廃墟へGO #2
「し――っ! 少し異常なところがあるくらいいいでしょ? ほかは問題無いんだし」
キャミィは人差し指を自分の唇に当てながらリーマン氏に詰め寄った。
「え? ま、まあ。しかし、少しどころでは無いのですが……」
「じゃあ、さっさと登録しちゃって!」
「いえ、それはさすがに……上司とも相談しなくては」
「もう! じれったいわね!」
イラついた目をしながら、おもむろに私のフードをめくった。
「はうぁ――――っ!!??」
リーマン氏がバカでかい声で絶叫する。
目は飛び出して眼鏡を突き破りそうだよ。
「こ、これはなんと言う……女神など便所の落書きではないか……」
いったいそこに何があるの?
「な、なんという事を私はしてしまったのだ。私ごときが貴方様にたてつくとは万死に値する……」
何か一人で盛り上がっているな。
ともかく、涙を流しながらではあるが、登録用紙を渡す気になってくれたみたいだ。
「では、これにさくっと記入しちゃって下さい。分からないところは飛ばして結構ですよ」
とりあえず記入していったが、パーティの有無や名称の欄が分からない。
「パーティとは何ですか?」
「3人まで一緒に仕事をする仲間を組むことが出来ます。その場合、ギルドからの連絡や報酬はその内の一人にすれば良い事になります。その逆も同様です。報酬は人数割りになりますが、仕事を遂行するのに便利になりますね」
「なるほど……今は書かなくても、今後変更可能ですか?」
「もちろんです。変更、削除などは随時できますよ。では、お預かりしますね」
登録用紙を持って、軽やかな足取りで事務所内に入って行くリーマン氏。
「ふぅ――、うまくいったわ。一瞬ドッキリしちゃったけど」
キャミィは一息ついているが、私は意外にあっさり済んで驚いたよ。
「登録は完了いたしました。こちらが身分証になります」
しばらくすると戻ってきたリーマン氏だが、クレジットカードの様な物を寄越してきたぞ?
ピンク色で外側は花柄模様。大きくうさぎの絵も描いてある。
これって、もしかして……
「図柄はこちらで選んでおきました。以前試作して展示していたのですが、誰も欲しがらなかったので、現物はそれ1枚の超レアものです」
「……………………」
やっぱりね。
「まず、ソフィアさんはFランクから始まります。ランクごとに請け負える仕事の内容が違っており、上位ほど危険な仕事を請け負えるようになります。もちろん、その分報酬も高くなっていきますよ。仕事をこなす内に上位ランクになる事ができますので頑張って下さいね」
「ありがとうございます、リーマンさん」
棒読みで答える。
「やっと出来たね。んじゃ次行こ」
隣で見ていたキャミィが、さっさとギルドを後にしようとする。
その時、店内にいた人間の中で一際凶暴そうな男が寄ってきた。
「よお、お嬢さん達、さっきから何してたんだ?」
おそらく、私達のやりとりを見ていたのだろう。
不審に思うのは無理は無いが、やけに喧嘩口調だな。
「単に登録してただけよ。じゃーね」
あっさりキャミィが受け流そうとしたが、やはり絡んできた。
190cmはある幅広の体格に凶悪な顔だ。
なかなか迫力があっていいねぇ。
「それにしちゃあリーマンの親父、ずいぶんと驚いていた様だったぜ?」
ニヤニヤ笑いながら喋ってくる。
真相を知りたいのが半分、ちょっかいを出したいのが半分というところか。
「そうかしら? もういいでしょ、先を急いでるの」
「おい、お~~い、つれねぇなあ。そりゃないぜぇ、オレたちゃアンタ達の会話をし――っかりと聞いてたんだぜ?」
「うっ。そ、それが何?」
「何ってオメェさんよ。こっちのローブの譲ちゃんがレベル1ってのも聞こえてるってこった」
「・・・(汗)」
「そんな奴が登録できるわけがねえよなあ。しかし、ローブ譲の顔を見たとたん親父はビビってすぐに登録できちまった。おかしいだろ?」
うむ。確かにおかしい。
「俺達としちゃあよ、なにか不正でもあったんじゃないかって思うわけよ。どうよ?」
おお、理にかなっている。意外に賢いなこの男。
「どうよって……何にもやましい事はしていないわ。いいから通しなさいよ!」
キャミィがあせって通ろうとするが、両手を広げて”通せんぼ”をされて出口に行けないでいる。出口も他の男達がふさいでおり、薄ら笑いを浮かべていた。
これは完全に遊ばれてるな。そろそろ実力行使に……
「イサック、やめないか。その方達は何も不正などしとらんよ」
なんと、受付カウンターでリーマン氏が立ち上がっている。
うむ、やる時はやる親父というわけか、好感がもてるな。
震えているのがマイナスポイントだけどさ。
「リーマンの親父、それにしちゃあアンタは目をひん剥いて驚いていたぜ。何かあったにちげぇねえ」
「ほ、ほんとうだとも、何も不正などしとらんよ! す、すこし美貌にビックリしただけだ……」
「美貌?」
イサックとやらが目を見開いて本当に不思議がっている。
