはいつでも冷静ですわ!」
「だったら大人しくして、まずはソフィアさんの考えを聞いたらどうですか?」
こういう時の雫は異常に迫力があるな。野間まで固まってしまったよ……
「私の考えというか作戦なんだがね、この戦いは私とナイファイ、野間の3人で行おうと思っているんだ」
「ソフィア様、それは危険すぎるのでは有りませんか?草原での貴方の戦いを知っていて、尚、勝てると思っている連中なのですぞ?」
ハミル爺さんの心配も尤もだが、そんな連中だからこそ騎士団や雫、レイチェルを戦わせる訳にはいかない。
「大丈夫だと思うよ。私達はしっかり準備をしたからね」
「でしたら私も何か手伝わせて下さい」
「わたくしもです!少しでもソフィアさんのお役に立ちたいですわ!」
う――ん、まったく何もしないで貰うのが1番なんだけどな……
「雫、レイチェル」
今まで黙っていたナイファイがゆっくりと話し始める。
「今回の敵はお前達が考えているような奴らでは無いのだ。今までにお前達が見た事も無い様な戦いになるのは間違いない。敵の能力、姿も含めてな」
野間も話し始めた。
「お嬢ちゃん達、ナイファイの言う通りだぜ? A国、いや、アメーリ教の連中はこの世界じゃ誰も見た事の無い様な攻撃をしてくるかも知れねえんだ。まあ、大船に乗ったつもりで俺達に任せておきなって!」
うぎゃっ! 野間よ、そのセリフをお前が言うか!?
「うん、まあナイファイと野間の2人が言いたい事は全て言ってくれたよ。それに、私も勝てる見込みが十分以上に有るんだ。安心して任せて欲しい」
「流石はソフィアさんですね、やはりソフィアさんにお任せするのが一番いいでしょう」
軽やかな声で雫が言う。雫は私を信頼しきっている様だな。
「雫、レイチェル、必ず私達が守ってあげる。だから大人しくしていて欲しいんだ。私は絶対に負けはしない。心配しなくていいからね!」
私は優しい笑顔で2人に言った。
「「は――――――――い!!!」」
雫とレイチェルは勿論、ハミル爺さんもナイファイも野間も、みんな目がハートになってる。うう、こわいよ…………
明くる朝、私達は2台の馬車に分乗してブーディゾンを出発した。
先頭を走る馬車には野間、ハミル爺さん、私が。後ろの馬車にはナイファイ、雫、レイチェル、ゴン太が乗っている。
とりあえず私は戦闘力が低い方に付く事にしたのだ。雫達は多少なりとも戦えるからな。
2台の馬車の御者はいずれもAクラスの冒険者だ。私の頼みで、ハミル爺さんが急いでギルドから雇ってくれたんだ、ありがたいね。
そもそも私は敵の数を非常に多く見積もっている。A国の連中だけではなく、盗賊などの助っ人やモンスターなどの加担も考慮に入れているのさ。私が駆けつけまで、何とか持ち堪えてくれる人間が欲しかったのだ。
出発してから随分時間が経った。すでに辺りは薄暗くなり始めている。
今の所何も問題は起こっていない様だな。まあ、予想通りだが・・・
すでに私達の馬車はインスマスの森の出口付近にまで来ている。行きと同じ場所でテントを張ることにした。
今回は大型テントを使用したが、流石に野間は役に立ったよ。手際良く短時間でテントを張り終えてくれた。
雫とレイチェルも感心して見ていたな。野間の株も上がったんじゃないか?
テントに入ってしばらくしたら、雫とレイチェルは早くも寝息を立て始めたよ。緊張で疲れていたのだろうか……
その様子を見届けた後で、私も眠りにつく事にする。見張りはギルドの連中とゴン太がしてくれてるから、ゆっくり寝させてもらうとするか。予想通りなら、明日、草原での対面となるハズ。しっかり休まないとな……
「少佐、来ました」
「うむ、もうプラズマスクリーンを解いていいぞ、ご苦労だった」
「しかし、わざわざこんな重い装置を運んでスクリーンを張らなくても、この岩場の裏じゃ見つかりっこ無かった様ですね」
「全くだ。奴ら、通り道をそのまま進んで来ただけの様だからな。まあ、馬車だとあの道を通るしか無いのだが……」
「まあまあ、念には念を、ですよ少佐」
「ああ、分かっている。では、そろそろ行くか。教授、あとは頼んだぞ」
「オーケ―少佐。早く麗しの女神さんを連れて来てくれ給え」
「ああ、楽しみに待っていてくれ」
私達の馬車はインスマスの草原をひたすらに真っ直ぐ進んでいる。そろそろ正午になろうという時に事態は進んだ。
「ん――?何だあの砂埃…あれは、まさか……こりゃあマズイ!! 止まれ―――!!」
いきなり馬車が急停止した。すぐに御者が飛んで来て報告をする。
「お、おい、嬢ちゃん、来たぞとんでもないのが! アイアンヘッド・ウルフ2匹とオルトロスだ!!」
血相を変えて叫んでるけど、そんなモンスター知らないモンね。いまいちピンとこないよ。それに、私はすでにわかっていたからな。ちょっと前にイキナリ強力な魔力を感じたんだ。今、迫って来てる奴じゃなくてね。
背後にいる奴、あの大きな岩場の影に隠れている奴が本命だろう。
「どうするよ!? このままじゃ皆殺しにされるぞ!!」
興奮していますな、この男。対して私は少しがっかりしたのだ。だって普通すぎる登場だよ。私は、馬車の頭上に転移してきて現れる事も考えていたのにさ……
「君は馬車の中に入って、ハミルさんを守っていてくれ。野間、後は作戦通りだ」
私は御者を馬車の中に引き入れ、野間にステルス結果を張って反対のドアから外に出した。
「じゃあ、ちょっくら行ってきます。俺が死んだら墓にはイチゴ大福を供えて下さいね」
「縁起でもない事を言うな。さっさと教授を捕まえてくるんだ」
「了解!!」
透明人間になった野間が走っていく。最大出力で結界を張ったんだ、近寄られない限り見つからないだろう。
すぐにナイファイも野間が出て行ったドアから姿を現した。結界を張ってやった後、ナイファイは指定ポジションに着きに行く。彼女にはしばらく待機してもらうのだ。
さて、私も行くとするか。2台の馬車には普通の結界を張っておいて……よし、準備完了!
