すんごいキャミィさん
「トランス・グラトス・セーダ・ルーミエ」
海を前に両手を胸の前に組み、目を瞑りながらキャミイが詠唱を始めた。
「パーシュリ・スクリプ・シミーア・プリズン」
全身から魔力がほとばしり、地面からは上昇気流が巻き起こっている。その魔圧は赤毛を逆だて、フリルの付いたスカートを捲くり上げていた。
……パンツは……後だ。
「漆黒を光に変え、我が道を照らせ !ルーメン・デヴィア!!」
その瞬間、キャミィの拳から、膨大な光の束が視界の全てにほとばしった。その光量は、太陽が目の前に現れたかと思える程莫大なものだった。
「な、な、な? なんだこれは? 一体どうした!?」
思わず叫びながら顔をそむけ、両手で目を覆い隠すソフィア。目の無いはずのゴン太も手で顔を覆っていた。
「シーナリィ・シャドウ!!」
キャミイが叫ぶ。
突然辺りの光度が低くなったように感じられた。ソフィアはゆっくり目を開く。
そこには想像を絶する世界が広がっていた。
「これは……なんと美しいのだ……」
世界はあらゆる色に染まっていた。
白が全ての基調ではある。だが、その世界のあちこちでは赤や緑、青や紫、様々な色の筋が生まれては消え、大きさを変えては絶えずその色と姿を変化させていた。オーロラと虹とが融合した様なそのイリュージョンを、ソフィアとゴン太は感動をもって見ているだけだった。
「コンバージ!!」
またもやキャミイが叫んだ。次の瞬間、全ての色彩は消え失せ、世界は元に戻っていた。
青い空と海、白い雲と砂浜。
おいしくサンドウィッチを食べていた所……
「ふぅ~~っ、久しぶりにやったわ。あぁ疲れた!」
そう言いながら波打ち際から帰ってくるキャミィ。ソフィアの感動している様子を見て、”勝った!”と思っている。
「ふっふ~~ん、どうだったかしら?」
もう、どうだったかなんて分かっているので余裕である。すでにふんぞり返って鼻息が高い。
あと、パンツは黒の紐パンだった。
「凄いってもんじゃないよ! 天国が現れたかと思った! あの魔法は一体何?」
「あれはね~~、うふふ! ダンジョン探索用の魔法よ!」
「ダンジョン?」
「そうよ。ソフィアは知らないわよね? ダンジョンってのはね、地下に広がる迷宮みたいな物の事なの。ちっちゃな物から、何十層もある様な大きな物まで様々だけど、モンスターとかトラップとかが有って危険な所なのよ。もちろん奥に行ったら明かりも無いし」
ソフィアは川○浩の探検隊を思い出し、目をキラキラ輝かせていた。
「そんな時にさっきの魔法が役に立つの。一気に地下50階くらいまで照らす事が出来るのよ? しかも転移型のトラップも無効化して、その先まで照らしてくれるし。くふふ、ちょっと刺激が強かったかしら?」
ソフィアは首をブンブン縦に振り、
「私もあ―ゆう、スッゴク役に立つ魔法を覚えたいな~~」と羨ましがっている。キャミィは満足してふんぞり返り、しばし恍惚に入った。
(苦労して作った甲斐があったわ。ソフィアみたいな子から尊敬の眼差しを受けることが出来るなんて!うふふ!)