まあ、仕方が無いだろう。私にもよく分からないのだから。
「なんだよ、その美貌ってのは?」
「こ、これ以上は勘弁してくれ。言ったら殺される……」
「「誰に!?」」
イサックと私の声がかぶさった。
「何の事やらさっぱり分からんな。こうなりゃ手っ取り早く……譲ちゃん、すまねぇがちょっと顔を見せてくんな」
「や、やめたまえ、天罰が下るぞ!」
下りません。
まったく、人の顔の事で何を言い合っているのかね君達。
しかし、揉めるのも面倒だから大人しくフードをめくらせてやるとするか。
フードを掴んで……めくり上げて……
う~~む、最近動体視力が異常にアップしているせいだろうか、イサックの動きが非常にとろくさく見える。
目を見開いて……
あらら、やっぱりこいつも驚くみたい。
「は・こ・び・あ? 翻訳(はあ? こんな、美貌、ありえない!)」
運び屋? 何を言っているんだこいつ。
「はびゃあ――っ!!」
面白い叫び方だこと。
大袈裟にイサックは後方に吹き飛んだけど、周りの男達も似たり寄ったりだ。
女の子の悲鳴のような声を上げて、ペタンと床にへたり込んでいる。
「はぁ~~、やっぱりこうなるわよね」
面倒臭そうに呟くキャミィ。リーマン氏も頷いている。
「じゃあ、行くわよ」
呆れた顔をしながら、キャミィは只の屍の間をさっさと通り抜けて行く。
しかし、私もあっさりと一緒に店から出てしまうのも気が引けるな。
なにせ、くたびれた中年だと思われたのに、あんな勇気ある行動を示したリーマン氏だ。
ちゃんと礼を言っておかなくてはね。
「ありがとう、リーマンさん」
敬礼をしながら、軽くウインクをする。
「…………ゴボッ」
ああ、フードを被るのを忘れていたな。
リーマン氏の口から魂が出たような……
こうして私のギルドの登録、身分証の作成は済んだ。だが、ここはギルドの本部。私の存在が世界中のギルドに知れ渡るのは時間の問題だった。
それは私にとっても都合が良かったのだが、妙に誇張されすぎているのを知るのは、まだまだこれからだった。
「キャミィ、これからどこに行くんだい?」
私達はギルドを出てから足早に歩き続け、今は人通りの無い路地裏まで来ていた。
「ぐっふっふ、ソフィアのお金を稼ぎに行くのよ! まだ10時前だから、さっさと倒してお昼にしましょ」
「倒すって、何を?」
「もちろんモンスターよ!」
モンスターを倒すのはいいが、ここは街中だ。どこに居るのだろうか?
どこかの地下街、下水路にでも行くのかな。それとも町中を歩いているモンスターさん?
いやいや、まさかね~~、って考えている間に着いちゃったよ。
どっからどう見ても普通の一軒家だ。しかも木造2階建て。
妙に和風で、かえって不気味だな。
「ここにモンスターがいるの?」
「ここにはいないわ」
なんだ、違うかのか。
「オフロック!」
と思ったら、やっぱり家の中に入って行ったじゃないか!
それはそうと、鍵を開ける時に言った言葉は何だろう。
「さっきのは魔法かい?」
「ああ、あれは普段、私以外の人が入れない様にしてるから、解除してたの」
まったく、見ること聞くこと全て刺激が強すぎる。頭がぐるぐるしてついていけないよ。
とにもかくも、家の中に入ってすぐに地下への階段を下りていく私達。
そこには更に刺激の強い物が有るではないか。
部屋は広く、30畳程は有るだろう。その真ん中に、薄く緑色に発光している魔方陣が有ったのだ。
直径は約2m、幾科学的な模様に理解不能な文字が何層にも描かれている。
「なるほど、転移するのだね?」
いくぶんかはこの世界の知識を蓄えた私は、キャミィに問いかけた。
「そうよ、ソフィアも分かってきたみたいね。うん、うん」
嬉しそうにしてくれるキャミィ。
「それで、どこに行こうというんだい?」
「ダマスカスの廃墟よ。位置的にはゾティーク大陸とアルハザードの間にある、ダンウィッチの森の上。ここからでは北西ね」
「う――む、さっぱり分からん。とにかく、そこに目当てのモンスターが居るというのだね?」
「そうよ、けっこう大物よ。そいつをソフィアがやっつけて、残したアイテムを回収して売るの」
「簡単に言うけど、私に出来るかねぇ。私はまだスライムしか倒していないよ?」
どんなモンスターと戦わせるつもりなのか。不安になってきたぞ。
「大丈夫だって。ソフィアに倒せないなら勇者でも倒せないわ!」
そのバランス関係が分からない私は、キャミィのいう事を信じるしかない。
「じゃあ、さっさと行って帰ってお昼にしましょ。おいしい店知ってるんだ~~、ソフィアも気に入るわよ」
オゥ、なんて呑気なのこの子!
私にとっては昼食どころじゃないんだけど。
「転移門解放」
いきなり始まっちゃたよ。
魔方陣も強く光りだしている。
「ダマスカスへの通路を繋ぎ我を誘え、トラファー・ディザーブリィ!!」
こうして私達は、昼食前に少しだけお出かけをしたのだった。