敵が馬車の前に来てしまわない様に、私も連中に向かって歩き出す。それにしても、3人の男は変なモンスターに乗ってるなぁ。双頭の大きな犬に乗っている奴は……やはりスタンリー少佐だったか。自信満々って顔をしてるな。後の2人は……知らん。妙におでこが出っ張ってる犬に乗っているが、コイツらも薄笑いを浮かべて余裕の様ですな。
何にしろやっとこさ私の前に辿り着いてくれたよ。
「やあ、こんにちは」
スタンリー少佐が朗らかな笑顔で話しかけてきた。悪い奴ほど良く笑うのさ、くふふ。
「やあ、こんにちは。何の用ですか?」
すっとぼけて聞いてやった。ん?急に真面目な顔になったぞ?
「なんと言う美貌、なんと言う気品だ……やはり人づての話など当てにならんな。想像を遥かに超えている……」
お供の2人も私の姿を見て小刻みに震えている。口もポカンとだらしなく開いたまんまだ。
「そりゃあ、どうも。で、いったい何の用事ですか?早く出発したいのですけど」
「これは、失礼。我々はアメーリ教の宣教師です。今日は貴方と擬宝珠雫さんに話が有って、こうして来たのですよ」
もう知ってるけどね。一応聞いてやるか。
「何の話ですか?」
「なに、難しい話では有りません。我々の思想や信条を貴方達にわかって貰いたくてね。我々と一緒に来て貰えませんかね?」
「断ります。じゃあ!」
「早っ! ちょ、ちょっと待って下さい! いかがわしい所では有りません、もてなしもしっかり……」
「興味ないです。バイバイキーン!!」
後ろを向いてさっさと帰ろうとしてやった。さて、ここからだな……
「うぬ――!少佐、やりましょう!!」
「うむ。お嬢さん、悪いが力尽くでも連れて帰らせて貰うぞ、やれ!!」
来たか。
2人の男はモンスターから降りて、両脇から私の肩を掴もうとする。その手を捻って転がし、そのまま高くぶん投げてやった。
まずは馬車から距離をとらねばな。
私は即座にその内の1人の男の落下地点まで走り、空中でキャッチして更に遠くにぶん投げる。これで、敵は私を挟んで縦に並んだ。さぞ、やり難いだろう、ふふふ。
もう少し馬車から離れたいな。先に目の前にいる男を相手しつつ、奥へと移動して行く様に仕向けるか。後ろの2人は勝手について来るだろ。
私は適当に攻撃して、馬車から3人を引き離していく。
「なかなかやる様だが、お遊びはこれまでだ」
私と対峙している男が言った。
そんな事はわかってるっての! まったく……さてと、
もう200m以上は離れたかな? そろそろ本気を出されても問題は有るまい。後は少しづつで良いだろう。
「じゃあ早く本気を出さないと、その前に死んじゃうぞ?」
挑発してやったよ、ふふふ。よし、本気の戦闘開始といくか。
「くっ! 甘く見て貰われると困るな、お嬢さんよ。
スローター・ヘッドハンター!! 」
何だコレ? 真っ黒な円盤がいくつも飛んできたよ。
「 グレイヴサンドワーム!! 」
同時に、私の後ろの男が魔法を放ってきた。土でできた身の丈10mはあろう巨大ミミズが、牙を並べた巨大な口を私に向けてくる。
最後尾の少佐も精神統一している様だ。何かを仕掛けて来るな……
私は自分の事より野間の事が心配になってきた。
教授もこんな攻撃をしてきたらアイツ、かなりヤバイな。
まあ、逃げ足だけは超一級品だから死ぬことは無いと思うが……
この世界にイチゴ大福ってあるのかな?