「あっ、そうだ! いい事思いついた!」
突然ソフィアが声を上げる。
「ん?」
「ねえキャミィ、魔法ってよーするにイメージが大事なんだよね?」
「う、うん。それはまあ、そうだけど?」
ふっふっふ~~と怪しく笑うソフィア。
「よ~~し、いくぞ~~! 地球の明かりよ、次元を超えて我が頭上を照らしたまえ、
『蛍光灯60w』!!」
すると、なんという事だろうか。ドーナツの様な丸い光が、ソフィアの頭上に”ペカッ”と点いた。
「やった――!!! 出来た出来た!! おっしゃ――っ!」
飛び上がって全身で喜びを表現するソフィア。
回転ドリルの様に喜ぶソフィアの横で、ゴン太も拍手をして喜んでいる。それらを見るキャミィの目は点になっていた。
「ちょ、ちょっと、ソフィア!」
「あ! 成功しましたキャミィ総統、ビシッ!」
「誰が総統よ――! ソフィア、アンタ、なにいきなりオリジナル魔法つくってんのよ――!!」
キャミィの絶叫が辺りにこだまし、こうして初めての魔法の練習は幕を閉じた。
次の日からも、ソフィアは頑張って魔法の練習を続けた。キャミィから全属性の初級魔法を教えてもらい、すでに全て出来る様になっている。
イメージが途切れないように、動きながら、素振りをしながらいろんなシチュエーションで練習をした。もちろん、全て無詠唱で出来る様になっている。
特に気合を入れて頑張ったのは、やはり生活を便利にする魔法だった。その中でも、体を綺麗にする魔法、『バス・クリーン』は、様々な種類を作り出す事さえしていた。体や髪の汚れを一発で綺麗にしてくれるこの魔法は、いつ風呂に入れるか分からないこの世界において、とても重要になるものだとソフィアは考えた。
それだけに、いろいろ工夫をして頑張ったのだ。ゆず、ラベンダー、ローズ、オレンジ、檜から有馬、草津、別府、下呂、湯布院など各種作り出した。これらは体を綺麗にするだけではなく、香りも付加し、ついでに健康も良くするという優れものだった。
例えば、『バス・クリーンゆず、アーンド下呂』と唱えれば髪や体にゆずの香りを付加し、疲れ、筋肉痛、肩こりなどを癒すなど、これで天下を取れるんじゃないか? という程のとんでもない魔法が出来上がっていた。
もう一つソフィアが必死に頑張ったものがある。『アイテムボックス』だ。これも旅をするのに便利なのは疑いようも無く、習得に向けて一生懸命頑張ったが、今のところ完全にマスターは出来ていない。その代わり、『小物入れ』を習得している。小物、といってもゴン太が完全に中に入れたので、中は割と広いのだろう。
ゴン太、入るなよ。
今のところこれで満足しているソフィアだった……
そうこうする内に、ワイバーンのふう太が迎えに来るまで、残すところあと一日となっていた。
今は夕食を食べ終わり、居間のソファーでくつろいでいる。
キャミィには『オレンジ、&草津』を、ゴン太には『檜、&別府』をかけている。ソフィア自信は『ラベンダー、&有馬』だ。このログハウスにも一応シャワーがあったが、皆の強い要望で『バス・クリーン』を使うこと事になったのだ。そうして皆いい気持ちで、ポカポカしながらガーラカフェを飲んでいた。
「キャミィ、ふう太が迎えに来たとして、それからどこに行くつもりなんだい?」
ゆったりと口を開いたのはソフィアだ。すでに水玉パジャマに着替えていて、清楚に磨きがかかっている。頭上にはLEDではない、目に優しい『蛍光灯55W』が光っていた。
「そうねぇ……まずは草津、じゃない、ミスカトニック領国に行くつもりよ。あそこはギルドの本部があるしね」
「ほう、ギルドと言うのは何かの商会なのだろうか?」
「まあ、そうね。冒険者達が集まって仕事をもらったり、情報交換をする所よ。身分証も作ってくれるから、ソフィアがまず最初に行くべき所だわね」
「なる程。それは部下達も行ってる可能性が高いな。キャミィは着いてから何をするんだい?」
「わたし~~? そうだな~~、とりあえずアンタをギルドに連れて行って、一旦自分の家に帰るわ。しばらく帰っていなかったし」
「そうか。ご両親もさぞ心配しているだろうね。」
「そうでもないわよ。お父さんはすでに死んじゃったし、お母さんは自分の国に帰って祖父達と気楽に暮らしているしね」
(これは失礼な事を聞いてしまったようだ)
ソフィアは優しい目でキャミィを見つめた。
「それにわたしももう70歳の大人よ。いちいち心配なんてしてないわ」
「ぶっ」
カフェを噴出したソフィア。
「どうしたの?」
「い、いや、何でもない。ちなみにキャミィのご両親は……人間なの?」
考えようによってはとてつもなく失礼な質問である。
「お父さんは普通の人間よ。お母さんはエルフ。だからわたしは、”ハーフエルフ”って事になるわね」
「そ、そうなんですか……」
衝撃的な事実を知って仰天したソフィア。
(やっぱりこの世界は侮れんな。少女だと思っていたキャミィが、自分より年上だったとは……)
どっと疲れが出て、ソフィアは早々にベッドに横になることにした。
(さあ、明日はいよいよ出発の準備だ。この島にも再び来ることはあるのだろうか?名残惜しいが行かねばならん。どんな苦難が待ち受けていたとしても……)
まだ見ぬ新しい世界に、期待と不安を胸に乗せて、ソフィアは眠りに着くのだった…………